ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

新ブログに移行のお知らせ

2023-02-04 17:07:14 | お知らせ

ヨーガスクール・カイラスのホームページのリニューアルに伴い、当ブログも新ブログに引っ越しいたしました。

今後は以下の新ブログにアクセスしてください。

https://blog.yoga-kailas.com/

ヨーガスクール・カイラス blog | True Yoga, to meet the true self.

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今日のAMRITAチャンネル「ワンポイントダルマ『「他人の心を読む能力」「すべての生き物の声を理解する能力」「星の配置を知る能力」他_【完全解説】ヨーガ・スートラ(8)』」

2023-02-03 19:32:57 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAMRITAチャンネルは、「ワンポイントダルマ『「他人の心を読む能力」「すべての生き物の声を理解する能力」「星の配置を知る能力」他_【完全解説】ヨーガ・スートラ(8)』」です。


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入菩提行論の歌 Part5「禅定の完成」_The Perfection of Meditation

2023-01-28 06:32:09 | 松川先生のお話
入菩提行論の歌 Part5「禅定の完成」_The Perfection of Meditation
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今日のAMRITAチャンネル「ワンポイントダルマ『瞑想の深まりの三段階のプロセス(サンヤマ)_【完全解説】ヨーガ・スートラ(7)』」

2023-01-20 19:09:15 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAMRITAチャンネルは、「ワンポイントダルマ『瞑想の深まりの三段階のプロセス(サンヤマ)_【完全解説】ヨーガ・スートラ(7)』」です。


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魂捧ぐ、恐れなき母の御足に

2023-01-20 18:35:50 | 経典の言葉・聖者の言葉
魂捧ぐ、恐れなき母の御足に
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月光

2023-01-20 18:23:10 | 松川先生のお話
月光
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瞑想に専念し

2023-01-20 16:46:33 | 経典の言葉・聖者の言葉
瞑想に専念し、今生の感情の絆を完全に断ち、快楽を求める人々との交際を断て。

 ――マルパ

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The Essence of Bhakti yoga バクティヨーガの聖者たち

2023-01-19 21:39:48 | 松川先生のお話
The Essence of Bhakti yoga バクティヨーガの聖者たち
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Maitri

2023-01-18 05:55:17 | 松川先生のお話
Maitri
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干上がった川

2023-01-16 15:42:14 | 経典の言葉・聖者の言葉

 (真理のダルマに巡り合いながら)世俗的な目的のために一生を費やすのは、干上がった川で魚を釣ろうとするようなものだ。
 このことをよく理解し、自分の人生をそのような無駄な道に向かわせないよう、固く決心しなさい。


 ――ディルゴ・キェンツェー・リンポチェ

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イエス・キリストの生涯(2)

2023-01-15 05:43:29 | 聖者の生涯

◎赤ん坊のイエスに向けられた神の守護

 天使たちは賢者たちに、イエスの居場所をヘロデ王に教えないように警告しました。ゆえに賢者たちは、再びヘロデに会わない帰路を辿ったのでした。
 このようにして、ヘロデはその邪悪な野望を挫かれました。そこでヘロデは、ベツレヘムの二歳以下の子供をすべて容赦なく皆殺しにするように命令を下したのです。王の手下たちは、その指令を躊躇なく実行に移しました。そして数千人の赤子がたちまちのうちに殺され、天の主の蓮華の御足のもとに送られました。しかしヨセフとマリアは、迫りくる危難を天使たちから前もって知らさせていたために、主イエスを連れて、ヘロデの管轄外であるエジプトへと逃げたのでした。
 彼らは、天使たちが再び目の前に現われてヘロデ王の死を告げるまで、しばらくエジプトにとどまっていました。
 そしてその後、生まれ故郷に戻ったヨセフとマリアとイエスでしたが、ヨセフが、ユダヤを支配するヘロデ王の息子の近くは安全ではないと思い、三人はナザレへと向かいました。
 救世主・天の光の化身・神の子イエスは、ナザレで、敬虔な両親の元で従順な子に育ち、ヨセフから大工仕事を学びました。後に人生において十二人の偉大なる使徒を形成し、来たるべき未来に、地上の無数の人々と国の運命を作る神聖なる師は、 大工の仕事を学びながら、木材から道具や家具を作ることに精を出していたのでした。

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クンサン・ラマの教え 第一部 第六章「師にいかに従うか」(1)

