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英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その3)

2025-04-11 | 英語
英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その3)

3. 高等教育とは無縁のシェイクスピア

父親ジョンの借金による家計の逼迫から、シェイクスピアが中学校以上の教育をあきらめざるを得なかったと指摘する研究者も多くいるが、ここで看過できない事実は、大学での高等教育とそれに伴う学友ないしは指導者との学術的交流の恩恵に与れなかった彼が偉大な戯曲を書くことになんら問題がなかったという点だ。言葉の持つ意味やリズムやサウンドといったものに対する純粋な興味と、演劇に対する天才的で生まれつきの勘の良さに加えて、脚本と演出技法における進取の気質が相乗効果を産み出し、シェイクスピアはエリザベス朝の観衆があっと驚くような舞台を作り出してきた。同時期に活躍していた、戯曲作家はケンブリッジ大学のクリストファー・マーローを始め、オックスフォード大学出身のジョン・リリーやトーマス・キッドなどはユニバーシティ・ウィッツと呼ばれる一流大学出身者であったことを考えると、高等教育は必ずしもエリザベス朝とジェイコビアン朝の舞台の成功に必要ではなかったのである。

ところが、ユニバーシティ・ウィッツに代表されるインテリ作家たちから、シェイクスピアが全く影響を受けなかったということはない。例えば、キッドの著した復讐劇である「スペインの悲劇」は、シェイクスピアの「ハムレット」の作風に①復讐が同悲劇の最大の主題、②暗殺された父親が幽霊のキャラクターとなって事実を暴露、③「生きるべきか死ぬべきか」などの独白の多様、④エピソードをアクションごとに分けている、⑤劇中に信頼できる腹心(ホレーシオ)を登用しているなどの点で大きな影響を与えている。

また、マーローの「ファウスタス博士」を例に挙げると、主人公にくりかえし焦点を当て、その動機と心理の複雑さを丹念にひもといている点は、「ハムレット」の精神世界を描いた作風に色濃く出ている。マーローが居酒屋でのトラブルで刺殺される1593年には、彼とシェイクスピアはほぼ同じ数の戯曲(シェイクスピア6作品に対し、マーローは5作品)を書いているが、当時の演劇評論家の大多数は、詩のテクニックを必要とする韻文の精巧さの点で、マーローの方が優れていると記している。

ユニバーシティ・ウィッツとシェイクスピアの共通点は、両者がある意味で、教養のある観衆と一般観衆のギャップを埋めるような作品を目指していたことである。シェイクスピアが劇作家としての基礎を築いたのは、古典劇と中世劇の融合というユニバーシティ・ウィッツの革新的な試みを取り入れたことによるところもあるが、その一方で観る側の教育の有無に関係なく、幅広い客層から支持を集めたのは、スキャンダルや戦争あるいは純愛といった人の心をひきつけるストーリーを、戯曲の素材としてふんだんに使っていたところによるのである。

英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その2)

2025-04-08 | 英語
英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その2)

2. ストラトフォード・アポン・エイボンにて

シェイクスピアの父であるジョンがイギリス中央部のストラトフォード・アポン・エイボンに引っ越してきたのは1550年頃である。もともとは近隣の村であるスニッター・フィールドでシェイクスピアのおじいさんにあたるリチャードの経営する大農場を手伝っていた。ここストラトフォードに移り住んだジョンは革手袋の会社を作るかたわら、羊毛や精肉の流通なども手がけ、順調に財産を築いていった。それから3年後、故郷の村の近くに居を構える裕福なアーデン家から嫁をとる。シェイクスピア家に嫁いだのは8人娘の一番下で、後にシェイクスピアの母となるメアリーだ。

メアリーとジョンが暮らし始めたストラトフォードと大都市ロンドンとの位置関係はというと、馬で2日、徒歩で4日というところにあったが、オックスフォードやウォーウィックなどの内陸部の主要都市までは近い。ストラトフォード自体は12世紀末から市場でうるおってきている町で、ギルドとホーリー・トリニティーという2つの教会が今日まで存続している。ギルド教会は国王エドワード4世の命を受けて、グラマー・スクール(小学校)を設立し、幼少のシェイクスピアもここでラテン語を含めた初等教育を受けたとされている。ここでのエピソードは晩年の「ウィンザーの陽気な奥様たち」中のラテン語のばかばかしいレッスンのシーンや「お気に召すまま」に登場するのジェイキスの人間がたどる7つのステージのスピーチの中に「朝が早くて学校に行きたくないから、なめくじが歩くようにのろのろ登校する」といったところに使われている。

1556年には2つめの家を購入し、革製品の商売も順調にいっていたジョンは政治の世界に進出して、町の議員となり、助役まで約10年かけてのぼりつめる。そんな折、1564年に二人の間に生まれたのが後の大劇作家ウィリアム・シェイクスピアである。8人兄弟の三番目で待望の長男に両親は跡取りができたと手放しで喜んだのは言うまでもない。当時の出生記録によると、Guliemus filius Johannes Shakspere(ウィリアム、ジョン・シェイクピアの息子)とあり、キリスト教徒としての洗礼を新生児の命名と同時に行っているのがわかる。

