東京恋愛物語 II

Tokyo love stories

目の前を颯爽と歩く女のスカートはやけに短くて

2012-02-02 | story
「あ?やめとけ、やめとけ。そもそもお前は恋の何たるかが分かってないんだから。」


時間あるか?無いなら作れ、と先輩から電話があり、六本木交差点近くの古い喫茶店にいた。何故か、というより、そうだ先輩が言ったんだった。「最近恋してるか?」と。


「自分で聞いたんじゃないですか?『恋してるか?』って」


僕は正直に優美の事を話したのに、鼻から否定されて少しムカついた。


「あのな、本当に恋をしてたらな、『いや、そうですね、今は、うーん』とか言って誤魔化すもんなんだよ。そんないけしゃぁしゃぁと、好きな人が居ます、なんてのは恋じゃねぇんだよ。」


「いや、まぁ勝手な片思いかもしれないっすけど、でも好きな気持ちに嘘は無いですよ。」


若干僕もムキになって答えていた。


「じゃ、その片思い、どうすんだよ?ずっと片思いし続けるのか?」


実際、次はどうしよう?等と考えた事はなかった。もしかしたら、このまえ会って話した事で、どこか満足してしまっているような気さえしていた。でも、このまま会わない、というのは自分の中でも諦めがつかなかった。というより、会いたい。



「連絡しますよ。それで、また会って、食事して、とか。」



「あのな、」先輩は僕の言葉に被せるように言った。


「月っていうのはな、遠くで見るから綺麗なんだよ。近づいて着陸でもしてみろ、クレーターでボコボコじゃねぇか。」


「はい?なんで月?つーか、そんなことはないでしょ。そういう外見の話じゃなくて」


「同じだよ。月の昼と夜の温度差なんて何度あると思ってる?女の心なんてそんなもんだよ。お前は月で生きていけるか?宇宙服持ってんのか?」



僕はやけ気味に、



「じゃ、先輩は何で女性と付き合うんですか?」



と聞いていた。



「俺はNASAで訓練を受けた。でも何度月面着陸に失敗したことか。ヒューストンとの交信回数はダントツだったな。」


呆れて物が言えない、と思ったが、そもそもそれが先輩であった。そして、そうと知りつついつも話してしまうのが僕なわけで、僕こそ呆れてものが言えない対象だった。


「まぁ、いいや。ところで、その子のどこか好きなの?」


一瞬色んな彼女の素晴らしい点が過った。でも、どうせ結局は「おっぱいはデカイのか?」等という低俗な話題に変換されるのは火を見るより明らかだった。少し悩んだ末、一つ決定的な魅力を思い出した。


「彼女、超能力が使えるんですよ。」


自分でもバカだと思いながらも、先輩にバカにされるのを待っている自分を僕は嫌いじゃなかった。しかし、先輩は意外にも笑いもバカにもしなかった。


「マジか?おい、今度会わせろよ。」


「え?まさか信じるんですか?」


「お前は信じない。しかし、彼女が超能力者だという事は信じる。」


一瞬哲学的な表現に感じたが、ただの気のせいだった。


その後はまた他愛の無い話を続けたが、別れ際に先輩は「車買えよ」ではなく、



「おい、ちゃんと会わせろよ。ユリ・ゲラー以来の超能力者に。」


と言っていた。


(つづく)

きっとウルトラマンのそれのように君の背中にはファスナーがついていて

2011-09-20 | story
「そういえば、杉村さんって眞田さんの同期でしたっけ?」


話し続けている服部に、「こんなにお喋りだったか?」と思っていたところだった。しかし、その口調は特に耳障りではなく、いや少し癒されるような気持ちになっていた。ビールも2杯目を飲みほし、京都のおばんさいをおかわりしている所だった。



「え?ああ、堅治さん?いや、2個先輩だったよ。よく合コンは一緒に行ったけど。大学院出てるから年齢は3つか4つ上かな?転職しちゃったけどね。どうして?」



「いえ、この前表参道で見かけたんで。」



「おう、元気だった?今何やってんだろう?」



「いや、なんか急いでたみたいなんで、ちょっとご挨拶した程度だったんですけど。モデルみたいなすごく美人な人の所へ走って行ってたんです。でも「お久しぶりです」って声かけたら「おう、久しぶり」って笑ってくれました。」



「ふーん、服部と繋がりあったっけ?」


杉村先輩は入社式から、いや人事部を含めると入社前からモテていたらしい。そんなに美形ではないし、すごく男らしいわけでもない。しかし、何故か女性を惹き付ける何かがあったんだろう。そんな杉村先輩に対し、ちょっと嫉妬していた。そしてこの時も。いや、なんでだろう?デルモな美人を連れていたから?それとも?



「新入社員のオリエンテーリングがあったじゃないですか?あの時、金融部では、杉村さんが話してくれたんですよ。まぁ、通信部の眞田さんがカッコよかったからこっち選んじゃいましたけど。へへ。」



「あー、そんなお世辞には騙されないよ。うん。28歳は、もう騙されない。」


普段カッコいい等と言われると何故か苛立つ気持ちの方が多かったが、この時は何故か満更でもなく、むしろ心地よかった。



「お世辞じゃないですよぉ。あ、でも面白いんですよ、杉村さん。『あ、ゴメンナサイ、彼女さんですか?』って立ち去りながら言ったら、『あーあれ?死神だよ』って笑って走って行っちゃいました。」



「死神?はは。堅治さんらしいね。やっぱりな、あそこまでモテると死神にまで愛されるんだな。ははは。」



そんな下らない話ばかりをし続け、気付くともう11時を過ぎていた。「すみません、もうこんな時間ですね」という服部の言葉を合図に店を出て駅まで歩いた。


「今日はどうもありがとうございました。またお誘いしても良いですか?」


と聞かれ、一瞬別の事がよぎったが、「あ、ご飯ね」とあわてて言うと、


「そうですよ、ご飯。ご飯だけじゃなくても良いんですけどね!」


と冗談っぽく、僕とは反対側の地下鉄の改札を抜けて行った。


ちょっとにやけていた自分を叱咤するように、「いや、ないな。ない、ない。」と心の中で言い聞かせていた。


(つづく)