2023-01-15 05:36:05 | 経典の言葉・聖者の言葉


第六章 師にいかに従うか


 師に従わなくても完全な仏陀の境地に至ることができると説いているスートラ、タントラ、シャーストラは一つもない。また、自分自身の創造力や才能だけで、悟りの段階や道における成就を得た者はいない。それどころか、すべての人々は、道を誤ることだけに関しては【優れた】才能を持っている。しかし、悟りと全智へと導く正しい方法については、荒野の真ん中で彷徨う盲人のように混乱している。
 経験豊かなガイドに頼らなければ、宝の国から宝石を持ち帰ることはできない。師は、悟りと全智へと導いてくれる真のガイドであり、尊敬を持って従わなければならない。
 師に従うには、三つの段階がある。まずは師を吟味することであり、次に師に従うことであり、最後は師の悟りと行ないを真似ることである。


(1)師を吟味する

 わたしたちのような一般人のほとんどは、自分の周りの人や環境の影響をたやすく受ける。よって、常に師に従わなくてはいけない。
 マラヤ山の白檀の森の中に生えた普通の木は、白檀の甘い香りを染み込ませながら次第に成長していき、数年後、その普通の木は、周りの白檀と同じ甘い香りがするようになる。同様に、善き特性に満たされた完全なる師と一緒に過ごし学習すれば、その善き特性の香りを染み込ませ、することすべてが師に似てくるようになる。

 自分が従おうとする師は、最低限、次のような特性を持っている人物でなければならない。
 清らかであって、外なる出家戒、内なる菩薩の戒、秘密真言乗の秘密の戒という三つの戒や誓約を保っていること。
 学識があり、タントラ、スートラ、シャーストラの知識を持っていること。
 その心は衆生への慈悲で満たされており、すべての衆生を自分の独り子のように慈しんでいること。
 外的には三蔵の儀式、内的には四部の儀式に熟達していること。
 教えが意味することを実践することによって、けがれを完全に浄化し、成就すべきことを成就していること。
 寛容であり、言葉は快く、個人の必要に応じて教え、教えていることに一致したふるまいをすること。

 また、秘密真言金剛乗における直接の導きという甚深な精髄の教えにによると、従うべき師は、次のような師である。
 系統のアビシェーカによって完成している。
 サマヤや戒に違反していない。
 悪しき感情や考えがなく、穏やかで規律正しい。
 秘密真言金剛乗の土台、道、結果のタントラのすべての意味について習熟している。
 生起次第と完成次第の修行において、イダムのヴィジョンを見るといった成就のすべての印を持っている。
 心の本質を体験し、悟りを得ている。
 他者の幸福だけに関心を持ち、心が慈悲に満たされている。
 現世の俗事に対する執着がない。
 ダルマに対する確固たる正しい考えを持っている。
 輪廻が苦しみであると理解して、大いなる慈悲を抱いている。
 弟子を導くことに長け、一人一人に合わせて最適な方法で導く。
 師の命令をすべて実行し、祝福を得ている。

 一方、次のような特性を持つ師には、従わない方がよい。
 木でできた石臼のような師。この師は、教えを聞くこと、考えること、瞑想することから生まれる特性を持っていない。単に誰それの師の息子や甥として、自分や自分の子孫が他より優れていると考えて、ブラーフミンのように自分たちの身分を守り出す。ほんの少し教えを聞いたり考えたり瞑想したりしたとしても、清らかな目的ではなく、自分の領地が減らないようにするためなどのつまらない目的のためである。弟子を指導しても、それは木でできた石臼のようなもので、適切な指導をすることはできない。
 井の中の蛙のような師。この種の師は、一般の人と異なる特別な特性が全くないのに、盲目的に崇拝されていることがある。利益と名誉によって自尊心を膨らませているため、真の偉大な師が持つ偉大な特性に全く気付くことがない。まさに井の中の蛙のようなものだ。
 狂った師。この種の師は、正しい教えの知識がほとんどなく、顕教と密教の訓練をしようと努力することも全くない。悪しき感情が強く、注意深さも警戒心も弱いため、戒やサマヤを緩めてしまう。一般の人々よりも精神が低俗であるのに、成就者の振りをして、自分が空より高い地位にあるかのようにふるまう。怒りと嫉妬をあふれさせ、慈愛と慈悲という命綱を断ち切ってしまう。このような者を狂った師と呼び、このような師に従うと、誤った道に導かれてしまう。
 盲目の師。弟子よりも優れた特性を持っておらず、慈愛も慈悲も菩提心も持っていない場合、弟子の目を開くことはできない。この種の師は盲目の師と呼ばれる。

