ジーンズの前部に挟まれた長方形に折られた青い布が半分ほど覗いて、滑らかで白い肌とコントラストを作っていた。布はお札ほどの大きさのものを丁寧に包んでいる。
「……百合恵さん、それは?」驚いたさとみは布と百合恵の顔とを交互に見る。「まさか、お金を払って、なんて……」
「ほほほ、面白い事を言うわねぇ」百合恵は笑いながら、布を引き出した。布は力無く、だらりと曲がる。「これはお金じゃないわ。それに、こんな薄っぺらじゃ、札束とも言えないじゃない?」
「じゃあ、何なんですか?」
「これはね……」百合恵はさとみに布を手渡す。さとみは怪訝な顔をしながらも受け取る。百合恵の肌の温かさが残っていた。「護符…… まあ、お札ね」
「お札……?」
「わたしのお店のお客さんでね、亡くなったおじい様の遺品を整理していて見つけたそうなの。相当古いもののようだけど」
「そんな貴重なもの、もらったんですか?」
「そうなのよ。わたし、そのお客さんにオカルトに興味があるって言ったのよね。そうしたら、お店に持って来たってわけ」百合恵はくすっと笑う。「そのお客さんに亡くなったおじい様が付いて来てね。そのお客さんに仕切りに拳骨を振るっていたわ。よっぽど腹を立てていたようね」
「じゃあ、お返しした方が良いんじゃないですか?」
「そう思ったんだけど、そのおじい様が『こんな馬鹿孫に渡しても無意味じゃ。あんたが持っていなされ。これはわしのご先祖がずっと大事にしてきたものじゃ。魔除けの護符じゃ』って、わたしに言ったの。だからもらったわけ」
「そうなんですか……」さとみは布をしげしげと見る。特に何かを感じると言う事はない。「……あの、中身を見ても良いんですか?」
「良いわよ」百合恵はうなずく。「見たら、びっくりするかもね……」
さとみは布を太腿の上に置いて開いて行く。中には丁寧にたたまれた白い半紙が入っていた。
「これ、古いものなんですか?」さとみは不思議そうな顔を百合恵に向ける。「新しそうですけど……」
「霊験あらたかってヤツね」百合恵が言う。「おじい様が言うには、ずっとその状態のままだったそうよ。それをお客さんであるお孫ちゃんが、偽物じゃないかって思ったわけ」
「ちゃんと引継ぎが出来ていなかったんですねぇ……」
「『馬鹿息子に馬鹿孫どもがぁぁ!』って怒っていたわ。『もうヤツらがどうなろうと知らん! どんどん不幸になれば良いんじゃ!』って言いながら消えて行ったわねぇ」百合恵は言うと、またくすっと笑う。「それが一か月くらい前の事で、それからお客さんの経営してる会社が突然倒産しちゃって、莫大な借金を抱えたらしいわ。それ以来お店に来れなくなっちゃったわねぇ……」
「そうなんですか……」さとみはごくりと喉を鳴らす。それから半紙を見る。「そんなに凄いんですか……」
「さあ、開いて見てごらんなさい」
さとみは恐る恐る半紙を開く。
そこには、読めそうもない筆文字が人の形になっていた。
「……これ?」さとみは半紙を手に持って、判読しようと上下をひっくり返したり、裏側から透かしてみたりした。「……ダメだわ。何て書いてあるのか、読めない……」
「そうでしょ?」百合恵が楽しそうに言う。「わたしも分からないわ」
「そのおじい様は、何て?」
「消えてから会っていないわ。多分あの世へ行ったのね」
「じゃあ、分からないまま……」
「経緯だけは教えてくれたわ。江戸時代よりもずっと前らしいんだけど、そのおじい様のご先祖に祟りみたいなのがあって、それを鎮めてくれた旅のお坊さんがいたんだって。大柄で薄汚くって髪も髭も伸びていたらしいわ」
「変なお坊さんですね」
「そうね。今そんなお坊さんがいたら、ちょっと問題よね。……で、祟りを鎮めてくれた後にそれを護符だって言って渡したんだって。決して手放すなって言って」
「何て名前のお坊さんなんですか?」
「そのまま居なくなっちゃって、聞き忘れちゃったんだってさ」百合恵は、またくすっと笑う。「命の恩人の名前を聞き忘れるなんてねぇ……」
「でも、そんな昔のものが新品みたいなんですから、やっぱり、凄い物なんでしょうね」
「そうでしょうね」
「それで……」さとみは護符を布で包み直した。そして、百合恵に返す。「それを使って、どうやって妨害されているって言うのを確かめるんですか?」
「護符だもの、体育館で拡げれば良いのよ。わたしの予感ね」
「そんなんで良いんですか?」
「良いのよ、きっと、たぶん、おおよそ…… わたしの予感がそうささやくのよね」
さとみは半信半疑な表情を百合恵に向ける。
「今日、こうやってわたしがさとみちゃんの所に来たのも予感がしたからだし、これを持って来たのも予感がしたからよ」百合恵は言って笑む。「言ったでしょ? 『霊感熟女 百合恵』って。そしてね、最近、こう言う予感が鋭くなっているのよねぇ……」
「そうなんですか」さとみも笑む。「とっても力強い味方が出来たって感じで、嬉しいです」
「あら、今までは力強い味方じゃなかったのかしら?」
「いえ、そんな事ないです」
「ふふふ……」百合恵はさとみに抱きついた。勢いでさとみはベッドに倒れた。百合恵がさとみの上になり、じっと顔を見つめている。さとみも百合恵の顔を見つめる。「……これで『霊感少女 さとみ』ちゃんじゃなったら、楽しめたのに……」
百合恵は言うと起き上った。さとみには、何の事か全く分からない。