晩飯も社内で一人インスタントフード食べてんだガンバリ屋さん報われないけど

2011-09-14 | story
「眞田さん、今日はありがとうございました。」


「何だよ、びっくりさせんなよ。」と強がってみたが、


「あれ?何かヤラシイ事でも考えてました?」と見透かされた。いや、別にヤラシイ事でもヤマシイ事でもないけど。


「途中で躓いちゃったとき、フォローありがとうございました。」


今日の服部のプレゼンは初めてとしては殆ど完璧と言っていいものだった。途中でつっかえた所も、別にフォローの必要は無かったと思う。ただ、偶然先方の支部長と目が合ったので、つい僕が説明しただけだった。


「いや、フォローじゃないよ。今日は完璧だったよ。」と本心から言った。


「いえ本当に助かりました。あのあと眞田さん別の会議に行かれちゃったんで、お礼言えずにすみませんでした。」


「何、そのためにわざわざ客先からまた戻ってきたの?あ、部長が何か言ったんでしょ?事あるごとに仁義を通せとかうるさいからな、オッサン。任侠映画の見過ぎだっつーの。」



「いえ、松平さんは何もおっしゃってないですよ。ただ、いえ、別に良いんです。お礼を言いたくて。」



「なに?金なら無いよ。今月バイクの車検通さなきゃなんないから。」



「あ、バイク乗ってるんですか?へぇー。あ、あのゴメンナサイ、お邪魔しました。」


後ずさりする時、一瞬、服部の目が僕の弁当が入った袋を追ったので、


「あ、分かった、俺の弁当狙ってんな。良いよ。ブロコッリーならあげてもいい。」


と茶化すと、


「そんなわけないじゃないですか!もう。良いんです、お弁当買われちゃったんなら。」


「買われちゃった」って日本語おかしいだろ?と思いつつ、「じゃ、何だよ?」と聞くと、


「もし良かったら夕飯行きませんか?って聞こうと思ってたんです。」


と、似合わず小声で言った。なんだそれは?ハニカンでるつもりか?と思ったけど、そこは笑ってはいけない所だろう事は心得ていた。


「あ、でも良いんです。すみません。」


ちょうど、さっきコンビニで弁当を買うのはやめようと思っていた。大体消去法で弁当を決めていくが、今回は消去法でも全然納得出来なかった。「スタミナ」って付ければ何でも入れても良いと言いたげな弁当だった。


「ちょっと待って。」と服部を制しながら、



「おーい、尾田いるか?」と二つ先の列(パーティションで顔は見えないが、さっきメッセンジャーの返信がすぐあったので、いるのは分かっていた。)に声をかけた。


「はい!」と顔を出した尾田に、


「今日のお前の運勢は大吉だ。しかもラッキーアイテムは『炎のスタミナ丼』だ。」


と言って弁当袋を差し出した。


「ありがとうございます!」と言って本当に喜んだので、少し肩すかしをくった気がした。



優美ちゃんからメールが来ない事が気になっていたからか。さっき上杉に菜穂子の事を言われたからか。それとも留美ちゃんに返信しようか迷っているところを声をかけられたからか。それともただ単に弁当は食べたくなかったからか。



まぁ少なくとも服部とご飯を食べたいと思ったからでは無かったと思う。尾田でも前田でも誘われれば行っただろう。少なくともこの時はそう思っていた。


「じゃ、行こうか、メシ。」


「はい!」と言った服部の笑顔が、少しカワイイな、と思ったのも事実だった。


(つづく)


分かってる期限付きなんだろ大抵は何でも永遠が聞いて呆れる

2011-09-06 | story
夕飯のコンビニ弁当を買いに行こうとすると、エレベーターホールで上杉に会った。


「おう、お疲れ。」ハイテンションはいつもの事だが、やけに明るく声を掛けてきた。


「何だ、上杉、ニヤニヤして。良い事でもあったか?」


「あれ?前田から聞いてない?あ、そう?あぁーじゃいいよ、いいよ。」


「って言いたいなら早く言え。」


ちょうど来たエレベーターの籠も誰も乗っていなかったので、上杉は続けた。


「いやぁ、実はさ、あの後、ユキちゃんウチに泊まったんだよね。」


ユキちゃんが誰だか全く分からないが曖昧に相槌を打っておいた。「あ、そう」


「あー見えてユキちゃん、かなりのナイスバディでさ。」


「今時言うか?それ?」


上杉は全く意に介さない様子で、


「んで、今日も泊まりに来ちゃうわけよ。夕飯作ってあげるってさ。」


「あ、そう。そんで付き合ってるわけ、お前らは?」


「いや、それはこれからだよ、そういうことは。まずは親しくなってからだな。」


「お前気をつけろよ。そのうち合鍵作られっぞ。そんでお前が知らない間に鍵変えられてっぞ。」


これは実際に先輩の一人が陥った罠であった。



「なんで、そう悲観的かなぁ。良いんだよ、今を楽しめれば。お互い青春の1ページだよ。」


「青春って歳でもないだろ?」


「やだねぇ、何だよその小姑みたいな言いまわしは?まぁお前もナオちゃんの事は早く忘れろよ。」


痛い所を突かれた気がしたが、


「忘れてるっつーの。あ、それより留美ちゃんのメール返信したか?」


「え?誰、留美ちゃんって?あーこないだのよく飲んでた子?メールなんて来てねぇよ。あ、そんじゃユキちゃんが待ってるんで。」


と、そそくさと開いたエレベーターから走って行った。そうか、上杉にもメールきてないのか、と思いつつ弁当を買った後尾田にもメールで確認したが、尾田にも来ていなかった。という事は、俺にだけメールが来た事になる。


尾田の返信には、「それはそうと、京子ちゃんが眞田さんの連絡先教えてくれって言ってるんですが、どうしましょう?」と書いてあったので、前田には伝えたよ、と返信しておいた。



正直、留美ちゃんの事はあまり覚えてないが、メールの返信ぐらいしておくか。お酒をいっぱい飲んでいたのは覚えているけど。いや、ここで返信したら、キョウコちゃんからメールが来た時も無視は出来ないなぁ。んーどうすんべ?と考えていると、横に服部が立っていた。


(つづく)

間違いじゃないきっと答えは一つじゃない

2011-09-01 | story
月曜日はいつも重い鎧を背負って歩くような感じがしていた。仕事が嫌なわけではなく、働くのも別に億劫ではない。でも、世の中全て周りの物の重力が増えたような雰囲気に飲み込まれてしまうからだ。


しかし、その月曜日は違っていた。もちろん電車も人通りも社会も首相も何も変わっちゃいなかったけど、僕の心には優美ちゃんがいたからだ。


昨日の夜は寝るまで彼女と出会って話した事を反芻していた。まぁある意味自慰行為に似ているけど、想像するだけで僕は幸せだった。それはおかしなことだろうか?


