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whitebleach's diary

旅と写真に憧れつつ

現代は常に現代

2013-04-21 13:08:21 | 旅行


息を切らせて登った崖の上に、民族服の男性がいた。

断崖の踊り場のように作られた磨崖墓を見ようとここまで登ってくる観光客を相手に、彼は地面に布一枚を広げ、小さな土産物を並べていた。

崖の下の土産物屋の連中と異なり客引きらしいこともせず、雄大な見晴らしのなか、暇そうに、つまらなそうに、きっと今日も昨日と変わらない時間を潰し、明日もまた今日と変わらない時間を潰すのであろうと思われるような動きで、踊り場のこちらからあちらへ行って佇み、またあちらからこちらに戻っては佇んでいた。

ひとしきり往還を繰り返し、動物園の熊あたりであれば退屈して寝に入るであろう頃、彼は断崖の縁に移動し、やおら携帯電話で話し始めた。

悠久の時を超えた風景であっても、それもまた現代の風景なのであった。


@Petra, Jordan

Mamiya G 1:4 f=50mmL (1989), New Mamiya 6 MF

旧市街の光景

2013-04-20 21:37:45 | 旅行


エルサレム旧市街・ムスリム地区のメインストリート。
軍が警察活動を行っているのだろうか、2人のイスラエル軍人が、脇に立ち通りを眺めていた。
通行規制用のフェンスで小さく自らを囲うのは、アラブ世界との間に感覚的な「結界」を設け、不必要に存在感を意識させないようにするためだろうか。

旧市街を含む東エルサレムは、イスラエルが「実効支配」しているに過ぎないのであり、不安定な安定下にあることを感じた。


@Jerusalem, Israel/Palestine

Mamiya G 1:4 f=50mmL (1989), New Mamiya 6 MF

陰鬱な男達

2013-04-20 20:30:41 | 旅行


旧市街の路地にあったマクハー(=カフェ)で休んだ。

入る時にちょっと逡巡したのだが、とにかく暗い。
採光のこともあるけれど、人がどうにも明るくない。

知り合い同士で話している様子もあまりなく、どちらかというと、やることながくて手持ち無沙汰のあまり来てしまった、うらぶれた男達の溜り場という感じ。

これまでに訪ねたよその街、よその国では、開けたところではカップルや女性同士でシーシャ(水タバコ)とお茶と会話を楽しんでいたり、田舎では男性客オンリーになることが多くても、そこは地域の社交場のように会話がなされ、通りがかりの旅行者にも話しかけてきたりすることが多かった。
百歩譲って、水タバコを加えたまま微動だにせず、生きているのか死んでいるのと眺めていると、しばらく経って煙を吐いて、やっと生きていることが証明されるような、そんなお年寄りの日中の居場所のようになっている場所でも、その表情は些か哲学的な趣こそあれ、暗さを感じさせるようなものではなかった。

ミントティーとともに出てきた水タバコも、「タンバック」などと呼ばれる素のままのキツいタバコの葉に炭火を直接乗せたもので、普段喫煙しない身には、水を通してもクラクラする。
周囲の客を見回しても皆同じものを吸っており、どうやら他のカフェでは普通置いている、フレーバーのついた葉はないらしい。

顔をしかめてすぐに席を立つのも癪なので、我慢して他人並みのところまで吸ったら、店を出る頃にはフラフラと足取りがおぼつかなくなっており、どこかでフレッシュジュースでも飲んで休みたいと思っても既にミントティーでお腹はタポタポ、明るさに欠ける街を明るさに欠ける表情で、ゆっくりと歩くしかなかった。


@Jerusalem, Israel/Palestine

Mamiya G 1:4 f=50mmL (1989), New Mamiya 6 MF


モザイク都市

2013-04-20 18:34:47 | 旅行


旧市街のムスリム地区を、正統派ユダヤ教徒の親子が歩いていた。

エルサレム旧市街には、ユダヤ地区・キリスト教地区・アルメニア地区・ムスリム地区があり、ユダヤ教、キリスト教(アルメニア正教もキリスト教の一派)、イスラム教のそれぞれにとって、エルサレムはそれぞれの文脈で聖地である。

国連パレスチナ分割決議で国際管理と規定されたものの(1947)、直後の第一次中東戦争でヨルダンが統治することとなり(1949)、アラブが大敗し西岸地区の支配を失った第三次中東戦争で今度はイスラエルの支配下に入った(1967)。

イスラエルはエルサレムが首都だと主張し(国際社会からは認められていないが)、パレスチナ自治政府も独立後の首都だと言い、世界遺産「エルサレムの旧市街とその城壁群」はヨルダンから申請・登録されている。

多文化で人も多く表面的には活気もあるがどことなく明るさに欠ける街を、人々が笑顔で往来できるようになるには、ここ2,500年以上どこの国の首都でもなかった土地の分割や帰属ではどうにもならないように思えた。


@Jerusalem, Israel/Palestine

Mamiya G 1:4 f=50mmL (1989), New Mamiya 6 MF

岩のドーム

2013-04-20 10:17:57 | 旅行


エルサレムはイスラム教にとっても三大聖地のひとつとのことで、ウマイヤ朝が建てた立派なモスクがあり、境内のそこここにコーランの朗読会や学習会をする信徒グループがいたり、礼拝時刻になると異教徒は境内から退出させられる(建物内部にはもともと入れない)など、他のモスクより厳粛な雰囲気があった。

一方この場所はユダヤ教の聖地中の聖地でもあり、元来あったエルサレム神殿が破壊された上にモスクが建ち、ユダヤ教徒の最も聖なる岩を件のドームが覆っている。
神殿を壊したのはバビロニアとローマなので、傍目にはイスラム教のモスクがユダヤ教の聖なる岩を風雪から守っているように見えなくもないが、実際にはイスラム教徒も岩に独自の意味づけをして彼ら自身の聖蹟ともしており、破壊された神殿の壁そのままであるとされるモスクの外壁の一部に向かってユダヤ教徒が神殿喪失を嘆き、その中でイスラム教徒が礼拝し、さらにその全体をユダヤ人国家のイスラエルが管理するということになっている。

そんなややこしさを反映してか、厳かさや華やかさよりも重苦しさを感じさせる空気感だった。


@Jerusalem, Israel/Palestine

Mamiya G 1:4 f=50mmL (1989), New Mamiya 6 MF