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読み終えた句集「花楝」

2022-08-07 10:19:34 | 日記

句集「花楝」について

・印刷:1970年12月20日。
・発行:1970年12月25日。
・発行者:萩木兎句会(山口県萩市東田町124)。
・著者:井上琳代。
 山口県萩市土原一区。
 1927年生。1971年2月16日午後2時5分、山口県萩市にて臨終。
 享年44。
 この著は、1947年から1970年までの俳句集。

(注:楝の花(おうちのはな、あふちのはな))
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■昭和二十二年  (1947年)
・梅落とすをりをり戸樋へまろびくる
・花石榴流るゝ水にそひ歩く
・とざされし山門仰ぎ昼の蟲
・ひとむらの野菊あかるき雨の道
・こともなく寺院しづかに昼の蟲
・裏の戸はいつもとざされ凌霄花
・かたぶける小屋をめぐりて曼珠沙華
・山紅葉うつれる水ゆれ渡舟つく
・沓脱に今朝も落葉の散りかゝり
・水仕終え白菊させる文机に
・張板の紅絹に冬日のおとろへぬ
・指先の少しつめたく蜜柑むく
・讃美歌の流れゐる窓粉雪舞ふ

■昭和二十三年  (1948年)
・川風にうねりてあがる白魚網
・山ぐみの少しこぼれて床の間に
・芽柳やよどめる水に雲の影
・海苔舟のいつしかへりて夕暮るゝ
・料理屑すてしあたりや犬ふぐり
・柑園に梅あり井あり旧城下
・門のみは昔のまゝや花みかん
・運動服真白くクローバに憩ひをり
・読み耽る源氏の君や百合匂ふ
・蝙蝠のとび交ふ舟のあかりかな
・本堂の古りし甍に秋日濃し
・草の花あふれて小さき流かな
・山門の見えて野菊の濃くなりぬ
・烏賊干して港はしづかに秋晴るゝ
・画集繰る秋灯暗き膝の上
・ガラス器に盛りてコスモス色淡し
・鶏のとさか真赤に銀杏散る
・蟲の夜の汽車つく音のをりをりに
・手に残る蜜柑の香り風邪の床
・昼の月さだかに菊の枯るゝ庭
・つくばひの柄杓落葉にころびをり

■昭和二十四年  (1949年)
・中腹に一つ灯りし雪の山
・消え残る雪の町なる夕茜
・一人居ればなほ部屋暗き冬の雨
・冬日さし書架の金文字はなやげり
・白梅の未だひらかぬ淡みどり
・水仙花座せば匂へる文机
・読初はしをりを入れし句集かな
・冬座敷姫鏡台と旅鞄
・いねがてに雪解しづくを聞いてをり
・胼葉ぬりて一日終わりけり
・ラヂオ今婦人の時間日向ぼこ
・鏡屋の鏡それぞれ春のいろ
・淡雪の降りては消ゆる蜜柑園
・御鏡のくもれる宮に針納む
・入日背に麦踏む人の影淡し
・それよりも細き雨降る柳の芽
・針納む網干す浜の社かな
・誰も居ぬ濱の社に針納
・春灯下人それぞれに夢もてる
・橙園の中犬ふぐり踏みつ行く
・をりをりの日照雨の中にダリヤ植う
・お庭見にも合掌して春の雨
・門川に足をすゝぎし花疲れ
・協会の鐘鳴りわたり麦熟るゝ
・よきことのあれば癒えぬる春の風邪
・日曜の人を訪ふべく薔薇を剪る
・春灯に書読み髪のかはくまで
・犬小屋にマーガレットの丈なせり
・おたまやにつづく玉砂利木下闇
・友舟を縫ひつゝ進む烏賊釣り火
・烏賊釣りの火陸より海はなやかに
・果物の甘き香りの夜店の灯
・乳牛にふみしだかれし夏薊
・磴をふむ足おぼつかな蟲の闇
・嫁ぐ髪重くコスモスの風に佇つ

