『始まりの宣告』
「悪かったよ。」
ぽつりと彼は言った。その言葉はしんと静まり返った空間に反響してすぐに消えた。
「なんで私達をつけてきたんですか、ソルダム先生。」
厳しい口調と表情でレオナは目の前にいる男性をにらみつける。
隣にいるトローチは双方に交互に視線を送り、困惑しながらもやり取りを傍観している。
誰もいない廊下で交わされる緊張感を漂わせるやり取り。
事の始まりはこうだ。
レオナの昇級試験が終わり、二人は待ち合わせ場所としていた食堂で合流した。
それから町で夕飯を食べる為に正門を目指す。
最初の異変に気がついたのはレオナであった。
「ん?…いないか。」
「どうしたの?レオナ。」
後ろを振り返ったレオナの真似をしてトローチも振り向く。
が、誰もいない。レオナは誰もいない空間を見つめたまま口を開いた。
「気のせいかな、誰かが私達を見ていたような。」
「えっ、気のせいだよ。そんな見られるようなことしてないもの。」
少し論点のずれたトローチの返しに苦笑いをした。
そうじゃないと言いかける言葉を飲み込み、レオナはすぐに真剣な表情になる。
「ね、試しにちょっとあの角を曲がったら、そこで待ってみよう。急いでこっちに来る人がいたら初級術をぶちかます。いい?」
「う、うん。わかった。」
その作戦を決行した後、早足でこちらに向かってきたのはソルダム先生であった。
さすがにぶちかます訳にもいかず、冒頭に至る。
「いやはや、レオナは勘が鋭いな。話しかけるタイミングを逃してしまってね、追う様な形になってしまってすまないな。」
そう言ってソルダムは笑う。
レオナは訝しげな表情のままソルダムを見つめていた。思わず疑問が口をついて出る。
「先生なぜ?私達が何か?」
「んー、実は話したいことがあってな。」
話したいこと?とレオナは切り返す。
それこそ身に覚えがないように思えたし、その返答は何の答えにもなっていないように感じられた。
「そう、トローチ。お前に頼みたいことがあるんだ。」
「わっ私…ですか?」
今までぼんやりとレオナと先生のやり取りを見ていたトローチはハッと驚いた様子でソルダムを見る。
話したいことというのは、きっとレオナに対してで自分は関係ないだろうと考えていたので話半分で聞いていた。慌てて姿勢を正す。
レオナも驚きながらも話を聞く姿勢を崩さずにいた。
「私に頼みたいことって何ですか?…いつもの授業の手伝いですか?」
「…ここじゃ何だからな、良かったら食堂で話さないか。もちろんレオナも。」
レオナは無言で頷き、トローチも神妙な面持ちでソルダムの後に続いた。
食堂の明るい雰囲気、試験終了の独特の開放感とは裏腹に二人は緊張しきっていた。
空いているテーブルを探してそれぞれ席に着く。
「まぁ、そんな硬くならないでくれ。と言いたいところだがこれは少し硬くなる必要がある頼み事だな。」
「じゃあやっぱり授業の手伝いとかじゃないんですね。」
トローチとレオナは更に暗い顔になる。先生達の目につくような悪いことはしてこなかったつもりだ。何かの罰なのではないかと心配になる。
ソルダムは困ったように二人を見やって、話すタイミングを探していた。
そして口を開く。
「単刀直入に言わせてもらう。トローチお前にはこの大陸の中心にあるカルディナ城へ向かってもらいたい。」
「えぇっ!?」
「はぁっ!?」
二人はそろって、それぞれの驚いた声をあげて同時になんで!?と目の前の人物に問いかけた。
前のめりになる二人にソルダムはまぁまぁと手をかざす。
「いや、二人が驚く気持ちもわかる。だけどこれは…。」
「ど、どうして私が城に!?えっ、何しに行くんですか…?学校は、授業はどうしたらいいんですか!」
「そうだよ!ていうかなんでトローチなの?城にどんな用かは知らないけど代わりに私が…いや、むしろソルダム先生が行けばいいんじゃない!?」
二人は畳み掛けるように詰め寄った。内容が内容だけに思わず早口になるし声も大きくなってしまう。
ソルダムはそんな二人にもう一度まぁまぁと手をかざした。相当困っている。咳払いをして再度話し始める。
「よく聞いてくれ。質問は最後に受け付けるからな。…少し前からカルディナ城の周囲に奇妙な黒い気体が確認されるようになったのは多分授業で聞いただろうと思う。この黒い気体、城の連中最初は何かの自然現象かと思ったらしいんだが、減る気配も見せずにどんどん量を増している。しかもその気体は無害ならいいんだが、人体に有害な物質でできているらしい。そしてその気体は人間に害を与える異形の生物を生み出しているようなんだ。このフィラディナ魔法学校は結界で守られているから特に影響はない。しかしカルディナ城はそうはいかない。」
