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未完【直載せ】「8月のBlue」

8月26日の2(ブ)6 (るー)でいきたかぅたこですが飽きたので未完。
Snow Man(3rdアルバム【i DO ME】収録)「8月の青」を元に書きました。
***

 昼花火の音がした。今日はどこかで祭がある。そう思った。
 後ろに乗ったセーラー服の少女に、透(とおる)は話しかけようか迷った。けれど彼女は、透が首にかけたヘッドホンから漏れる音楽に聴き入っているようだった。
 明るい恋の歌に、この晴れた真夏の昼間のような影の色はない。
 好きな曲だから、と耳元で囁かれては、黙っているほかなかった。つい今しがたまで他のクラスの複雑な恋愛事情を、ああでもないこうでもないと語り合っていたというのに。
 まるでそれしか能がないみたいに。そしてそれが誇りであるみたいに。狼狽えながら全力なのだ。勉強不足で。


 透がこの地に転校してきて1週間と少し経つ。駅から高校までは10分ほど歩く。
 彼は前の学校の友人等から誕生日プレゼントとして贈られたヘッドホンをかぶり、四つ折りにした数学のプリントを眺めていた。一人は得意でも苦でもなかったが、転校してきたばかりの自分が一人でいることはどこか気拙(きまず)い。完全には馴染めていない自身に対する後ろめたさであったのかもしれない。
 歩き読みなどしたことがないし、果たして意味のあることなのかは分からなかった。記された公式は頭に入らず、ただただ視界不良になるだけで、今日の数学のミニテストの足しになるとは思えない。
 結局、プリントは制服のポケットに捩じ込まれた。
 流行りのロックバンドを聴きながら、暇な道中をやり過ごしていた。カップルかただの異性間の友人なのか男女で横並びになっている奴等や、車の通行など気にした様子もない女子の集団、近所迷惑など省みることもなさそうな男子連中の後姿は、今の透には耐え難い。
 新しい土地、新しい学校、新しい人間関係。少しだけ疲れる。だが空は当てつけのように青い。もうすぐ夏出会ったし、もう夏であるともいえる、そんな季節になっていた。正月が懐かしい。
 透は下を向いて歩いていた。剥げた白線がレールのようだ。小石を蹴って、流れていくアスファルトを追っていた。すると視界の端に影が入る。上下に動く。透は顔を上げた。女子学生が立っている。その色の白い顔に見覚えがあるような、ないような。
「おはよう、水野くん」
 軽く丸められた手が左右に振られた。
「っす、……えっと……」
 まだ違和感のある白と群青、赤のセーラー服が、新しい学校の女子の制服だった。つまり同じ学校の生徒であるが、その他にどういう繋がりで話しかけられたのかが分からなかった。呼ばれ方からして同級生か。
「水野くんと同じクラスの相川 青子(しょうこ)です」
 透はたじろいだ。見覚えがあるのはそのためだ。
「あ……ああ」
「学校には慣れた?」
「ぼちぼち」
「そう。よかった」
 彼女がそう返すやいなや、「青子!」と呼ぶ声が後ろから聞こえた。走ってくる足音もする。彼女の友人だろう。
「じゃあまた、学校でね」
「う、うす……」
 相川青子とかいう女子生徒は後ろを向いてそこで立ち止まった。
 色白で華奢、可憐な風貌であった。肩にかかる黒髪が晴れている割りに涼やかな風に靡く。



 夏休みの夏期講習は午前終わりだった。この頃になると、透も学校の雰囲気に馴染み、友人もできた。人見知りはするが、人嫌いではなかった。騒がしい性分ではなかったが、寡黙で内向的なわけでもない。
 たった4時間。外は生憎の雨。自転車通学者は電車か保護者の送迎に偏るため、登校時間が遅くなる。教室には透だけだった。来たときには3人ほどいたが部活の朝練習に行ってしまった。
 透は机の上に夏休みの課題のテキストとノートを広げていた。問題から逃げるように窓の外を眺めると、雨脚が強まっていた。家から自転車で駅に向かい、駅からは徒歩が登校手段であった。ベランダへと出て、手摺から手を伸ばす。雨脚が弱まらなかったとしても、自転車をとばせそうな雨量か……
 ふと、下の方を横切った白いものに気を取られた。白地に水色のチェックの傘だった。ひまわりが散っているのが爽やかだ。まるでその持主は透の視線に気付いたように上を向いた。青子だ。その大きな黒目がちな目と目が合った気がした。しかし彼女の小さな顔は徐ろに横に滑っていく。透も彼女の見ているものを追った。飛行機だ。斑模様に蠢く空を突っ切っていく。
 見えなくなると爽やかな色合いが彼女を隠す。雨脚は来たときと同様に弱まっていた。雨が恨めしい。
「お~い」
 透は階下に叫んだ。青子がもう一度顔を上げ、控えめに手を振った。柔らかな笑みを向けられた途端、彼は咄嗟に顔を背けてしまった。
 おそるおそる目を戻すと波紋を描く水溜りの横を彼女が通っていく。晴れていくようだった。
 教室に青子が入ってくる気配があった。透はヘッドホンをかぶった。呼んだはいいが気恥ずかしくなった。別に青子だからではない。転校してきたクラスの人間関係が、今は透の世界だった。他のクラスの知り合いもできたが、このクラスの連中とも仲良くなれたのだ。皆にそうした。男女問わず。今日はたまたま青子だっただけである。
「おはよう、水野くん」
 青子は透の机の傍まで来た。彼は慌てて、放り投げんばかりにヘッドホンを外した。
「おはよ、相川さん」
「さっき、何見てたの?」
「えっ」
 透は過多を跳ねさせた。肝を潰す。
「空、見てたから……何かあったのかなって」
 それは透が問いたかった。
「あ、雨、やまないかな……って。駅から自転車(チャリ)だから……」
「そうなんだ。わたしは今日はお母さんに送ってもらったんだ」
 そのために駅から学校の道中では合わなかった。探したわけではないが、共に友達といても挨拶くらいは交わしていた。
「えー、いいなぁ」
 嫌味にならない程度におどける。続々と教室にクラスメイトが入ってきて、青子は自分の席へと戻っていった。
 透の目蓋の裏には飛行機を見送る青子の姿が灼きついていた。



