つらつら日暮らし

伝教大師最澄が用いる「円戒」について

天台宗の菩薩戒の名称について、その意義なども含めた「円頓戒」という用語は広く知られていると思うが、この用語を伝教大師最澄が用いていないこともまた、よく知られていると思う。とはいえ、その概念が全く無かったのか?というと、類似する用語が見られるので、それを確認しておきたいと思った。

具体的には「円戒」という用語であれば、伝教大師の著作に多く見られるので、それを確認しておきたい。

住山の衆、一十に満たず、円戒、未だ制せず。禅定、由無し。見前に車傾し、将に後轍を改むべし。謹んで以て弘仁十一載歳次庚子、為に円戒を伝う。
    『上顕戒論表』


以上のように、「円戒」という用語が複数用いられているが、これだけでは意味が分からない。よって、以下の文脈なども参照されるべきであろう。

【箴に曰く】一乗円宗、先帝の制。海内の緇素、誰が遵行せざらん。心地の円戒、千仏の大戒、闡提を除いての外、誰が信受せざらんや。
    『顕戒論』「僧最澄奉献天台式并表奏不合教理事」


・・・「箴に曰く」とは、誰が書いた部分なのだろうか?伝教大師自身なのだろうか?いや、自らの不勉強を晒してしまうのだが、これは良く分からない。とはいえ、内容からすれば、「心地の円戒」とあるので、『梵網経』に由来する菩薩戒であることは分かるし、伝教大師の他の言説と矛盾しているようにも見えない。

【弾じて曰く】最澄・義真等、延暦の末年、大唐に奉使して、道を天台に尋ぬ。謹んで国徳を蒙り、台州に到り得る。即ち当州の刺史陸淳、求法の誠に感ず。遂に天台道邃和上に付す。和上慈悲して、一心三観に、一言を伝う。菩薩の円戒、至信に授く。
    同上


この「弾じて曰く」も良く分からないが、「弾」は通常、批判や相手への反論時に用いられると思うので、誰かが伝教大師などの付法に批判的な見解を挙げたのに対し、自分自身が中国で実際に見聞してきた言葉を述べて反論しているように見える。そこで、ここには「菩薩の円戒」とある。これもまた、「円戒」が菩薩戒であることを明示するのである。

【論じて曰く】新宗の所伝は、梵網の円戒なり。円の五徳を分備す、一つの円根を汲引して、当に知るべし、円戒、円臘、円蔵、円禅、円慧なり。
    『顕戒論』「開示列出家在家二類菩薩意明據三十六」


ここでは、「梵網の円戒」と見えるが、要するに『梵網経』を「円戒」として理解していることになる。ところで、この件について、『顕戒論』では従来の南都仏教からの批判の文章を挙げているが、「而今に云うの新伝の流とは、是れ何等の戒なるや」というものだが、伝教大師は、この批判の前に、以下のように反論している。

梵網の戒、先代の伝えると雖も、此の間に受くる人、未だ円意を解せず、所以に声聞の律儀を用いる。梵網の威儀を同じくするも、若し声聞の儀と同ずれば、何故に一念を制せん。
    同上


要するに、伝教大師は『梵網経』の意味について、「円意」を持って解することを明示している。一方で、従来の日本に於いては、『梵網経』の威儀を採用しているのに、それを「声聞の儀」として実践していることを批判している。そのため、菩薩戒の正しい意義が理解されず、常に二乗に堕落する可能性を危惧していたといえよう。

そして、伝教大師にとっての「円戒」とは、「円意」をもって戒儀を実践することを意味していることも分かったといえる。それで、改めて「円戒」という用語に注目すると、わずかではあるが中国でも用例がある。

文に云く、「仏の浄戒を持す」。仏戒、即ち円戒なり。
    天台智顗『法華玄義』巻4下


このように、天台智顗の見解の中に、仏戒と円戒とを等しく扱う事例が見られる。他は、「戒行を円かにする」の意味で「円戒行」などとはあるが、いわゆる天台宗で取り出された「円意」をもって解釈するのは、この辺が典拠なのだろう。まぁ、当方よりも、余程真面目に研究されている方もおられるので、当方に対して、間違いを指摘する場合もあるとは思うが、元々、当方は門外漢。甘んじてご指導をいただきたいと思っている。

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