ただ会社に着いてからは、また誰かに突っ込まれたりしないように、殊更マジメくさった顔をしていた。


会社のメールを見ていると、昨晩知らないアドレスからメールが来ていた。おぉー優美ちゃん!って喜んだのも束の間、名前が「留美」となっていた。誰だ、留美って?と思う前に、そもそも優美ちゃんのアドレスは知っているはずだし、違うアドレスから送られても、すぐに分かるはずだった。


かといって、男からメールするのもなぁ。やっぱり少なからず、「ありがとう」のメールぐらい欲しいよな、とも思ったりした。昨日はあんなに親密になれた気がしたけど、女心と秋の空って言うしな、等と自分自身に言い訳を言っていた。


ところで、誰なんだ?この子は?と記憶を辿った。もちろん、合コンに明け暮れていた時なら、そんな事は決して珍しくなかったが、ここ最近は知らない名前からのメール等なかった。


しかも文頭には、「この間はとても楽しかったです。」だ。もちろんその前に「突然メールしてごめんなさい」とあったが、とにかく、昔遊んだ子で無い事は確かだ。


そして、その間2本の電話の対応に追われ、ちょっと休憩でもしようかと思った時、先週の合コンの事を思い出した。先週!そうか、遥か何ヶ月も前の事に感じていたが、先週の金曜日に確かに合コンをした。むしろ、その記憶はほぼ薄れかけていたけど。


多分、その中にいた子。あのしつこかった子だろう。何で俺のメールアドレスを知ってるんだ?まぁ前田はそんな事はしないから、上杉あたりが調子に乗って教えたんだろう。ということで、「このメールは無視する」ことで俺の中の満場一致の裁決を得た。


コーヒーを買いに下のベンダーコーナーに行くと、ちょうど前田が出てくるところだった。


「あ、眞田さん、この前はありがとうございました。」


さっきまで忘れていたのに、いやいや楽しかったよと、先輩面していた。会議なのか急ぎ足で「またお願いしまーす」と通り過ぎてから、振り返って前田がまた背中に声を掛けてきた。


「あそうだ、眞田さん、京子ちゃんに眞田さんのアドレス教えても良いですか?教えろってしつこいんですけど?」


「キョウコちゃん?」


「そうです。あのかなり眞田さんに絡み気味だった子っす。眞田さんは女に興味無いよって深刻な顔で言っといたんですけど、それでも良いからって。」



「深刻な顔で言うなよ。まぁ別に教えても良いけど。あれ?キョウコちゃん?ん?じゃ、留美ちゃんって誰?」



「え?留美ちゃんですか?あー、一緒に京子ちゃんと先に帰ったじゃないですか?それが留美ちゃんですけど、どうして?あ、ごめんなさい、時間ないんで。じゃ教えときますねぇ。」


とエレベーターに消えていった。そうか、あっちが留美ちゃんか。でもどうしてだ?まぁ、飲んだ人達皆にメールを送る律儀者なのかな。全然喋った記憶は無いし。



と、その日の午後にはそのメールの事も全く忘れていた。気になるのは今期のスケジュールのハードさと優美ちゃんからのメールが来ない事だけだった。


(つづく)

今僕のいる場所が探してたのと違っても

2011-08-18 | story
「女の子の一人暮らしで一階は物騒じゃない?」


と、僕は父親目線なのか何なのか分からない事を言いながら靴を脱いでいた。おそらく女性の一人暮らしの家に上がることの罪悪感というか、もちろん初めての経験ではないが、緊張していたのだろう。


「そうかなぁ。でもこの方が何かと便利で。」


と、車椅子のタイヤを拭きながら彼女は言った。確かにエレベーターはあるものの、おそらく車椅子で荷物を持った彼女にとっては不便なのだろう。そんなことも分からなかった。そして見渡すと、やはりバリアフリーなだけあって、手すりがあるだけではなく、廊下や扉が広い気がした。


「このマンション、元々は介護施設にするらしかったの。よくなんとかデイケアみたいのあるでしょ?でも、途中で予定変更になったみたい。だから2階から上は普通のマンションらしいんです。」


部屋はとても綺麗に整頓されていて、引っ越したばかりには見えなかった。段ボール箱や、包んだままの物も置いてなかった。


「ここなんですけど。お願い出来ますか?」


彼女は奥の窓ガラスを指して、買ってきたばかりのカーテンを開封した。


「ここで「嫌です」って言えるの?」


と嫌味っぽく言ってみたが、絶対言わないでしょ、そんなこと、と彼女は笑って流した。



「あんまり冷たいもの買ってないんですけど、ジュースで良いですか?」


と彼女は冷蔵庫を開けて、僕は「お構いなく」と街の電気屋さんのような事を言っていた。


カーテンは難なく取り付けられ、ちょっとは苦労して付けた方が有り難味があったかな?と思っていると、どうぞ、とテーブルの上にコップを置いていた。


この部屋で唯一違和感があるとすれば、それほど広いとは言えないワンルームのマンションにダイニングテーブルがあることだろう。もちろん彼女が車椅子のまま食事が出来るようになっているのだが、少し大き過ぎる気がした。




「本当に今日はありがとうございました。」


ジュースを飲み終え、そそくさと玄関まで出てきた僕に、彼女は背中へ声をかけた。居心地が悪いわけではなく、むしろずっと居たい気はしていたが、やはり僕の中のどこかで、まだお互いよく知りもしないのに部屋に長居するという事が罪悪感に思えた。


「んじゃ、また。」


と言った僕に、「じゃね。」と明るく返され、少し肩すかしを食ったような気がしたが、じゃ「もっと居て欲しい」などという言葉を期待していたかと言うとそうでもなかった。


「あっ」と、扉を閉めそうになったとき彼女が叫んだので、「え?どうした?」と僕はあわてて返すと、


「いえ、何でもないです。」


と言うので、改めて問い質すと、


「あの、DVD、今日が返却期限だったんですけど、返すの忘れちゃってたの思い出して。」


と、言うので、「あぁ、じゃ帰りに返しておくよ。」と手を出した。「ついでに返しておいてよ。」と昔少し付き合った女性に言われたのを思い出したが、彼女はそんなつもりで言ったのではなく、あとで自分で返しに行きます、と頑なに断った。



「じゃぁさ、返しておくから、そのお礼をまたしてくれる?」


「どんなお礼?」


「また会ってくれれば良いよ。それがお礼。」


「じゃ、お願いします。」


自分では彼女も会いたいと思ってくれたかと、自信過剰になる心を懸命に抑えつつ、彼女のマンションを後にした。



外はもう陽が沈み、夏の終わりを告げそうな空気だったが、僕にはこれが世界の始まりのように思えた。おそらく道で遊び帰りの少年にあったら、「気をつけて帰れよ」なんて言いそうな気分だった。


(つづく)

君は誰だい?そして僕はどこ?

