醸楽庵だより

芭蕉の紀行文・俳句、その他文学、社会問題についての評論

醸楽庵だより  646号  灌仏の日に生れあふ鹿の子哉(芭蕉)  白井一道

2018-02-15 12:45:04 | 日記

 灌仏の日に生れあふ鹿の子哉  芭蕉


句郎 岩波文庫『芭蕉俳句集』から「灌仏の日に生れあふ鹿の子哉」。芭蕉45歳の時の句。「灌仏の日は、奈良にて爰かしこ詣侍るに、鹿の子産(うむ)を見て、此日においてをかしければ」と書き、『笈の小文』に載せている。
華女 「灌仏の日」とは、何なの。
句郎 灌仏会(かんぶつえ)は、釈迦の誕生を祝う行事なんだ。日本では毎年4月8日に行われている。釈迦が旧暦4月8日に生まれたという伝承に基づいているようだ。降誕会(ごうたんえ)、仏生会(ぶっしょうえ)、浴仏会(よくぶつえ)、龍華会(りゅうげえ)、花会式(はなえしき)、花祭(はなまつり)などと言っている寺もみたい。四月八日と言えば桜の花が満開になる頃だからね。
華女 場所によっては、散ってしまっている所もあるんじゃない。鹿の子は夏産まれると言われているわよ。季語「鹿の子」は夏よ。
句郎 貞享五年四月八日に奈良の寺に詣でて灌仏会に芭蕉が巡り合ったと考えると新暦の五月七日のようだから季節は夏でいいんじゃないのかな。
華女 「花まつり」というのは新暦の四月八日に祝っているお寺ということになるのね。
句郎 もしかしたらそうなのかもしれないな。
華女 現代では灌仏会は春の季語ね。季語「鹿の子」は夏よね。芭蕉の句は元禄時代の句ね。
句郎 元禄時代の旧暦の世界に生きた芭蕉の句だという認識をもって読むということが大事なのかもしれないな。
華女 旧暦の季節感と新暦の季節感では大きな違いがあるように感じるわよ。
句郎 旧暦の季節感では灌仏会と鹿の子の誕生は同じだったんだろうからね。
華女 日本人にとっての季節感とは文化になっているってことなのよね。
句郎 日が伸びて来たねと、言うことが挨拶の言葉になっているからね。本当に日本人にとって、季節感は日本の文化の一つになっているんだと思うな。
華女 芭蕉が生きた時代にはすでに今の奈良公園に鹿はいたのね。
句郎 春日大社が創建された当時から鹿はいたようだよ。
華女 じゃー、千年以上前から鹿がいたのね。
句郎 鹿は春日大社の神使であり、春日大社創建の際、茨城県にある鹿島神宮の祭神・武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白い神鹿に乗ってやってきたという言い伝えがあるようだから。それ以来奈良の都には野生の鹿が生息し続けているということらしい。
華女 芭蕉は古き奈良の都で産まれたばかりの鹿の子に巡り合い、その鹿の子の可愛らしさに仏を見たのね。
句郎 その優しい目に仏の存在を感じたのかもしれないな。
華女 仏の存在の現実性を生まれたばかりの小鹿に発見したんだと思うわ。
句郎 「鹿の子産(うむ)を見て、此日においてをかしければ」と『笈の小文』に芭蕉は書いているでしょ。この中の「をかしければ」という言葉が表現していることは仏の存在ということなのかもしれないな。
華女 白い斑点のある毛皮を纏った小さな存在、その優しさに人間社会の真実を見たのかもしれないわね。
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