 晴れては雨。雷鳴から始まり、驟雨(しゅうう)。油断はできない。
 今日も晴れてはいた。朝まで。昼から雨が振り、夏期講習の終わる頃にはまた晴れる。
 水溜りに俄雨など知らないふりをした青空が映っている。まったくもって白々しい雲だ。
 透はヘッドホンをかぶって、下校するところであった。夏の歌が流れている。突然の雨のために開き損じた東門ではなく、すぐ脇の駐輪場用の門から出るところだった。
 カエルが跳んだ。小さな池に佇む。波紋が描かれる。透は屈んだ。スマートフォンを構える。写真を撮るのは好きだった。
 シャッターを切る。
 人影が傍に現れる。カエルが跳んでいく。波紋が広がり、水面は歪む。映ったものが制服のスカートだと気付いたとき、透は焦って立ち上がる。彼女がわずかに後退る。
 そこにいたのは青子だった。互いに丸くした目を向かい合わせ、静止していた。ほんの刹那のことだったのだろうけれども、1秒、2秒。長く感じられた。
「あ、ごめんね……」
 先に口を開いたのは青子だった。すでに盛りを過ぎた紫陽花の植わる垣根へと跳んでいくカエルを目で追っていた。
 透はその白い顔を見ていた。
「カエル捕まえようとしてたの?」
「違うよ。写真撮ってたの。何かに載せようと思って」
 スマートフォンの写真フォルダを見せる。青空を映した水面に、まだ若そうなカエルが座している。
「えっ、綺麗。写真撮るの、好きなんだ?」
「うん。休みの日は、カメラ持って出掛けるし……」
「そうなんだ。なんか意外だった」
 青子が歩き出す。透はそこに留まった。数歩先を行った彼女が振り返る。言葉はなかった。だが通じ合った。
「ごめん」
 わずかな距離を埋める。すぐ隣に青子がいた。
 異性と帰るのは初めてではない。だがその経験とは明らかに違っていた。
 門を出ると、透は彼女を白線の内側へと追いやった。そうするのが「ステキ男子」なのだと前にどこかで知ったのだ。彼女の話を聞こうとして、内容はほとんど入らない。ただグラスの中でぶつかる氷のような声を聞いているので精一杯だ。
「写真また観たいから、アドレス……――」
 喋っていた青子が立ち止まる。透は1、2歩進んで振り返る。彼女の前には水溜りが立ち塞がる。それに気付くより早く、彼女は駆けて、透を白線の内側に追いやった。彼はまた焦った。水溜りを考慮もせず、車道側に立たせてしまった。さらには、焦るあまり彼の頭は直前の会話を掘り起こしていた。大きな機会を逃してはいないか。
「うふふ、ごめんなさい」
 透は返事もできなかった。話を元に戻す器用さもなかった。
「さっきと逆になっちゃったね」
 青子が微笑んだ。少し値段の高いかき氷のようだった。まだシロップもかけられていない。扇風機で軽く舞い散っていそうな。
 透は彼女の靨(えくぼ)に気付いた。目がちかちかした。雨上がりの澄んだ空気。日の光に照らされた彼女の白い肌の産毛まで見えそうだった。
「ごめん、歩くの早かったかも……」
 何か発しなければならない気になった。まったく別のことを謝ると、青子に真っ直ぐな眼差しを向けられていることに気付いた。
 狼狽える。
 目から心の中を読もうとしているかのような視線と視線が絡んでは、もう逃れられない。
 彼女は何も言わない。
 透も口を塞がれている心地でいた。
 沈黙。おそらくそう、長い間のことではなかった。前を歩いていたアベックの後姿もまだそう遠くへは行っていなかった。
「ぴくちっ」
 彼女が外方を向いた。小さな嚔。辜(つみ)のない物音だった。しかし透は胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けたのだった。
 天気は晴れ。気温はわずかに下がったが、雨上がりだというのにどこもかしこも眩しいくらいだ。だがそのなかでも、隣のクラスメイトが眩しく見える。彼女自身が光っているかのようだった。
 駅まで一緒だったのは覚えている。だが会話が思い出せなかった。


【未完】

***
2024.8.26

 プロットみたいなのはあるので気が向いたら続き書きたい。
 

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