 (広島に住む)
・時雨るてふ里の便りをかへし読む
・柿をむくナイフ光りぬ病む夫に
・熱計る銀線わびし秋灯
・夢去りぬ夫は病ひに紅葉散る

 (夫入院)
・冬の虹看とりづかれの目を窓に
・しあはせの続ける日々の暦果つ

■昭和二十五年  (1950年)
・初鏡看とりづかれをかくすほど
・春愁をかこちて俳誌読みつづく
・梅少しありて摘み行く垣の薔薇
・惜春や渡舟にのりて小買物
・筧水汲みて水仕や藤の花
・教へられし如く麦笛吹いてみる

■昭和二十六年  (1951年)
・夫癒えし日を夢見つゝ毛糸編む
・月見草群れて色なす中洲かな
・緑濃き涼しき病舎夫を訪ふ

■昭和二十七年  (1952年)
・マッチする匂ひただよふ梅雨厨

 (夫退院)
・郭公啼くと静臥の夫に話しかけ
・夜半の空ネオンのみどり涼しけれ
・簾巻く夕べの風のつよきこと
・洗ひ髪ときつつのぼる神の磴

■昭和三十年  (1955年)
* 葉桜の細月吾子に指さして

(昭和三十三年夏 リウマチ重く帰萩 三十五年離婚)

■昭和三十五年  (1960年)
* 賀状受く幼き文字は吾子と知る
* 子の文のひらかな愛しチューリップ
* 吾子好きと云ふチューリップ母も好き
・花は葉に癒ゆることなきわが病
・花楝訣れの言葉つゝましく

・鄙住みの緑にかしまし雨蛙
* 明易し夢にも吾子に遇へぬまゝ
・爽竹桃病者安けき朝の刻
・夏見舞少なき文字のわびしけれ
・吹かれいて浅き眠りに秋立ちぬ
・燈火親し奥の細道たどり読む
・過ぎしことみな美しく夕月に
・灯し読む更級日記初しぐれ
・毛糸編む人の倖せわれになく
* 吾子のもとサンタクロスの訪なふや
* 子に残すものゝつたなき日記果つ

■昭和三十六年  (1961年)
・読初のはや灯火のほしき頃
・歩き得ぬ足に足袋はき日向ぼこ
・かるがると抱かれてあはれ足袋白く
・着ぶくれし母に甘へてふと寂し
・聖書より仏書親しや梅の花
・留守がちの隣家の梅も盛り過ぎ
・髪洗ひ身弱の不安梅日和
・師にまみゆ病衣替へつゝ春の雨
・師の御声低く床しく白椿
・試歩くと云ふことなき我に草萌ゆる
・春愁の瞼とづれば寝しといふ
・あて替えし枕冷たし春の夜
・鴉とぶ空ばら色の遅日かな
・あたゝかやわが傷心にふれぬ客
・草を喰む山羊のひげ吹く春の風
・つながれし山羊を見てゐる日永かな
・銀瓶に母の土産の藤の花
・新しき蕾つぎつぎ壺の著莪
・片ほゝのはや日焼けせし窓薄暑
・花みかんむせぶばかりの夜風入れ
・棟咲き去年となりたる訣れし日
 
 木兎十月号 巻頭(五句)
・紅の薔薇のおごりも昨日今日
・白薔薇に矢車草は侍女のごと
・病窓に早しと思ふ簾吊る
・老母に打たれて淋し天爪粉
・ビニールの簾を吊りて世にうとく

