時間の進むのが早い。..
ジークが旅立ってしまって、もう8日も過ぎたなんて。
忘れる事はないけど。
前後の出来事をまとめてみます。
6月2日(金曜日)
この日は、特筆することがないほど
穏やかに過ぎました。
ジークは、朝ご飯も夜ご飯もモリモリたべてました。
強いて言うなら、最近は食べている間も、後ろ足が
立っていてもけいれんするらしく、体を支えきれず、
私が後ろから支えていないと、崩れるように倒れて
いました。
自立していられるときもありましたが、すぐよろけてました。
お水を飲むのが飲みにくい様子はありました。
鼻まで器に突っ込んで飲むので、フガフガいって
溺れるんじゃないかと目が離せなかったけど
それなりに上手に飲んでました。顔中ビチョビチョでしたけどね
このころになると、一日中サークルで過ごしていましたが、
クーンって鳴くと、トイレの合図。
上手に合図してくれて、ほぼ粗相はありませんでした。
夜は、 私たちの間で、いびきかいて寝てました。
6月3(土曜日)
午後、良い天気だったので、
だっこで近所をお散歩していたら、ジークにいつも
おやつをくださるご近所さんにあって、ご挨拶。
乳母車にでも乗ったら?って言われて、
カートがあることを思い出し、カートに乗って
改めて近所をテクテク。
ジークは、見えているのか、見えてないのか
わからないほど、ぼーっとしながら乗っていました。
夜ご飯は珍しく半分くらいしか食べませんでした。
夜、10時半頃から、ひゃんひゃんひゃんって3回
鳴いて、しばらく無言。またひゃんひゃんひゃんって3回。
それの繰り返しになりました。
いつもと違うね、とご主人様と代わる代わる
どこか傷むのかな。背骨かなって
ゆっくり撫でてあげていました。
撫でていると、少し鳴かなくなったけど
すぐまたひゃんひゃんひゃん。
ご主人様が抱っこしてくれると
泣き止む。.
これが夜泣きかな?
これから夜泣きがはじまるのかなって思いました。
1時過ぎまで、撫でてあげたり、抱いてあげたり、
寄り添ったりしていました。
布団に寝かせた方が、背中が楽になるよねって
事で、みんなで寝室に移動。
私たちの間で、いつも寝るので、
定位置に寝かせましたが、
まだひゃんひゃんひゃんの繰り返しです。
体位を少しずつ変えたり、撫で続けたりしていたら、
2時半頃、鳴かなくなり、寝息が聞こえてきました。
様子をみていたけど、
3時頃になってよかったね、楽になったのかね、って
私たちもそのまま寝付きました。
5時過ぎ、ご主人様の声で飛び起きました。
「ジーク、息してないよぉ」
びっくりして何度も何度も呼びましたが
ぴくりともしません。
灯りをつけ、ジークを見ると
最後に私が寝かせてあげた体制のまま
ちょっと顔を横にむけ、目をあけて
今にも起き出しそうな感じでした。
体もまだ温かくて。。。
でも、冷たくないのに硬い。。。
信じられなかった。
でも何度見ても触っても、もう動かない
息してない。。。
ショックが大きくて、何をしていいのかわからなかった。
やっとのことで、とにかく病院だ。っておもった。
早朝過ぎて、連絡のとりようもない。
リビングに、ジークを抱いて連れて行って、
ジークの敷き布団ごとベットに寝かせ、
タオルをかけて、暑くなりそうな朝だったから
保冷剤をそっと入れ、時間の経つの待ちました。
今にも動きそうなジーク。..
