
「ほかにはない価値がある」
『上流階級 富久丸百貨店外商部』高殿円 光文社 2013年 1600円 374頁
百貨店の外商部に勤める37歳にして新人の静緒が、外商部の伝説的存在でもある葉鳥から顧客のほとんどを引き継ぎ、任され、奮闘する日々を綴ったもの。そこには単なる物を売るだけではない、「サービスを売る」舞台裏が細かく描かれていた。
場所は神戸、芦屋川店。女性の外商は珍しいとされつつ、今日も顧客の家に頼まれたものなどを持参する。だが仕事はそれだけにとどまらず、結婚式や葬式、七五三、成人式、就職といったことまでかかわっていくという。その売り上げは百貨店全体の3割にも及ぶという。
そんな静緒たちは、物を見る目がこえている客相手であるがゆえ、勉強がかかない。物の勉強のみならず、着付けや語学までいくら時間があっても足りないという状況なのだ。
この静緒は他の外商の人間と違い、高卒で実は別の業種にいた。おまけにバツイチ、その離婚までにはあれこれ事情もある。いまは1人暮らしだが、ひょんなことから他人と同居することとなり、また別れた夫も百貨店勤務ゆえ顔を合わせることもある。
物語は外商の仕事から、様々なお客との対応(皆にあれこれ事情がある。また特に親しくなる客ができ、さらに特賓会で静緒に事件が起きる)、ノルマのこと、富久丸に入社するきっかけ(後半にその頃のことについてあることが判明する)、外商の仕事が「なんとかする」こと、店内の符牒、同僚の秘密、昔の仲間の活躍ぶり、客の要望に応えること、突発的な事態への緊急対応など、仕事のすべてが盛り込まれている。
客に教えてもらいつつ、客を育てるようにと言った上司の言葉、そんな上司と顧客の太い繋がりや彼の体からいつもと違う匂いがしたことの種明かしに至るまで内容がぎっしりだ。しかも、顧客との「礼儀を挟んだ親密さ」の行では鼻の奥がツーンとしてきた。昨日もとある百貨店が閉店とニュースになっていたが、便利さだけではないものが本書の百貨店にはあった。
★★★★