令和5年5月21日 求菩提笑い講主催にて求菩提山資料館前、語らいの森で
求菩提山修験道700年の歴史の素地を刻んだ頼厳上人の供養祭が豊前市で初めて開催された。
生れは大分県宇佐市の出身で宇佐八幡に禰宜として仕えていた渡来系の辛島氏の一族。
若い時に仏門に入り修行を重ね更にに天台宗の教えを極めんがために比叡山に登り
座主の行尊のもとで修験道という新しい仏法を学んだそうです。また崇徳天皇の病気回復のお祈りをしたり
日照りに雨を降らせる法も修めました。
晩年、求菩提山では国宝の銅版法華経の勧進僧となり康治元年(1142年)に完成させ又、私財を投げ打ち、お寺の修復、多宝塔建立、宿坊を五百坊まで作り、修験道の教えや決まりも作りました、自らも千日行に挑戦、求菩提山の修験道の基礎を作つた方です。晩年は故郷の宇佐の稲住山に帰り静かに入寂しました。
今も山麓の菩提寺、妙楽寺に供養塔が建てられており、住職のもとで供養祭が行われています
豊前市は先祖代々、求菩提山に生かされていると思いなす。頼厳上人の功績を考えれば、地元に住む一人として供養すべきと思い初めての開催。市長を始め50名の参加が有りました。
式典で後藤市長は「中興の祖に対して、きちんと対応せず、目が覚める思いだ。故郷の原点を見直し活力のもとにしたい」と挨拶が有りました。今後とも宜しくお願いいたします。
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甘辛ことわざ 温故知新