ソルダムは一呼吸置いた。
「黒い気体出現から少し時間が経った後俺の元に手紙が届いた。王からの手紙で、そこには『黒い気体の調査のために【優秀】な魔法使いを一人、恥を忍んで派遣を頼む。』と書かれていた。だからトローチをカルディナ城に行かせる。はい、質問どうぞ。」
その瞬間二人して一斉に手を挙げた。
ソルダムはまずトローチに視線を向け、発言を促した。
「お城の人達は気体について何もしてないんですか?」
「何かはしているが、物理的な対処はほとんど無効らしい。異形の生物位はまだ兵士たちの力で何とかなっているらしいが、防戦一方だ。次はい、レオナ。」
「なんでトローチなの?先生はダメなんですか?」
「俺が行けるもんなら行ってやりたいさ。だが俺を含めた教師陣は魔法都市から出ることは出来ない。寿命が尽きてしまうからな。」
「あっ、そっか…。」
そうなのだ。実はここの先生方は天寿を全うしていてもおかしくない年齢なのである。
ここに張られている結界が先生達の命を保たせているのだ。
設立当初から先生達は新しく魔法使いになる学生に魔法を教える為に永い時を生きてきた。
先生達に言わせると自分の代わりになるような魔法使いが現れるのを待っているそうだ。
後々に魔法使いになる学生の為の生きる教科書である、と先生達は自らの事をそう表していたのをレオナは思い出し、ばつの悪そうな顔をした。
「すみません。考えなしに…。」
「いや、俺のほうこそすまん。お前らは小さい頃からずっと一緒だったもんな。心配するのも無理はない。」
「あ、あの…どうして一人だけなんですか。」
トローチは恐る恐るサダムに声をかけた。
一人より二人、二人より三人のほうが危険性は少ないはずである。
二人ならレオナと行きたい、そんな気持ちが先行してしまったのか、思わず二人の間に割って入って聞いてしまった。
しかしソルダムから返ってきたのは彼女の望むような返答ではなかった。
「あの王国は…魔法使いを嫌っているというか、信用していないんだ。変な力を使う危険な奴とでも考えているんだろう。どうしようもない時に協力は仰がなければならないが、あの恐ろしい魔法使いに協力を仰いだという外聞が欲しいんだろう。魔法使いは少なければ少ないほどいい、という考え方なのかもな。」
そうですか、とトローチは肩を落とす。そんな魔法使いを嫌っている場所にわざわざ行かなければならない事への不満が爆発しそうだ。
しかも行くだけではなく黒い気体の調査もしなければならないのだ。異形の生物を生み出す有害な謎の気体。初級術しか使えない魔法使いにどうしろというのだろう。
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。いや、嫌な予感はしていたのだ。
でもこれほどまでに大きな出来事は朝早く起きたくらいでは覆すことなどできないだろう。
「悪いなトローチ。急だが5日後出発してもらう。カルディナからの使者が迎えに来るそうだ。」
「は、い…。」
どうかこれが夢であるように。トローチは表では了解の返事をしたが、内心はそうではなかった。それを伝えたくて思わず顔をわかりやすく歪ませる。
なぜ自分なのだろう。もしも偶然だと言うのなら一体いつからこの運命の方へ手繰り寄せられていたのだろう。
神様の宣告はいつだって平等で無慈悲で
「(急すぎるよ…。)」
トローチは天井を仰ぎ見た。5日後は見上げればそこには青空が広がっている事だろう。
与えられた青空を見て自分は何を思うのだろう。
「(お城ってどんな所なんだろう。どんな人がいるんだろう。私はそこで何を言われるんだろう。)」
特に一番後者が不安でたまらない。ぼんやりと天井をみるトローチにレオナは声をかけた。
「ご飯食べに行こう?それからさ、いっぱい話そ?」
「うん。」
「出る日、さ。町の入り口まで着いてくから。」
「うん。」
「それで…えっとぉ。」
「レオナありがとう。私は大丈夫。」
不安でたまらない。だけど今だけはいつもの私でいよう。私だけでもいつも通りであろう。
申し訳なさそうな顔をしたソルダムと心配そうなレオナを交互に見る。
「私、頑張ります。」
それが今の精一杯の言葉だった。
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急なのは展開です(笑)
これで話がだいぶ進んだかな…
でもまだしばらく彼女一人の旅が続きます。
まずは城に着かないと会えませんからね、ヤツに
