ヨーガスクール・カイラス blog

True Yoga, to meet the true self.

Mountain Hare Krishna( Gita Jayanti 2017 Drms version)

2021-01-17 13:43:34 | 経典の言葉・聖者の言葉
Mountain Hare Krishna( Gita Jayanti 2017 Drms version)
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シュリー・クリシュナ・カルナームリタ(2)

2021-01-16 22:05:02 | 経典の言葉・聖者の言葉


 光り輝くあの御方を、わたしたちの心の中で輝かせましょう。頭に鮮やかなクジャクの羽をいただく御方、素敵な美に包まれたお顔の御方、若さがほとばしり、横笛で歓喜のアムリタの音を降り注ぐ御方を!
 若々しく胸が膨らみ始めた年頃のヴラジャのゴーピーたちは、至る所で彼を愛情込めて礼拝する。
 まさに彼こそがこの全宇宙で唯一の喜びを味わう御方であり、喜びの唯一の源。


 シュリー・クリシュナの眼は花盛りの蓮華の花弁のように長く、そのすべてを魅了する蓮華のような御顔は、あり得ないほど美しく甘美な笑顔をたたえると、さらに魅力的になる。
 その豊富な巻き毛は、立派なクジャクの尾羽で飾られて喜んでいるかのよう。
 一切の光の顕現であるこの御方を、わたしの心の中で永遠に輝かせましょう。
 わたしの心は、一見、感覚の対象という名の有毒な肉を求めているように見えますが、心の中ではクリシュナの美を求めている。そのクリシュナの美しさは、バクタの心を縛り、主との別離に燃えるような苦しみを与えるのです。


 主の御顔という蓮華が、わたしの心の湖に咲きますように。
 その御顔の眼は、半分とじた蓮華のつぼみのようで、
 その繊細な鏡のように輝く頬は、
 横笛の調べという甘美なハチミツで膨らんでいる。


 微塵の微塵の微塵ほどでいいので、
 ムラーリの甘美な美しさを、わたしに述べさせてください。
 その御方の若きお姿は、わたしを恍惚とさせ、
 その月のようなお顔は、横笛の柔らかな調べによって礼拝されているのです。
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今日のAMRITAチャンネル「ワンポイントダルマ『ブッダが説いた修行法 その6「八正道」+四諦の教え 【七科三十七道品の教え】』」

2021-01-15 19:57:03 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAMRITAチャンネルは、「ワンポイントダルマ『ブッダが説いた修行法 その6「八正道」+四諦の教え 【七科三十七道品の教え】』」です。


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シュリー・クリシュナ・カルナームリタ(1)

2021-01-14 21:27:02 | 経典の言葉・聖者の言葉


シュリー・クリシュナ・カルナームリタ


 シュリーラ・ビルヴァマンガラ・タクル著




 如意宝珠であり我が師であられる、ソーマギリに栄光あれ。
 クジャクの羽を頭にいただく神の至高なる顕現であられる我が師に栄光あれ。
 如意宝樹のようなその蓮華の御足という木陰の下で
 ジャヤシュリー(ラーダーラーニー)は、永遠なる伴侶との超越的遊戯の味を楽しむ。


 一人の青年として現われ、天女の指先から落ちる如意宝樹の花で満たされている御方がいらっしゃる。
 その少年は全く気ままで、超越的な至福の境地にありながら、名高い横笛の音を奏でている。
 その少年は光り輝く何千ものゴーピーたちに囲まれている。横笛の調べに恍惚となりすぎて、ゴーピーたちはその衣が何度も何度もずれ落ちそうになり、そのたびに衣が落ちないように押さえている。
 世界で一番気前の良いその少年は、自己を明け渡した信者たちの手に、生と死からの解脱をお授けになる。


 青黒い若き少年に礼拝いたします。彼は愛の刺激を最高潮にまで引き上げ、踊りながら流し目で見ることでラーダーを歓喜で脱力させ、ラーダーとその友達から流し目で見られると今度は自分が歓喜で脱力してしまう。
 甘露の波のようなその少年の美しさは、ラーダーとその友達の眼に極度の渇仰を生み出し、逆に彼女たちの甘美な美しさは、その少年を彼女たちに会いたい気持ちに駆り立てる。
 ラーダーは、哀愁を帯びた一瞥でもってその少年に心を込めて礼拝し、その少年はラーダーとその友達と一緒にヤムナーの岸辺で愛のこもった遊戯を楽しむ。
 愛の美を確固として支配する愛の神カーマデーヴァの源である若き青い肌の少年に礼拝いたします。
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「ミラレーパの十万歌」第一回(7)

2021-01-09 16:45:59 | 勉強会より抜粋



【本文】

 ミラレーパは意気揚々として、衣服を直し、腕に薪を抱えて、洞窟に戻りました。
 中に入ると彼は、皿ほどもある大きな目を持った、五人のインドの悪魔を見つけて、ぎょっとしました。一人は彼の寝床に座って説法をし、二人はそれを聞き、もう一人は食べ物を用意し、ささげ、残りの一人はミラレーパの本を学んでいました。
 ミラレーパは思いました。
「これは、わたしのことをよく思わない地元の神々の魔法による現われに違いない。わたしはここに長く滞在してきたが、彼らに何の布施も挨拶もしなかった。」
 そして彼は、「赤い岩の宝石の谷の神々への挨拶の歌」を歌い始めました。




