【母が穏やかに過ごせますように】
入院する前日、短冊にそう書いて
ちょっと可愛いらしい飾りのすぐ横に結んだ。
翌日、入院したばかりの母に
看護師さんが短冊をくれた。
私が前日に書いたのと同じような
鮮やかなピンクの短冊を、母も選んだ。
昨夜、面会時間が終わった帰り。
少し薄暗く、だだっ広いロビーの中の
幾つかある中の玄関脇にある笹を選び、
母が書いた短冊をそっと結んだ。
玄関の明かりに照らされた笹には、
既にたくさんの色とりどりの短冊が。
そのほとんどは、病気の回復を願うもの。
でも母は、もうそんなんじゃないから
【皆が幸せになれますように】
なんて書いていた。
今、ちょと遅めの昼休憩。
今日はお客さんがいっぱいで忙しい。
病院の母からラインがきていた。
入院してからずっと
あれを持ってこい、これを持ってこい、
ああして欲しい、こうして欲しい、
ああなった、こうなった、だの何だの
いっちょ前の長い文章を頻繁に送ってきやがる。
私にだけでなく兄にも送っているようだ。
病人のくせに…ちょっとうるさい。
でも、
なかなかしぶとくて、
なんだかちょっと嬉しい。
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今日、母が入院した。
午後からずっと母の側にいた。
調子の良い時にはまだ笑って話ができる。
明日は仕事に行かなければ。明後日も。
終わったら直ぐに駆けつけて、
面会時間終了まで、ずっと一緒にいよう。
いつか急変する時は、できれば私のいる時に。
病室で、一人で逝かせたくない。
母の手を、握っていてあげたい。
私が行くまで、待っていてね。
最後は私と、一緒にいてね。
お母さん。
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今日も父と母に会いに行った。
今週からはずっとそうすることになった。
職場で梅ジュースの作り方を聞いた。
もう一度母に再確認。
まだ小さかった頃の暑い夏、
母の作った梅ジュースをいつも飲んでいた。
そんなことを、
今日職場で梅をもらって思い出した。
家に帰り梅を水につけた。明日作ろう。
母に聞いておかなければいけないことは、
もう無かったろうか。
一人になると涙腺が弱くなる。
色々なことを、あまり考えないようにしよう。
去年、咲き終わった苗を母にもらって庭に植えた。
根付いて咲いた今年のアジサイ。
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母は病状があまりおもわしくないので、
今週から家には帰らず、こちらの父のいる所で
一緒にゆっくり過ごすことにしたようだ。
◯◯様
貴女の力になれることが浮かびません。
せめてもと思い、本を送ります。
一つでも心に残る言葉があれば幸甚です。
先週、母の同級生の友人から
四冊の詩歌集が送られてきた。
その中の一冊に
たぶんこっそり挟んであった手紙。
母より先に、私が見つけてしまった。
ラブレター・・・ともとれる。
いつも何かしら用事をつくっては、
しょっちゅう母に会いに来ていたものね。
学生時代、母のファンは多かったようだ。
用事を済ませた夕暮れ時の帰り道、
車を停めて、
沈む夕日を見ながら黄昏れてみた。
じゃなく、
黄昏れずにはいられなかった。
母の力になれることが浮かびません。
せめてもと思い、楽しい会話を送ります。
明日から。
少しでも多く母が笑ってくれれば幸甚です。
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父は今回の帰省で、心の霧が晴れたと言った。
自分の人生はこれで良かったんだと、
やっと思えたらしい。
最近、昔 祖父が父に言った言葉をよく思い出す。
『今が生涯で、一番幸せな時かもしれん』
時折、そんなふうなに思う瞬間が
今の私にもあるからなのかもしれない。
「生涯で、一番幸せな時かもしれない時」
の後には、
いったいどんな時が待っているのでしょう。
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