ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・マハーバーラタ 第86話」をアップしました

2019-11-15 20:48:05 | 今日のAMRITAチャンネル



今日のAMRITAチャンネル「実写ドラマ・マハーバーラタ 第86話」をアップしました。



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「魂捧ぐ、恐れなき母の御足に」のイメージビデオをアップしました

2019-11-14 21:35:38 | 今日のAMRITAチャンネル
魂捧ぐ、恐れなき母の御足に


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勉強会講話「2019・11・3 解説・ヴィヴェーカーナンダの言葉」

2019-11-13 10:14:57 | 今日のAMRITAチャンネル


 勉強会講話「2019・11・3 解説・ヴィヴェーカーナンダの言葉」をアップしました。
 
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心があなたでいっぱいです

2019-11-13 07:18:29 | 松川先生のお話



心があなたでいっぱいです。
世界があなたでいっぱいです。
この心と世界のふれあいを、少しでも動かすと
耐えきれず、歓喜と共に、涙がこみ上げます。

私はあなた
人々もあなた
世界もあなた
あなたがあなたに、何をするというのでしょう

そもそもこの世界には、あなたの歓喜しなかったのに
私は何と、遠いところまで落ち込んでしまっていたことでしょう。

あなたの御胸で安らぐ以外の喜びを知らなかった私が
何と、遠いところまで落ち込んでしまっていたことでしょう。

でもあなたはお慈悲により、
再び私を引っ張ってくださっています。

その無限の慈悲に応えるために
私は必ず、自己を浄化し、
神の道具となり
この喜びを、衆生に伝えていきます。

あなたに祈って、
かなわないことがあろうか?

あなたが私を、
見捨てたことがあっただろうか?

あなたはなぜそんなにお優しいのでしょう
徳もなく、悪業多き私に。

私は長いこと、あなたを忘れていました。
でもそれも、必要なことでした。
こうして、あなたを忘れることの絶望と、
あなたを思い出したときの、絶対的な喜びを
知ることができたのですから。

おお、無限の至福そのものである主よ!
私のすべてよ!
すべてをあなたにお任せします故、
私が今生の仕事を終えて、やさしく私のすべてを抱き取ってくださるその日まで、
どうか不肖なるしもべである私を、根気強くお導きください。
今後、私があなたの道から、少しもそれることのないように、
どうか厳しく、お導きください。
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覚醒の道

2019-11-12 19:02:13 | 松川先生のお話





意識が下がり、気が下がっている状態では、
世界の実相は理解できず、本当に大事なことは忘れ去られ、輪廻の鎖にからめとられる。

常に上昇のエネルギーを保ち、また常に心に理想を保ち、
輪廻にいながら輪廻にからめとられず、覚醒の道を歩こう。

Be in the world but not of the world.
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「解説・マルパの生涯」(3)

2019-11-09 07:14:21 | 勉強会より抜粋




【本文】
 ナーローはマルパを弟子として受け入れ、多くの秘法を伝授しましたが、自分が教えるだけではなく、他の何人かの密教行者の下へマルパを送り出し、教えを受けさせました。マルパはそれらの多くの教えを学び、研究し、修行し、成就し、自分のものとしていきました。



