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盗まれた女神像 ㉒ FINAL

2019年07月20日 | 盗まれた女神像(全22話完結)
「ところで、ジェシル。これは何の真似だ?」部長は報告書に添付されている一枚の紙を手に取った。「交通費、衣装代、改装費、精神と肉体との苦痛に対する慰謝料。これらを必要経費として計上しているが、詳しく説明して貰おう」
「分かりました」来たっ! 最大の山場っ! ジェシルは軽く咳払いをして呼吸を整えた。「先ずは交通費ですが、これは容疑者三人と親しくなるために通った分ですが……」
「かなり親しくなったそうだが、そうなれば送迎が付くのではないか? 精々、最初の数回位なものだろう。この額は高過ぎだ」
「……次の衣装代ですが、何しろ東西マフィアのボスと教主様とに会うんですから、安っぽい格好も出来ません。それ相応にしなければ……」
「三人を籠絡するのに必要だったのは、衣装だったのかね? 聞こえて来た話では、本当に必要だったのは、衣装を脱いだからだ自体だったそうじゃないか。更に数着、自分用のを購入したとの情報もある。全額は無理だろうな」
「……改装費は、容疑者三人を集めるために提供した、わたしの屋敷(アパートメント暮らしの部長は、ほんの一瞬嫌そうな表情を作った)を、防音室にした際のものです」
「君が貴族の末裔であることは承知している。貴族は本来、プライベートを尊重する。当然、各部屋間の遮音性は、元より優れているはずだ。様々な設備も備え付けられてあったろう。君が言う改装は、壁紙の張り替え位ではないのか? だとすれば、この額は不適切だ」
「じゃあ、これだけは! これだけは認めて下さい! 慰謝料です! ぶよぶよのでぶ女になったり、ガリガリの骨皮女になったり、マッチョなドS女になったり。嫁入り前なのに裸身を晒したり、不適切な行為に及んだり……(ジェシルは涙ぐんで見せる) 任務の為とは言え、わたしの女性としての尊厳は、傷だらけになってしまいました……」
 部長はじっとジェシルを見つめながら、手元のパネルの一つのキーを押す。ざわつく声や笑い声、足早に駈ける靴音などが聞こえてきた。
「これは君が交わした会話の録音だ」
 部長はそう言うと、椅子の背凭れを軋ませた。
『え? 今夜はおデブちゃんになって窒息プレイよ。マグがひいひい言うのが面白くって』ジェシルの楽しそうな声が流れる。『今日? 今日はガリガリちゃんで小骨差し捲くりなのよ。ゼドったら、痛い痛いって泣き笑いするの。馬鹿みたい!』意地悪そうな笑い声が続く。『ねえ、三角木馬売ってる店知らない? アルミーシュに話したら、是非とも跨ってみたいって駄々こねるもんだから。変態よねぇ? え? もちろん支払いはパトロールに決まってるじゃない!』決めつけるように言っている。
 聞きながらジェシルは苦い顔になる。……これはカルースの仕業だわ! にこにこしながら話を聞いてくれているって思っていたら、こんな事してたなんて! ジェシルは見えない爆弾攻撃で、手足を拘束されて泣き喚くカルースを粉砕した。
「これから察する限り、とんだ嫁入り前の娘だな。これでは慰謝料が支払われる可能性は低いな」
「あ~あ、分かった、分かりましたよ!」ジェシルは両手を上げた。「降参しました。全部、取り下げます。わたしが悪うございました!」
「まあ、そう言うな」部長が一瞬だけ勝ち誇った表情になったように見えた。「君の働きで、互いの恥を晒し合った東西のボスが親しくなったそうだ。そのおかげで、頻発していた東西の抗争が無くなり、治安が良くなった。ヤリラ教団も教主から側近まで一新し、男子禁制も解こうと言う内部改革運動が興っている。結果としては全て上手く行ったのだ。少額だが、報奨金が出ている。経理に寄って受け取ると良いだろう」
「分かりました。ありがとうございます……」ジェシルはため息をついた。「帰りに報奨金で買えるだけのベルザの実を買います」
 ジェシルは敬礼し、部長のオフィスを出ようとした。
「ところで、ジェシル……」用が済むと背を向けてしまう部長が声をかけて来たのだ。ジェシルは珍しい生き物を見るような顔で振り返った。「そんな顔をするな。一つ聞きたいことがあるだけだ」
「わたしにですか? 何でしょうか?」
「今回の事件は、君の持つ特殊能力が大いに役立ったわけだが……」トールメン部長は声を潜める。「今の君のその姿、本当に君の姿なのかね?」
 ジェシルは部長に向かってにやりと笑いウインクして見せた。
「……さあ、どうでしょうね……」
 そう言うと、ジェシルは身を翻し、腰まである黒髪を靡かせて、部長のオフィスを出て行った。


 おしまい


 作者註
 宇宙パトロール捜査官ジェシル・アンなんて、思い切りSF調の舞台設定なのに、馬鹿過ぎてふざけ過ぎて、ヒロインのジェシルには気の毒な展開になってしまいました。もう少し格好の良い話が思いついた時に、また活躍してもらいましょう。さて、何時になりますやら。また、格好の良い話になりますやら……


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