☆りおちゃんの ぼやき☆

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2020/11/20

2020-11-20 15:27:09 | 詩 / 小説
<ディフェンス -My Best Precious->

(三郷 希。病床の兄のため、小さい頃から親達の期待を一身に受けて育った)

静かな朝だった。
いつもなら早々に起こされ、学校に送り出されるのだが、今日は休みとあって誰も起こしにこない。
とりあえず着替えを済ませ一階に降りると、リビングのテーブルに辛辣な雰囲気の父と母がいた。いつもの明るい2人とは全く別だった。
「…希…おはよ…」
だいぶ沈んだ声で、父が作り笑顔で言う。
「…やっぱりダメ…楓のためとはいえ、こればかりは…」
母は泣き崩れてしまった。
父は母を宥めながら 1番辛いのは楓なのだから、と優しく母の背を さする。
もともと体が弱く、様々な病気と闘ってきた楓。今回ばかりは 流石の医師も頭を抱えた。楓の病状が、移植が必要なほど進んでいたなど誰も想像しなかった。

中秋のなんとなく寒い季節。
三郷家に2つの命が誕生した。一卵性の双子男児。季節に因んで 兄は楓、弟は期待をかけて希と名付けられた。体格の差は それほどなかったが、兄の楓は水頭症に かかっており もう少しで余命宣告をされそうになった。
だが、最新の進んだ医療技術で何とか無事に育つのである。

楓が病院に通うようになったのは、小学校2年生の春だった。治療のために飲んでいた抗癌剤の影響で、白血病と診断された。
家族で唯一 楓と直接つながる希は、医師からも親からも楓のドナーに選ばれた。それは希に とっても両親に とっても大きな決断だった。
お兄ちゃんのためなら、と聞き分けの効いた希。後に苦しむことになるのを彼は まだ知らない。

小学校3年の夏。希は地元サッカーチームに入団した。楓を喜ばせようと努力を重ね、入団わずか3ヶ月ほどで主要ストライカーへと成長する。そして その成長は楓の容態にも影響していた。
希が初めて楓にプレーを見せたのは母がテストで撮ったビデオだった。
「すごいなぁ、希。すごいよ」
楓はビデオの中の希を ほめる。
そんな楓の姿を両親共に微笑ましく見ているのだった。

希は、初めて楓の入院している病院にきた。
「楓と会うの久しぶりだな」
なんて言っていいのか わからず素っ気なくなってしまう。
しかし嬉しそうな楓の顔を見ると、希は自然と落ちついて笑顔になれた。
なんだか、楓に不思議な力をもらったような気がした。力をあげなくてはいけない立場なのに…。
「がんばってね、希。楓、応援してるよ」
小さく拳をつくって楓は微笑んだ。
テストで撮ったビデオを楓に見せたことは母から聞いていた。対して上手くないのに調子に乗って偶然決まったシュートも たぶん見ているだろう。
その時は、プロになったような気分に勝手に浸っていた。
「…希には手間かけてばっかりだね」
楓が申し訳なさそうに呟く。
希は、いいんだと言い放つと照れ隠しか、楓から目をそらした。
手間なんてかけられた覚えはない。ごく当たり前のことを繰り返す日々で 一度たりとも楓に対する手間なんて感じなかった。ただ “入院している お兄ちゃん”程度の思いだ。気づかったことなど 一度もなかった。ドナーであること以外は。
「ねぇ、希。今度 大きな大会があるんだって?いい報告待ってるよ!
はずんだ声で、楓が元気に言う。
いい報告って…。そういえば 楓に勝った試合をまだ見せたことがない。楓がビデオで見た試合は引き分けや負けの試合だろう。勝った試合に限って、母はビデオを撮ってくれないだ。
希は急に じゃあな、と逃げるように病室を出た。
これ以上は見ていられなかった。無理な笑顔を見せ、元気ぶる楓の姿が気の毒で悔しくて仕方がない。
今にも溢れ出しそうな涙を必死でこらえて、ずっと下を向いたまま誰とも顔を合わせずに病院を出る。
外は……

「希。大丈夫か?」
父の声で我に還った。
「どうした?ぼーっとして」
「……なんでもねぇ」
希は、リビングの椅子に倒れるように力なく座った。
今さら楓のことが心配だなんて言えるはずがない。
あれからまた何年も楓と会っていない。


<つづく…>
※続き希望なくても勝手に更新します
悪しからず ご了承ください


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