・煎薬を過ちこぼす梅雨畳
・短夜の夢にけわしき吾を見し
・庭の草そへて山百合壺にしづか
・汗ばみしこの手に出来ること少し
・小さき窓おほいつくして花瓢
・置き換へて藻のゆれしばし金魚鉢
・病む窓に今はなやぎて遠花火
・病床にたはむれ被る夏帽子
・サルビヤにはやも秋めく照り昃り
・みんみんにまじりて一つ法師蝉
・法師蝉遠きがあはれ句集読む
・母あれど夕暮れさびし法師蝉
・まろびたるつまみ損ねし黒葡萄
・鶏頭の開きつくしてかたむける
・眼のあるを謝しつ読みつつ夜の長き
・月を待つ短き髪を梳かれつゝ
・日もすがら夜もすがらなる蟲の音に
・声あげて泣かな千草の蟲となり
・コスモスを好きと書きし子いぢらしく
・鵙なくや病む身にめぐる四季寂か
・とりどりに菊活け壺の見えぬほど
・菊匂ふしづかにあれば幾度も
・病床の小菊明るき小春かな
・櫛もてぬ手もとかなしく木の葉髪
・山茶花の花より淡き夕映えに
・山黒く白き雲行く冬の月
・短日のひきとめ居たき見舞客

■昭和三十七年  (1962年)
・癒えねども左右の窓に春を待つ
・また雪となるらし肩の冷えてきし
・春めける山を見すとて開けくれし
・淡雪の消ゆる日ざしに雀鳴く
・お彼岸のお萩にそえて花ゆすら
・うつむきてひそけき香りつぼすみれ
・春愁の言葉とならぬ詩ごころ
・道の辺のすみれを鉢に咲かせ病む
・祈り終へかくも静かよ春の宵
・囀を聞ききつゝ思ふこともなく
・チューリップ五つ並んで留守の家
・スヰトピー今見し夢を又見たく
・話す人なければ眠し昼蛙
・蛙鳴き病む身に蒲団重たき日
・初七日の亡父に手向けの白つゝじ
・松蝉といへば箒の手を止めて
・薔薇匂ひ触れば冷たき聴診器
・思ひ出に棟の花の散るばかり
・梅雨冷えの我をはげます十七字
・梅雨を来し絵はがき蝦夷の旅便り
・ガーベラの絹糸ほどの紅見せて
・水中花色濃く咲くを淋しとも
・病室は小さく清潔水中花
・空蝉を指にとまらせ思ふこと
・命惜し髪洗ふ空水色に
・馬追の枕の端に来てとまる
・窓閉めて今日より減りぬ法師蝉
・甥姪の折り来し芒蓼野菊
・栴檀の落葉散り来る病床に
・垣おほう烏瓜の葉うす黄葉
・朝夕の枕に散りぬ木の葉髪
・梳きもらふことも日課や木の葉髪
・病める足わが意をよそに足袋をはく
・わが乗れる担架の上を秋の蝉
・詠まれたる裏田の蓮枯れてをり
・担架の歩ゆるく山茶花咲ける道
・帰り道の山茶花昏れて星空に
・星空のまだ目に残り足袋をぬぐ

■昭和三十八年  (1963年)
・梳初の短き髪に二三櫛
・枕辺に置く書見台去年今年
・見台をいつもの位置に読初む
・さくさくと雪踏む音のなつかしく
・掃除する窓より顔に粉雪降る
・病かなし三十路のわれの肩蒲団
・耳鳴りを木枯と聞き肩蒲団
・静かなる刻をたのしみ丁字の香
・犬ふぐり咲けりと聞くもたのしくて
・春めける朝の日射しをよろこべり
・夢のわれ何時もすこやか春隣
・聞きとれぬ言葉あたゝか耳しひに
・熱とれてひらく窓より春の風
・担架より連翹の黄と思ひ過ぐ
・耳鳴りの耳には聞けぬ春の雨
・たのしさは今朝鶯を聞きしより
・母摘みし野茨の花の夜も匂ふ
・灯に立ちて糸通す母遠蛙
・紅薔薇を眺め疲れて黄の薔薇に
・雨蛙鳴けば淋しき住家なり芒
・青芒(すすき)風にそよげば蝶翔ちぬ
・一本の楝茂れるのみの家
・楝の葉涼しき風を病床に
・吟行より帰り来し手に夏薊(あざみ)