 ウッディヤーナの偉大なる師(パドマサンバヴァ)は、次のように説いた。


 師を吟味しないことは、毒を飲むようなものだ。
 弟子を吟味しないことは、絶壁から飛ぶようなものだ。


 正しい真の師に巡り会い、その弟子となったならば、その瞬間から、その師を仏陀そのものであると常に考えなければならない。
 これから何回生まれ変わっても、師を信頼しなさい。師こそが、なすべきこととなしてはいけないことを教える。
 真の師は、完全な資質をすべてそなえ、十方の仏陀方の慈悲と智慧を体現しており、衆生を助けるためだけに、普通の人の姿として現われている。


 完全な資質を無限にそなえた師は、
 すべての仏陀の智慧と慈悲を持ち、
 衆生のために人間の姿で現われた。
 師こそが、すべての成就の最上の源である。


 真実の師は、普通の人の行ないに合わせた行ないをなしている。そうすることによって、人々をうまく導くことができるからだ。しかし実際にはその智慧と慈悲は仏陀そのものであり、他の誰とも全く違っている。一つ一つの行ないは悟りを得た者の行ないであり、救うべき人々の性質に合わせたものである。ゆえに、真の師は、比類なき聖者である。ためらいや疑念を断ち切る方法に長け、恩知らずでひどい弟子たちに辛抱強く耐え、まるで独り子の母のようである。


 わたしたちを導くための方法として、師はわたしたちと同じようにふるまう。
 しかし真実は、師はわたしたちとは全く異なり、
 悟りを得ており、最も素晴らしい存在である。
 疑念を晴らすことに長け、
 わたしたちの失礼なふるまいや、感謝の心がないことにも、
 じっと耐えることができる。


 このような師は、輪廻という広大な海を渡る大きな船である。
 船頭のように、悟りと全智へとわたしたちを運ぶための航路を作る。
 甘露の雨のように、悪しき行ないと感情の炎を消すことができる。
 太陽と月のようにダルマの光を放ち、迷妄の深い闇を払う。
 大地のように、無礼な行ないと失望に辛抱強く耐え、見解と行ないは広大である。
 如意樹のように、今生におけるあらゆる救いと来世の幸せの源である。
 完全な瓶のように、必要とされている無数の乗と教えすべてを備えた宝庫である。
 如意宝珠のように、衆生の必要に応じて、無限に四つの行ないをなす。
 無数の衆生一つ一つをすべて平等に慈しみ、自分に近しい者に執着したり、特定の者を憎んだりすることもない。
 慈悲は大河のように広大であり、空間のように無限の衆生をすべて包み込み、苦しんでいるすべての衆生を即座に助ける。
 山の王のように、他者の幸福への喜びは不動であり、嫉妬によって動かされず、表面的なことで揺らぐことはない。
 雲から降る雨のように、平等心は愛著や嫌悪によって乱されない。
 このような師は、慈悲と祝福においてすべての仏陀方と等しく、このような師と善き縁を持つ者は、一度の人生で仏陀の境地にたどり着くこともできるだろう。また、悪しき縁を持つ者も、輪廻から救い出される。


 このような師は、すべての仏陀方と等しい。
 彼を害するものでさえ、幸福への道に導かれる。 
 真摯な信仰心を持って師を信じる者には、
 三善趣と悟りの恩寵が降り注ぐ。

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イエス・キリストの生涯(1)