 はい。これはちょっと、なんかコミカルな感じだけどね。ミラレーパが心が変わって、「さあ!」って意気揚々と洞窟に戻ってきたら、五人の悪魔がいたと。で、皿ほどもある大きな目をしてて、一人は――つまりその皿ほどの大きな目の悪魔の一人が、ミラレーパの寝床に座ってなんか教えを説いてると(笑)。で、ほかの悪魔たちがこう聞いてると(笑)。で、一人はなんか食べ物を捧げてて、で、もう一人は別のところでミラレーパの本を読んでると(笑)。
 さっきも言ったけど、悪魔あるいは悪霊、まああるいはレベルは別にして、霊的な存在っていうのは存在します。実際にね。今もこの空間にもいるかもしれない。それはちょうどそこら辺を野良猫が歩いてるような感じで普通にいるんです。
 仏教の世界観っていうのは、まず地獄があって、で、動物界があって、で、霊の世界があって、で、人間の世界がありますよと。で、この動物界と霊の世界と人間の世界、まああとは神々の――神々もかなり広いから、神々の低い方の世界ね――これは結構つながってるんだね。結構同じような世界にいます。ただわれわれが普通に見ることができるのは動物だけだけど、動物だけじゃなく、霊とか、あとちょっと低い段階の神っていうのは、見ることができないだけで、その辺にいっぱいいるわけです。
 で、修行途上いろんな悪魔やあるいは低い神、まああるいは高い神との遭遇っていうのをわれわれは経験します。
 ここでも何回か言ってるけど、わたしも修行中いろんなタイプの魔的な存在と出会ったことがある。で、ちょっとこれを見て思い出すのは、イメージ的に似てるのは、わたしが以前経験したものとしてね――これもちょっと前に話したことあるけど、昔わたしが福岡に住んでいたときに、ある場所でね、短い間だったんだけどヨーガを教えることになって――ただその場所っていうのは、あまりいい感じの場所じゃなかった。で、それは多くの人がそう思ったんだね。多くの人っていうのは、そこをちょっと掃除したりとか物を運んだりするのにいろんな人が手伝ってくれたんだけど、みんな調子が悪くなった。「なんかここ変ですよ」とか。で、わたしはもともとあまりそういうのは感じない方なんだね。つまりあまり――まあ悪く言えば敏感じゃない。良く言えば、まあ図太いっていうか。あまりその(笑)、ちょっと変なところに行ってもそんなに悪くならないんだけども、そこはなんか変だった。ちょっと変な空間だったんだね。まあでもそれはそれでいいと。別にそれは修行でね、そこを浄化すればいいと思ってた。
 で、あるときそこで寝てたら、悪魔がやってきたんです(笑)。で、それはなんていうか表現しづらいんだけど、わたしがこう寝てて――もちろん目もつぶってるんだけど、窓から入ってきたんです。で、まあわたしがここに寝てるとしたら、この辺にこう二匹いたんだね。目をつぶってるんだけど分かるんです。その姿とか。それは小さい。これくらいの小ささで、子供みたいな悪魔なんだね。で、座ってる。で、そのときわたしは横になりながら意識がある状態で、まずこれは仏教でチューの瞑想ってあるんだけど、つまりこの自分の体をこうバラバラに切り刻んで、いろんな神とか悪魔とかに捧げる瞑想があるんだけど、まずそれをやったんだね。自分をバーッて切り刻んで、「さあ、わたしの体が欲しいなら持っていきなさい」と。
 で、そのころ実は――そのころっていうよりも、その前の段階で何年かわたしはよくそういった悪魔的なものとか悪霊とかと、あるときは対決したり、あるいはあるときはまあなんていうか、こちらの心が変わることによって悪魔が消えたりとかっていう経験をよくしてたんだね。だからそういう悪霊的なものに対するちょっと心の余裕があった。だからその二匹の変な子供みたいな悪魔が来たときも、あまり慌てずに、「ああ、よく来たな」と。「ゆっくりしていけ」みたいな感じで語りかけたんだね、心の中で。そしたらその二匹がなんか慌てだして(笑)。多分ね、脅かしに来たのか分かんないけど、そしたらこっちが余裕でなんか(笑)、対処したから、慌てだした。なんか「おおー」って慌てだして、パーッて窓から逃げていったっていうことがあったんだけど(笑)。そういう感じの経験っていうのは、これから皆さんも経験するかもしれない。それはよくあります。
 で、このミラレーパの出会ったものも、まあそういう雰囲気があるね。非常にコミカルで。別にミラレーパを殺そうと思ってワーッてやってきたサタンみたいな感じじゃなくて(笑)、この辺にいる霊的な存在がちょっとコミカルな感じで現われたと。
 はい。そして、「これは、わたしのことをよく思わない地元の神々の魔法による現われに違いない」と。
 日本でもそうだし、もちろんインドとかチベットとかでもそうだけど、日本でもさあ、よく――まあ八百万の神って言うけど、例えば何とかの山の神とか、例えば湘南台の神とかね。あるいはこの洞窟を守護してる神とかそういう発想ってあるよね。で、それはもちろん実際にあるんです。実際にその地を守護してる神とか、あるいは何か一つのものをね、守ってるっていうよりも、そこに住んでる神とか、いろいろいるんだね。で、ミラレーパはここにずっと住んできたけども、この土地の神に挨拶してこなかったから、ここの土地の神っていうかな、霊的な存在がちょっと怒ってるのかもしれないなと。で、そこで挨拶の歌っていうのを歌ったわけですね。
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要約・ラーマクリシュナの生涯(36)「カーシープル(コシポル)のガーデンハウス」(1)