2011-08-10 | story
映画だったら、ジョンのギターと共に『She loves you』あたりが流れる場面だろう。いや、あれはフラれた曲だから、ポールの『Oh, Darling』の方が良いだろうか。

ともかく、その時まるで自分が映画の中の一場面にいるような錯覚を覚えていた。


「え?何て言ったの?」と聞いてみても、あとは笑うばっかりで結局は答えてくれなかった。


それから何を話したかあまり覚えていない。仕事の話をしたような気もするし、高校時代の友人の名前も出てきたような気がする。でもそんな事はどうでもよくて、彼女と話してずっと笑っていた事が印象に残り、その楽しい時間を過ごしたという事実が唯一絶対的な事実だった。


カフェを出ると(この時改めて店を見たら少なくとも喫茶店とは呼べるような外観ではなく、今どきのカフェだった)、まだ昼間の暑さが少し残っているものの、夕方の乾いた空気の匂いがした。


「すみません、長い時間引きとめちゃって。バイク大丈夫ですか?」


「いや、こっちこそ。なんかペラペラ喋り過ぎちゃったな。」


彼女に聞かれるまでバイクの事はすっかり忘れていた。言われてからも、バイクをレッカーされてても良いやと思うほど、充実した時間だった。


「でも、楽しかったです。ありがとうございました。」


それは、僕が今言おうとしたセリフだよ。なんて軽口というか本当の事だったけど、言おうとしてやめた。代わりに、


「帰りはどっち?」と聞いた。


でも聞いてから、女の子の一人暮らしの家を知ろうとするのは、常識的に考えてよくないのでは?いや、方向だけ知るぐらい良いのでは?近くまで送るぐらいだったら、等とぐだぐだ考えていると、


「あ、こっちです。もしかして送ってくれるんですか?」


と彼女は答えた。送るって分かっていて確信犯的な聞き方とも取れたけど、多分そうではなかったと思う。


大丈夫だよ、と何回も言ったが、彼女は僕のバイクが心配だからと、少し遠回りしてバイクを停めてある場所を通った。僕のバイクの他に3台同じようにバイクが停めてあり、そこはちょうど店と店の間の何もない空間だったから、迷惑駐車にならないと思う人が、他にもいたということだ。


本当に大丈夫かな?と、自分の病気の事や、一人暮らしの事なんか全然心配してないのに、そればっかり何回も心配していた。それが演技だとしたら、相当なもんだけど、そこまで穿って考える程僕はスレてはいなかった。


裏道から表通りに出て、途中バス停を3個通り過ぎたあたりで、また反対の裏道に入った。その頃には周りにはお店もなくなり、コンビニ数軒と住宅街が広がっていた。裏道に入って比較的すぐの所に彼女のマンションがあった。


吉祥寺には珍しく新しいマンションで綺麗な薄茶色のレンガが光っていた。新築のようだったので聞くと、多分3年ぐらいは経ってると何の根拠かも分からない事を彼女は言っていた。


「じゃ、ついでにカーテン付けてくれますか?」


とオートロックのマンションの玄関で言われ、え?何が「じゃ」なの?と危うく聞きそうになってると、


「だって普通はカーテンって寸法測ってすぐに出来るもんじゃないんですよ。でも今日すぐに出来たって事は、今日取り付けるべきだって神様が言ってるんですよ。なのでお願いします。」


いや、その、カーテンがどうとかじゃなくて、いやもちろん付けても良いんだけど、そうじゃなくて、いきなり部屋にあがるって事が、等と思っているうちに、彼女は自分の部屋のカギを開けていた。


(つづく)

アジアの極東で僕がかけられてた魔法

2011-07-27 | story
「そうだ。メール返信してなくてすみませんでした。」


喫茶店に入り、座って注文してしばらくすると彼女は言った。正確には彼女は椅子をどかしてそのまま車椅子だけど。


「あ、いや。メールありがとう。」


と、若い女性ばかりの客層を気にしながら、まっ白な店内を見まわして言った。


「言い訳ですけど、ちょっと忙しくて。でも、『橋場優美様』って面白かった。」


「あ、そう?」と言いながら、『全然ギャグじゃなかったんだけど。ちょー悩んだんだけど』、と思いながらも面白かったなら良いか、という事にした。



「そういえば、男とお茶なんかしてて良いの?彼氏に怒られちゃったりしない?」


と、最低なタイミングの最低な言葉が意を反して出てきた。もちろん、しまったという顔をしていたろうが、そんな時こそ顔は笑っていたのかもしれない。言ってしまってから、まず俺を「男」として認識しているか?だろ?ともっともな意見がもたげた。


「彼氏?」


と彼女はマジメな顔で聞いた。


「いや、ほら、ビートルズの本の、前に言ってたじゃん。」


と僕はマジメな顔で全く意味のわからない文章を繋げた。でも聡明な彼女は、



「あー、うふふ。よく覚えてますねぇ。別れましたよ。この病気が分かって、すぐに別れちゃった。」



多分、彼女と会ってから自分の発言に一番後悔したのが、この時だったように思う。もし、他の女性だったら、もちろん想像の域は出ないけど、普通は「別れた」と聞いたら、そうなんだぁ等と内心喜んでいただろう。好きでもない女性だったらまた別だけど。



しかし、「この病気が分かって」と、あっけらかんに、むしろ「浮気がばれて」等といった事と並べられてしまうような言い方に、僕は何も言う事は出来なかった。「そうなんだ」とも「何の病気?」とももちろん言えず、「いつ別れたの?」とも言えず、僕はただ、