(木兎十一月号 巻頭(五句))
・雨と問ひ蛙と答へしずかな夜
・ほゝ笑みの笑まひとならず夏やせて
・手をかりて重き寝返り夏の月
・髪を切る涼しき音の耳うらに
・すぐかわく髪嵩さびし洗髪
・母戻る凌霄かづら(のうぜんかずら)の花持ちて
・頭あぐ力も細り遠花火
* 吾子いかに過すや長き夏休
・祈ること今は少なく月を見る
・金色の月のまぶしく病床に
・病床に月の光をほしいまゝ
・我が窓の芒を賞でゝ帰られし
・母と姉ありて病床爽やかに
・ある時は佛書にすがり秋風に
・小さき庭日蔭ながらも小菊咲く
・楝の実俳句たのしと申し上ぐ
・楝の実時雨の雫宿したる
・鬢白き母が持ちたる紅葉かな
・枕辺に紅葉一枝色深く
・冬の日のわびしく吾をあたゝむる
・年行くやわれに病と十七字
・病床は病む身のすみか年守る
・病床に覚めては眠り除夜の鐘

■昭和三十九年  (1964年)
・初笑ひ耳遠ければたゞ笑みて
・凧見えぬ窓に一すじ凧の糸
・壁にあるミレーの祈り水仙花
・白梅の香り乱れてすきま風
・あたゝかき炬燵楽しや目をつぶり
・猫柳折り来て瓶に甥やさし
・梅散れば椿を活けて看とらるゝ
・書きとめてもらふひとゝき桜餅
・春灯色紙の御句に朱の総に
・本読む手冷たけれども空は春
・病む窓の四季の友なる山笑ふ
・病むとても病む身だしなみヒアシンス

(木兎八月号 巻頭(五句))
・我が窓に蝶舞ひ春も深みつゝ
・病床に今年蟻来ること早し
・春愁や姉入れくれし紅茶のむ
・ゆく春のそよ風窓に手紙書く
・雨蛙鳴き花みかん匂ふ家
・幸不幸云はぬしづけさ楝散る
・天爪粉使ひはじめし薄暑かな
 (注:天爪粉=天瓜粉、てんかふん。あせも・ただれの予防などに用いる。[季] 夏。)
・麦熟れて明るくなりし垣のひま
・御見舞ひの鮎の塩焼しみじみと
・星もなき窓に吊りたる蛍籠
・晴れわたり異国めきたる夏の空
・灯さぬが涼し蚊遣につゝまれて
・五位鷺の鳴いて淋しき星祭
・朝の風青萩にふれ我にふれ
・今しばし昼寝の人を起すまじ
・初咲きの芙蓉真白く雨の糸
・訪ひくるゝ人待つごとく月を待つ
・萩芙蓉咲きて淋しさそへし窓
・萩散りて窓明けぬ日の多くなり
・また来鳴く鵙橙の枯枝に
 (注:鵙=もず。)
・汽車に耳かたむけをれば鵙鳴きぬ
・雨だれを残してゆきぬ小夜時雨
・緑色日毎うしなふ楝の実
・窓を打つ夜半の霰の音やさし
 (注:霰=あられ。)
・よき年でありしと思ふ暦果つ

