出会い 1
それは、梅雨末期のように、止む事なく降り続いてた雨の日の事だった。
満員電車に乗れば、人の多さに輪をかけて、湿度を増す雨。
電車が揺れるたびに、有美の足を濡らす傘。
前に座ってる男(似た歳だろうか)の持ち物らしい。
手でどけたいのだが、片手はつり革、片手はバッグでふさがりなんともしようがない。
男は、読書の夢中で、傘が有美を不快にしてる事など気がつきもしていない。
暫くして、やっと降りる駅に着き、有美はほっとした。
しかし、運命という言葉を信じるのなら、この時からそれは始まっていたのだった。
お昼になり、雨の中、学食へ有美は急いでいた。
教育棟を曲がれば辿り着くという時、傘が飛んだ。
有美はといえば、ぬかるんだ小さいじゃりの敷かれた道に突っ伏していた。
声をあげる事も出来ず、ただただ、びっくりしていた。
「ごめん、僕もうっかりしてたよ」
何が起こったのか、瞬時に把握できてなかった有美だが、その声に反応して、顔を上げると、そこには見た事のある顔が…。
「あなた!」
「?」
「なんなのよ……」
腹も立つし、悔しいしで、有美は知らず知らずのうちに、涙が出ていた。
だって、お気に入りの服も泥がつき、体中が雨でびしょぬれになったのだから。
びっくりしたのは、その男の方だった。
「どうしたの?」
「あ…ごめん、それじゃ、どこへも行けないよね」
「僕の下宿傍だから、家へ来て…」
びっくりした有美だが、親友の可代は今日は休講で学校へ来ないし、こんな格好で何処へもいけない。
頼れる人もいないので、その男の好意を受ける事にした。
初対面(会ったというわけでもないが)の男を信用する気になったのには、理由があった。
そこで、初めて男の名前を聞いた。
神澤和史、同じ大学の工学部、同じ年だった。
有美より年上だと思ってただけに、ちょっと笑ってしまった。
単純といえば、そうなのだが、これが有美と和史の出逢った6月の出来事だった。
よくよく話すと、同じ講義を受けているがわかったのだが、何故知らなかったかと言えば。
和史が、講義に出てなかったからとか。
広い校内とはいえ、何処かでは、きっとすれ違っていたかもしれない。
そんな事を話ながら、二人の中は、急接近したのだった。
共通の物が、それを後押しもした。
あの雨の日、和史が読んでいたのが、広瀬正の「マイナス・ゼロ」だった。
もしかしてと、思ったとおり。
その後、和史の部屋に「時の門」「夏への扉」等を見つけた時に、有美は確証したのだった。
「お疲れさま~」
「お先に~」
定時を過ぎたロッカールームには、そんな声があちこちで聞こえていた。
これからアフター5を楽しむのか、朝とは違う服を着て帰る者、まだ残業で帰れない者、それぞれだった。
「有美、今日は?」
「私は、また残業~美香は敬明くんと?」
鏡をじっくりのぞいて化粧直しに余念のない美香は、照れ笑いをしながら言った。
「今日はね、ほら、新しく出来たイタリアンのお店に連れてってくれるの」
「あ~あ~良いわね~~」
私には関係ないかという顔をしながら有美は、さっさと行ってらっしゃいという手ぶりをした。
「有美も早く見つけなよ」
「SE課の真一くんは? 有美好みの3枚目じゃん」
「ヤダってば。それに私の好みは3枚目じゃないわよ。2枚目半!」
「有美の好みは、よくわからないわ」
と、言い残して、美香はロッカールームを出て行った。
さて、もう少し進めておかないと、明日も残業になるから。
そう心の中で思って有美も部屋を出た。
すると、さっき話しに出た真一が目の前に居た。
偶然だろうけど、あまりのタイミングに、有美は笑い声を立ててしまった。
それを不審に思った真一。
「何か顔にでも付いてるのか?」
と、有美の顔を覗き込んだ。
それこそびっくりして一歩後ずさりした有美。
「違う違う、気にしないで」
そう言って足早に去ろうとしたのだが、逆に真一の方が一歩踏み出して来て、動くに動けない状態になってしまった。
「ちょうどいいや、金木さん、明日は残業?」
「いえ、今日で片付くようにしてるから、定時の予定です」
「それなら、帰り俺に付き合ってくれないか」
「え?」
「そんなに驚く事もないでしょ」
「驚きますよ~」
「まさか、今まで誰にも誘われた事ないとか?」
「失礼ですね、谷さん」
「それじゃ、明日5時半に」
「勝手に決めないで下さいよ…」
そう、有美が言い終わらないうちに、谷は去って行ってしまった。
大声で呼んだら、かえって他の人に知らせるようなものだから、言うに言えなかった。
有美より入社は1年先輩だが、あちこちで色々な事をしてたらしく。
実年齢は、有美の3つ上になる。
どちらかと言えば、明るくて職場を和ませる存在でもあった。
女性社員への人当たりも良いので、人気もあり。
影のうわさでは、もてるらしい。
有美は、好みのタイプではないので、今まで一度もそういう感情で見た事はなかった。
でも、どうして私を誘ったのだろう。
まさか・・・まさかね!?
TO BE CONTINUED