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妖魔始末人 朧 妖介 87

2010年07月05日 | 朧 妖介(全87話完結)
 ・・・妖介はあんなに簡単に言うけど、わたしには出来ない。出来っこないわよう!
 葉子の脳裏には優しく微笑んでいる家族、友人たちの顔が浮かんでいた。
 ・・・それなのに、ついさっき出会ったばかりのような、あんな連中と、これからを共にするなんて・・・
 妖介の人を見下したような表情、エリの生意気そうな表情、ユウジのいかにもチンピラっぽい下種な表情。それらが葉子を見つめている。葉子は頭を大きく振って、払おうとした。
 ・・・確かに、わたしは妖介が好きだとは思う。彼もわたしが嫌いじゃないと思う。けど・・・
 葉子は立ち止まった。無意識だった。彼方の闇を見据える。知らぬ間に持ち歩いていた『斬鬼丸』がうっすらと白く光り始めた。
 見据える闇の中に白濁の瞳が幾つも現れた。生臭い臭いも流れてくる。
 葉子は背後にイヤな気配を感じ、振り返った。
 そこの闇にも白濁の瞳が幾つも現われていた。
 ・・・敵対する者の惑いは妖魔にとっては最高の悦びだ・・・妖介の声がする。・・・惑い? こんなことでも妖魔には惑いなの? 付け入る隙になるの? 
 妖魔どもが輪を狭めて葉子を取り囲んでくる気配があった。葉子は頭を抱えた。手から『斬鬼丸』が落ち、アスファルトの上で音を立てた。
 ・・・妖魔! 妖魔! 妖魔! ・・・
 葉子は迫りくる気配を金色に光る瞳で睨みつけた。全身から白い揺らめきが立ち昇った。一歩前に出る。妖魔の気配が消し飛んだ。
 ・・・これが! これが、わたしの現実なのね。
 葉子は『斬鬼丸』を拾い上げた。
「定め・・・なのね・・・」
 葉子は『斬鬼丸』を強く握り締めて、つぶやいた。

 重い足取りでアパートへ戻る。思いつめた、きつい表情をしている。
「葉子さん・・・」
 階段を上ろうと、手摺りをつかんだ時、聞き覚えのある声で呼び止められた。
「ユウジ・・・さん」葉子は相手を見て驚いたような声を出した。「どうしたの、その姿・・・」
 葉子は痣だらけのユウジの顔をまじまじと見ながら言った。しかし、それだけではなかった。着ていたシャツの変わりに、黒い、ずたずたに裂けた布を纏っていたのだ。・・・それ、妖介がわたしに着せてくれたシャツだわ。ユウジと取り替えたの? 不安がよぎる。
「・・・へい、ちょっとゴタゴタがありやして・・・」ユウジは笑ってみせた。痣だらけの顔での笑顔は気持ちの良いものではなかった。破れた妖介のシャツ下から覗くからだにも痣やら傷やらが見える。「お部屋を出る時には、気付いてくれなかったようでやすね・・・」
「そうだったかしら? ごめんなさいね」・・・そう言えば、階段下で呻き声がしていたような気もするわ。「それで、何かご用?」
「へい。朧の兄ぃからの伝言で・・・」
「えっ?」階段を見上げた。不安が当たったようだった。「どこかへ行ってしまったの?」
「へい、そんな所でして・・・ 俺も伝言をお伝えしたら、行かなきゃあならねんで・・・」
 ・・・わたしは置いて行かれたのね。そうよね、定めを受け入れられず、おろおろしているようじゃ、足手纏いだわ。こんなわたしなら、居ない方がマシだわね。知らずに涙が頬を伝う。
「あ、あの・・・」
 ユウジが葉子の涙を見て言いあぐねている。葉子は涙を手で拭い、頷いた。
「じゃあ、お伝えしやす・・・」ユウジは深呼吸をした。頭を下げ、話し始めた。「『一週間待ってやる。その気になったら、迎えに行くオレについて来い』との事でやす・・・」
 返事のないことを気にしたユウジはそっと頭を上げた。
 葉子の頬を涙が伝っている。何度も拭うが、止まらなかった。
 ・・・待っていてくれるんだわ! こんなわたしを! 足手纏いになるかもしれない、馬鹿なわたしを! 
「分かったわ・・・」葉子は答えた。「必ず迎えに来てって伝えて・・・」   
 ユウジは一礼すると足早に世闇に溶け込んだ。

「お姉さん、来るのかなあ・・・」
 エリは、葉子の部屋で選んだ黒いジーンズをブーツインにし、黒いTシャツ姿でメロンパンをかじりながら、コンビニの壁に凭れかかっていた。不安な視線を路地に向けている。
「ユウジ、お前はちゃんと伝言を伝えたんでしょうね・・・」エリは意地悪な視線を、二つの大きなバッグを両手にぶら下げているユウジに向けた。品の無い紫の花柄シャツに汗が浮いている。「何たって、お前は頭が悪いからなあ・・・ いまひとつ信用できないわ!」
「お嬢、俺はちゃんとお伝えしやしたよう」言いながらバッグを下ろそうとする。エリがその動きを睨みつける。ユウジはバッグを持ち直す。「・・・にしても、兄ぃ、遅いですねえ・・・」
「ふん、誤魔化し方が下手くそね!」エリは、ユウジを鼻で笑った。「遅いのは、それなりに理由があるのよ」
「兄ぃも葉子さんも大人でやすからねぇ・・・」ユウジは一人頷いている。口元が変に弛んでいる。「邪魔者はいないわけですし・・・」
「ユウジ!」エリが怒鳴って睨みつけた。ユウジはあわてて視線を逸らす。「どうしてお前は、そう言う事ばかり言うのよ!」
「だって、お嬢・・・」ユウジの喉が鳴った。「Tシャツから、その、お嬢の御見事な乳首が、分かっちまうんで・・・ つい、変な気分に・・・」
「また、お前はぁぁぁ!」
 エリが殴りかかろうとした。ユウジはバッグを待ったまま目を閉じ、頭を抱え込んだ。
 いつまでも殴られないユウジはそっと目を開けた。
 エリの後ろ姿が見えていた。手を振りながら何度も飛び跳ねている。ユウジは、その先に、真新しい黒いシャツを着た妖介と、赤いバッグを一つ持った白いスーツ姿で、その後に従う葉子とを見た。
「・・・なんだか、嫁入りみたいだな・・・」ユウジがつぶやいた。次いで、口元に笑みが浮かぶ。「やっぱり、大人でやすねぇ、あのお二人は・・・」
 エリは駆け出し、葉子の手からバッグを受け取ると、ユウジを呼びつけ、それを持たせた。ユウジは落としそうなり、エリに怒鳴られた。葉子は妖介の横顔を仲間以上の思いで見つめていた。妖介はじっと彼方を見据えている。
「・・・行くぞ」
 妖介は言った。

     了


     著者自註 
 
 今回で一先ず最終回です。葉子が仲間として加わった妖魔始末人、また新たなエピソードが出来ました時は載せて行きたいと思っています。お付き合い頂きました皆様、心から感謝しております。
 
 他の中途になっているお話も、少しずつですが、進めて行きたいと思っていますので、引き続いてのご愛読をお願い致しまするう。


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