 はい。ここのところ、ちょっとだけ説明すると、ナーローはマルパを弟子として受け入れました――まあもともとね、これ、ナーローの師匠であるティローっていう人が、マルパの到来を予言してたんだね。つまりチベットから、おまえのね、一番弟子がやってくると、予言してたんですね。だからナーローはもともとこのマルパを素質のある自分の一番弟子として受け入れたわけだけど。
 ここでナーローがやった面白いことは、例えばね、まあまずマルパを受け入れて、自分が知っているいろんな教えを伝授するんだけど、それだけではなくて、例えばマルパがある教えを学びたいって言ってきたら、自分で教えずに、「どこどこの、これこれといういう聖者の下に行け」――と言って、別の聖者の下に行かせるんだね。で、こういう感じで、自分でももちろん教えるんだけど、自分だけじゃなくて、ほかの聖者達からも教えも受けさせると。まあただ――その人達全員、ナーローの弟子なんだけどね。自分の弟子の下に行かせている感じなんだけど。
 例えばまあ一例を挙げると、マハーマーヤーっていう教えがあるわけですけども、マルパがね、そのマハーマーヤーっていう教えがあるというのを聞いて、「マハーマーヤーについて伝授してください」ってナーローにお願いしたらね、ナーローが、それだったら、クックリーパ――クックリーパっていうのは「八十四人の成就者」に出てくるけども。これもちょっと変わった聖者でね、いつも犬と一緒にいる変わった聖者なんだけど(笑)。それで顔がサルみたいだっていう(笑)。顔がサルみたいでいつも犬と一緒にいるっていう聖者で、そのクックリーパの下に行けと言われるんだね。で、「そのクックリーパはどこにいるんですか?」って言ったら、どこどこという町の、毒の海の島にいるって言うんだね(笑)。「毒の海の島ですか?」――で、マルパはそこに冒険して行くんだね。冒険して行って、まあいろんな困難を乗り越えて毒の海を渡って、島に辿り着くと。そうすると、クックリーパらしき人はいないんだけど、なんか手が鳥の羽みたいな男がいて、その男が顔を覆って座っているんだね。で、「まさか」と思ったんだけど、聞いたらそれがクックリーパだったんだね(笑)。で、まあなんとか辿り着いて、教えを受けるんだね。マハーマーヤーの教えを伝授されると。で、ナーローパーの下に帰ってきて、そこでナーローパが言うには、「ああ、よくやってきた」と。「わたしはもちろんそのマハーマーヤーの教えをおまえに与えることもできたが、このマハーマーヤーに関しては彼こそ――つまりそのクックリーパこそが――大家【たいか】である」と。つまり、マハーマーヤーの専門家のね、聖者であると。「だから、おまえをあそこに送ったんだ」と。で、もう一回言うけども、このクックリーパもナーローの弟子でもあるんです。だから全員、まあつながりがある聖者の下に送り込んでるんだけど。
 で、これはちょっと面白いのは、これはまあ一つの推測になるわけだけど、当時ね――何回もこれ言っているけども、インド仏教は滅びの危機にあった。滅びの危機っていっても、何か兆候が現われていたかどうかは分かんないけど。
 その歴史的な、運命的な流れとしては、つまりマルパとかがいた時代のちょっとあとに、まあ一瞬にしてというか――歴史の流れから見たら本当に一瞬にして、インドから仏教は姿を消すんです。まあそれはイスラム教の侵入とか破壊とかいう理由もあったんだけど、それ以上に、インド仏教が、ちょっと民衆からね、見放されていたとも言われている。なんていうかな、学問仏教に走り過ぎてね。で、一気に姿を消すわけだけど。
 で、結果的に、そのちょっと前に――さっきから話していたような、チベットの仏教徒たちがゴソッとインドにやってきて、インドの仏教を学んで持ち帰ってくれてたおかげで、地球上に、まあ最盛期のっていうかな、その最後のインド仏教は残ったんですね。つまり逆に言うと、チベットにしか残らなかったわけだけど。チベットだけに、まあ最後の時代のインド仏教っていうかな――は残された。
 これはいつも言ってますけどね、中国とか日本に伝わった仏教っていうのは、まあ大乗仏教、または初期の密教なんだね。大乗仏教および初期の密教時代の仏教が中国に伝わり、そして日本に伝わりましたと。で、そのあとの、後期密教っていうかな、最盛期の密教っていうのはまあ、チベットにしか伝わらなかったんだね。で、マルパ自体もその一つの大きな役割を担ってね、まあマルパも多くの経典をチベットにもたらして、翻訳しているんだね。大きな役割を担ったわけだけど。まあおそらくナーローはそれを分かっていて――つまり単純にこのマルパっていう男は、自分のね、一人の弟子として来たわけではなくて、インド仏教の全体の歴史を背負わなきゃいけない。まあ結果的にはチベットは四つの派ができるわけだけど、つまりその一つを担っていたのがマルパだから、インド仏教の全体像をね、全部このマルパに伝授しなきゃいけないということが、たぶん分かっていたのかもしれない、ナーローはね。だから、まあ自分と関係のある、各それぞれのエキスパートの所にマルパを送り込んだんだね。
 つまりまあ逆の言い方をすると、ナーローと関係のあるいろんなタイプの聖者たちが、マルパ一人に対して徹底的に教育したわけだね。「さあ、おまえが、インドで滅びゆく仏教を、これからチベットに伝えていくんだ」という感じで伝授したんだと思うね。そういうことはまあ、本人たちは言ってないけどね。言ってないけど、全体の流れを俯瞰して見ると、まあそんな感じがしますね。
 はい。じゃあ次行きましょう。


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「実写ドラマ・マハーバーラタ 第85話」をアップしました。

2019-11-08 22:15:32 | 今日のAMRITAチャンネル
「実写ドラマ・マハーバーラタ 第85話」をアップしました。
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Mの信

2019-11-08 18:30:22 | 経典の言葉・聖者の言葉





 彼(M――マヘンドラナート・グプタ)は、師(ラーマクリシュナ)の長兄がかつて学校を運営していたベチュ・チャタージー通りに頭を下げていた。また、師がかつて聖職者として勤めていたジャーマプクルにあるミトラ家の家に対しても同じように頭を下げていた。仲間がそれを見て驚くと、Mは、「この通りを歩けば誰もがヨーギーになることを知っていますか?」と言った。
 師の死後、ときどき彼はドッキネッショルに行くと、いつも濡れタオルを持ち帰った。そして水を絞り出し、信者たちに振りかけて言った。
「師が沐浴なさっていたガンガーのガートから、この聖水を持ってきたのです」と。