2021-01-08 21:01:59 | 聖者の生涯


36 カーシープル(コシポル)のガーデンハウス


◎カーシープルへの移住

 以前は効果をもたらしていた薬も効力を失い、ラーマクリシュナの病が刻々と悪化していくのを見て、サルカル医師は、カルカッタの汚染された大気がその原因の一つであると確信し、どこか郊外の別荘に移住するようにと勧めた。
 その時点で、アグラハーヤナ月(11月中旬から12月中旬まで)の前半が過ぎていた。不吉とされるパウシャ月(12月中旬から1月中旬まで)に入ってしまうと、ラーマクリシュナは引っ越しを受け入れないだろうと考えた信者たちは、必死になって郊外の別荘を探した。まもなくしてカーシープル(コシポル)のマティ湖の北側に良い別荘を見つけ、借りた。
 こうして1885年12月11日、ラーマクリシュナはカーシープルのガーデンハウスに移住した。花と果樹に飾られた庭園と新鮮な空気、そしてひっそりとした雰囲気をラーマクリシュナが喜ばれるのを見て、信者たちはうれしく思った。

 カーシープルに移住してからもラーマクリシュナの病は悪化の一途をたどり、約八か月後の1886年8月16日、ラーマクリシュナは肉体を捨てた。

 この最後の八か月の間、背が高く頑健であったラーマクリシュナの体は、やせ細って骸骨のようになった。しかしほんとんどしゃべることもできないような状態でありながら、小声で、また筆談によって、弟子たちに最後の教えや指示を与え続けた。

 ラーマクリシュナは何度もこう言った。
「この世を去る前に、わたしのすべての秘密を明かして行こう。」

 ラーマクリシュナをアヴァターラ(至高者の化身)と考える弟子はいたが、ラーマクリシュナ自身は自分をアヴァターラだと断言したことはなかった。しかしこの死の床にあって、ついにラーマクリシュナは、ナレンドラその他の一部の内輪の弟子たちに、自分がアヴァターラであることを明かし始めた。

 また、このようにも言った。

「多くの人々がそれ(ラーマクリシュナの偉大さ)を知ってささやきあうとき、この入れ物(ラーマクリシュナの肉体)は存在しなくなるだろう。母の思し召しで、粉々になるだろう。」

「そのとき(闘病中に)、内輪とそれ以外の信者がはっきりするだろう。」




 あるとき、日々の自分の食費が寄付を集めてまかなわれていることを知ったラーマクリシュナは、それを嫌い、偉大な信者の一人であったバララーム・ボースに、ここにいる間の食費を払うようにと命じた。
 
 また、カーシープルのこの大きな屋敷の家賃を心配したラーマクリシュナは、敬虔な弟子で、ある程度経済的に余裕があったスレンドラを呼んで、こう言った。

「ねえ、スレンドラ。この信者たちはほとんどが貧しい事務員で、大きな家族を抱えている。この大きなガーデンハウスを借りる大金をどこで集めてこられようか。どうぞお前が全額を払っておくれ。」

 スレンドラは喜んで合掌すると、「ご命令のままに」と言った。

 またある日ラーマクリシュナは、やがて衰弱のために、自分で用を足すこともできなくなるだろう、と言った。これを聞いて信者たちは深く心を痛め、暗いムードになったが、そこにいた若い信者のラトゥは、恭しく合掌してこう言った。

「師よ、わたしがおります。わたしがどんなご命令にも従いましょう。わたしはあなたの掃除人です。いつでも控えております。」

 この言葉は感動的で皆の胸を打ったが、同時にラトゥはいつものように舌足らずの子供のようにかわいらしく聞こえる訛りの強いベンガル語でこう言ったために、ラーマクリシュナと信者たちは笑い、暗いムードも吹き飛んだ。
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今日のAMRITAチャンネル「ワンポイントダルマ『ブッダが説いた修行法 その5「七覚支」 【七科三十七道品の教え】』」

2021-01-08 19:35:36 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAmritaチャンネルは、「ワンポイントダルマ『ブッダが説いた修行法 その5「七覚支」 【七科三十七道品の教え】』」です。

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魂捧ぐ、恐れなき母の御足に

2021-01-08 15:20:33 | 経典の言葉・聖者の言葉
魂捧ぐ、恐れなき母の御足に
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要約・ラーマクリシュナの生涯(35)「ラーマクリシュナのシャムプクル滞在」