でもだめでした。
病院にいって、話をしてこれからのことを
教えていただきました。
もう亡くなっているから、診察はありませんでした。
私は診察らしきもの、あるのかと思っていました。
火葬場などのことを聞き、
連絡すると、お昼に予約がとれる。。。って
もっと家に置いておきたかった反面、
暑くなって傷むとかわいそうって気持ちも
わいてきて、お昼に荼毘にふすことになりました。
実家の両親に連絡すると、すぐにかけつけてくれて、
4人でお寺に行きました。
お寺に付属してるペット霊園でした。
本堂の地下に、ペット霊園があり、
ペット用の炉がありました。
お棺にいれるのが、いやで、
寝かせていたベットを棺がわりにして
お花で飾ってあげました。
大好きなおもちゃとフードも
持たせました。
何度見ても、苦しんだような様子は無く、
可愛い目でこっちを見て、起きようかなぁって
言いたげでした。
何度も何度もお別れ言って、今までありがとうと
言いました。
背骨とか曲がって痛そうだったので
痛みがとれて良かったねと言いました。
お骨も拾いました。
小さな壺に入って私たちの手に戻ってきました。
家に戻ると、会えなかったけど妹が
玄関にお花を置いていってくれてました。
早速、お盆の時に使う、祭壇を組み立て
ジークを安置して、お花を飾り、お参りしました。
それから数日、仲の良いお友達から
お花をいっぱい頂き、ジークの祭壇は
お花いっぱいです。
良かったね、ジーク。
仲良くしてくださった皆様、ジークに代わって
御礼申し上げます
仲良くしてくださって、ありがとうございました。
かわいがってくれてありがとうございました。
今、ジークは、背中の痛みから解放され、
お空で、仲良しだったシュナ君、シュナちゃん達と
走り回っていることでしょう。
悲しみ過ぎたら、ジークが心配してしまうから
代わりに、今までのジークとの生活の写真を
整理しています。
熊本時代のジーク。
もこもこのモップみたいでした
宮城時代のジーク。
HPを通じて、お友達がたくさんできました。
リアルに遊んでもらえるお友達もたくさんできました。
楽しい楽しい時期でした。
東京時代のジーク。
介護でがんばる私たちの支え、癒やし、まさに同志でした。
だから、老犬になっても、できることはなんでもしてあげようと
ご主人様と決めていました。
遠くから、ジークに会いにくださったお友達にも恵まれました。
ジークは、ほんとによゐこでした。
よゐこ過ぎて、暑い夏を前に
自分でさっさと行ってしまいました。
これから介護になると、覚悟していたのに。。。
でもそれすらさせてくれないで、きれいに行ってしました。
かっこよすぎる。。。
今、部屋が広い。...
あまりの存在感に、あらためてジークの大きさに
感じる物があります。
もうしばらく、祭壇のジークに話しかけさせてもらう毎日を
続けたいです。
涙はあまり出ないけど。..
涙より、あれは楽しかったとか、いいこだったよねぇとか
ありがたかったね~とか
写真整理してるから、昔のジークを見て、
可愛い可愛いと言っては、大きくプリントして
祭壇に並べてます。
14歳と7ヶ月。私たちの家族になってくれてありがとうと
言いたいです。
長々と取り留めなく、書きました。
読みにくい文章ですみません。
今まで、ジークとFriedをありがとうございました。
ジークが旅立ってしまって、もう8日も過ぎたなんて。
忘れる事はないけど。
前後の出来事をまとめてみます。
6月2日(金曜日)
この日は、特筆することがないほど
穏やかに過ぎました。
ジークは、朝ご飯も夜ご飯もモリモリたべてました。
強いて言うなら、最近は食べている間も、後ろ足が
立っていてもけいれんするらしく、体を支えきれず、
私が後ろから支えていないと、崩れるように倒れて
いました。
自立していられるときもありましたが、すぐよろけてました。
お水を飲むのが飲みにくい様子はありました。
鼻まで器に突っ込んで飲むので、フガフガいって
溺れるんじゃないかと目が離せなかったけど
それなりに上手に飲んでました。顔中ビチョビチョでしたけどね
このころになると、一日中サークルで過ごしていましたが、
クーンって鳴くと、トイレの合図。
上手に合図してくれて、ほぼ粗相はありませんでした。
夜は、 私たちの間で、いびきかいて寝てました。
6月3(土曜日)
午後、良い天気だったので、
だっこで近所をお散歩していたら、ジークにいつも
おやつをくださるご近所さんにあって、ご挨拶。
乳母車にでも乗ったら?って言われて、
カートがあることを思い出し、カートに乗って
改めて近所をテクテク。
ジークは、見えているのか、見えてないのか
わからないほど、ぼーっとしながら乗っていました。
夜ご飯は珍しく半分くらいしか食べませんでした。
夜、10時半頃から、ひゃんひゃんひゃんって3回
鳴いて、しばらく無言。またひゃんひゃんひゃんって3回。
それの繰り返しになりました。
いつもと違うね、とご主人様と代わる代わる
どこか傷むのかな。背骨かなって
ゆっくり撫でてあげていました。
撫でていると、少し鳴かなくなったけど
すぐまたひゃんひゃんひゃん。
ご主人様が抱っこしてくれると
泣き止む。.
これが夜泣きかな?