(「神と共に」より)

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ラーマクリシュナの召使い

2019-11-08 18:20:37 | 経典の言葉・聖者の言葉






 まず先にラーマクリシュナを学ばなければ、人は決して真のヴェーダ、ヴェーダーンタ、バーガヴァタやプラーナの重要性を理解できない。彼の人生はインドのすべての宗教的思想を照らし出すための無限の力を持つ明かりである。彼はヴェーダとその目的に対する生きた記録であった。彼は一つの人生の中で、インドにおける国民的宗教の存在の全体を生きた……
 ラーマクリシュナ・パラマハンサは、一番新しい、最も完全なアヴァターラである。――叡智、愛、放棄、慈善、人々を助けたいという強い気持ちが一つになって人としてあらわれた方である。彼と比較できる人間がどこにいるというのか?
 わたしのこの上ない幸運は、わたしがいくつもの生涯を通じて彼の召使いであることだ。彼の一語は、わたしにとってヴェーダやヴェーダーンタのよりもはるかに重い。――ああ、わたしは彼の召使いの、さらに召使いの一人だ……


 ――ヴィヴェーカーナンダ

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「四無量心」

2019-11-07 08:34:11 | 解説・スフリッレーカ




◎四無量心

【本文】
 慈愛、哀れみ、喜び、平静な心を、常によく修めるべきです。たとえ高い境地に至らなくとも、梵天の世界の幸せを得るでしょう。
 欲望、思案、喜、楽と苦を断つ四つの瞑想によって、梵天、浄光天、広善天、広果天の神々と同じ幸せを得るでしょう。



 はい。この「慈愛、哀れみ、喜び、平静な心」――これは、Cさん、何ですか?

(C)四無量心。

 そうだね。四無量心ですね。慈、悲、喜、捨といわれていますが、つまり「慈愛」というのは衆生の幸福を願うこと。「哀れみ」――これは衆生の苦しんでるさまを、「ああ、哀れだ」と思って救いたいと思うことね。この二つを慈悲といいます。
 そして「喜び」――これは自分や他の衆生が修行を進めたとか幸福になったとか、それを喜ぶことですね。
 最後の「平静な心」というのは、自分自身に関してどんな苦しみがあっても、どんな喜びがあっても一切とらわれずに平静でいるということですね。
 この四つをしっかりと修めてくださいと。
 「たとえ高い境地に至らなくとも」というのは、つまり完全な解脱を果たさなかったとしても、この四無量心がしっかり身につくと、梵天の世界以上に行けるといわれています。梵天というのは六道輪廻を超えた、色界だね。色界といわれる、われわれのこの六道輪廻は超えてるんだけど、まだ完全な解脱ではない神の世界があります。それがこの四無量心と関係しています。よって、完全な解脱を得なかったとしてもこの四無量心をしっかり身につければ、梵天の幸せを得ますよっていうことですね。