■昭和四十年  (1965年)
・病床に仰ぐ少しの初御空
・楝の実黒くありたる初御空
・姉の手の朱き箸より雑煮かな
・弟の発ちたる四日霰降る

(木兎六月号 巻頭(五句))
・大事なく冬を送りて梅に読む
・梅活けて明るすぎざる部屋よけれ
・柔らかき芽麦の緑垣のひま
・冴え返りてはやわらかき雨となり
・昨日蝶見し窓に降る春の雪
・啓蟄の蟻病床の花に来し
・消えてなほ美しかりし春の雪
・少しの間一人で置かれ春炬燵
・一人居ることやゝ不安春炬燵
・囀りやこの家にいま一人居て
 (注:囀り=さえずり。鳥がしきりに鳴く。)
・夕顔を蒔いてもらひて病めるわれ
・たわゝなる橙畠春の雨
・足るを知ることの安らぎ牡丹に
・病床の明け暮れ瓶の牡丹散る
・若葉して楝の窓の晴れやかに
・棕櫚の花橙畠にぬきんでて
・花楓一枝瓶にすがすがし
・日当たれば楝の花の咲いてゐし
・窓に来る蝶のいろいろ立葵
・手のばせば触れし畳の涼しさよ
・夢も見ぬ我とはなりぬ明け易し
・わが屋根を五位啼きわたる夜の秋
・万葉の楝の歌に星祭る
・水引の咲きそむ日蔭秋めける
 (注:水引草は普段は雑草に混ざって目立ちませんが8~10月の秋の時期に赤と白の花を咲かせる。)
・病床に露の御句を賜りし
・夕顔の終りの花に蟲すだく
・楝の葉まばらになりぬ十三夜
・残菊を活け病床に著替えして
 (注:著替え=きがえ)
・日当れば濃き遠山の薄紅葉
・橙園に小春の蝶の見えかくれ
・初霰あたゝかきもの着せられて
・窓下の砂利を犬踏む寒き夜
・虹消えて窓にのこりし楝の実

■昭和四十一年  (1966年)
・窓の山雪をいたゞくお元日
・南天を活け手毬置く枕許
・病床に手毬の鈴をたのしめる
・寒きびし癒えそめし身を大切に
・座蒲団も暖めておき友を待つ
・棕櫚の葉のさわがぬひと日冬ぬくし
・春めくや薬のいらぬ日を重ね
・硝子戸に終日東風の音淋し
・春愁や明るき部屋に一人居て
・柳活け一と月おそき雛節句
・病快く文箱の整理して長閑
 (注:長閑=のどか)
* 春灯に植物図鑑楽しみて
・栴檀の蕾もちしと知らされし
・一輪の牡丹ゆたかに枕辺に
・吹き下ろす風に楝の匂ひくる
・腕かるき薄着となりて豆御飯
・なほつゞく病の床の更衣
 (注:更衣=ころもがえ)
・病む蒲団干してもらひて梅雨に入る
・蛍火をのせし姉の手ふと淋し
・橙園の下草にとぶ梅雨の蝶
・ながらへし現身に着る浴衣買う
・母戻る日傘をたゝむ音のして
・面に笹ふれつ七夕色紙結ふ
・昼記す病床の日記きりぎりす
・さらさらとコップに注ぐ秋の水
・小薬鑵に秋水満たし枕辺に
・窓に月鈴虫鳴ける枕許
・しじみ蝶水引草の葉かげより
・不治と知り癒ゆると思ひ爽やかに
・屋根の上に雀の羽音秋の晴
・白芙蓉大きくひらく秋の晴
・われの居ぬ病床に月さしてをり
・毛糸編む友の言葉にちらと幸
・耳すます霰まじりに時雨る音
・読んでゐる灯に来て姉の毛糸あむ
* 毛糸あむ楽しきことを思ひつゝ
・病床の左右かたづけて年守る

■昭和四十二年  (1967年)
・葉牡丹を活け色紙かへ年新た
・わからねど安らぐ佛書読み初む
・鳥影のちらとさす窓日脚のぶ
・楝の実のみたる鵯の大き口
 (注:鵯=ひよどり)
・テレビ背に春めく軒の雨を聴く
・初蝶や今年も同じこの窓に
・うららかや歩けぬことも忘れ居て
・蟻はやも枕辺に置く飴玉に
・一枝の壺の桜の満開に
・長病の今日はたんぽぽ枕辺に
* 楝咲き遠き思ひ出新しく
・野茨の夜は花閉づる枕もと
・花散りし楝に今日も風あらき
・青簾病臥の月日しみじみと
・初咲の百合を佛に病む床へ
・百合の香に浅き眠りや明易し
・縁先に鬼灯咲くを見つゝ病む
 (注:鬼灯=ほおずき)
・病良く使ふも稀や天瓜粉
・病室に蜻蛉入る日のさわやかに
・姉もぎし露の無花果朝食に
・夕顔の花に来し蛾の玻璃戸うつ
 (注:玻璃戸=ガラス戸)
・紐下げて気まゝに読みぬ夜長の灯
・鈴虫を飼ひ三畳のわが天地
・いつまでも絲瓜花咲く窓に病む
・枯れいそぎ日々あらはるる芙蓉の実
・芙蓉枯る下に水仙蕾もつ
・縁先の鬼灯枯れてしまひけり
・白菊の咲極まりし枕上
・虹消えし窓に再び時雨かな

