東京恋愛物語

Tokyo Short Story

孤島の野犬17

2010-05-14 15:00:37 | Weblog
最上階にもうすぐエレベータは到着する。大体ボスと呼ばれる奴は、高い所に居座りたがる。そう思って、迷わず「風」は一番上のボタンを押していた。


扉を開くと、2人の男が待ち構え、既に銃を抜いていた。先程下に来たチンピラ達とは、雰囲気が違う。明らかにボスの側近である事が分かった。


「お前らには用は無ぇ。ボスに会わせろ。」


黒いスーツの二人の男は、唖然とした。


「お、おい、今この犬喋ったぞ。」


「何だ、レコーダーか何かで喋らせてんのか?」


「風」は、ゆっくり、それと分からせるように男達に言った。


「俺が喋ってんだよ、三下。そこをどけ。」


カッとなった男の一人が指をトリガーにかけた瞬間だった。前方の部屋の奥から、くぐもった声がした。


『おい、その犬を入れろ。』


「し、しかし、、、」男はもう一人と顔を見合わせたが、ボスの命令は絶対らしい。


男は引き金から指を離し、部屋の扉を開けた。「仁義」という掛け軸さえ無ければ、一見どこかの中小企業の社長室と言っても、まかり通るような部屋だった。その部屋の一番奥の窓際、机の向こうに、黒い椅子に座った人物が居た。


「犬が喋るのはCMの中だけだと思ってが、最近じゃ本当に喋るんだな。俺に何の用だ?」ボスは笑いながら、聞いた。



「さすが組長さんだな、話が早い。『アクア・ホライズン』の責任者は誰だ?それを知りたい。」「風」は半分笑みを浮かべながら(もっとも人間にはそれと判断は出来ないが)、そう答えた。



「がっはっは。喋る犬が何を聞くと思ったら、そんな事か?こりゃ傑作だな。何故知りたいんだ?え?」まだ笑いを噛み殺しながら、ボスは聞いた。



「仇(かたき)を討つためだ。」こんな回答は意味が無いとは知りながら、わざとボスに調子を合わせた。


「仇だと?俺には恨みを買われる事がたくさんあるがな。リゾート会社が何の恨みを買われるんだ?もし教えたとして、俺には何のメリットがあるんだ?」


掛け軸とはほど遠い、いまどき残った組らしい質問だった。くだらないと思いながらも、今は目の前のこいつしか糸口が無いため、「風」は続けた。


「少なくともお前は死ななくて済む。」


「ははは?誰が俺を殺せるんだ?あ?」


そうボスが答えた次の瞬間、首から血を流した、黒いスーツの男二人がボスの机の上に横たわった。ボスには何が起きたのか分からなかったが、さすがに経験から殺気を感じる事ぐらいは出来たらしい。青褪(あおざ)めた唇が、それを物語っていた。



「早く病院に連れていかねぇと、こいつらホントに死ぬぞ。もう一度だけ聞く。『アクア・ホライズン』の責任者は誰だ?」


「し、新三中(みなか)銀行の逆瀬沼(さかせぬま)だ。と、東京支店の支店長だ。」ボスはやっとの思いで声を絞り出した。


ちっ東京か。また長旅だな、と思いながら、何も言わず「風」へ部屋を後にした。

(つづく)

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