2021-01-07 20:34:56 | 聖者の生涯



35 ラーマクリシュナのシャムプクル滞在


◎ナレンドラの就職と退職

 ナレンドラがついにカーリー女神を受け入れ、師ラーマクリシュナの祝福を受けたのち、彼の家族の経済状態は徐々に改善され、豊かではなかったが、以前のような貧困にあえぐことはなくなった。この出来事の直後に、ヴィッダシャーゴルがカルカッタのチャンパタラ地区にメトロポリタン・インスティテュートの分校を開き、ナレンドラを校長に指名したのだった。ナレンドラはここで三、四カ月間働いた。
 経済状態はある程度改善されたものの、この時期のナレンドラは、親類からの悪意にひどく悩まされていた。彼らは、ナレンドラの父親が亡くなったのをよいことに、彼らの所有地を自分たちのものにしようとしたのだった。その結果ナレンドラ一家は、一時的に家を出て祖母の家に住まなくてはならなくなり、彼らに対する訴訟を起こすことを余儀なくされた。ナレンドラは、この訴訟に多くの時間を割けるように、また法学士の最終試験の準備のために、校長の職を辞さねばならなかった。さらにもう一つの理由としては、ラーマクリシュナの体調が悪化していたことがあった。師ラーマクリシュナの看病と奉仕により多くの時間を注ぐ必要性をナレンドラは感じていた。


◎ラーマクリシュナの喉の病気の始まり

 1885年、ラーマクリシュナが暑さのために非常に弱っていたので、信者たちは、氷を召し上がるように師に勧めた。これで師が楽になったのを見ると、多くの信者がドッキネッショルに氷を持ってくるようになった。ラーマクリシュナは子供のように、氷を入れた水や果汁を喜んで飲んだ。しかし一、二カ月すると、ラーマクリシュナの喉に痛みが生じ始めた。
 それから一カ月が過ぎるころには、話しすぎたり、サマーディに入ると、症状が悪化するようになった。最初は風邪による咽頭炎と診断されて、軟膏が処方された。しかし数日たっても改善が見られなかったので、こうした病の専門家として知られるドクター・ラカールチャンドラ・ハルダルが招かれた。彼はラーマクリシュナを診察し、内服薬と軟膏を処方した。
 しかしそれらの薬を一カ月以上続けても、喉の痛みはよくならなかった。慢性の痛みの他に、満月、新月、エーカダシーの日などには、痛みが激しくなった。こうなると、歯ごたえのある食べ物などは一切呑み込むことができなくなり、乳がゆやでんぷんのプディングしか食べられなかった。
 医師は、痛みの原因が、声帯の酷使と昼夜教えを説くことによる「坊さんの喉痛」だと診断した。医師たちは薬を処方し、食餌療法その他の指示を与えた。ラーマクリシュナはそれらのほとんどを忠実に守ったが、二つだけ守れないことがあった。それは神への愛ゆえにサマーディに入ることを抑えられなかったのと、人々への慈悲心から、信者たちへの法話もやめることができなかったのである。
 この時期、多くの求道者たちがラーマクリシュナを訪ねていた。常連の信者の他に、毎日6、7人以上の新来者が訪れていた。

 以前、ラーマクリシュナは、よくこう言っていた。

「多くの人々がこれ(ラーマクリシュナ自身)を神と見なして敬愛するようになれば、この身体は間もなく姿を消すだろう。」

 また、ラーマクリシュナがホーリーマザーにこのように言ったこともあった。

「私が誰からでも食べ物を受け取るようになって、カルカッタで夜を過ごすようになるとき、また最初の一口を誰かに与えて、それからその残りを食べるようになったときは、私が肉体を離れる日が近いと知るだろう。」

 こうしたことは、ラーマクリシュナが喉の病を発症する少し前から起こり始めていた。カルカッタに住む様々な信者たちの招待を受けて、誰に出された食事も食べた。またカルカッタのバララームの家に幾日も泊まった。
 またあるときラーマクリシュナは、自分のために用意された米飯とスープをナレンドラに与えて、その残りを自分で食べた。これを知ったホーリーマザーはラーマクリシュナのために新しい食事を作ろうとしたが、ラーマクリシュナは、「何の害もないことだ。作り直す必要はない」と言った。
 後に、ホーリーマザーはこう言った。
「師は私を安心させようとなさいましたが、師の予言を思い出すと、私は悲嘆に暮れたのでした。」





◎病の悪化、シャムプクルへの移住

 八月末、ラーマクリシュナの喉の痛みはひどくなり、信者たちは思案に暮れた。そしてこの時期、方向の決定を迫るある出来事が生じた。
 ある日、バグバジャルに住むある女性が、夕食にラーマクリシュナの信者たちを招待した。ラーマクリシュナもお迎えしたいと思ったが、容態が悪いのであきらめていた。それでも短時間でもいらっしゃることを期待して、一人の信者をドッキネッショルに迎えにやらせた。しかし九時ごろになってその信者は、「今日、師の喉から出血があったので、師はいらっしゃらない」という知らせを持って戻って来たのだった。
 そこに居合わせたナレンドラ、ラム、ギリシュ、デヴェンドラ他の信者たちは心配を極めた。話し合いの結果、カルカッタに家を借りて、ただちに師が治療を受けられるようにすべきだ、という決定が下された。
 その夕食の席で、ナレンドラはひどく気落ちしている様子だった。ある若い信者がその理由を尋ねると、ナレンドラは言った。

「我々全員をこんなに幸せにしてくださったお方が亡くなられようとしているのだ。私は医学書を読んで、医者の友人に尋ねてみた。彼等は皆、この種の喉の病気はガンに進行すると言うのだ。この出血で、さらにガンが疑われるようになった。そうだとすれば、手の施しようはあるまい。」


