セッシーオゥの戯言伝

世の為!人の為!正義の為!に…

観劇して感激!

2006-11-06 19:24:17 | 舞台
 今日は阿佐ヶ谷のかもめ座に向陽舎主宰の久保さんが劇団工房白鯨旅団に客演ということで見て参りました。

 全盲の教師が全盲の子供達とそして健常者の先生達、親族とのなかでの様々な日常を描いていました。しかし一番描いていたのはその全盲の女教師が全盲を心の目にすり替えて全ての社会に立ち望んでいることだ、決して立ち向かうとは違う。立ち望むのだ‥ 全てが健常者の中、立ち向かうだけでなくさらなる物に挑戦し具現化するためには望み続ける意志が必要だと感じたからだ。

 あの意志のない黒目が全てを受け入れそして無垢な心を現していると僕は感じた。本来民主主義というのは多数決の少数派にも大事な意見があるという意味があるはずなのだ、だから僕は傲慢で我が儘な自分を恥じた、五体満足な自分を呪った、幸せを分かっていない自分に泣いた

 いつでもなにが偽善で偽悪なのかを考えていたが、職業として福祉についている方達にもその葛藤を見た感じがする。暴れた子供に対してただ叱るのではなく、より強い力で受け止め抱きしめ返す勇気が偽善を超越した愛なんだと‥ 力で抱くのではなく 全てを受け止め 理解が始まるのかな と‥

 昔子供の頃、高速道路を走行中「お腹が空いた」と車の中で叫び、暴れ後部座席をトランポリンのようにして飛び跳ねていた記憶がある。運転者は父で隣は兄貴後ろは僕だけ、当時なぜ僕は怒られないのだろうと思いながら叫んでいたと記憶している。今から思えば高速道路を運転する父が子供の主張に対し、まず大人の責任を果たしただけであろう。ただの暴力親父と思っていたが終始車では沈黙を続けたその日をなぜか僕は憶えている。子供という悪魔は大人が一番困ったとき最大の悪さをしでかすのだ。