◎色界の四つの瞑想

 そしてその次の、「欲望、思案、喜、楽と苦を断つ四つの瞑想によって」云々っていうのは、これもここでよく説明している色界の四つの瞑想ですね。
 つまりまず第一段階は欲望を断つ瞑想。欲望を断って――これは非常に簡単にしか説明していないので、もうちょっとだけ言うと、第一の瞑想はまず欲望を断ち切る。どうやって欲望を断ち切るのかというと、これが思案なんですね。ここでは思案とありますが、つまり思索によって欲望を断ち切るんです。つまりさっき言った教学をしっかりして、教学をもとに分析をする。さっきのパチンコ屋の分析とかもそうだけども、いろんな形で、自分の中に眠っているいろんな煩悩・欲望を分析して断ち切って、心が平静になった状態。これが第一の瞑想。
 第二の瞑想は、次は思案を捨てるわけです。思案を捨てるっていうのは、分析もやめてしまう。分析じゃなくて、完全なる心の中心への精神集中によって素晴らしい状態を得る。これが第二の瞑想。もちろんこの第二の瞑想は、第一の瞑想がある程度なされてないと駄目です。つまり思索によって心がある程度整理されていないと、集中によって安楽を得るっていうことは無理なんです。だから現代のいろんな瞑想を教える人がやるように、ただ座って「はい。じゃあ、心を静めて……」――これは駄目なんです。最初は徹底的に教えを学んで、教えによって自分の心のいろんな悪い部分を分析して落としていかないと――つまり心の中にいろんな悪いものがあって、整理されていない状態で座ったって悪いものしか出てこない。あるいはもっと浅い場合は悪いものにも到達しない。到達しない浅い瞑想で、「ああ、わたしは安らいでる」って言ってるだけなんだけど、全く意味がない。だからもっともっと深いところに入って、で、深いところに入るといろいろ出てきます。いろいろ出てきたものを教学と分析によってスパスパと断ち切っていく。で、断ち切ったところで、非常に静かな境地が出てきます。で、その境地に対して集中するんです。これが第二の瞑想。
 第三の瞑想は、今度は「喜」ってありますね。喜を捨てる。つまり第一の瞑想と第二の瞑想を達成すると、喜と楽というのが出てきます。これは言葉の表現なので具体的に言うと、精神的な――わたしの経験で言うとね――ウキウキするというか、ちょっと興奮にも似た喜びの感覚。それからそれとはまた別の、体中を満たす至福感。この二つが生じます。で、このうちこの精神的な興奮みたいなものの方がちょと雑なんだね。第三段階の瞑想ではこの雑な喜びみたいなものが消えるんです。ただ至福だけになるんです。これが第三の瞑想。
 第四の瞑想において楽と苦――つまり第三の瞑想で感じた至福も含めて、そういった喜びとか苦しみとか、あるいはいい状態とか悪い状態とか、そういった二元性の世界を完全に超えてしまう。一元の世界に入ってしまうのが、最後の第四の瞑想ですね。
 これが非常に簡単に、「欲望、思案、喜、楽と苦を断つ四つの瞑想」とあるけども、仏教でいう有名な色界の四つの瞑想ね。
 もう一回言いますよ。まず第一段階、教学と分析によって自分の欲望を断ち、非常に静かな心を得ますと。
 第二段階では、その静かな心の状態に精神集中をして全く心が止まった状態。そしてその中で強い喜びと至福感を得る状態ね。
 第三段階では、その粗雑な喜びが消えて純粋な至福感だけになる状態。
 第四段階では、その至福も超えて二元性を超えた世界。楽と苦を超えた世界に入りますよと。
 そしてこの四つの瞑想が色界の――ここでは「梵天、浄光天、広善天、広果天」と書いてありますが、これはいろんな分け方があるんですが、色界というのは色界全体が大きく四つに分けられるんだね。これが今言った四つの瞑想に対応してるといわれています。だから例えば第一段階の瞑想に自在に入れるようになった人が死んだら、梵天に生まれ変わりますと。で、生きているうちも、第一段階の瞑想に入れるようになった人は、この世界にいても梵天と同じ喜びを味わえますよというところですね、ここは。
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シュリー・ラーマクリシュナの愛

2019-11-06 16:57:30 | 経典の言葉・聖者の言葉




 シュリー・ラーマクリシュナは、ひとふれで、その人のカルマの99パーセントを飲み干されるのだった。師が最後に長い病気を患ったのは、他人のカルマを引き受けるためだった。師はわたしたちにいつもこうおっしゃっていた。
「わたしがカルマを引き受けた人々は、自分自身の強さで救済を実現したと思っている。わたしが彼らのカルマを引き受けたことを理解していない。」
 師にどれくらい借りがあるのか、わたしたちにはわからない。しかしいつか、わたしたちのために師がなされたことを理解し、感謝をささげなければならない。
 
 シュリー・ラーマクリシュナがコシポルのガーデンハウスに到着された時は冬だった。かなり寒い日が多かった。ある日の深夜、師の身の回りのお世話をしていたとき、わたしは薄い着物だけを羽織って外を急いで歩いていた。わたしが師の部屋に戻ったとき、師が、病気であるにもかかわらずベッドから起き上がり、何とか部屋を横断して洋服掛けにかかっている衣服に手を伸ばしているのを見た。
 
 「何をなさるのですか?」――わたしは叱るような調子で師にお尋ねした。「今日はとても寒いのです。起き上がってはいけません。」

 すると師はご自分のガウン(ショール)を持って、心配と愛情にあふれた弱々しい声でおっしゃった。
「お前が寒いといやなのだよ。これをお使い。」



 ――スワミ・ラーマクリシュナーナンダ(「わたしたちが見たラーマクリシュナ」より)
 

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「解説・マルパの生涯」(2)

2019-11-05 19:21:32 | 勉強会より抜粋



【本文】
 マルパは両親の財産の自分の取り分を強引に手に入れ、そのお金でインドへと旅立ちました。
 このころは、インド仏教のチベットへの輸入が盛んに行なわれていた時期で、マルパ以外にも多くのチベット人が、教えを求めてインドに旅していました。
 しかしマルパは、他の学者たちとは少し違った道をとりました。学僧ではなく、ナーローという密教行者の弟子になったのです。ナーローはもとはインド最大の僧院であるナーランダー僧院の僧院長として大変有名でしたが、その地位を捨て、僧院を去り、密教行者ティローの弟子になった、いわば異端者でした。