「ごめん。」


と言った。なんだそりゃ。残念だけど、そんな言葉しか僕は喋ることが出来なかった。


「え?何で『ごめん』なの?」当然の質問だ。



「いや、何て言うか、その、変なこと聞いちゃって。ごめん。」


「あれ?彼氏がいた方が嬉しかったですか?都合良かったですか?彼女さんに言い訳出来るとか?」


と、悪戯っぽく、眩しい笑顔で聞いてきた。


「違うよ。つーか、俺も年末に別れて今はフリーだし。」


何が、『俺も』だ。彼女の『別れ』と全然違うぞ。違うんだ、僕が謝りたいのはそうじゃなくて、と思っていると、


「えー、そうなんですか?眞田さん、彼女いっぱい居そうなのに。」


まただ、いや今はそんな事気にしてる場合じゃなくて、


「じゃ、好きな人いるんですか?」


と唐突に聞かれ、全ての頭の中の構成していた文章が吹き飛んでしまった。


「うん、今目の前にいる。」



今どき昼のドラマでもこんなセリフは無いよなぁ、我ながら自分のアホさ加減に閉口した。良く取ってくれれば、「またぁ、口がうまいなぁ」だし、悪く取られれば、「口が軽いですねぇ。」だろう。「わたしの事何も知らないじゃない」とあの時の彼女だったら言うかもしれない。



僕の恋も終わったな。正直そう思った。考えてみれば、始まってもなかったけど。でも、彼女は、そんな僕の考えをとことん裏切り続けた。




「うん。ありがとう。わたしも眞田さんの事好きですよ。」



そう、今だから落ち着いて考えられるが、この時既に彼女は「知っていた」のだ。僕が「そう言う」ことを。もしかしたら「そう言わせる」ために、そのシチュエーションを選んだのかもしれないが、あとから聞いてもそれは教えてくれなかった。

(つづく)

カーテンが風を受け大きくたなびいている

2011-07-07 | story
優美ちゃんは全く思っていなかっただろうが、この時僕は彼女とまるでデートをしているかのような錯覚を覚えた。


まるでもう前から付き合っているような、いやちょっと悪く言うともう長い付き合いの幼馴染みのような気分でもあった。いやそれでも全然悪くないんだけど。


あくまでも彼女が自然でいた事が、僕を自然にさせていたのだろうが、ともすればそれは好意というか恋愛感情があるのでは?と錯覚させてもしまうような彼女の態度であった。


いつかそんな事を聞いた時、「そりゃ好きだったからだよ」と言ってくれたが、今でも本当にそうだったのかは疑問だ。でもこの時は、そんな感情を抜きにしても彼女と居る時間がただ幸せだった。



テナントショップに入り、てっきり服やバッグなんかを買う物だと勝手に解釈していたので、「ここ」と言ってインテリアショップに入ったのには少し拍子抜けした感があった。


「カーテンを探してるんです。」


と彼女は言った。なので、「自分の部屋の?」等と当たり前のような事を聞いてしまった。また彼女は笑いながら、


「そう。先月から一人暮らし始めたんですよ。でも自分じゃカーテン開け閉めできないだろうって母親に言われたんですけど、やっぱりカーテンが欲しくて。」



と説明してくれた。それは彼氏と同棲するためなの?等と下世話な質問が一瞬頭をよぎったが、そこまで冷静さは欠いていなかったようだ。それよりもカーテンが開け閉め出来ない、という事実が、それは当たり前の事として実生活をしている僕にとっては衝撃だった。


「そうなんだ。でもよくさ、背の高いカーテンにプラスチックの棒が付いてるのがあるじゃん。そういうのなら大丈夫だよね?」


と、今思えば軽薄な事を言ったものだと赤面するが、素直な彼女は、


「そうなんです!実はそういうの探してるんです。」


と答えてくれた。


最初にいらっしゃいませ、と言った店員は明らかに彼女の車椅子に対して好奇の眼差しを投げていたので、怒りが込み上げたが、この時は彼女の事をまだ何も知らなかった自分にこそ怒りをぶつけるべきだったのかもしれない。


しかし、次に応対してくれた店員はとても優しく、通常は付けないであろう、その棒のオプションをどうにか付けられるように工夫してくれた。


彼女は気に入った薄いピンクの花柄模様のカーテンを手に取り、それが部屋にかかる事を想像しながらとても喜んでした。そして、会計を済ませると、


「ありがとうございます。眞田さんのおかげです。」


と、言った。


どういたしまして、と危なくアホな返答をしてしまいそうだったが、すぐに思い直し、


「いや、全然俺のおかげじゃないでしょ。」


と笑った。


「いえ、本当ですよ。私一人だったら相手にされないんですよ。カーテンだけじゃなくて、他のお店でもそうです。多分面倒くさいって思うんでしょうね。その気持ちも分かるけど。」


「なんで?俺はその気持ちは分からないけど。どうして?」


等とまた怒りを覚えてしまった。自分の事は棚に上げてだ。自分だってもし店員の立場だったら本当にそうなのか?と今では素直に考えられる。しかし、この時は薄っぺらなヒューマニズムに任せて言っていた。


彼女は笑って誤魔化したが、そんな似非ヒューマニズムを嗤っていたのかもしれない。当然だろう。


「だから、お礼にお茶ご馳走させてください。あ、でも時間無いですか?」


と聞くので、


「いや、時間ものすごくあるよ。」


と、僕も笑って誤魔化していた。


(つづく)


君の身の上話のひとつでも聞かせてよ

2011-07-06 | story
銀行を出たあとは、何故か車椅子をそのまま持つ事が憚られ、(いやもしかしたらこの時はまだ恥ずかしいような気がしていたのかもしれない)、彼女の横に邪魔にならないよう一緒に歩いた。