つづく
「……百合恵さん、それは?」驚いたさとみは布と百合恵の顔とを交互に見る。「まさか、お金を払って、なんて……」
「ほほほ、面白い事を言うわねぇ」百合恵は笑いながら、布を引き出した。布は力無く、だらりと曲がる。「これはお金じゃないわ。それに、こんな薄っぺらじゃ、札束とも言えないじゃない?」
「じゃあ、何なんですか?」
「これはね……」百合恵はさとみに布を手渡す。さとみは怪訝な顔をしながらも受け取る。百合恵の肌の温かさが残っていた。「護符…… まあ、お札ね」
「お札……?」
「わたしのお店のお客さんでね、亡くなったおじい様の遺品を整理していて見つけたそうなの。相当古いもののようだけど」
「そんな貴重なもの、もらったんですか?」
「そうなのよ。わたし、そのお客さんにオカルトに興味があるって言ったのよね。そうしたら、お店に持って来たってわけ」百合恵はくすっと笑う。「そのお客さんに亡くなったおじい様が付いて来てね。そのお客さんに仕切りに拳骨を振るっていたわ。よっぽど腹を立てていたようね」
「じゃあ、お返しした方が良いんじゃないですか?」
「そう思ったんだけど、そのおじい様が『こんな馬鹿孫に渡しても無意味じゃ。あんたが持っていなされ。これはわしのご先祖がずっと大事にしてきたものじゃ。魔除けの護符じゃ』って、わたしに言ったの。だからもらったわけ」
「そうなんですか……」さとみは布をしげしげと見る。特に何かを感じると言う事はない。「……あの、中身を見ても良いんですか?」
「良いわよ」百合恵はうなずく。「見たら、びっくりするかもね……」
さとみは布を太腿の上に置いて開いて行く。中には丁寧にたたまれた白い半紙が入っていた。
「これ、古いものなんですか?」さとみは不思議そうな顔を百合恵に向ける。「新しそうですけど……」
「霊験あらたかってヤツね」百合恵が言う。「おじい様が言うには、ずっとその状態のままだったそうよ。それをお客さんであるお孫ちゃんが、偽物じゃないかって思ったわけ」
「ちゃんと引継ぎが出来ていなかったんですねぇ……」
「『馬鹿息子に馬鹿孫どもがぁぁ!』って怒っていたわ。『もうヤツらがどうなろうと知らん! どんどん不幸になれば良いんじゃ!』って言いながら消えて行ったわねぇ」百合恵は言うと、またくすっと笑う。「それが一か月くらい前の事で、それからお客さんの経営してる会社が突然倒産しちゃって、莫大な借金を抱えたらしいわ。それ以来お店に来れなくなっちゃったわねぇ……」
「そうなんですか……」さとみはごくりと喉を鳴らす。それから半紙を見る。「そんなに凄いんですか……」
「さあ、開いて見てごらんなさい」
さとみは恐る恐る半紙を開く。
そこには、読めそうもない筆文字が人の形になっていた。
「……これ?」さとみは半紙を手に持って、判読しようと上下をひっくり返したり、裏側から透かしてみたりした。「……ダメだわ。何て書いてあるのか、読めない……」
「そうでしょ?」百合恵が楽しそうに言う。「わたしも分からないわ」
「そのおじい様は、何て?」
「消えてから会っていないわ。多分あの世へ行ったのね」
「じゃあ、分からないまま……」
「経緯だけは教えてくれたわ。江戸時代よりもずっと前らしいんだけど、そのおじい様のご先祖に祟りみたいなのがあって、それを鎮めてくれた旅のお坊さんがいたんだって。大柄で薄汚くって髪も髭も伸びていたらしいわ」
「変なお坊さんですね」
「そうね。今そんなお坊さんがいたら、ちょっと問題よね。……で、祟りを鎮めてくれた後にそれを護符だって言って渡したんだって。決して手放すなって言って」
「何て名前のお坊さんなんですか?」
「そのまま居なくなっちゃって、聞き忘れちゃったんだってさ」百合恵は、またくすっと笑う。「命の恩人の名前を聞き忘れるなんてねぇ……」
「でも、そんな昔のものが新品みたいなんですから、やっぱり、凄い物なんでしょうね」
「そうでしょうね」
「それで……」さとみは護符を布で包み直した。そして、百合恵に返す。「それを使って、どうやって妨害されているって言うのを確かめるんですか?」
「護符だもの、体育館で拡げれば良いのよ。わたしの予感ね」
「そんなんで良いんですか?」
「良いのよ、きっと、たぶん、おおよそ…… わたしの予感がそうささやくのよね」
さとみは半信半疑な表情を百合恵に向ける。
「今日、こうやってわたしがさとみちゃんの所に来たのも予感がしたからだし、これを持って来たのも予感がしたからよ」百合恵は言って笑む。「言ったでしょ? 『霊感熟女 百合恵』って。そしてね、最近、こう言う予感が鋭くなっているのよねぇ……」
「そうなんですか」さとみも笑む。「とっても力強い味方が出来たって感じで、嬉しいです」
「あら、今までは力強い味方じゃなかったのかしら?」
「いえ、そんな事ないです」
「ふふふ……」百合恵はさとみに抱きついた。勢いでさとみはベッドに倒れた。百合恵がさとみの上になり、じっと顔を見つめている。さとみも百合恵の顔を見つめる。「……これで『霊感少女 さとみ』ちゃんじゃなったら、楽しめたのに……」
百合恵は言うと起き上った。さとみには、何の事か全く分からない。
つづく
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