「悪かったよ。」
ぽつりと彼は言った。その言葉はしんと静まり返った空間に反響してすぐに消えた。
「なんで私達をつけてきたんですか、ソルダム先生。」
厳しい口調と表情でレオナは目の前にいる男性をにらみつける。
隣にいるトローチは双方に交互に視線を送り、困惑しながらもやり取りを傍観している。
誰もいない廊下で交わされる緊張感を漂わせるやり取り。
事の始まりはこうだ。
レオナの昇級試験が終わり、二人は待ち合わせ場所としていた食堂で合流した。
それから町で夕飯を食べる為に正門を目指す。
最初の異変に気がついたのはレオナであった。
「ん?…いないか。」
「どうしたの?レオナ。」
後ろを振り返ったレオナの真似をしてトローチも振り向く。
が、誰もいない。レオナは誰もいない空間を見つめたまま口を開いた。
「気のせいかな、誰かが私達を見ていたような。」
「えっ、気のせいだよ。そんな見られるようなことしてないもの。」
少し論点のずれたトローチの返しに苦笑いをした。
そうじゃないと言いかける言葉を飲み込み、レオナはすぐに真剣な表情になる。
「ね、試しにちょっとあの角を曲がったら、そこで待ってみよう。急いでこっちに来る人がいたら初級術をぶちかます。いい?」
「う、うん。わかった。」
その作戦を決行した後、早足でこちらに向かってきたのはソルダム先生であった。
さすがにぶちかます訳にもいかず、冒頭に至る。
「いやはや、レオナは勘が鋭いな。話しかけるタイミングを逃してしまってね、追う様な形になってしまってすまないな。」
そう言ってソルダムは笑う。
レオナは訝しげな表情のままソルダムを見つめていた。思わず疑問が口をついて出る。
「先生なぜ?私達が何か?」
「んー、実は話したいことがあってな。」
話したいこと?とレオナは切り返す。
それこそ身に覚えがないように思えたし、その返答は何の答えにもなっていないように感じられた。
「そう、トローチ。お前に頼みたいことがあるんだ。」
「わっ私…ですか?」
今までぼんやりとレオナと先生のやり取りを見ていたトローチはハッと驚いた様子でソルダムを見る。
話したいことというのは、きっとレオナに対してで自分は関係ないだろうと考えていたので話半分で聞いていた。慌てて姿勢を正す。
レオナも驚きながらも話を聞く姿勢を崩さずにいた。
「私に頼みたいことって何ですか?…いつもの授業の手伝いですか?」
「…ここじゃ何だからな、良かったら食堂で話さないか。もちろんレオナも。」
レオナは無言で頷き、トローチも神妙な面持ちでソルダムの後に続いた。
食堂の明るい雰囲気、試験終了の独特の開放感とは裏腹に二人は緊張しきっていた。
空いているテーブルを探してそれぞれ席に着く。
「まぁ、そんな硬くならないでくれ。と言いたいところだがこれは少し硬くなる必要がある頼み事だな。」
「じゃあやっぱり授業の手伝いとかじゃないんですね。」
トローチとレオナは更に暗い顔になる。先生達の目につくような悪いことはしてこなかったつもりだ。何かの罰なのではないかと心配になる。
ソルダムは困ったように二人を見やって、話すタイミングを探していた。
そして口を開く。
「単刀直入に言わせてもらう。トローチお前にはこの大陸の中心にあるカルディナ城へ向かってもらいたい。」
「えぇっ!?」
「はぁっ!?」
二人はそろって、それぞれの驚いた声をあげて同時になんで!?と目の前の人物に問いかけた。
前のめりになる二人にソルダムはまぁまぁと手をかざす。
「いや、二人が驚く気持ちもわかる。だけどこれは…。」
「ど、どうして私が城に!?えっ、何しに行くんですか…?学校は、授業はどうしたらいいんですか!」
「そうだよ!ていうかなんでトローチなの?城にどんな用かは知らないけど代わりに私が…いや、むしろソルダム先生が行けばいいんじゃない!?」
二人は畳み掛けるように詰め寄った。内容が内容だけに思わず早口になるし声も大きくなってしまう。
ソルダムはそんな二人にもう一度まぁまぁと手をかざした。相当困っている。咳払いをして再度話し始める。
「よく聞いてくれ。質問は最後に受け付けるからな。…少し前からカルディナ城の周囲に奇妙な黒い気体が確認されるようになったのは多分授業で聞いただろうと思う。この黒い気体、城の連中最初は何かの自然現象かと思ったらしいんだが、減る気配も見せずにどんどん量を増している。しかもその気体は無害ならいいんだが、人体に有害な物質でできているらしい。そしてその気体は人間に害を与える異形の生物を生み出しているようなんだ。このフィラディナ魔法学校は結界で守られているから特に影響はない。しかしカルディナ城はそうはいかない。」
