大好きなお母さんへ

H20 7月 いきなり宣告された母の脳腫瘍
母の記録&家族の思いなど きままに書けたらなぁと思ってます

寒い 大丈夫?? (H20 12月の記録)

2009-12-19 19:23:44 | 日記
 お母さん、 このごろ めちゃくちゃ 寒いよ。 

 日本海側 大雪だって。 うちらは あさってから スキーに行ってくるね。

 せいちゃん 2回目。 でも 久しぶりだから スクールに入れるね。

 無事に 楽しかった!と報告できること 願っていてね。

 そーいえば、おかあさんも じーさんも スキー上手だったよね。 ジーパン姿で 滑っていたのを 思い出したよ ;)


 去年の 今頃、体調 かなり 変化が あったね。

 じーさんが 言うには 12月初旬に飲んだ テモダールからだって。

 急に 便秘が 激しくなったし、寝る時間が増えたり、歩くことも おぼつかなくなったよね。

 
 一番の 衝撃は じーさんが 仕事忙しいから 我が家で しばらく お預かりの時、じーさんの車から降りるときに 転んでしまい 顎を打って 傷がパックリ



 あせったよ。

 次の日 我が家近くの 整形に連れて行ったとき、おかあさん 足元が おぼつかないから じーさんに 支えながら 病院まで 出かけたよね。 なんか すごーい 仲良し 夫婦に見えて うらやましかったぁ。 

 私も いつまでも じーさん達みたいな 仲良し夫婦で いるね。 見守っていてね!

 でもさぁ、あの 整形の 医者、 あたまにきたよ。

 足元が おぼつかない はっきりしゃべれない母をみて 精神病ですか??なんて言ったの。 悔しかった。 ぶん殴ってやりたかった。


 反対に、母が 便秘がはげしくなり 我が家の子供たちが お世話になっている
小児科の先生は 私たちの状況を 親身になって 話を聞いてくれたり 優しい言葉をかけてもらえたり 最後まで 頼りになった 先生だよ。


 お正月は 久しぶりに 実家で過ごすね。 待っててね。



 (後記) H20.12月 母の病状は 徐々に進んできた。 寝ている時間も増えたし、起き上がっても バランスを崩したり、座った状態から 立ち上がるのも 立ち方が 分からなくて どのように 起こすか。。。 結局は ハイハイで
寝どころまで 行かせた事も あった。 

おトイレも なるべく トイレに行かせて 用をたすように 促したが、なかなか起き上がれなく、おむつに頼ることも多くなってきた。

そして 介護保険も検討に入れ、ヘルパーさんに頼めるよう準備も始めた。

じーさんは 仕事が忙しく 我が家で あずかることも 多かったので ヘルパーを頼むのを 我が家にするか。。。 そのためには 住民票を我が家に移すなど
何が一番 母にとって 幸せなのか 悩みどころだった。

結局は 実家で ヘルパーを 頼み 介護保険で 実家には 玄関やトイレ 廊下などに 手すりがついたり 母にとっても 周りのものにとっても 幸せな結果を生めたので 良かったと思う。

そして 病気になってから あまり 台所に立たなかった母 (私たちも 立たせようとしなかったけれど)12月18日に 我が家で 台所に立ち 洗い物をしてくれた。 これが 母の台所に 立った 最後。 忘れもしない。