seven-24

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きみの声が聞こえた・・

2004-11-04 01:44:57 | 小説
その街に着いたのは、もうあたりが暗くなり始めた頃で薄暗い街灯がまだ違和感のない頃であった。確か、もう少し行くと宿があったと記憶していた。目の前に「お泊り出来ます。」と書いた看板が見えて来て、ああ、こういう看板だったと思い出された。
 宿に入っていくと、荷物の少ない旅人にも、怪訝そうな顔を見せずに、主人らしき人が
「お泊りですか?」
と、言いながら、宿帳を差し出した。
うなづいて、黙って住所と名前を書いて目を上げると、主人は急に目をそらした。
「今からですと、朝食がつきませんがよろしいですか?」
と、元の口調で、言ったので、
「それでいいです。」
と、答えた。
 案内された部屋は2階の階段を上がってすぐの部屋で、道路に面していて、ちょっと湿気ぽい部屋だった。今の自分の気持ちにはぴったりだと苦笑いしながら、ショルダーバックを降ろした。窓を開けると遠くに雄大な山々が見え、もうすっかり暮れてしまっていた。まだ、寝るのには早かったが、疲れと、緑の匂いせいなのか、その日は早々に布団に入り、いつの間にか寝てしまった。
 朝になったのは、聞きなれない鳥の声でわかった。時計を見ると、5時を回っていた。
着替えを済ませて、階下へ降りていくと、主人と、昨日は見えなかった奥さんらしい人が話をしていた。二人の目の様子から自分の事を話していたのであろう事はすぐにわかった。
 気にせずに宿代を払い、何かいいたげな奥さんの顔をみずに、目的の場所へ向かった。
 この道を真っ直ぐに行くと右に小さな喫茶店があるはずだった。その店は記憶よりずっとみすぼらしかったが、確かに右側にあった。
 そして、そこを右に曲がると、左に神社があり、川へ降りる階段が続いていた。
 階段は朝露で濡れていて、すべりやすかった。革靴では注意が必要な感じだったが、目の前に広がって来たそこを見た時はそんな感情はどこかへ行ってしまってもう少しで滑り落ちるところだった。
 「とうとう来たんだ。君もいるんだろう?ここはあの時のままだよ。」
 「人がいなくって、聞こえるのは川の音だけ・・なんだか怖いわ。」
と、あの時君は言ったよな。あれから6年・・たった6年だ。
 
 6年前、まだ結婚したばかりの俺たちは、都会の雑踏から逃れて、リフレッシュだとばかりにここへ来た。君は蕎麦が好きなので木曾がいいと言ったけど、実は俺は蕎麦が苦手だった。最初にお昼でもと、入った店で俺がうどんを頼むと、店の主人と同じ怪訝そうな顔をして
「木曾へきて、うどんを頼むの?」
と、信じられないと言う顔をしたね。店の主人も苦笑いしたっけ。
それから、ここへ来たんだ。さっきの喫茶店で薄い珈琲を飲んで、この階段を下って・・
ここまで来るのに今日と同じように誰にも会わなかった。賑やかなところに慣れている君はだんだん心細くなってきて、さっきの言葉をいったんだ。俺は笑ったけど、なんだかそんな気はしていた。
 川原には大きな岩がゴロゴロあって、川の流れは急で、色も心なしかにごって見えたのが余計そんな感じを誘ったのかもしれなかった。
 俺は持って来た君のハンカチに包んだ粉を川に向かって流した。風はなかったが、粉が川面にうっすらと浮かぶのは見えた。
 このまま、ここで、自分もとどこかで思ったその時
 「ケーン」
と、言う声がした。
 あの時と同じだ。6年前のあの時、やはり同じ声を聞いた。君はひどく怖がって、
 「ここから離れましょう。」
と、言った。
 「きっと、雉かなんかだよ。」
と、俺は言ったけど、君があまりに怖がるので、そこから上って、神社の前をかけるように通り過ぎたっけ。

 今、同じ声を聞いた。他の音も声もしない静寂の中で、確かに同じ声を聞いた。
 君と旅行へ来たのはここと新婚旅行先と、俺の実家の尾道の三ヶ所だけ。たった三ヶ所だ。
 それなのに俺が無意識にここを最後に選んだ理由がやっとわかった。
 
 君が突然、俺の前から居なくなったのは、独立して2年目の俺の事務所へ、君が忘れた書類を届けるために来る途中の、交通事故のあの日だった。
 君は朝から気分が悪く、医者ヘ行くと言っていたのに、どうしても必要な書類だからと電話で俺が頼んだ。君は嫌な声もださず、
 「仕方ないな、病院へ行ったらすぐに寄るね。」
と、明るく言った。それが最後の君の言葉だった。
 「6年目にやっと授かった命だったのに」
と、君の母親が病院で泣き崩れた時、俺は、君がその日、まさにその日、ちゃんと確認してから俺に言うつもりだった妊娠を初めて知った。
 
 俺は、それから1週間の事はほとんど惰性で動いていた。三ヶ所の旅行を思いついたのは、納骨も済んで、部屋に君の位牌があまりにも似合わなく、納得の出来ないやるせない気持ちをどうしようもなかったからだ。
 そして、最後にここへ来た。ここで初めて、君の声を聞いた気がした。俺と結婚しなければ、あの書類を届けろといわなければ、君はもっと長くあの明るい笑顔で皆に愛されたのだろうか?そればかりが頭に浮かんだ。
  
 今、あの時の声を聞いて、俺は君の恐れがわかった気がした。
 なぜそう思ったかのかはわからないが、とにかく、ここで、君のところへ行くべきではないと思ったのだ。
 君と、生まれてくるはずだった俺の、俺と君の大切な子供には会えないけれど、君が来るべきではないと思うのなら従ってみようと思った。それがどんなに辛く、後悔の日々であったとしても、君の声がまたいつか聞こえてくるような気がした。
 そして、その時は、君と、俺たちの子供とちゃんと会えるだろう。その時は後どのくらいかわからないが・・・その時まで精一杯生きてみようと思った。


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