 はい。まずそのインドに行く決意をしたマルパは、ただまあまだ、なんていうかな、若かったので、お金がないと。まあつまり旅費もないし、それからまあその当時は、師について教えを受けるときには、まあお金というよりも黄金だね。黄金を、まあ感謝の印としてお布施するという習慣があったので、まあ教えを受けにインドに行くには、旅費プラスその報酬としてね、膨大なお金がいったわけですね。で、マルパはまだお金がなかったんで、両親に言ってね、自分の財産の取り分を強引に手に入れたと。まあつまり、お母さんお父さんが死んだら遺産を分けてもらうわけだけど、今くれと。ね(笑)。今、自分が分けてもらうはずの遺産を、今くれと。親の財産を、「おれの分よこせ」って感じで奪っていったわけだけど。
 マルパの人生を見てると――まあ例えばナーローパ、マルパ、ミラレーパ、ガンポパ――このカギュー派の祖師たちは、全員性格が違います。ね(笑)。で、あるいはまあもちろんほかのね、ロンチェンパとか、あるいはまあゲルク派のツォンカパね。あるいはまあパドマサンバヴァもそうだけど、みんな性格違うんだね(笑)。この辺が面白いところなんだね。
 つまり、なんていうかな、仏教、あるいはヨーガというその修行、まあ言ってみれば宗教でもあるわけだけど、それをしっかり実践するとみんな同じようなものになっていくっていうよりは(笑)、特に密教はそうなんだけど、エネルギーが強くなるので、非常に特徴が出るっていうかな。
 で、マルパっていうのは、これはマルパの全体のその生涯を見れば分かるけど、非常にね、現実的な人なんです。これがマルパのすごく特徴なんだね。現実的なんです。現実的――つまり夢を追いかけたり、ほんわかとこう――まああるいはその、神におまかせしてればなんとかなるというタイプではなくてね。もちろんそれはそれで素晴らしいんだけど、そうじゃなくてマルパの場合は、すべて現実的に力ずくで現象を動かすようなタイプなんだね。うん。だから、例えばドクミがなかなか教えてくれないっていう現実に直面したら、もうすぐさま心を切り替えてね、よし、わたしがインドに行こうと。でも金がない、ってなったら、じゃあ金を――ね、十年ぐらい、しっかり頑張って貯めようかって発想にならないんだね。親の遺産があると。ね(笑)。で、でも普通は、「でもそんななあ……死ぬ前に遺産くれなんて常識的じゃないよな。ちょっとそれはさすがに親戚にもちょっとあまりいい評判立たないだろうし……」って考えるんだろうけど、「いや、もらう」と。「おれの権利があるのだ」と言って、こう無理矢理もらうわけだね。すごく現実的で強引っていうか。それがまあいい悪いは別にしてね、マルパのスタイルというか性格だったんだね。
 で、そのようにして金を手に入れて、まあインドに旅立ちましたと。で、ちょっとここではこう、大ざっぱにしか書いてないんだけど、もうちょっと詳しく言うと、最初ね、チベットからまあインドに渡るときに、いったんマルパはネパールに二、三年留まっているんです。それはなんでかっていうと、まあその当時の考えとして、チベットっていうのはすごい標高が高い寒い国なわけだけど、インドはまあご存じのとおりすごい暑い国なわけだけど。まあその当時のね、チベット人っていうのは、まあはっきり言うと田舎者です。田舎者であまり外の世界を知らないと。で、インドっていうのは、まあある意味文化的に――まあ、現在われわれがインドっていうとさ、すごくその、なんていうかな、ヒッピーとかがいっぱいいるような、ちょっと自由な雰囲気をイメージするかもしれないけど、当時のチベットから見たインドっていうのは大文明国なんだね。すごい文化が進んだ国っていうイメージがあった。で、田舎者のチベット人達は、まあちょっとインドに対するおそれがあって、で、しかもその非常に暑いと。で、われわれが、チベット人であるわれわれがいきなりインドに行くと、熱病にかかって死んでしまうようなそのおそれが、恐怖があったんだね。だから中間地点のネパールにいったん行って、そのネパールでちょっとこう体をね、慣らして、インドに行くっていう、まあ風習っていうかな、パターンがあったみたいなんだね。
 で、マルパも同じようにそのネパールでちょっとこう体を休めるとき、途中でね、まあこれ、あとにも出てくるけど、ニュっていう名前の同行者がいたんですね。で、このニュもマルパと同じ目的で、つまりインドに行って仏教を学んで、それをね、持ち帰ろうという目的でインドに行こうとしていた。つまりここにも書いてあるように、その当時はそういうムーブメントっていうか、そういう流れがすごくあったんですね。つまり仏教を志す者たちが自らインドに行って、で、当時はナーランダーとかすごいその学問仏教が盛んだったんで、インドでね。そういうところに行って、正統的な仏教をしっかりと学んで、で、それをまあチベットに持ち帰って、研究してね、その正統的な仏教をしっかりとチベットに広めようと。まあもしくはもっと、ちょっと俗的な希望があった人は、その最先端なね、インド仏教を持って帰って、まあ偉くなろうって思ってた人もいるかもしれない。まあとにかくいろんな人達が、インドに仏教を求めに行ってた時代だったんだね。
 で、そのニュって言われる同行者と一緒にネパールにしばらくいたんだけど。で、そこで――まあここに書いてない話をちょっと言うと、チテルパとパインダパっていう二人の修行者と、このマルパとニュが出会うんだね。チテルパとパインダパという二人と出会って、で、そのパインダパっていうまあ行者がね、ある教えを説いていたと。で、そこにマルパとニュがやってきたんですね。で、そのパインダパと、それからチテルパがそれを見て、チテルパがね、「おい、あの二人は誰だろう?」と。ね。マルパとニュがやってきたわけだけど、「あの二人は一体誰だろう?」と。ね。で、そこではちょっと高度な秘密の教えを説いてたんで、「チベット人らしいけども、彼らはまだその資格があるか分かんないから、彼らにこの話を聞かれてもいいだろうか?」ってチテルパが言ったら、パインダパが、「チベット人なんてものは牛みたいなもんで(笑)、おれたちのネパール語が分かるわけがない」と。「だから大丈夫だよ」って言ってたんだね(笑)。で、まあそれはちょっと冗談っぽく言っただけだったかもしれないけど、これを聞いて、プライドの高いニュは、すごい怒ってしまったんだね。つまり自分たちを軽蔑、馬鹿にされ――まあ、つまり二人はもうネパール語を分かってたから、意味が分かってね、馬鹿にされたっていう感じで怒ってしまったんだね。でもマルパはそこで怒らなかった。