これから夜泣きがはじまるのかなって思いました。
1時過ぎまで、撫でてあげたり、抱いてあげたり、
寄り添ったりしていました。
布団に寝かせた方が、背中が楽になるよねって
事で、みんなで寝室に移動。
私たちの間で、いつも寝るので、
定位置に寝かせましたが、
まだひゃんひゃんひゃんの繰り返しです。
体位を少しずつ変えたり、撫で続けたりしていたら、
2時半頃、鳴かなくなり、寝息が聞こえてきました。
様子をみていたけど、
3時頃になってよかったね、楽になったのかね、って
私たちもそのまま寝付きました。
5時過ぎ、ご主人様の声で飛び起きました。
「ジーク、息してないよぉ」
びっくりして何度も何度も呼びましたが
ぴくりともしません。
灯りをつけ、ジークを見ると
最後に私が寝かせてあげた体制のまま
ちょっと顔を横にむけ、目をあけて
今にも起き出しそうな感じでした。
体もまだ温かくて。。。
でも、冷たくないのに硬い。。。
信じられなかった。
でも何度見ても触っても、もう動かない
息してない。。。
ショックが大きくて、何をしていいのかわからなかった。
やっとのことで、とにかく病院だ。っておもった。
早朝過ぎて、連絡のとりようもない。
リビングに、ジークを抱いて連れて行って、
ジークの敷き布団ごとベットに寝かせ、
タオルをかけて、暑くなりそうな朝だったから
保冷剤をそっと入れ、時間の経つの待ちました。
今にも動きそうなジーク。..
でもだめでした。
病院にいって、話をしてこれからのことを
教えていただきました。
もう亡くなっているから、診察はありませんでした。
私は診察らしきもの、あるのかと思っていました。
火葬場などのことを聞き、
連絡すると、お昼に予約がとれる。。。って
もっと家に置いておきたかった反面、
暑くなって傷むとかわいそうって気持ちも
わいてきて、お昼に荼毘にふすことになりました。
実家の両親に連絡すると、すぐにかけつけてくれて、
4人でお寺に行きました。
お寺に付属してるペット霊園でした。
本堂の地下に、ペット霊園があり、
ペット用の炉がありました。
お棺にいれるのが、いやで、
寝かせていたベットを棺がわりにして
お花で飾ってあげました。
大好きなおもちゃとフードも
持たせました。
何度見ても、苦しんだような様子は無く、
可愛い目でこっちを見て、起きようかなぁって
言いたげでした。
何度も何度もお別れ言って、今までありがとうと
言いました。
背骨とか曲がって痛そうだったので
痛みがとれて良かったねと言いました。
お骨も拾いました。
小さな壺に入って私たちの手に戻ってきました。
家に戻ると、会えなかったけど妹が
玄関にお花を置いていってくれてました。
早速、お盆の時に使う、祭壇を組み立て
ジークを安置して、お花を飾り、お参りしました。
それから数日、仲の良いお友達から
お花をいっぱい頂き、ジークの祭壇は
お花いっぱいです。
良かったね、ジーク。
仲良くしてくださった皆様、ジークに代わって
御礼申し上げます
仲良くしてくださって、ありがとうございました。
かわいがってくれてありがとうございました。
今、ジークは、背中の痛みから解放され、
お空で、仲良しだったシュナ君、シュナちゃん達と
走り回っていることでしょう。
悲しみ過ぎたら、ジークが心配してしまうから
代わりに、今までのジークとの生活の写真を
整理しています。
熊本時代のジーク。
もこもこのモップみたいでした
宮城時代のジーク。
HPを通じて、お友達がたくさんできました。
リアルに遊んでもらえるお友達もたくさんできました。
楽しい楽しい時期でした。
東京時代のジーク。
介護でがんばる私たちの支え、癒やし、まさに同志でした。
だから、老犬になっても、できることはなんでもしてあげようと
ご主人様と決めていました。
遠くから、ジークに会いにくださったお友達にも恵まれました。
ジークは、ほんとによゐこでした。
よゐこ過ぎて、暑い夏を前に
自分でさっさと行ってしまいました。
これから介護になると、覚悟していたのに。。。
でもそれすらさせてくれないで、きれいに行ってしました。
かっこよすぎる。。。
今、部屋が広い。...
あまりの存在感に、あらためてジークの大きさに
感じる物があります。
もうしばらく、祭壇のジークに話しかけさせてもらう毎日を
続けたいです。
涙はあまり出ないけど。..
涙より、あれは楽しかったとか、いいこだったよねぇとか
ありがたかったね~とか
写真整理してるから、昔のジークを見て、
可愛い可愛いと言っては、大きくプリントして
祭壇に並べてます。
14歳と7ヶ月。私たちの家族になってくれてありがとうと
言いたいです。
長々と取り留めなく、書きました。
読みにくい文章ですみません。
今まで、ジークとFriedをありがとうございました。