再びネズミにお目にかかったのは、ずっと後のこと。社会に出てからだった。
小倉の旦過市場付近の屋台でラーメンを食べている時、体長50センチほどの生き物がウロウロしているのが見えた。その瞬間、ぼくは固まった。
ラーメン屋の親父に、「あれは何ですか?」と尋ねると、親父は「ああ、あれはドブネズミ。大きいやろ」と言う。何でも、市場に住んでいるせいで、食べ物に不自由せず、あそこまで大きくなったとのことだった。
小学生の頃の記憶がよみがえる。さすがに、ネズミ恐怖症に陥ることはなかったが、それでも数日間はその大きなネズミの姿が目に焼き付いて離れなかった。
5,
話は戻る。
ぼくは嫌々ながら、休憩室に向かった。
「しんたさん、そこです」
見ると、小さなネズミがいた。生まれたばかりだろうか、目も開いてない状態だった。しかし、一人前にネズミ色の毛が生えていた。
どうしたものか、と思ったが、このままにしておくわけにはいかない。ぼくは休憩室をいったん出て、倉庫に段ボールを取りに行った。
休憩室に戻ってから、そこにあった割り箸を手に持ち、恐る恐る子ネズミをつまんだ。プニュっという感触がして気味が悪い。そして、持ってきた段ボールの切れ端に子ネズミを移し、そのまま外に捨てに行った。
途中風にあおられ、子ネズミがアスファルトの地面に落ちた。痛かったのだろう。悶えている。しかし、ぼくは情を殺し、店の前にある土手に子ネズミを捨てた。
ぼくが売場に戻って、ホッとしたのもつかの間。数分後、また電話がかかった。
もう一匹出たとのことだった。再びぼくは、休憩室に向かった。
今度は店長がいた。ぼくは店長が始末してくれるものと、内心ホッとした。
ところが店長は、ティッシュを何枚か取って、ぼくに手渡したのだ。ぼくにつかめというわけだ。
もうどうにでもなれという気になった。ぼくはティッシュを受け取り、子ネズミをつかんだ。箸でつまんだ時より鮮明にプニュ感が伝わる。そして、またさっきの場所に捨てに行った。
この子ネズミも、捨てたのは店の前にある土手だった。そこに捨てた理由は、そこにある豊富な植物と水気で、もしかしたら生き延びるかもしれない、と思ったからである。
しかし、目も開いてないことだし、鳥や昆虫に襲われて死ぬことも考えられる。なぜか、「悪いことをした」と懺悔の気持ちにかられた。
ネズミをティッシュを通してだがつかんだ時には、すでに恐怖心などはなかった。しかし、これでネズミ恐怖症は克服されたのだろうか?その問には、クエスチョンマークがつく。家で走り回られると、やはり怖いに違いない。
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