2023-01-15 05:24:10 | 聖者の生涯


イエス・キリストの生涯

 ――スワーミー・シヴァーナンダ・サラスワティー




◎出生のお告げ

 二千年前、至高なる光が、この暗闇と陰鬱に満ちた無常の世界に降りました。主の地上への降誕を決定する法は、いつのときも、どこでも同じです。悪がはびこり、正法が衰退するとき、邪悪な力が聖なる力を上回るとき、神の言葉、あるいは神の遣いの定めた掟が忘れ去られたり、それに人々が従わなくなったとき、宗教的狂信者が魂を滅ぼすような聖典の文字に従い始めたとき――そのときに、主は人々を救うため、正法を守るために、地上に降臨されるのです。
 われわれは、救世主(キリスト)イエスとアヴァターラ・シュリー・クリシュナの間に数多くの共通項を見い出すことができます。
 出生のときから、主は静かにメッセージをわれわれに送り始められます。主イエスがこの世における最初の『家』に選ばれた場所は、宮殿ではなく、馬小屋でした。主は宇宙の主ご自身を子供として授かるという恩寵を、王族ではなく、身分が低く貧しいけれども信仰深く敬虔な人々にお与えになったのです。主の価値の尺度は、一般の人間とは異なっています。『彼』の眼から見て、地上の栄耀栄華、そしてまた、己の信心深さへの思い上がりや知性への自惚れなどは、降臨するに相応しき受け皿にはなりません。心の純粋性こそが祝福されているのです。なぜならば、心が純粋な者たちは神を見るからです。
 主イエスの聖母マリアは、主に遣われし天使に、神の子が彼女から生まれるであろうというお告げを受けました。マリアはヨセフという善良な男と結婚し、二人はナザレに住んでいましたが、その国の統治者が、「すべての民たちは出生した村や町に名を登録し、税金を払うべし」という指令を出したので、ヨセフと共にベツレヘムへと向かいました。しかしそこに到着したとき、住めるだけのまともな家や宿屋がないということに気づき、夜を馬小屋で過ごすほかなかったのでした。
 主がお生まれになったのは、まさにこの馬小屋だったのです。

 祝福された、純粋で敬虔な羊飼いたちが、主にまみえるためにやって来ました。彼らは田舎で羊の世話をしていたのですが、天使が彼らの前に現われて、主の降誕を告げたのでした。天使たちは主の美しい賛美を歌い、その中で、主の降誕の目的を明かしました。


 最上なる神に栄光あれ
 地上に平和をもたらしたまえ
 諸人に好意を示したまえ


 救世主イエスは、真理と神の最高の栄光を再びこの世に打ち立てるために、この世に平和をもたらすために、そして人々のハートに他者への愛を目覚めさせるために、人間の世界にやって来られました。
 これらの祝福された羊飼いたちは事実上、地球上で『救世主イエス』を礼拝した最初の魂だったのです。
 主の降誕の八日後、主の両親は、主をエルサレムの寺院へと連れていきました。これはユダヤ人の習わしでした。
 エルサレムには、シメオンという名の善良な老人がいました。彼は、救世主イエスの神性に気づいた、第二の人物となったのでした。彼は寺院にいるイエスを見て、イエスは無明と罪という闇を取り除いて人々を救済し、人々に愛と善の道を歩ませ、その心を神の王国という悟りに至らしめるために地上に降誕された神の光――救世主であると理解しました。そしてまた同様に、その日その寺院でイエスを見たある予言者は、イエスが世界の希望の光として輝く神の子であると宣言しました。
 それから間もなくして、東方の賢者たちが、主を礼拝するためにベツレヘムにやってきました。主がお生まれになったとき、まばゆい星が空に輝き、この賢者たちは、それを古代の予言者たちが予言した救世主が降誕したという確かな象徴であると理解しました。そして賢者たちは主に礼拝するために、その星の方角に向かって進み、ヘロデの王国にやって来たのでした。彼らはヘロデ王に到来の目的を説明しましたが、ヘロデ王は彼らの話を聞くと、喜ぶどころか恐ろしくなりました。そしてヘロデは賢者たちに、自分もその神の子を礼拝したいから、その子の居場所を教えてほしいと頼みました。しかし心の奥底では、王はその神の子を排除しようとしていたのでした。
 賢者たちは、主の家の上空に光り輝く星を目指して歩き続けました。そして『神の子』を見つけると、賢者たちは跪いて、礼拝し、信仰と崇敬のしるしとして、高価な贈り物を主に捧げたのでした。

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入菩提行論の歌 Part6「智慧の完成」_The Perfection of Wisdom

2023-01-13 20:57:30 | 今日のAMRITAチャンネル
「入菩提行論の歌 Part6「智慧の完成」_The Perfection of Wisdom」のミュージックビデオをアップしました。


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今日のAMRITAチャンネルは、「ワンポイントダルマ『【空を悟る方法】心の訓練の果てに得られる最高の境地_【完全解説】心の訓練4』」です。

2023-01-06 19:16:08 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAMRITAチャンネルは、「ワンポイントダルマ『【空を悟る方法】心の訓練の果てに得られる最高の境地_【完全解説】心の訓練4』」です。


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