10年前いつもの如く朝、仕事に行き
今日は、バンド仲間と夜焼き鳥屋🍻だから
頑張るかな‼️っと
現場に入った瞬間、後ろから重機が突進して来て逃げるに逃げれず
ワタシは、出血多量で生死を彷徨いましたが、、
意識朦朧の中、夢だったのか
飼っていたネコと
炎🔥の中の不動明王様が見えてその後!
(頑なに宗教に入っているわけではないが)
輸血され、意識が戻ったのは
次の日の夕方
大体、足が無いんだろうなとは気づいていたが
担当医が来て
足が無い事を告げられた
不衛生な場所での事故だったので
菌がまわると死んでしまうと言われ
熱は38度
手術をするかどうか決めてくださいと言われ
ワタシは、竹を割ったような性格なので
どちらかだ!
即答で、明日手術してくださいって返事をし
この病院では手術出来ないからと
また、救急車に乗って隣の5分くらいの病院に移動💨💨💨
手術が終わって
2日目くらいからリハビリが始まった
ワタシの変わり果てた姿に家族も友人知人達も
かける言葉がわからなかったんだろう
足がなくなった事を知らせた人の中には
返信すらくれなかった人間もいて
身体障害者になるって事の社会の風当たりを
身を持って知った。
自分は、ヘルパーで3000人くらいの方を支援して来た経験もあり
社会の中にも温かく接して下さる方もいるが
やはり、最初に
風当たりの強さを体験し
そこで、病んでしまうと思われていたみたいだが
ワタシは、なぜか
ケロッとしていて
退院に向けてリハビリを頑張った
その時の理学療法士さんがスパルタにやってくれたお陰で今があります⭐️
まだ、その時の理学療法士さんとは
連絡を取り合っています。
それから、ワタシは
半年して明石のリハビリ病院に行き
リハビリと義足を作る運びとなり
(話端折りますが)
1年入院して
自宅に帰りました。
退院して始めて車椅子♿で自分一人で外出した時
やはり、洗練をうけてしまいます。
車椅子♿で走っていたら
通りがかりのオジサンに唾を吐きつけられ
負けじと「やめんかい!オッサン(💢'ω')‼️」
とかかっていきましたが
スタスタと逃げて行きました
それから
一人で始めて車椅子♿で電車に乗る時に
切符買っていたら
電車に乗り遅れそうだったのか走って来た
オジサンに車椅子♿をこかされ
そのまま
ほったらかしで
電車に乗って行かれてしまい
ワタシは、今みたいに動けなかったので
こかされたまま少し放心状態になりましたが
その間、誰も助けてくれず
見て見ぬふりして通り過ぎて行きました
ワタシは、自力で車椅子をおこして
乗りました
体育会系だったのが良かったのか⁉️
これからの人生が思いやられるなー💦って思ったものの(´-`)oO
日本🇯🇵も終わりだな…って
このままだったら
人間は終わって行くって思いました
私ごとき1人が
その根性叩き直したる!とか思って動いたところで
世の中や、人々が変わるはずなんてないんだけど
生き延びた生命を使って
自分のあるがままの姿を使って
嫌われても良いから
物申して行こうと決めて
この10年生きて来ました。
つづく
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