ソルダムは一呼吸置いた。
「黒い気体出現から少し時間が経った後俺の元に手紙が届いた。王からの手紙で、そこには『黒い気体の調査のために【優秀】な魔法使いを一人、恥を忍んで派遣を頼む。』と書かれていた。だからトローチをカルディナ城に行かせる。はい、質問どうぞ。」
その瞬間二人して一斉に手を挙げた。
ソルダムはまずトローチに視線を向け、発言を促した。
「お城の人達は気体について何もしてないんですか?」
「何かはしているが、物理的な対処はほとんど無効らしい。異形の生物位はまだ兵士たちの力で何とかなっているらしいが、防戦一方だ。次はい、レオナ。」
「なんでトローチなの?先生はダメなんですか?」
「俺が行けるもんなら行ってやりたいさ。だが俺を含めた教師陣は魔法都市から出ることは出来ない。寿命が尽きてしまうからな。」
「あっ、そっか…。」
そうなのだ。実はここの先生方は天寿を全うしていてもおかしくない年齢なのである。
ここに張られている結界が先生達の命を保たせているのだ。
設立当初から先生達は新しく魔法使いになる学生に魔法を教える為に永い時を生きてきた。
先生達に言わせると自分の代わりになるような魔法使いが現れるのを待っているそうだ。
後々に魔法使いになる学生の為の生きる教科書である、と先生達は自らの事をそう表していたのをレオナは思い出し、ばつの悪そうな顔をした。
「すみません。考えなしに…。」
「いや、俺のほうこそすまん。お前らは小さい頃からずっと一緒だったもんな。心配するのも無理はない。」
「あ、あの…どうして一人だけなんですか。」
トローチは恐る恐るサダムに声をかけた。
一人より二人、二人より三人のほうが危険性は少ないはずである。
二人ならレオナと行きたい、そんな気持ちが先行してしまったのか、思わず二人の間に割って入って聞いてしまった。
しかしソルダムから返ってきたのは彼女の望むような返答ではなかった。
「あの王国は…魔法使いを嫌っているというか、信用していないんだ。変な力を使う危険な奴とでも考えているんだろう。どうしようもない時に協力は仰がなければならないが、あの恐ろしい魔法使いに協力を仰いだという外聞が欲しいんだろう。魔法使いは少なければ少ないほどいい、という考え方なのかもな。」
そうですか、とトローチは肩を落とす。そんな魔法使いを嫌っている場所にわざわざ行かなければならない事への不満が爆発しそうだ。
しかも行くだけではなく黒い気体の調査もしなければならないのだ。異形の生物を生み出す有害な謎の気体。初級術しか使えない魔法使いにどうしろというのだろう。
まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。いや、嫌な予感はしていたのだ。
でもこれほどまでに大きな出来事は朝早く起きたくらいでは覆すことなどできないだろう。
「悪いなトローチ。急だが5日後出発してもらう。カルディナからの使者が迎えに来るそうだ。」
「は、い…。」
どうかこれが夢であるように。トローチは表では了解の返事をしたが、内心はそうではなかった。それを伝えたくて思わず顔をわかりやすく歪ませる。
なぜ自分なのだろう。もしも偶然だと言うのなら一体いつからこの運命の方へ手繰り寄せられていたのだろう。
神様の宣告はいつだって平等で無慈悲で
「(急すぎるよ…。)」
トローチは天井を仰ぎ見た。5日後は見上げればそこには青空が広がっている事だろう。
与えられた青空を見て自分は何を思うのだろう。
「(お城ってどんな所なんだろう。どんな人がいるんだろう。私はそこで何を言われるんだろう。)」
特に一番後者が不安でたまらない。ぼんやりと天井をみるトローチにレオナは声をかけた。
「ご飯食べに行こう?それからさ、いっぱい話そ?」
「うん。」
「出る日、さ。町の入り口まで着いてくから。」
「うん。」
「それで…えっとぉ。」
「レオナありがとう。私は大丈夫。」
不安でたまらない。だけど今だけはいつもの私でいよう。私だけでもいつも通りであろう。
申し訳なさそうな顔をしたソルダムと心配そうなレオナを交互に見る。
「私、頑張ります。」
それが今の精一杯の言葉だった。
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急なのは展開です(笑)
これで話がだいぶ進んだかな…
でもまだしばらく彼女一人の旅が続きます。
まずは城に着かないと会えませんからね、ヤツに