 まあこれも縁なんだけど、実はこのチテルパとパインダパっていう二人は、ナーローパの弟子だったんです。で、マルパがね、翌日またそのチテルパとパインダパのところに行こうとしたら、ニュは行かなかったんだね。うん。つまりその、「あんな人を馬鹿にするようなやつのところにはおれは行かん」って言って、ニュは行かなかった。で、マルパだけがチテルパとパインダパに会いに行った。
 その二人がね、マルパに、ナーローパに会うことを勧めるんだね。「あなたはインドに教えを受けに行こうとしているらしいですが、本当にね、――ただ表面的な学問ではなくて、本当に究極の真理の真髄を得たかったら、ナーローを訪ねなさい」と。ね。「ナーローはわたしの師匠です」と言って、ナーローのことを勧めるんだね。で、そこでマルパはニュのところに帰って、ニュにもそれを勧めるんだね。「ナーローのところに行こう」と。まあつまりマルパはナーローと縁があったから、すごく惹かれたんでしょうね。でもニュは、それをもちろん断った。まあそれは、チテルパとパインダパが嫌いだったということもあるけども、ニュはやっぱり正統的に仏教を学びたかったから、ナーロー――まあナーローのことは有名だったわけだけど、ナーローは、この間ね、「ナーローの生涯」で学んだように、一時はインド一の大学者と呼ばれる程のすごい誉れを手にしたんだけど、それをすべて捨てて、まあ密教行者ティローの下に弟子入りしてね、放浪の密教行者になったわけですね。で、それをニュはすごく軽蔑していて、彼はね、正統的な仏教で本当に高い地位に行ったにも関わらず、それをすべて捨てて、なんか乞食行者の弟子になって、なんかわけの分かんない修行をしていると。ね(笑)。だからあんなやつの所におれは行きたくないと。行きたいなら勝手に行けって言って、で、まあここで二人はね、別れて、ニュはね、正統的なっていうかな、学問的なお寺の仏教を学びに行って、で、マルパはその密教行者であるナーローを探しに行ったんだね。
 この辺の話っていうのはね、そうですね、昔、中沢新一さんの話でちょっと似たような話を読んだことがある。似たような話っていうのは、まあ中沢新一さんっていうのは皆さん知っていると思うけども、まあもともとね、宗教学者としてネパールに行ってね、で、まあ彼の師匠であるニンマ派のケツン・サンポ・リンポチェ――まあもう亡くなってしまいましたけども、このケツン・サンポと言われるニンマ派の師匠の下を訪ねて、弟子入りするんだね。まあそれももちろん、彼がそのすごくその、縁が、ケツン・サンポとあったからでしょうけども。
 まあ中沢新一さんのいろんな書いたものを読むと、まあ最初はもちろんほとんどチベット仏教ってよく分かってなくて、で、まあ、まさに縁みたいな感じでそのケツン・サンポの下に行くわけだけど。で、このケツン・サンポっていうのが、さっきも出ましたニンマ派のね、つまり密教の師匠だったんだね。で、そのニンマ派の下で、ゾクチェンって言われる、まあ秘儀的な密教の教えを学んでたわけだけども。
 で、そのころの中沢さんの回顧としてね、そのころまあネパールとかインドとかでニンマ派の修行をしていると、まあ日本人の研究者とたまに出会うらしいんだね。つまり日本人も、そのころだから、日本から中沢さん以外にも学者の人たちがネパールとかインドとかにやってきて、チベット仏教っていうのを研究してた時期だったんだね。で、そのころ同じその日本人の研究者と出会って、まあよく会話になると。そうすると、「君は何を学んでいるんだね?」ってこう言われると。そうすると中沢さんが、「はい。ニンマ派のグルの下で、ゾクチェンを学んでいます」って答えると、たいていが鼻で笑われるらしいんだね(笑)。「ああ、ヨーギーか」と。ね(笑)。なんか今のわれわれからすると、「ヨーギーか」って言われたら「いいじゃん」っていう感じがするんだけど(笑)、ヨーギーっていうのはちょっとこう馬鹿にするような言葉として使われたらしんだね。
 つまりその当時の――その当時のですよ――その当時のチベット学っていうかな、チベット仏教学の研究では、まあさっき言ったゲルク派とかね、そういったその、まあなんていうかな、学問仏教的なものがすごく重要視されていて、まあつまりニンマ派とかカギュー派っていうのはなんか、山を裸で放浪したりね、なんか何やっているかよく分からないと(笑)。ね(笑)。ちょっとこう、あまりその学問を重視しないところがあるから、ちょっとこう、野蛮なね、感じに見られたらしいんだね。
 ちょっと話を戻すけど、このマルパとニュの、この話もね、すごくそれにちょっと似た感じがありますね。つまりナーローって今でこそすごく評価されているけど、当時の、正統的にインド仏教を学ぶんだって意気込んで、インドに行こうとしていたチベットのエリートから見たら、ちょっと異端だったんだね。うん。「え、あんなのについて学んでもしょうがないじゃない?」と(笑)。ね。いや、そうじゃなくてナーランダーの偉大なね、お坊さん方、ナーランダーですごくその地位を与えられている、ね、大阿闍梨的なね、人達に学ばないでどうするんだって、多分、気持ちがあったんでしょうね。
 でも、何度も言うけども、マルパはおそらくナーローとすごい縁があったので、その正統的なエリートコースを辿らず、まっすぐにナーローの下に向かったわけですね。
 はい。じゃ、次行きましょう。

