さて、お約束の口直しに、今日は1冊の書籍を紹介します。
金振松「ソウルにダンスホールを-1930年代朝鮮の文化」Amazonの書籍紹介から転載。
内容(「BOOK」データベースより)
1930年代、日本植民地支配下の朝鮮半島の人々は何を考え、どのような生活を営んでいたのか―これまでの政治主義的・民族主義的桎梏を解き放ち、当時の新聞・雑誌の風俗記事やルポルタージュ、座談、写真、風俗画などナマの資料を集成して、植民地化と近代化を同時に体験した人々の生活と文化を生き生きと描き出す異色の文化史。ルンペンやモボ・モガの登場、欧米の映画俳優やレコード歌手への熱狂、恋愛の新風俗など、サブカルチャーの流行現象は当時の日本の大衆文化と同時並行的に進行したものであり、封建制や植民地支配によって抑圧されてきた身体と精神の束縛からの解放を求める民衆レベルでの力強い“近代化”の成果として再評価される。
内容(「MARC」データベースより)
1930年代の新聞・雑誌記事や記録・写真をもとに当時の朝鮮半島の人々の娯楽、流行、風俗を描き出し、封建制と植民地支配の下で抑圧されてきた身体と精神の解放を求める民衆の生き生きとした生活と文化を再評価する。単行本: 361ページ 出版社: 法政大学出版局 (2005/05) ASIN: 4588080229 Amazon.co.jp ランキング: 本で291,795位
著者の金振松は韓国の木工工芸家。本書は「韓国の近・現代美術はどこから来たのか」という純粋な探究心から、併合下の朝鮮半島で発行された膨大な新聞・雑誌の風俗記事やルポルタージュ、座談、写真、風俗画を収集して書籍にまとめたものです。
インターネット上で、「日本併合時代の朝鮮半島の写真」を見たことがある方は多いと思いますが、今回紹介する書籍に収録されているのは、まさにその「併合時代の朝鮮半島」で、朝鮮人が実際に何を論じ、何を夢見て、何を目指したかの赤裸々な記録です。
法政大学出版局の「韓国の学術と文化」シリーズの1冊として出版されているだけあって、収録されている膨大な文書や写真は出典や年代が可能な限り記載されており、文書も概要ではなく全文引用が基本となっているなど、史料としての価値が高いものです。
書名の「ソウルにダンスホールを」は、雑誌「三千里」の1937年1月号に掲載された公開嘆願書からとったものです。レコード会社の文芸部長、バーや喫茶店のマダム、女給や妓生といった大衆文化の中心人物たちが、「ソウルにダンスホールを許可せよ」と、当時の警務局長に対して公開嘆願書を雑誌に発表したのです。本書には公開嘆願書の全文が掲載されていますが、長文なので途中をバサッと省略してさわりだけ引用します。
ソウルにダンスホールを許可せよ
警務局長に送る我らの書
大日本レコード会社文芸部長 イ・ソグ
喫茶店「ビーナス」マダム ボク・ヘスク
朝鮮券番 妓生 オ・ウニ
漢城券番 妓生 チェ・オクジン
鐘路券番 妓生 パク・クムド
バー「メキシコ」女給 キム・ウニ
映画俳優 オ・ドシル
東洋劇場 女優 チェ・ソナ
(名前は書籍では漢字表記+カタカナですが仮名漢字変換で出なかった文字があるのでカタカナで引用)
三橋警務局長閣下へわれわれは只今、ソウルに「ダンスホール」を許していただきたいと連名で閣下に請願するものであります。もしソウルに置くのが困難な点があれば、ちょうど大阪において市内ではだめだが府外に許可したように、ソウルに近接する漢江を渡った永登浦や東大門の外の清涼里のような所に置いてくださることをお願いします。
われわれは、ほとんどとが東京にも行き、上海、ハルピンも回り、中には西洋まで行ってきた者もおります。日本の内地の東京、神戸、横浜などを見て回ったり、上海、南京、北京に行き、近くの大連、奉天、新京も見て回りましたが、そこにはみんなダンスホールがあり、健全な娯楽として盛んなのを見てわれわれは実に羨ましいかぎりでした。日本帝国のあらゆる版図内とアジアの文明都市にはどこにでもあるダンスホールが唯一、我が朝鮮にだけ、我がソウルにだけ許可されていないということはまことに痛恨の極みで、只今、閣下にこの書面を差し上げる本意もひとえにここにあります。
(中略、以下、伊藤博文などの維新の功臣たちが東京の鹿鳴館で英国公使とパーティーを開いて国際的な社交を繰り広げたことを紹介して民間にも社交が必要だと説いたり、日本のダンスホールの件数を詳細に引用したり、ダンスが如何にすばらしいかを日本内地の例を詳細に紹介して熱く語る文章が延々と続く。)
三橋警務局長閣下
もっと書きたいことはありますがもうたくさんでしょうからこれでおしまいにしますが、とにかく一日も早くソウルにダンスホールを許可していただき、われわれが東京に行って「フロリダホール」や「帝都」や「日米」ホールなどで遊んできたのと同じ愉快な気分を六十万のソウル市民たちにも味わわせてやってください。
こんな感じで、当時の膨大な記録が出典・年代を明記したかたちで360ページにわたり豊富な写真付きで引用されています。本書を通じて見えてくるのは、日本というフィルターを通じて世界の近代文明を貪欲に取り込み、朝鮮半島の近代化に真摯に取り組んだ、奴隷と呼ぶにはあまりにも生き生きとした朝鮮人の姿です。