■昭和四十三年  (1968年)
・燠入るゝ火鉢にあがる火の粉かな
 (注:燠=おき。まきなどが燃えて炭火のようになったもの。おきび。消し炭。)
・美しき虹束の間の長かれと
・淡く濃く淡くはかなく虹消えぬ
・右左かたみに鵯の啼き交わし
・枝ゆれて雀のあそぶ枯芙蓉
・あまた実をつけて芙蓉の枯れにけり
・粧ひをぬぎたる山の眠りかな
・寝ねられず一夜聴く雨春めける
・鵯群れて日毎減りゆく楝の実
・待てば来ず読めば鵯くる窓たのし
・牡丹雪芙蓉の実にも積み易く
・芙蓉の実一つ一つに春の雪
・初蝶や去年より遅れ病む窓に
・病床に今年ももらふ桜かな
・二輪咲く白木蓮に風荒し
・うららかや紋白蝶の窓にふれ
・初蛙いま聞きたるは吾ひとり
・病床に山藤を活け春惜しむ
・蕗ていれぎ山菜に食進む日々
・花つけし松も楓も枕辺に
・大粒の苺を二つ写生かな
・ひめ百合の花散り赤き蕊のこる
 (注:蕊=ずい。種子植物の、雄しべと雌しべ。しべ。)
* 枕辺に置く子の写真明易し

(木兎十一月号 巻頭(五句))
・忘れたきこと今はなし楝咲く
・青簾をうしろに活けし花菖蒲
・咲きつぎて瓶に花終へ野萱草
・青鬼灯ふくらむ一日一日かな
・花咲きつ青鬼灯の大小に
・鉢の合歓葉をとじそめし夕餉かな
 (注:合歓=ねむ。ネムノキの別名。《季 花=夏 実=秋》
・黄色なる仙人掌の花菊に似し
 (注:仙人掌=サボテン。)
・椅子涼し秋海棠を見下ろして
・向日葵の花びら蕊に影落し
・蝉時雨朝の牛乳冷たくし
・やぶらんの花紫に秋の雨
・黒蝶のをりをり来るや白芙蓉
・糸咲の黄菊を活けてよき日かな
・黄菊活け姉の情の祝ひ膳
・いつまでも紫褪せぬ式部の実
・きちきちの止りて桃の一葉ゆれ
 (注:きちきち=キチキチバッタ。正式名称「ショウリョウバッタ」)
・新聞を読む手ざわりも秋の晴
・瓶にさす大照院の実紫
 (注:実紫=植物「こむらさき(小紫)」の異名。《季・秋》)
 (注:大照院=毛利家の菩提寺。)
・輪飾と白梅を買ひ姉戻る