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「魂捧ぐ、恐れなき母の御足に」をアップしました。

2019-11-04 21:26:52 | お知らせ
 

 新曲「魂捧ぐ、恐れなき母の御足に」をアップしました。

https://www.yoga-kailas.com/kirtan?wix-music-comp-id=comp-k16ojg58&wix-music-track-id=4947354421559296



 キールタンコーナーからお聞きください。

 https://www.yoga-kailas.com/kirtan



魂捧ぐ、恐れなき母の御足に


作詞:Ramprasad
詞アレンジ・歌:Keisho.Matsukawa
作曲・演奏:Yuri.T
録音・編集:Takuya.T





方向もわからぬ海の上
魂はさまよう 
エゴという船頭に頼るなら苦悩しかない

わたしはわが魂を
母の無恐怖の御足に
さしあげてしまいました
もう何も恐れはない


頭上にたばねたもとどりには、
母カーリーの御名を結いつけた

わが身は市場に売り払い、
それでドゥルガーの御名を買った


欲望という名の敵も、すべて追い出した
人生の大海を渡る準備は整った


「ドゥルガーに勝利あれ」と叫びつつ……
マー マー マー
「ドゥルガーに勝利あれ」と叫びつつ……



わたしはわが魂を
母の無恐怖の御足に
さしあげてしまいました
もう何も恐れはない


私はハートの奥深くに、
マーの御名という如意宝樹を植えた

死の王ヤマがやってきたら
胸を開いて、見せてやりましょう


欲望という名の敵も、すべて追い出した
人生の大海を渡る準備は整った


「ドゥルガーに勝利あれ」と叫びつつ……
マー マー マー
「ドゥルガーに勝利あれ」と叫びつつ……



わたしはわが魂を
母の無恐怖の御足に
さしあげてしまいました
もう何も恐れはない





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自我の放棄と慈悲と帰依(再掲・抜粋)

2019-11-02 21:45:36 | 松川先生のお話




 ただただ神の愛にこの身を任せ、
 何が良いとか悪いとか、自分では決めず
 ただただ神への誠実な愛と
 衆生への誠実な慈悲を持ち、育て、
 この輪廻の中で、自我の放棄の状態をキープする。