聞きたい事、話したい事はたくさんあったが、今更どんな順番で話したら良いか迷って、さっき彼女が言った事を思い出した。


「そういえば、さっきさ、『バイクとは思わなかったなぁ』って言ったっでしょ?あれ、どういう意味?」


「ああ、うふふ。なんでもない。」


何でもない、とか、関係無い、とか言われると逆に興味が湧くものだ。もちろんそんな計算ずくではなかったろうが、僕は気になって更に聞いた。すると、


「んー、でもなぁ。おかしな人だと思われると嫌だなぁ。」


と、
焦らされた。あんまりしつこい男だと思われたくないので、そっかぁと言うと、彼女は話してくれた。


「実は、わたし超能力が使えるんです。」


「え?」と思わず驚いてしまった。


「ほら、やっぱり変な人だと思ったでしょ?」


「いや、その、俺使えないからさ。」と、僕こそおかしな人だった。



「でも超能力って言っても映画の中とかテレビに出たりする人達のようじゃなくて、単純に言えば予知夢っていうか、なんとなく予測出来ちゃうんです。」


その説明を聞いてもよく分からなかったけど、一所懸命説明してくれたので何とか理解しようと思った。けどやっぱり分からない。


「ということは、僕と今日会う事が予測出来たって事?」


と、まるで子供相談室にかかってきたイタズラ電話を必至に解説しようとしてるどこかの相談員みたいな聞き方をした。



「んー、もちろんはっきりじゃないんだけど、なんとなく。でも声を掛けられるって事は分かってた気がするんです。でもさすがにバイクとは思わなくて。」


「あぁ、だからそう言ったのか。」


と、もう既に彼女が予知能力があることを信じてしまっている自分に気付いた。どちらかと言えば、僕はそういう目に見えない能力だったり、要は科学的に実証が出来ないような事は信じないタイプだ。だから、超能力なんて全く信用していなかったと言える。


でも、何故か彼女が言った言葉は、そのまま自分の中に自然と入り、もちろんそれが「恋は盲目」の一つなのかもしれないけれど、ただ既に予知能力ってどういう物なんだろうと、それを聞いてみたい気になっていた。


「でも、やっぱり信じられないですよね?自分でも信じられないし。暑いから頭おかしいんでしょ?って思ったよね?」


語尾に敬語がつくのも、つかないのもかわいいな、と僕は全く別の事を考えていた。


「いや、なんてゆーか。信じる、信じないじゃなくて。信じたいな。」


と、情けない言葉だけど本心から言った。


「うふふ。ありがとうございます。しかも、すごいことにこの能力、事前に誰かに話すと実現しないんですよ。つまり、絶対に証明出来ないってことなんです。ね、全然信じられないでしょ?」


何がすごい事なのか分からなかったけど、もう彼女が僕を虜にしていることは曲げようのない事実であった。ただ、この気持ちを表現する的確な言葉が出てこないだけだった。


「なんとなく『Just beleive in me, you and me』だよ。」とジョン・レノンの歌詞をパクって伝えた。


「あはは。眞田さんっておかしいですね。」


と言った彼女のとびきりの笑顔で、大袈裟では無く、僕は今まで生きてきた全ての意味を把握できたような気がした。


(つづく)

無駄な事などきっと何一つとしてないさ

2011-07-05 | story
一瞬、優美ちゃんは驚いていたが(もうこの時は彼女だと確信していたが)、すぐに笑顔で、


「そうかぁ。でもバイクとは思わなかったなぁ。」


と言った。正直、訳も分からず、


「え?」


と聞き返してしまった。それが聞こえたのか聞こえなかったのか、


「買い物ですか?」



と突然聞かれたので、いやフラフラしてるだけ、とまるで職務質問を受けそうな答えをしてしまった。



「あ、じゃちょっと買い物付き合ってくださいよ。」


と有無を言わさぬ口調で言われた。その口調は松平部長を彷彿させたが、全く彷彿させる対象が違う事に怒りさえ感じた。その理由なき怒りを払拭させるように、爽やかに、自分では最善の爽やかさと信じている口調で、


「いいよ。」



と答えていた。そこには電車の事も、メールの事も、彼氏の事も、全てを吹っ飛ばす、例えば時計の針を無理矢理進めるとその時間が違う時空に飛んでしまうような、そんな感覚があった。



駅前のテナントショップに用事があるというので、休日は通行禁止となった路地の裏にとりあえずバイクを停めてきた。



走って(正確には暑かったので早歩きで)彼女の所に戻る途中、「もしかしたら戻ったら彼女は居なくなってるんじゃないか」と変な予感がした。でも不思議な事に、それもまた面白い、と今までの人生の中で思ってもみなかったような事を思ったりもした。



優美ちゃんは、人混みを避け銀行のATMの前で待っていた。お待たせ、と言うと、「ごめんなさいね。時間大丈夫ですか?」と今更のような事を聞いた。それがとても面白くて、いや嬉しくて、笑ってもちろんと答えた。



「ちょっとお金引き出したいんで、寄って良いですか?」


と後ろのATMコーナーを指差しながら、でもちょっと困った表情で彼女は言った。



もちろん、とまた答えそうになった時、その銀行の入り口に段差を見つけた。今ならば、そう、彼女と過ごした日々がある今ならば、自信を持って街中の段差を見つける事が出来る、と言えるだろう。



しかし、この時にその段差に気付いたのは、自分でも何故かよく分からない。もしかしたら彼女が一瞬でも見たのかもしれないが、今となっては確かめようがない。ともかく、この時その段差に気付き、そのバリアフリーになっていない銀行の支店長へのクレームを頭の中で書き連ねながらも、僕は彼女の車椅子のハンドルを掴んでいた。



「よいしょ」と言ってしまったのは、間違いなくマイナスポイントだったが、自分では100点をあげても良いぐらい、何も言わず自然な動作で彼女の車椅子の先を上げていた。



「ありがとう。」


と言われ照れくさく、しかしその笑顔を見て、僕はやっと金塊のありかを見つけた海賊のような気分で心の中ではしゃいでいた。


(つづく)

手遅れじゃないまだ間に合うさこの世界は今日も美しい

2011-06-29 | story
その瞬間、すぐに戻って声を掛けようと思った。いや正確には声を掛ける前に、ちゃんと顔を確認したいと思った。


ただ同時に、休日に彼女が一人で買い物、というのは何かしっくりこなかった。何故なら心の中で否定し続けていたが、彼女が『彼が。。。』と言った言葉はいつも頭の中に蔓延っていたからだ。


当然、休日彼氏とデート、というのは十分にあり得る事だろう。別に彼女の彼氏を見たくないわけではない。いや、「彼女が彼氏と一緒にいる所を見たくない」という気持ちは確かにあった。


ただ、それよりも、彼女に迷惑をかけたくない、という気持ち、自分でも信じられないぐらい偽善的、というよりは消極的、いや今思えばただの言い訳なのかもしれないが、この時はそう思ったのだ。


もし、自分が声を掛け、もしくは声を掛けないまでも彼女が僕を見てとった時、(この時はフルフェースを被っていたので、本当はそんな心配はいらなかったが)そばに彼氏がいたらどうするか?