 その翌日、数人の年長の信者たちがドッキネッショルを訪れ、ラーマクリシュナに、治療のためにカルカッタに移り住んでくださるようにお願いした。ラーマクリシュナは同意した。しかし信者たちが用意した家に行くと、ラーマクリシュナは「ここには暮らせない」と言った。そこでラーマクリシュナは一時的にバララーム・ボースの家に少しの間滞在した後、シャムプクルに新たに借りられた家に移り住んだ。一八八五年九月初めのことだった。




◎マヘンドララール・サルカル医師

 ラーマクリシュナがシャムプクルの家に移った数日後、信者たちの手配により、マヘンドララール・サルカル医師が、ラーマクリシュナの主治医としてやってきた。彼は最初の診療では信者から治療費を受け取って帰ったが、二度目の訪問時に、信者たちがラーマクリシュナのためのすべての出費を負担していることを知った医師は、信者たちのグルへの献身を喜び、こう言った。
「できるだけの治療をいたしましょう。皆さんの善行のお手伝いとして、料金はいただきません。」
 そして実際それ以降、サルカル医師は治療費を一切受け取らずに、ラーマクリシュナの診断と治療にあたったのだった。

 サルカル医師は、治療のためにラーマクリシュナのもとに通うたびに、最初のころは特に、信者たちがラーマクリシュナを神のように扱っていることに対して批判的な意見を述べていた。しかし何度もラーマクリシュナを尋ねるうちに、医師自身がラーマクリシュナに強く惹かれるようになり、時間が許せば何時間もラーマクリシュナのもとで過ごした。
 あるとき、いつものようにサルカル医師がラーマクリシュナや信者たちと神の話を繰り広げていると、笑いながらギリシュが言った。
「あなたはもう三時間か四時間もここで過ごしてしまった。患者たちはどうなっているのですか?」
 サルカル医師は、
「ああそうだ、わたしの仕事と患者たち! あなたのパラマハンサのおかげで、わたしは何もかもを失ってしまうのだろう!」
と答え、皆は大笑いした。
 また、サルカル医師はラーマクリシュナに向かって、冗談交じりにこう言った。
「あなたのご病気は、患者は人と話してはいけないことになっております。しかしわたしの場合は別でございます。わたしがここにいる間は、わたしと話をなさってもかまいません。」
 これを聞いて皆はまた大笑いした。



◎カーリー・プージャーの法悦

 1885年の11月、その年のカーリー・プージャーが近づいていた。ラーマクリシュナの病は深刻化の兆しを見せていた。しかし彼の至福と快活さは衰えるどころかむしろ増しているように見えた。
 師の容態を鑑みて、信者たちはその年のカーリー・プージャーを祝うことは無理だと考えていた。しかしカーリー・プージャーの前日になって、ラーマクリシュナは、「明日はカーリー・プージャーをしよう」と信者たちに言った。
 こうして11月6日の金曜日のカーリー・プージャーの夜、信者たちがプージャーのための品々をラーマクリシュナの部屋に運び、ランプに火が灯されて、お香が焚かれ、すべての準備が整えられた。信者たちは師の指示を待っていたが、ラーマクリシュナは何も言わず、ベッドの上に座っているだけだった。
 いつまで経ってもラーマクリシュナが沈黙したままなので、多くの信者たちは当惑していた。しかしそこにいたギリシュ・チャンドラ・ゴーシュの中に、ある考えがひらめいた。
「師はどうして何もせずに静かにお座りのままなのか? これは、師の生きたお姿の中に聖なる母を礼拝せよということに違いない。」
 そしてギリシュは喜びに我を忘れて、花とビャクダンの練り香をお盆から取ると、「母に勝利あれ!」と言いながら、それらを師の御足にささげた。ラーマクリシュナは身震いして、そのままサマーディに入った。顔は光り輝き、神々しいほほえみに飾られた。その御手はカーリーの像に見られるような、無恐怖と恩寵を示す印を組み、まさにカーリー女神ご自身がラーマクリシュナの中におられることを示していた。 
 信者たちはたとえようもない喜びに包まれて、各自がお盆から花とビャクダン香を手に取ると、各自のムードにふさわしいマントラを唱えながら、師の御足を礼拝した。
 しばらくの時が過ぎ、ラーマクリシュナが半意識状態に降りてくると、お菓子や果物などの供物が師の前にささげられた。ラーマクリシュナはそれらを少し召し上がると、信者たちが最高のバクティと叡智に至るよう祝福した。信者たちは師のプラサードをいただき、キールタン(神への賛歌)を夜中まで歌い続けた。