■昭和四十四年  (1969年)
・年賀客職人なりし亡父の弟子
・焚火してゐるらし煙窓流る
・ながらへし命しづかに小豆粥
・磨かれし玻璃戸に春の霰かな
・句集積むかたへに活けし花ミモザ
・ミモザ活け明るくなりし枕もと
・桃色の蕾つきけりヒアシンス
・病むわれの少しもらひし春の風邪
・はくれんの日をさへぎりて黄沙降る
・花軸ののびて傾くヒアシンス
・葉のなかに花のひしめくヒアシンス
・つちふるや独り楽しむ十七字
・病床より見ゆるところに春の星
* 子を負ひし日のなつかしき袷かな
 (注:袷=あわせ。5月の季語。)
・雨蛙鳴く頃となり病快し
・夏柑の咲きはじめしと畑より
・咲く頃のわれふと思ふ夕顔苗
・一膳の豆飯食みし疲れかな
・楝咲き梢よりはや散りはじめ
・花楝南の風の吹き分くる
・恙なき人に後れて更衣
 (注:恙なき=つつがなき。病気・災難などがないさま。)
・今年又楝の花を眺め得し
・わが心老ひしと思ふ青簾
・夏蜜柑退屈なれば喰べてみし
・百合の壺向ふことなき鏡台に
・昼顔の花活けくれし枕もと
・凌霄の花活けてあり昼寝覚
 (注:凌霄花(リョウセンカ)=ノウゼンカズラ。夏から秋にかけ橙色あるいは赤色の大きな美しい花をつける。夏の季語。)
・星飛ぶや永き病の北窓に
・母起きて新涼の夜具かけくるゝ
・葛の花活けて病室山家めき
・活けしより風に乱れし桔梗かな
 (注:桔梗=キキョウ。花言葉は「永遠の愛」「誠実」。)
・鈴虫にとてよき壺をもらひけり
・匙使ふかひなをくぐる秋の風
・葉の薄くなりし楝に月かゝる
・宵に見し月屋根こえて西窓に
・寝返れば蒲団の端のひやゝかに
・島よりの藷売りの来る秋の晴
 (注:藷=サツマイモ。「甘藷かんしょ」)
・鈴虫の一匹残り冬に入る
・椎拾ひ草じらみつけ戻り来し
・テレビ見る家族に姉の椎を炒る
・粧ひの褪せゆく山を窓に病む
・癒ゆるなき足あたゝむる炬燵かな
・抽斗の整理などして年の暮

■昭和四十五年  (1970年)
・病快く雑煮を祝ふ今年かな
・病快き日のみの日記去年今年
・読すゝむ歌留多くづるゝ胸のうへ
・霙やみ虹の片端見ゆる窓
 (注:霙=みぞれ。)
・鈴虫の壺を大事に冬ごもり
・草花の窓三方に静臥かな
 (注:三方=神道の神事で使われる、神饌を載せるための台。
 (注:静臥=静かに横になること。「病床に―する」)
・はくれんの年毎花の数増えて
 (注:ハクモクレン(白木蓮)の花言葉=「高潔な心」)
・春愁や雀啼く声単調に
* 夢に子の今も幼くチューリップ
・灯に下げし紐をみどりに替へ五月
・病床に汗ばみ蟻の来はじめし
・束の間の青空まぶし梅雨の蝶
・梅雨寒や病む身いたはりいたはられ
・孵りたる鈴虫を見る虫眼鏡
・黒揚羽舞あがりては鬼百合に

・・・


1年前

2020-09-20 16:14:41 | 旅行

 一年前、今日のようなコロナ禍、あたりまえのことが世界規模でできなくなってしまうような事態、を予想した人はいたでしょうか。

 歴史での経験を手繰れば過去にはスペイン風邪、ペスト、あるいは想像力を働かせた小説の世界でも「復活の日」、など容易に思いめぐらせることができるはずですが、それらは大方は、非日常のものとしてすっかり忘れ去られているんだと思います。(保険会社や研究者だったら一定の確率で想定しているんでしょうね。)

 さて一年前の2019年9月初旬、そのわずか半年後に旅行どころではなくなってしまうなんて思いもいたらず、お隣の国の瀋陽という町を訪れていました。

 そこでは80年前の歴史の経験を色あせないよう、おおがかりな建造物、資料展示を備えた施設(918歴史博物館)があって、けっして記憶を風化させない、という誰かの並々ならぬ意図を感じさせます。

 時を経たいまも日本時代の建造物の遺構が数多く屋外に保存、晒されていたのは強烈です。2枚目の写真は、柳条湖爆破地点に建てられていた碑。当時の爆弾の尾を模したコンクリート製のもので、1991年になって、この紀念館へ搬入された、との説明書きがありました。

 ただ、紀念日(9月18日)を控えた休日、ひとびとの熱気が今少しというところだったのは致し方ないところかもしれません。