 後に起こることは神任せ。
 すべては起こるべくして起こる。
 すべては完璧であり、喜びである。
 自我意識のみが、その完璧さを汚す。

 神に心を任せ、その身を任せ、
 自我意識を放棄し、
 神への愛と、衆生への慈悲のみによって、生きてください。
 それはあなたに、最高の平安と喜びをもたらすでしょう。
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2019-11-02 18:52:55 | 経典の言葉・聖者の言葉


 いっそう心して師を求めなさい。師を恭敬し礼拝して、その言葉を疑うことなく、倦み疲れることなくありなさい。

 もろもろの菩薩は師によって菩薩行を究めて、一切の菩薩の功徳、一切の菩薩の大願、一切の菩薩の善根を満たして、菩薩道の修行の助けとした。
 もろもろの菩薩は師によってダルマの光明を生じ、菩薩の法門を浄める。
 もろもろの菩薩は師によって功徳の法蔵を維持し、一切の菩薩の大慈大悲の力を持ち、衆生に利益を与える心を得、悪道から遠く離れて大乗に安住し、菩薩行を修して悪しき友を遠ざける。
 もろもろの菩薩は師によって心退転せず、心に世間の惑乱なく、心に染著することなく、煩悩を殲滅し、もろもろの魔に悩まされることもない。

 師は慈母である。道を求める者を如来の家に生まれさせるゆえに。
 師は慈父である。道を求める者に無量の加護を与えるゆえに。
 師は養育者である。道を求める者を守護して一切の悪行を止めるゆえに。
 師は偉大な師である。道を求める者を教化して菩薩の戒を学ばせるゆえに。
 師は導師である。道を求める者を彼岸に至る道に導くゆえに。
 師は良医である。道を求める者の煩悩の病を治療するゆえに。
 師はヒマーラヤである。道を求める者のために智慧の薬草を生じるゆえに。
 師は勇将である。道を求める者を護衛して一切の恐怖を除くゆえに。
 師は堅固な船である。道を求める者を乗せてことごとく生死の海を超えさせるゆえに。
 師は船長である。道を求める者を全智のダルマの宝の島に渡らせるゆえに。

 良家の子よ、師を求めなさい。

 師に出会ったら、大地のようだと思いなさい。大地は万物を乗せてはぐくむゆえに。
 師はヴァジュラのようだと思いなさい。堅固にして何にも壊されないゆえに。
 師はヴァジュラの山のようだと思いなさい。一切の苦患を破壊するゆえに。
 師に出会ったならば、自分を捨てて従い、自己に恃むことなく、善き弟子でありなさい。

 師にお会いして、怠惰・慢心を破壊するしもべの心になりなさい。
 師にお会いして、隊商を率いて宝の地に行く商主の心になりなさい。
 師にお会いして、実りの時を知る作物の心になりなさい。
 師にお会いして、俊足にして遠くまで走る駿馬の心になりなさい。
 師にお会いして、もろもろの感覚を調伏する象の心になりなさい。
 師にお会いして、嫌悪を離れた子犬の心になりなさい。
 師にお会いして、悪しき風にも動じることがない山の心になりなさい。
 師にお会いして、何にも執着せずに動く風の心になりなさい。
 師にお会いして、虚勢を離れ、困難を打ち砕いて努力する心になりなさい。
 師にお会いして、ブッダの教えへと渡る橋の心になりなさい。
 師にお会いして、正しい道を見出したという思い、砂漠で涼地にたどりついたという思いを持ちなさい。
 師にお会いして、修学の心、勇健の心を持ちなさい。

 師にお会いして、これらの思いを持ち、素直な心で師を仰いで、その教えに随順しなさい。そうすれば善根は増大して、ヒマーラヤで薬草を得るがごとくである。そして大海をも飲み干すほどのブッダの器となるであろう。その心が清浄にして世間を超出することは大海にスメール山がそびえる如く、世間に染まらざること泥の中の蓮華のごとく、もろもろの悪に没せざること死体に大海がけがされぬごとく、叡智の光明は満月のごとく、あまねく法界を照らすことは太陽が輝くごとく、菩薩の身体をはぐくむことは母が子を養うごとくである。

 師の教えに随順するなら、つまるところ、百千憶ナユタ(数え切れないほど膨大な数)の功徳を得て、百千憶ナユタの菩薩の潜在力を増大し、百千憶ナユタの菩薩の法門に入り、百千憶ナユタの菩薩の大願を成就するであろう。

 菩薩の道を行く求道者はつまるところ、師によって、一切の菩薩行、一切のパーラミター、一切の菩薩のステージ、一切の菩薩の法忍、一切の菩薩のダーラニー、一切の菩薩のサマーディ、一切の菩薩の明智の自在、一切の菩薩の回向、一切の菩薩の大願を完成するであろう。

 このような一切の法は、師を根本とし、師によって生じ、師によって取得され、師によって生起し、師によって増大し、師によって住され、師によって得られるのである。



(「徳生童子解脱法門」より)


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