◎師の病の悪化と、新来者の訪問の制限

 シャムプクルに移住後、ラーマクリシュナの病は悪化の一途をたどった。その一方、以前よりも尋ねやすい場所にラーマクリシュナが滞在していたおかげで、訪問者の数は増え、多くの者たちが初めてラーマクリシュナを訪ねた。また、以前にドッキネッショルを一、二度尋ねていた信者たちも、ここシャムプクルにおいてラーマクリシュナとより深く交わる機会を得た。
 ある日ラーマクリシュナは、自分の微細体が粗大体(肉体)から抜け出して、部屋を歩き回るのを見た。そして微細体の喉の後ろには傷があった。それについて母なる女神がラーマクリシュナに説明した。それは、様々な罪を犯した人たちがラーマクリシュナに触れて清められた結果、その罪がラーマクリシュナの身体に移されて、傷を生じさせたのだということであった。
 この経験をラーマクリシュナから聞いて、信者たちは心を動かされた。そしてある信者たちは、ラーマクリシュナの健康が回復するまで、新来者がラーマクリシュナの御足に触れたりすることがないように注意した。以前の自堕落な生活を思い出して、二度と師の浄きお体に触れるまいと決心した信者もいた。
 新来者がラーマクリシュナと会うことをある信者たちが止めようとしているのを見たギリシュは、彼らに言った。
「こうするのも悪くはないが、無駄な努力だろう。なぜなら、師が肉体をまとわれたのは、まさにこの目的を果たすためなのだから。」
 実際、この試みは難しいということが分かってきたので、明確に規則が設けられた。それは、今後、基本的に面識のない人はラーマクリシュナに近づくことが許されず、信者の知り合いの新来者は、お辞儀は許されても、ラーマクリシュナの御足に触れることは許されない、というものであった。

 この規則に関連して、面白い出来事があった。
 ラーマクリシュナがまだドッキネッショルにいたころ、ギリシュの劇場で宗教劇を鑑賞したラーマクリシュナが、主役の女優であったビノディニの演技を褒め、その頭に触れて祝福し、「輝いていなさい」と言葉をかけた。ビノディニは法悦状態にあったラーマクリシュナの御足の塵をいただいた。
 それ以来、ビノディニはラーマクリシュナを生ける神と仰ぐようになった。ラーマクリシュナを心から敬愛し、もう一度お目にかかる機会を求めていた。
 その後、ラーマクリシュナが不治の病にかかりシャムプクルに移住したと聞くと、ビノディニはどうしてもお会いしなくてはならないと思い、ラーマクリシュナの熱心な信者の一人であったカリパダ・ゴーシュに、師への訪問を取り計らってくれるよう、熱心に頼んだ。
 ラーマクリシュナの病気に関する見解は、信者の間でも様々に異なっていた。カリパダ・ゴーシュは、ラーマクリシュナを神の化身(アヴァターラ)であると信じていたので、悔い改めた罪人がラーマクリシュナの浄き御足に触れても、その病気が悪化するとは思っていなかった。それゆえ、ラーマクリシュナのもとへビノディニを連れて行くことに、何のためらいもなかった。しかし師への訪問を制限している信者たちに見つかるとまずいので、ある夜、彼はビノディニを帽子とコートで紳士のように変装させ、ひそかにシャムプクルのラーマクリシュナのもとへ連れて行った。おふざけが好きなラーマクリシュナは、ビノディニが紳士に変装して信者たちの目をくらませたことを知ると、大笑いした。そしてビノディニの信仰と帰依心を喜び、その勇気と抜け目なさを褒め、いくつかの助言を与えた。ビノディニは涙ながらにぬかずき、ラーマクリシュナの御足に頭をつけると、カリパダとともに去って行った。
 のちにこの出来事はラーマクリシュナ自身によって信者たちに明かされたが、信者たちが騙されたことを師が非常に面白がって笑っていたので、信者たちはカリパダやビノディニに腹を立てるわけにはいかなかった。

 このビノディニはのちに、自叙伝の中にこう記している。

“世界中の人々が、私の罪深い人生をどれほど軽蔑しようと気にしない。私はシュリー・ラーマクリシュナから祝福を受けたのだ。彼の愛、希望溢れるメッセージは、今なお私を勇気付けてくれる。ひどく落ち込んだときは、甘く哀れみ深い彼のお顔が心に浮かび、「ハリグル・グルハリ(神はグル、グルは神)と唱えなさい」という言葉が聞こえるのだ。”
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パドマサンバヴァの秘密の教え(128)「25人の弟子たちへの歌③」

2021-01-06 18:51:06 | 経典の言葉・聖者の言葉


「聞きなさい、ジュニャーナ・クマーラよ、この教えを取り乱すことなく聞きなさい!
 初めには、心は原因によって創られず、
 最後には、条件によって破壊されないだろう、
 よって、言葉では言い表せない自然な状態に、努力することなくとどまるのだ!
 そのとき、求めることなくして成就は発見されるだろう。
 これ以外に、他にブッダは見つけられないであろう!」



「聞きなさい、ガンラムのギャルワ・チューヤンよ!
 覚醒した悟りの心は、瞑想を通じて作られるものではない。
 よって、思考を計画せず、消失せず、思考から解放され、
 広く開いた感覚でとどまり、思考を本質的に静めるのだ!
 この状態の中で、思考は自然に溶解し、
 智慧は求められることなく、それ自体で生じる。
 これはそれ自体が覚醒の境地の発見である!」



「聞きなさい、ニャナンのドルジェ・ドゥブジョムよ!
 『解脱のボーディチッタ』と名付けられるものは、
 本質的で、根本的な自己存在であり、中心や端がない。
 それを修正せず、その状態でそれは自己認識、生来の平穏である。
 変えず、改めず、自然性の中へ解き放ち、とどまるのだ!
 このようにとどまることによって、不安から解放された心は
 それ自体がブッダである!」

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要約・ラーマクリシュナの生涯(34)「ナレンドラが師から受けた薫陶」(4)