全て順調にいっているように見えたシェイクスピア家であったが、ジョンがジェントルマンという称号を受けられなかったことをきっかけに、一家の運勢は一気に暗転する。積み重なる事業での借金は妻メアリーの不動産でいくらかしのぐも、残った負債で首が回らないジョンは町議会から政治の場からいったん離れるように言い渡されてしまった。敬虔なカトリックであった彼ではあったが、借金取りの猛烈な取立てによる恐怖から、教会に行くのも止めてしまった。

英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その1)

2025-04-07 | 英語
英国エリザベス朝及びジェコビアン朝における政治、社会、経済、宗教、文化の発展がウィリアム・シェイクスピアの戯曲に与えたインパクトの概略(その1)

1. はじめに

ウィリアム・シェイクスピアはおそらくほとんどの人が世界一の劇作家として認めるところであろう。彼の戯曲は世界各国の言葉に翻訳され、研究者から演劇関係者を中心に、学生から大人まで読む人もさまざまである。しかし、今ではかなりの人が知っている「生きるべきか、死ぬべきか」という「ハムレット」のモノローグも、実は初等教育(グラマー・スクール)しか受けていない同作家が演劇という大衆文化の機能をフルに利用してこの世に送り出したものである。

ごく平均的な教育しか受けていない者が、当時の言葉の持つリズムとサウンドとボキャブラリーの美しいハーモニーを理解し、尊敬語や謙譲語あるいは俗語といった言語の階層を使いこなし、ギリシャやローマの歴史はもとより、当時の世界観や文化・慣習をふんだんに盛り込んだ芸術的傑作を本当に一人で書くことができたのかという論議もないことはない。しかしながら、シェイクスピア作の「ロミオとジュリエット」や「テンペスト」などの戯曲は舞台のパフォーマンスを通して、今も変わらず観る者の大多数を魅了しているのは紛れもない事実である。

グラマー・スクール在学中のシェイクスピアは周囲の世界にいつも興味深々で、当時自ら経験したエピソードをはじめ、結婚や祝い事に見られるイギリス独特の慣習と人々の間にある一風変わった常識、お祭りや人気のあった娯楽などを後年書くことになる戯曲中のシーンにしばしば応用している。たとえば、「じゃじゃ馬慣らし」に見られる結婚の形態や「テンペスト」の中のマスク(仮面劇)などがそれである。現代はお茶の間にいながらにして、テレビ、ラジオ、インターネットを通し、だいたいではあるが簡単に世の中の動きを感じることができる。しかし、シェイクスピアの生きていた約400年前のイギリスでは、何が流行っていて、誰がプレーヤーで、庶民は何を待っているのかを正確に把握するのはそれほど容易ではなかったはずだ。にもかかわらず、当時の動きを盛り込んだ多くの人たちが共感できる作品を書くことができたということは、常にシェイクスピアが周りにいた大人たちの話に耳を傾けていたはずに他ならない。彼の作品中で最も使用されているエピソードの中に、王様や貴族に関するものが多いのは、幼少時代から常に周囲の動きに敏感であったことの証拠である。

ジョン・ロングの「シェイクスピアの音楽理論」に基くシェイクスピアの「テンペスト」の戯曲・音楽構造の一分析(その5)

2025-04-05 | 英語
5.頻出用語の解説

当論文は以下に解説する用語を多用して理論を組み立てていく。各用語は各解説に基づいて適宜使用される。

ムード:音響デザイナーはさまざまな技術を駆使して、ドラマの観客に心理的影響を与える。たとえば、ある特定の意思を持って作成された劇中に使用される音響は観客の心情に大きな影響を与えるだけでなく、舞台で演技する役者の心情をも大きく左右する。この心情を有形無形に外部に向けて表現しているものがムードである。舞台音響デザインにおいて、各シーンのムードを特定することはドラマの持つアクションを明確にさせるという点において、この上なく重要である。ムードは感情や意識といった人間の精神面を、音そのもの、つまりは音色、音調、音質といったものの物理的な変化を利用して表現しようとするものである。

ディレクショナリティー(方向性):舞台音響の世界では効果音のディレクショナリティーを特定することで、観衆に対して舞台上で注目すべき場所はどこか明示することができる。たとえば、若い男女が愛を語り合っている場面ではサクソフォーン等の音源で作成した甘いメロディーを彼らのいる後ろに設置したスピーカーから流すことにする。そうすることで、観衆には注目すべきは彼らであることを直接的に訴えることができるだろう。逆にシアターに設置されているすべてのスピーカーを使用して、観衆の恐怖感をあおるために女性の叫び声などをミックスした曲を幕間に流すことにする。最初その曲はサラウンドで始まり、徐々にその音量を舞台後方のスピーカーに移動させ、シーンの始まる直前には舞台後方のスピーカーのみを使用する。この場合、最初のうち観衆は特に注目すべきものはないことを理解するが、音量が彼らの前方にシフトすることで舞台のどの場所を注目すれば良いのかを知ることになる。このように音響デザイナーにとってディレクショナリティーは観衆の視点をコントロールする一つの手段である。

