〇 生産終了から10年以上がたち、一般職場や家庭でも見かけることすら珍しいフロッピーディスク(FD)。
だが行政手続きを定める法令では時が止まっており、いまだ現役だ。
河野太郎デジタル相は2022年8月30日、約1900条項が許認可や届け出などの行政手続きの際に電子記録媒体を指定しているとして、これらをオンラインで手続きできるように改める方針を明らかにした。デジタル庁に置いたデジタル臨時行政調査会(デジタル臨調)が各省庁に回答を求めたうえで、2022年内にも各手続きの具体策を示す考えだ。
約1900条項が指定する電子記録媒体の7割を実質的に占めるのがFDだ。FDは2011年までに国内メーカーが生産を終了し、入手は在庫品に限られる。時代に即していない電子記録媒体を指定することは効率化を阻む点で、紙の書類や印鑑を強いる「アナログ規制」と同じだ。なぜそのような法令が約1900条項も現存し、企業や国民は対応を強いられているのか。
FD申請は難しく、実態は紙ベースで申請。
デジタル臨調が法令検索を用いた集計によると、中央省庁の法令のうち、手続き書類の提出や保管方法などに使う電子記録媒体を指定する条文は1894条項あった。最も多いのが「磁気ディスク」で、提出手続きでは一般にFDを指す。法令で同じくFDを指す「フレキシブルディスク」と合わせると、約7割に当たる1338条項が該当した。
FDに次ぐ電子記録媒体が法令で「シー・ディー・ロム」(CD-ROM)などの記述を含む光ディスク。471条項が指定しており、少数ながら光磁気ディスクや磁気テープの指定もあった。保管や処理の方法に磁気ディスクを指定する法令はHDD(ハード・ディスク・ドライブ)も対象にすると考えられる。ただしSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)やクラウドのストレージサービスなど新しい技術を使うと法令違反になりかねない。電子記録媒体を指定することそのものが時代に即していないといえる。
実際に、産業界からは見直し要望が出ている。デジタル臨調の聞き取りなどでは、厚生労働省が所管する医薬・医療機器分野の申請・届け出手続きや、国土交通省が所管する建設業許可の手続き、環境省の土壌汚染対策に関する手続きなどで見直しを求める声が上がったという。
これらの手続きを調べるとFDなどを指定する申請の現状と課題が見えてきた。実際には多くの手続きでFDの利用は少数にとどまる。にもかかわらず法令では紙の書類申請に替えられる電子化の手段として、FDの規定が数十年にわたって残っている。問題は、企業側がFDを使うことを避けるために、結果として紙ベースの申請が多く残る一因になっていることだ。
省庁によっては条項を読み替えて、CD-ROMなど入手しやすい電子記録媒体を認めたり手続きのオンライン化を進めたりしているケースがある。しかし手続きをオンライン化する難しさなどから、紙ベースやCD-ROMなど電子記録媒体での申請を併用しているのが現状だ。完全オンライン化までのハードルは高い。
実質的に、紙ベースでの申請が大半となっているのが、国交省が所管する建設業の許可や届け出だ。新規に参入する事業者は監督行政庁の許可が必要で、さらに5年ごとに更新の手続きや変更事項に関する許可・届け出の手続きが必要になる。事業者の拠点が1つの都道府県の中にだけある場合は各都道府県庁が、複数の都道府県にまたがる場合は国交省がそれぞれ審査する。
許可申請や届け出は、紙の書類のほかに「磁気ディスク(中略)の提出により行うことができる」(建設業法第39条の4第1項)と定められている。ただし実態は「FDでの申請はほぼ皆無で、多くは紙で申請している」(国交省不動産・建設経済局建設業課)。都道府県の状況は不明だが、やはり紙ベースの申請が大半とみられる。国交省はようやく2023年に向けてオンライン申請導入の準備を進めている。少なくともこれまでは、条文の解釈で利用できる電子記録媒体を広げるなど、紙の申請を電子的な申請に移行しやすくする努力はなかった。
FDからCD-ROMに移行、しかしオンライン化は難しく。
一方、電子記録媒体を段階的に広げているのは、医薬品や医療機器に関する厚労省の手続きだ。薬機法(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)の施行規則は申請提出に「フレキシブルディスク」を指定し、厚労省は電子的な手続き全般を「FD申請」と呼んでいる。「FD申請」に使うパソコン向けソフトなどを提供しており、同ソフトは申請内容を入力すると電子記録媒体に書き込む機能などを備える。
厚労省は「FD申請」について、条項の解釈変更などを用いてCD-ROMまで広げた。その結果、医薬品や医療機器に関する申請においては、既存の製薬・医療機器メーカーの許可更新といった簡素な届け出手続きの半数はCD-ROMを用いており、FDを利用した申請の割合は約1%にまで減ったという。
厚労省は手続きオンライン化にも取り組んでいるが、途上だ。まず医療機器の手続きについては申請システムを開発し、紙の提出は残るものの、CD-ROMで提出していたデータをオンラインで提出できるようになっている。
分野は限定的ながら完全なオンライン化に対応できたとするのが、新規性が高い医薬品の審査である。これらの審査には膨大な資料提出が求められ、治験結果や研究データなどの提出書類は紙の書類だと段ボール箱数個分に達するケースも珍しくない。膨大なデータや書類提出を効率化するため、厚労省はこの分野に特化したオンライン申請システムを開発し、稼働させている。
一方で、申請件数が多い、一般的な治療薬などの承認許可ではこのオンライン申請システムで対応できるよう改修したが、運用方法を検討しているところという。既にオンラインで申請できる手続きではオンラインの提出率が十分ではなく、全体としてはCD-ROMや紙が幅をきかせる。完全なオンライン手続きに移行できていない。
「FD廃止には条文改正が必要」
電子記録媒体の指定は、建設や医療だけでなく、金融や酒類、環境規制などさまざまな産業に及ぶ。行政機関内における事務や手続きにも電子記録媒体の指定があり、効率化が進まない要因の1つになっているとみられる。例えば戸籍法は地方自治体など行政機関が関わる事務に「磁気ディスク」を指定している。
行政手続きの完全オンライン化は政府が2000年代から掲げている。それでも時代錯誤の電子記録媒体の指定は「放置」されてきた。ここに来てようやく改善の動きが出ており、例えば国交省はほぼ紙ベースだった建設業の許可と経営事項審査を、2023年1月をめどにオンライン化する計画だ。分野ごとにオンライン対応が分かれていた厚労省も、2023年3月までに医薬品・医療機器の全分野に対象範囲を広げる計画を打ち出している。
ただし、省庁が実際にオンライン申請を導入するには制度面で課題がある。電子記録媒体を指定した条項を改める法改正などが、2023年1月に間に合わない可能性があるからだ。
制度面からいうと、紙ベースでの申請を求める国の行政手続きは、既にオンライン申請に代替できる。2019年に施行されたデジタル手続法は、紙ベースによる国の手続きをオンライン申請でも代替できる条項を定めているからだ。しかしこの条項には「抜け穴」がある。FDを含む電子記録媒体など、手続きに既に情報通信技術を用いている場合、この条項の適用が免除される「例外」があるのだ。
デジタル臨調と各省庁が電子記録媒体の指定を撤廃するには、「各省庁の手続きを定めた業法などを改正するか、デジタル手続法を改正する必要がある」(デジタル臨調の担当者)。2023年度から電子記録媒体の指定を外し、オンライン対応を進めるには、デジタル臨調と各省庁が早急に対応を詰める必要がある。調整に残された時間は多くない。