2021-01-05 22:02:40 | 聖者の生涯



◎母なるカーリーを知る

 一時は出家を決意したナレンドラであったが、自分が生きている間は出家しないでほしいという師ラーマクリシュナの願いを聞き入れ、再び仕事を探すことにした。そしてその翌日、その日暮らしの生活を支えるには十分な臨時の職に就くことができたのだった。


 ある日ナレンドラは、母なる神カーリーがラーマクリシュナの願いを聞いてくれるのなら、どうして師は自分を貧しさから救ってくださるようにカーリーに頼んでくださらないのだろうかという疑問がわいた。そこでそれをラーマクリシュナに尋ねると、ラーマクリシュナはこう言った。

「私には、そういうお願いはできないのだよ。自分で行って、母(カーリー)にお願いしたらどうかね? お前は母を受け入れていない。それだからこんなに苦しんでいるのだよ。
 わが子よ。お前の苦しみが取り除かれるように、すでに何度も母にお祈りしたのだよ。だがお前が母を望まないものだから、母が私の祈りを聞いてくださらないのだよ。
 今日は火曜日で、母にとっては特に神聖な日だ。今夜、聖堂に行って祈りなさい。お前の願いを母は必ず叶えてくださる。私が請合おう。私の母は純粋意識の権化、ブラフマンの力であられる。そして、彼女の思し召し一つでこの宇宙が生み出されたのだ。彼女の思し召しがかなわぬことなどがあるだろうか?」

 そこで夜になると、ナレンドラは師に言われたとおりに、カーリー聖堂に祈りを捧げに行った。
 ナレンドラが聖堂に入ると、彼は、カーリー女神が本当にそこに存在しており、無限の愛と美の源泉であられることを、その目で見たのだった。
 愛と信仰に圧倒されて、ナレンドラはカーリー女神に、何度もぬかずきながら、こう祈った。

「母よ、識別智をお与えください。離欲をお与えください。いつのときにも遮られることなく、あなたのお姿を拝せるようにしてください!」

 ナレンドラの心を、母なるカーリーが完全に覆い、ナレンドラはこの上ない平安に包まれたのだった。

 このようなすばらしい経験をして、ナレンドラがラーマクリシュナのところへ戻ると、ラーマクリシュナはこう尋ねた。

「ねえ、家族が生活苦から逃れられるよう、母にお願いしたかね?」

 ナレンドラはびっくりして答えた。

「いいえ、師よ。忘れていました。どうしましょう?」

 ラーマクリシュナは言った。
「行きなさい。もう一度行って、お祈りしておいで。」

 そこでナレンドラは再び聖堂に向かった。しかしカーリー女神の前に立つと、再び圧倒されて、そこへ来た目的を忘れてしまうのだった。そして繰り返し女神にぬかずき、
「智慧と信仰をお授けください。」
と願った。

 そうしてまたナレンドラがラーマクリシュナのところへ戻ると、ラーマクリシュナは再び尋ねた。
「さて、今度はお願いできたかね?」

 ナレンドラは答えました。
「いいえ、師よ。できませんでした。母を見るなり、神聖な力に圧倒されて、すべてを忘れてしまったのです。それで智慧と信仰だけを願ったのです。さて、どういたしましょうか?」

 ラーマクリシュナは言った。
「おばかさんだね! もっとしっかりして、自分の願いを思い出せなかったのかね? もう一度行って、欲しいものを母におねだりしてきなさい!」

 こう言われてナレンドラは三たび出かけて行った。
 しかし聖堂に入るやいなや、ナレンドラは深く恥じ入った。

「なんとつまらないものを、母におねだりしようとしたのだろう! これでは、師がよくおっしゃるように、王様のお招きにあずかりながら、ひょうたんやカボチャをお願いしているようなものだ! 何という愚かさ! 私はなんて心の狭いやつなんだろう。」

 恥と後悔の念から、ナレンドラは女神の前に何度もぬかずいて祈った。
「母よ、智慧と信仰だけをお授けください。」

 
 聖堂から出てきたナレンドラは、このすべてのことは、ラーマクリシュナが仕掛けたことに違いない、と気づいた。もはや彼には、現世的な経済問題などを、母なる神にお願いすることはできなくなってしまったのだった。
 しかしナレンドラは、家族のことも心配だったので、ラーマクリシュナ自身が何とかそれを祈ってくださらないかとせがんだ。そこで最後にはラーマクリシュナはこう言った。
「よろしい。質素な衣食には決して事欠かないだろう。」

 この一件は、ナレンドラの生涯における非常に重要な出来事であった。以前はナレンドラは、カーリーの像を母なる神として礼拝することの深い意味を理解することができず、それは偶像崇拝に過ぎないと、批判を繰り返していたのだ。しかしこの日、ついにナレンドラは、自らの圧倒的な体験をもって、その意味を理解し、「形ある神」として現われているカーリーを受け入れたのだった。
 
 このことは、ラーマクリシュナにとっても大変な喜びであった。翌日、ドッキネッショルにやってきた信者に、ラーマクリシュナは微笑みながら、
「ナレンドラが母なる神を認めたのだよ。大変よろしい。お前、どう思うか?」
と、同じことを何度も何度も繰り返し言われたのだった。
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2・7 福岡ヨーガ講習会