「誰?」いや、彼女が付き合うような男性はもっと良識があって欲しいから「どなた?」か、いやそんなことはどちらでも良い。とにかく、「この人は誰?」と言われたときに説明が出来ない。


「電車で会った者です」なんて、今の世の中誰が信じるだろう?逆にそんな白々しさ故に、本当だと思ってくれるだろうか?いや、僕だったら思わない。


だとすれば、その場は良かったとしても、その後彼女は問い詰められるだろう。本当は誰なんだ?と。正直な彼女は説明する。でもやはり信じられない。


そんな事をさせてしまったら申し訳ない。全く以て大きなお世話だし、僕の存在がそんなネタになるとも思えないのだが、常に冷静さを欠いていたこの頃はそんな被害妄想(僕の被害で無い分余計妄想だけど)に取りつかれていた。


思えばこの頃、僕は仕事も生活も何かやる気が無かった。いや、だからと言って自暴自棄になったり、手を抜いたり、という事は性格上出来なかったと思う。でも、何か新しい事にチャレンジしたり、新しい事を夢見たりするような事はしなかったように思う。


そんなこの頃の気持ちが、前の電車の中での会話だったり、メールだったり、そういった事に表れていたように思う。彼女への対応だけではなく、飲み会や会社の付き合いも然りだが。


なので、悩んだあげく、そのまま過ぎ去る、というのが当然と言えば当然の僕の取るべき行動だった。


しかし、もし人知を越えた何か強い力、それを人は運命とか神とか勝手に名付けるけれど、要は自分の意思に関係なく、まるでバイクが強力な磁石で吸いつけられるような感覚で、僕は彼女の方に向かって戻っていた。


そして、僕が男として最も軽蔑するような軽く下品な口調でヘルメットの中から声を掛けていた。


「こんにちはー」




(つづく)

二車線の国道をまたぐように架かる虹を自分のものにしようとしてカメラ向けた

2011-06-27 | story
飲んだあとは、大人しく寝れば良いのに、この前は帰ってからすぐに寝る気にはならなかった。何故だか分からないけど。


シャワー浴びて、すっきりすると何故か寝てしまうのがもったいない気がして、もちろん気のせいだが、録画して溜まっていた映画を2本観た。どちらもSF大作で、「SF超大作」なんていうのは、総じてストーリーはない。


あまり考えず、映像を楽しむ、というのが疲れている頭にはもってこいだった。気付けば外も明るくなっていて、そのままベッドに潜り込んだ。


そのせいで、昨日は1日外出もせず、夕方弁当を買いに行っただけだった。せっかくの週末がこれじゃもったいないと思い、いや大体こんな週末なんだけど、でもどこにも出かけないのも癪なので、日曜の昼間ぐらい外に出ようと思った。


車はもう無いが、代わりに弟が置いていった250ccのバイクがある。置いていったというよりは、弟が留学直前に、「兄貴、売っちゃっても良いから、あとお願い。」とおしつけられた物だ。


車があった頃は、殆ど乗らなかったが、もともとバイクが嫌いじゃないし、現に最初の免許は二輪だったし、たまにこうして行き先が無くても乗っている。


ただ、久々に乗ったので、最初のスターターではエンジンがかからなかったので、一瞬どうしようかと思ったが、二回目に難なくエンジンがかかって、いつも以上に白い煙を吐き出した。あまりガソリンが気化し過ぎないようしなければいけない。


暑い中、フルフェイスは嫌だったが、夏こそ夕立ちが多いため、我慢してかぶる。雨の中顔丸出しで走れば、顔に穴があきそうになる。長袖、ジーパンを着用してるのもそのためだ。どんなに気温が暑くても、走りっぱなしだと手が凍えそうになる。


マンションを出てしばらくは住宅街なので、スピードは出せない。でも、環状線を抜け、新青梅街道に出ると、フルスロットルにした。最近、休日でも車が少ないのは何故だろう。ガソリンが高いからか、それとももっと違う理由があるのか。


バイクだから渋滞は関係ないだろうという人もいるが、基本的に僕は渋滞が嫌いだ。車の間を縫って行くような技術が無いのもあるが、そんな運転にあまり興味がないからだ。


出来れば、誰も走っていない、一直線の道を思う存分走ってみたい。田舎に行けば、そんな道もあるのだろうか?でも、そこまで一人で行く自信もない。仲間でもいれば行くのだろうか?でもそれはそれでツーリングみたいな形になって、一人で走りたい、という欲望とはかけ離れてしまう。


なんて言い訳を作りながら、結局都内のなるべく車線が多い国道や環状線をこうやって走らすのが趣味の一つになっていた。



ギアを上げ、トルクを下げる。回転数が上がるのと同時にエンジンの震えが直に手と太ももに伝わってくる。何の用意も目的もなく、こうやってバイクを走らす時間が最近のストレス解消のような気がした。


しばらくは西に向かって走らせていたが、いつの間にか緑を求めて街路樹を走っていたら、三鷹方面に出てしまった。来た道を戻るのはあまり好きじゃないので、回り道をしていると、今度は吉祥寺に出てしまった。



駅前はやはり混んでいて早く抜けようと思い、高架下をくぐろうとした時、視線の端に車椅子に乗った女性が見えた。


希望的観測のもと、優美ちゃんであって欲しいという思いから、何となく似てるなと思って次の信号まで行った時、なんとなく振り返って見てみた。


映画でもあるまいし、そんな偶然はないと全神経で否定しようとしたが、遠目から見た横顔は、優美ちゃん以外の誰でもなかった。


(つづく)

分からなくなるよ男らしさって一体どんな事だろう?

2011-06-23 | story
「だから、プライドがあるフリをして、その後すぐに別れたんですけど。家に置いてある荷物、全部持っていけって言って。でもそのあとが、、」


と、尾田は言葉を選んでいたが、


「まぁ、一言で言うと、『情けない』んです。」


聞けば、要は自分の女々しさに嫌気がさすのだと言う。それらを掻い摘むと、およそ次の通りだ。


別れてから何回か彼女のマンションの前まで行ってみたが、明かりが付いているのを見て帰ってきた。


毎晩、今まで通り電話を掛けようと思って、携帯をつかむが勇気が出ず、メールを作るが、全て保存フォルダに入ったまま。


彼女がそいつ(新しい彼)と居る事を想像し、その時に自分の事を思い出して、彼女の中で彼女自身を責めて苦しんでほしい。それで何でもない顔をしながら、心が傷つけばいいと常に願っている。


