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霊感少女 さとみ 2  学校七不思議の怪  第五章 駈け回る体育館の怪 9

2022年03月17日 | 霊感少女 さとみ 2 第五章 駈け回る体育館の怪
 泣くだけ泣くと、涙は涸れる。わあわあ泣いていたさとみも、終いにはすんすんと鼻を鳴らすだけになっていた。それでも、百合恵の胸から顔を上げない。百合恵は幼子をあやすかのように、ずっとさとみの背中を優しく叩いている。
「……百合恵さん……」さとみは顔を伏せたままで言う。泣き続けたせいか、声が嗄れている。「わたし……」
 百合恵は何も言わず、さとみの背を叩いている。
 しばらくして、さとみを顔を上げた。乾いてしまった涙の跡が両頬に残っている。百合恵を見上げる両の目は悲しみ色になっている。半開きの唇が震えている。すんすん鼻を鳴らしながら、それに合わせてからだがぴくんぴくんと動く。そんなさとみを見ながら、百合恵は優しく微笑んでいる。
「うん?」
 百合恵が優しく問う。さとみは顔を伏せる。
「わたし……」さとみがつぶやくように言う。「わたし、霊能力が無くなりそうです……」
「まあ……」さとみの背を叩く百合恵の手が止まる。「……取りあえず、座ろうか?」
 百合恵は言うと、ゆっくりとさとみと移動する。さとみをベッドに腰掛けさせ、自分はさとみの勉強机の椅子に腰掛ける。さとみは背を丸め、顔を伏せたままだ。百合恵は足を組んで座り、優しい眼差しでさとみを見ている。百合恵は口を開かない。さとみが話すのを待っているようだ。机の上の目覚まし時計の秒針の音が大きい。
「あの……」
 さとみが口を開く。
「なあに?」
 百合恵が優しく訊く。
 また長い沈黙。
「さっきも言ったんですけど……」
 さとみは姿勢を変えずに、ぼそっと話す。
「霊能力の事?」
 百合恵はそんなさとみを見ながら言う。
「はい……」
「どうしてそう思うの?」
「……学校の体育館で霊体が現われたんですけど、わたし、見えないんです…… 笑う声や駈け回る足音や触られた感触はあったんですけど、姿が見えないんです。それは、松原先生や朱音ちゃんやしのぶちゃんたちと同じで……」
「みんなと同じになっちゃった、って事かしら?」
「はい…… それに、最近、豆蔵やみつさんとも会っていないし……」
「他にもある?」
「さっき、ドアの所に女の人がいたんです。何かを話していたんですけど、分からなくって……」
「さとみちゃんは、霊体じゃないと話が出来ないものね」
「はい…… それで、霊体を抜け出させようとしたんですけど、……出来なくって。その女の人、悲しそうな顔で消えちゃって……」さとみが顔を上げた。大粒の涙が両頬を伝っている。「……わたし、もう、助けてあげられなくなっちゃうんです。話も聞いてあげられなくなっちゃうんです……」
 そう言うと、さとみは下を向いてすんすんと泣き出した。
「……さとみちゃん」百合恵が優しい声で言う。「わたしが来た理由って、分かる?」
「え?」さとみは涙でぐしゃぐしゃな顔を上げる。「……言われてみれば……」
「実はね、豆蔵に頼まれたのよ」
「豆蔵に……?」
「そう。少し前に『最近、嬢様の所に伺えねぇもんでやすから、姐さん、時間が許しましたら、訪ねてやっちゃくれやせんか?』ってね」百合恵は豆蔵の口調を真似て言う。「それで、来てみたわけ。それに、なんだか予感がしていたし」
「予感、ですか……」
「そうよ。今日のこの時間あたりに訪ねたら良いんじゃないかって言う予感。ばっちり的中ね」百合恵が笑む。「ふふふ、『霊感熟女 百合恵』って感じかしら」
「百合恵さんはまだ熟女じゃないですよう」
「じゃあ、何かしら?」
「それは……」さとみは言葉に詰まる。「……え~と、『霊感姐御 百合恵』さん、とか……」
 しばし、二人は見つめ合う。そして、どちらからともなく笑い出した。しばらく笑う声が続く。
「……ほほほ、やっと何時ものさとみちゃんになったわね」百合恵が笑いながら言う。「良かったわ」
「すみません、心配かけちゃって……」さとみも何とか立ち直ったようで、百合恵をしっかりと見つめた。「あっ!」
 さとみは立ち上がる。百合恵のTシャツの胸元に濡れた跡が広がっていたからだ。
「それ…… わたしの泣いた跡……」さとみは言うと頭を下げた。「ごめんなさい。汚しちゃって……」
「良いのよ、気にしないで」百合恵は言うと立ち上がる。そして、さとみをぎゅっと抱きしめた。「それに、さとみちゃんの涙を吸ったTシャツなんて、貴重だわ」 
「また、そんな事を言うんだからぁ……」
 さとみは言いながらも、百合恵の優しさの中に身を委ねていた。


つづく

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