グランマのお絵描き(2)

シェープアートと時々写真も

原爆忌

2024-08-08 | お絵描き

明日 8月9日 

長崎は原爆忌

その日 長崎の街は快晴

街路樹の真っ赤な夾竹桃が

満開だったという

4歳の時

何もわからないで

遠くに見た微かな光と 音の記憶

忘れてはいけない


コメント (4)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ケンケンパッ | トップ | リハビリ経過報告:13 海へ... »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
原爆忌 (イケリン)
2024-08-08 15:35:47
グランマさん こんにちは。
わずか4歳だと、何かがあったのだろうということは朧げにわかっても
何が起きたのかを認識するには幼すぎますね。
あれから長い歳月が経つと、当時のことを知る人も少なくなり
人々の記憶から消し去られようとしています。同じことを繰り返えさせてはいけませんね。
返信する
原爆忌 (グランマ)
2024-08-08 18:26:05
イケリンさん

小高い丘の上で遊んでいるときのことでした
子供なりに何かを感じたんでしょうね
原爆を知る人がどんどん少なくなり
グランマぐらいの年齢が最後
忘れてはいけないと思いながら
この時期だけの思いになってしまったような気がします
  
返信する
Unknown (atcchin)
2024-08-11 17:21:02
こんにちは。
私のおふくろも長崎の原爆の日になるとよく話していました。
当時、小学校の高学年で、夏休みにクラスで松ヤ二の採取に行ってたそうです。
その時間になった時、ピカッと光が届き、遅れてドドドーンという音が聞こえてきたそうです。
その後、長崎方面からきのこ雲が立ち昇り、風に流されて一面が曇り空のようになったとか。
先生の指示で直ぐ学校へ戻り家に帰ったとか。
アメリカ軍が落下傘で大勢下りてきているという噂も流れていたとか。

私でさえ生まれる10年前のことで全く知りませんが、
そういう体験談が出来る人も少ないんでしょうね。
返信する
原爆忌 (グランマ)
2024-08-12 06:47:42
atcchinさん

原爆を知る人はグランマの年代でおしまい
語り継がなければいけないとも思いますが
悲しいことに普段忘れて過ごしている自分がいます
年に一回でも書いていくことにしています
返信する

コメントを投稿

お絵描き」カテゴリの最新記事