そして最後に、「何が一番むかつくのかって、」と続けて、


「まだ、好きなんですよ。」


と尾田は半分泣きながら、いや実際涙は流してないが、心で泣きながら言った。



この言葉に僕は内心当惑した。さっきの飲み会の時もそうだったが菜穂子の事が思い浮かんだからだ。しばらくして、彼女に連絡を取りたいと思った事は事実だが、「まだ彼女の事が好きだ」なんて少しも思わなかった。


しかし、それは「思わなかった」のではなく、「思わないようにしてきた」だけなのではないか?。ただそんな自分の気持ちを隠蔽したに過ぎず、どこかで彼女の事を好きなまま、そのままで今もいるのではないか?という考えが、和紙に垂らした絵具のように沁み渡っていった。


「すみません、つまらない話ですよね。」


と尾田に言われ、すぐさま先程の考えを最小化させた。そして先輩として何か言おうと言葉を選んだ。


「いや。良いんじゃないか?無理に嫌いにならなくたって。」


「女々しくなったって、卑屈になったって、情けなくたって、それも全部自分の一部なんだと思うよ。ただ、」


ここで少し迷った。続く言葉はあったのだが、それが正しいのかどうかは分からないからだ。でも、やはりそれは自分へも言い続けた言葉だったので、言う事にした。


「ただ、本当に好きなんだったら、彼女の幸せを一番に考えれば良いんじゃないか?結果的にどうあれ、今もし彼女がその新しい彼と一緒にいる事が幸せなんだったら、それで良いんじゃないか?」


そんなふうに、本当は人の気持ちは割り切れるものじゃない。だから尾田からも反論があっても良いと思っていた。しかし、


「そうかもしれないですね。最近はやっとそう思えるようになりました。」


と笑いながら答えた。


その後、飲み会の話や会社の愚痴や色んな話をしたが、もう帰るまでその話題は出なかった。



駅コンコースの階段を上って行く尾田が一度振り返り、


「今日はありがとうございました。また、お願いします。」


と叫んだ。「また」は合コンの事か、仕事の事か、もしくは相談の事なのか分からなかったが、


「おう。」

と返事をし、僕も地下鉄への階段を降りて行った。


(つづく)


JAZZは景色をぼやかしバーボンが物語を紡いでいく

2011-06-22 | story
先程の飲み会の話をしながら、気付くと新宿に着いていた。プロムナードには、これまた湿気を含んだ人混みがあったが、東口に出るために少し歩いた。


一昨年ぐらいまで、よく来ていた地下のバーに連れて行き、ここで良いか?と聞いた。嫌ですと言うわけもなく、尾田はかえって、良いですねぇと喜んでいた。



瀟洒な造りでは全くないが、ジャズが流れる静かな店なので、男同士で来る時には良い場所だった。そういえば、彼女も含めて女性とこの店に来た事は無かったなぁ等と思っていた。


「で、何だよ、相談って?」と僕は切り出した。


「いや、相談ってわけじゃないんですけどね。実はこの前彼女と別れたんですよ。」


「あの彼女か?」


以前会社から出た時、偶然ビルの玄関先で尾田に会った事があった。その時はそれほど仲が良いわけではなかったが、「眞田さん、飯食いました?一緒にどうですか?」と聞くので、何の躊躇もなく、「良いよ」と一緒に店に入った事があった。


そこでしばらくすると、「はじめまして」と、尾田の彼女が現れた。厳密には当時の彼女か。「おい、聞いてねぇぞ」と言うと、「言ってませんもん」とお道化ていた。


そこまで僕も鈍感では無いので、「邪魔したな」と帰ろうとすると、彼女も「一緒にお願いします。噂で聞く眞田さんにお会いしたかったんですよ。」と引きとめられた。


どうせろくな噂では無かろうと思ったが、何故か尾田も懇願しているそぶりをしていたので、結局3人で食事をして帰った事があった。



「そうです、あの彼女です。」と、尾田は寂しそうに答えた。


「どうした、浮気でもしたのか?」と軽く聞くと、


「そうなんですよ。あ、でも僕じゃなくて。彼女が、です。」


と、少し言いにくそうに答えた。


『そうか。あっはっは。やったじゃねぇか。これからお前はフリーだよ。世界の人口の半分は女性だからな。これから楽しいぞ。』と、先輩だったら言うのだろうが、いや実際僕の時はそう言っていたが、僕の彼女は浮気したわけじゃないので、話が別だ。いや、「浮気はしてない」と信じているだけに過ぎないが。


「そうか。彼女がそう告白したのか?」


と、つまらないメロドラマのような、聞き方をした。今どき中学生日記だってこんな聞き方はしない。でも尾田は素直に、


「いえ。一緒に居る時、コンビニで小銭が無かったんで彼女のおサイフケータイを借りたんですよ。で、その時ちょうどメールが着て。よせばいいのに見ちゃったんですよね。」


「でもメールだけじゃ浮気してるかどうか分からないだろ?」


と誰の弁護をしているつもりか分からない事を僕は言っていた。


「ええ。でも僕問い質しちゃったんですよね。そしたら、『そうだよ。好きな人が居るの』って揺るぎない決心で言われました。」



「そうか。」としか言えなかった。


「でも、なんとなく気付いてたんですよ。ほら、眞田さんと飯食った時も。あの頃から何となく彼女、俺と居るのがつまらなそうで。すみません、今告白しちゃいますけど、だから一緒に行って欲しかったんですよ。」


「いや、そんなことは良いんだけどさ。」とアドバイスの欠片も出てこなかった。


「半年前くらいからか、彼女がキスを嫌がるようになって。最初は口内炎だって言ってたんですけどね。まぁ僕も倦怠期みたいなもんだと思ってて。ただ、事あるごとに彼女が取り繕うような事が多くなって。質問しても、疲れてるからってだけになって。。。」


黙って頷いていると、尾田は続けた。


「だから本当はどっかで不覚にも気付いてたんですよね。ただそれが顕在化してしまうのが怖くて。カッコつけて大人の男を演じてたんですよ。なんで、彼女からそう言われた時も、悲しいのと、むかつくのと、それと同じぐらいどっかでホッとしたような気分になったんです。」



状況は違うが、僕も菜穂子に突然別れを切り出された時、そんな感情があった。『突然別れを告げられた』というと、何となく文学的で、悲劇のヒーローのようで、使いまわしてはみるものの、実際はどっかでそれに気付いていて、自分の心にガムテープを貼り付けていただけだったのかもしれない。

(つづく)