2021-01-05 09:23:39 | お知らせ


 きたる2月7日(日)、13時30分より、福岡県福岡市にて、ヨーガ講習会を開催いたします。


 皆様のご参加を心よりお待ちしております。




詳細―――――――――――――――――――――


☆日時:2021年2月7日(日)13:30~16:30


☆場所:ダンススクール・ライジングスター スタジオA
地下鉄七隈線渡辺通駅から徒歩5分
https://risingstar.jp/page/rental.html


☆参加費:3000円


☆内容:クンダリニーヨーガ、ハタヨーガ、ラージャヨーガなどの各種行法実践と講義。
    初心者の方でも問題ありません。お気軽にご参加ください。


☆予定しているメニュー:アーサナ(気を調える体操)
            気功(気を充実させる内気功)
            プラーナ―ヤーマ(各種の呼吸法)
            ムドラー(覚醒の技法)
            マントラ
            瞑想
            講義

 
☆持ち物:動きやすい服装
     ヨガマット、または大きめのバスタオルなど(床に横になるときに下に敷けるもの)。
     

☆定員:3名~20名


    ※発熱などの症状がある方は、念のため参加をお控えください。


☆講師:松川慧照(ヨーガスクール・カイラス主宰)



☆申込先:メールか電話でお申し込みください。

ヨーガスクール・カイラス
http://www.yoga-kailas.com/
045-548-5506
info@yoga-kailas.com


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要約・ラーマクリシュナの生涯(34)「ナレンドラが師から受けた薫陶」(3)

2021-01-04 20:15:19 | 聖者の生涯




◎出家の決意


 夏が過ぎ、インドの雨季が訪れても、ナレンドラは相変わらず仕事を探していた。
 ある夜、帰宅途中のナレンドラは、雨でずぶぬれだった。一日中何も食べておらず、体も心もつかれきっていた。
 とうとう一歩も動けなくなり、見知らぬ家のベランダに横になると、そのまま意識を失った。
 ナレンドラの心の中を、様々な思いと影像がよぎっていった。そして突然、神の力によってナレンドラの意識が引き上げられ、それまで抱いていた神への疑念の一切が取り除かれたのだった。
 ナレンドラは歓喜に包まれて立ち上がり、家へと向かった。あれほどあった疲労感はすべて消えうせ、心は無限の平安と力に満たされていた。ちょうど、夜が明けようとしていたころだった。

 この経験によってナレンドラは、世間の賞賛にも非難にも、自分の苦しみも喜びにも、全く無頓着になったのだった。金を稼いだり、世俗の楽しみを求めるために自分が生まれた来たのではないという事を、ハッキリと自覚するようになった。そして、彼の祖父と同じように、世を捨てて出家修行者になろうと秘かに心に決めたのだった。

 ナレンドラが、自分が出家する日を秘かに決めたとき、ちょうどその日に、ラーマクリシュナがカルカッタの信者の家にやってくることを知った。ナレンドラは、これは非常な幸運だと思った。世を永久に離れる前に、グルにお目にかかり、祝福を受けるべきだと思ったのだ。
 しかしラーマクリシュナはナレンドラに会うと、ドッキネッショルに来るようにしつこくせがんだ。ナレンドラはあれこれ言い訳をして断ったが、ラーマクリシュナは聞き入れなかった。仕方なくナレンドラはラーマクリシュナと一緒に馬車に乗ってドッキネッショルへと向かったが、その間、ほとんど会話は交わさなかった。
 ドッキネッショルにつくと、ナレンドラは他の信者と一緒に、ラーマクリシュナの部屋に座った。しばらくするとラーマクリシュナは法悦状態になり、ナレンドラに近づくと、手をとって、涙を流しながら歌いだした。

語るのが怖い。
語らないのが怖い。
あなたを失うことが怖くて。

 ナレンドラは必死で自分の感情を抑えていたが、もはやそれは抑え切れなかった。ナレンドラもラーマクリシュナも、涙でびしょぬれになった。
 誰にも言わなかったナレンドラの思いを、ラーマクリシュナはすべてご存知だった。

 その様子を見て他の人々は驚いた。ラーマクリシュナが通常の意識状態に戻ったとき、ある信者が、一体何があったのかとたずねたが、ラーマクリシュナはこう言った。

「気にしないでいい。これは私たち二人の間だけのことで、他の者には関係のないことなのだよ。」

 その夜、ラーマクリシュナは他の信者たちを帰らせ、ナレーンドラと二人きりになると、感動に声を詰まらせつつ、ナレーンドラに言った。

「お前が母の仕事をしにこの世に来たのは知っている。お前には決して世俗の生活を送ることなどはできないのだ。
 しかしお願いだ。私が生きている間は、家にとどまっておくれ。」

 こう言うと、ラーマクリシュナは再び涙を流したのだった。
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Kainch MahaMantra

2021-01-03 10:54:03 | 経典の言葉・聖者の言葉
Kainch MahaMantra
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今日のAmritaチャンネル「ワンポイントダルマ『ブッダが説いた修行法 その4「五根五力」 【七科三十七道品の教え】』」

2021-01-01 13:15:32 | 今日のAMRITAチャンネル
今日のAmritaチャンネルは、「ワンポイントダルマ『ブッダが説いた修行法 その4「五根五力」 【七科三十七道品の教え】』」です。
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