ミュージカリティー(音楽性):舞台音響にはリズム、メロディーといった音楽性が多分に含まれている。この音楽性は主観的な側面を持つ。というのは、人々のほとんどはモーツアルトの作品をすばらしい音楽であるというだろう。その一方でニューギニアの原住民が打ち鳴らす打楽器の音楽もすばらしいという人もいるだろう。このように音楽性は主観的側面を有するが、ドラマに使用する音楽作品をデザインする上で音楽性は各シーンにマッチしているかどうかを基準にして検討されるべき性質のものである。

パンクチュエーション(アクセント、間):舞台音響のパンクチュエーションを通じて、心理的にキーポイントを観衆に伝えることも可能だ。たとえば、舞台ドラマで俳優が「きみが嘘ついているのを知っているんだ。」と言った後気まずい沈黙が続くシーンがあったとする。それまで流していたBGMをパンクチュエーションの原理を使用して、俳優の台詞の直前で瞬時に止めることで、観衆は劇的な瞬間を体験し、キーになっている台詞をより深く理解するはずだ。ドラマを解釈する上で音響デザイナーはパンクチュエーションが必要とされているシーンを見つける必要がある。その際、やろうとしているパンクチュエーションが全体のドラマの流れとリズムに溶け合っていることが理想だ。このことから、パンクチュエーションによって心理的に重要な台詞や場面の転換を観衆に理解させることが可能になってくるのである。

ジョン・ロングの「シェイクスピアの音楽理論」に基くシェイクスピアの「テンペスト」の戯曲・音楽構造の一分析(その4)

2025-04-03 | 英語
ジョン・ロングの「シェイクスピアの音楽理論」に基くシェイクスピアの「テンペスト」の戯曲・音楽構造の一分析(その4)

4.ジョン・ロングの理論と研究範囲の限定

ジョン・ロングの理論

ジョン・ロング著の「シェイクスピアの音楽の使用について」は当論文が理論を展開するうえで参照する資料の根幹を成すものである。彼の研究テーマはシェイクスピアの数ある戯曲において音楽がどのような機能をもっているかを系統だてて説明することである。彼の著書である「シェイクスピアの音楽の使用について」の冒頭では次のように書かれている。

「シェイクスピアの戯曲の中で奏でられる音楽の機能を理論として確立することを目標にする。必要とあらば、演奏形態、当初の楽譜を検証して音楽使用の重要性を枚挙する一方で戯曲の解釈、台詞の構造、ステージのデザイン、上演史などに関わる問題と戯曲中で音楽が使用されるシーンの関連性を提議する。つまりはシェイクスピアの舞台芸術家としての素養を振り返りたいのだ。」

ロングの議論は戯曲中の音楽使用をその機能面から洗い出していくので、「テンペスト」の音楽構造を明らかにするためには格好のテンプレートである。今までにも、ロングの理論をもとに上演当初の「テンペスト」において音楽がどのように使われていたのかを論ずるシェイクスピア研究者は少なくない。なぜなら、ロングはエリザベス朝とジェイコビアン朝の音楽研究に精通しており、研究範囲は「テンペスト」だけでなくその他の17のシェイクスピア戯曲に及んでいる。同著書の最大の特色としては理論を一通り説明すると、次に各シーンにおいての説明が展開されていることである。したがって、戯曲が持つ聴覚的芸術性を深めるという点から考察すると、音響デザイナーがロングの理論をシアターで実践に移すことができるようにセットアップされていると言えよう。ロングの「テンペスト」における音楽構造の分析を応用しながら、当論文はシェイクスピアが音楽を使ってドラマのアクションを芸術的に高めている事例を取り上げる。その過程においてロングが掲げる次の三つの質問に対する答えを出していく。

音楽がムードを盛り上げているのはどこ?
音楽はどんな種類の象徴的意味を表しているのか?
音楽はどのように自然界に存在しない生物を登場させているか?

研究範囲の限定

当論文の主要な目的のひとつにはシェイクスピアのテンペストをその文学性から分析するのではなく、同戯曲の音響を担当するデザイナーの目からそのドラマ性と芸術性を探るものである。音楽の機能と質については可能な限り、音響デザイナーとしての議論を展開していく。

ロング著のテンペストにおける音楽構造の分析においては六つの問題が定義されているが、当論文では上記の三つの質問に限定する。限定することで内容の濃い議論を展開したいのは言うまでもないが、最大の理由は上記の質問が音響デザインの研究分野に直結しているからである。雷鳴や渚の音といったいわゆる音響効果というものよりも音楽と歌に焦点をおいていく。今日録音されている効果音のライブラリーはほとんどのものがその特殊性を欠いており、一般的な条件を満たすにとどまっている。一般的な議論は学術研究分野においては危険であり、その結論はしごく一般的になりがちである。したがって、当論文からは一般的な音響効果音を話す機会は最小限にとどめる。