2001年9月19日
ニュースで「神よ。アメリカに加護あれ!」と書かれたニューヨークの電光掲示板を映していた(もちろん英語で書かれていたが)。
もし、日本が今のアメリカと同じ立場に立っていたとして、こういうことを書くとどうなるだろうか?
答は、
「こういう時に、なんと不謹慎な」と非難を浴びる、である。
日本の社会は「神」を認めていない。というより、文明とか科学というものを信じすぎている。
日本はいつから「神」を否定する国になったのだろう?少なくとも、前の大戦の時は日本の勝利を祈って、集団で神社に参拝していたわけだから、それから後ということになるだろう。
そうであれば、それは政教分離を謳った憲法が多分に影響していると思われる。ということは、当然今の憲法を押し付けたアメリカが絡んでくる。
徹底した神の国であるアメリカが、どうして日本に神を許さなかったのだろうか?
自分のところの神だけが神と思っているのだろうか?
日本の神が戦争に走らせるとでも思ったのだろうか?
ということは、お稲荷さんも戦争に走らせる神ということになるのか?それなら、狐は悪の根源ということになり、油揚げすらも危険な思想ということになってくる。
富士浅間神社というのがあるが、富士山も戦争に走らせる神か?では、なぜ憲法に富士山を見たり登ったりしてはならない、と書かなかったのか?
新潟県に「ちんぽこ神社」という神社があるらしいが、これも戦争に走らせる神なのか?
今回の事件で、ブッシュ大統領は「神」を連発している。日本の政治家が公式の場で「神」と言ったらどうなるか。
例えば、小泉さんが「お稲荷さんが『自衛隊を派遣せよ』と言うので、そうすることにします」と言ったら、辞任しなければならない。
塩じいが「景気をよくするために、国民はみな白装束で富士山に登りましょう」と言ったら、間違いなく更迭されるだろう。
真紀子大臣が「ちんぽこ神社の神様から『新潟のコンサートに行け』というお告げがあったので、選挙演説を適当に切り上げ、コンサートに行きました」と言ったら、「好き者」と言われ謹慎させられるだろう。
それもこれも、わが国に「神=不謹慎」という社会の風潮があるからだ。
国会で堂々と神を語れる時代が、一番平和な時代だと思うのですが。