The Diary of Ka2104-2

連載小説「私の名前は舞」第2章 ー 石川勝敏・著

 

第2章

 私がどうすればいいのかその場でまごついていると、雲間から太陽光がさっと私の瞳に差し入ってきた、と同時に

「まい」

とささやくような声がしました。私は天啓かと思いました。そして体をドアの隙間の方にかしげました。中へ入っておじさんを見守らなきゃと思ったのです。すると、今度はもう少し力強く、

「舞!」

と叫ぶ声がするではありませんか。おじさんだ!私は身のこなしも鮮やかに屋内へ滑り込みました。おじさんが両腕を水平に前へ伸ばして立っていました。手はおいでの格好になっていました。私はおじさんの足元へ跳び上がりました。

「おじさん大丈夫なの?」

「何て言ったらいいものか。舞は餌を食べたかい?」

 部屋の中で私はおじさんと対峙しました。おじさんは正座をし私はその膝に丸まっていました。おじさんは言いました。

「わしはフレイルかもしれん。昨日の日中は元気だったものを、夕方から心身に異変を感じだしたんじゃ。なんか重いおもしを背負っているようで。それで心配になって舞の夕飯作るときに二食分にし、寝る前はドアを開けておいたんじゃ」おじさんは続けた。

「もしわしが死のうものなら孤独死を発見してもらえるように、もしわしが死んでドアが閉まっていたなら舞までいくいくは腐乱死体じゃ。そんなこと想像したくもねぇ」私をなでながら、

「孤独は身も心もけがす。一度は諦めたが今度また心入れ替えてコミュニティセンターにでも行ってくるよ」

と少し涙声で語ってくれました。

 翌朝にはおじさんはさっそく自転車で地域のコミュニティセンターに出掛けました。何事にもやる時にはやるがおじさんの信条でもありました。着いてみてガラスの自動ドアが開くとそこはロビー兼コミュニティスペースとなっていました。おじさんは大勢の中一番手前のテーブルに空席を見つけたのでそこに座ってみることにしました。

「いや、どうも、はじめまして、失礼します」

と、おじさんは挨拶するのでしたが、他の人たちは一顧もしないで皆部分部分何組かに分かれて話に興じ続けるのみでした。よくよく見ると他の人達は70を軽く超えているように見受けられました。おじさんは前期高齢者とはいえ65になったばかりです。おじさんはすかさず立ち上がり受付に向かいそこで尋ねてみました。

「コミュニティセンターとは皆さんお揃いのここだけですか?」

すると受付の男性スタッフがおじさんに喜ばしい話を持ち掛けました。

「いや、お父さん、丁度いい。うちは講習などのプログラムを常時用意しておりまして、今丁度一名キャンセルなさったプログラムが空いて御座います。ラッキーです、お父さん、ただ明日の午後1時半からなんですが、いかがします?おやじの晩餐という皆で料理をするやつです」

「ああ、そりゃあいい。私は結構グルメなもんで」

 その翌日プログラムから帰ってきたおじさんは私を抱きしめながらこう漏らしていました。

「日本人はなぜああもコミュニケーションに疎いんだか。皆が鉄仮面に見えてたよ。歳だからかなあ」

いつも渋っ面のおじさんが言うことだから信憑性があります。こうしておじさんの生活はまた振り出しに戻ったわけで、私としてはおじさんのフレイルが肌身に沁みてすごく心配になってきます。ですがおじさんの精神は闊達でした。おじさんはこう言ってくれました。

「よし、明日晴れたなら、舞とピクニックに行こう!」

私にとってこんな喜ばしいことはありません。おじさんの部屋でぬくぬくとしているのもいいですが、ネコはもともと外で徘徊する動物なのです。自然の中に放たれる。考えるだに興奮してきた私は鼻を鳴らしました。

 ちょっと待てよ。おじさんは首輪とリードを用意するのだろうか。まったくの自由にされたら私はどう動くか予想だにできません。舞はネコのこと、野性の本能に従って動きますし、見るもの聞くものすべてが新鮮でどこをどう辿るか心配です。おじさんとはぐれたくないな。特に私は動くものに敏捷に反応し執着をもって追い続けるので、これはまずいことになりはしないかと気が気でなりません。そこでおじさんにこぼしてみました。

「首輪とリードは用意するの?」

 私は人間語を解しおじさんはネコ語を解しません。このことはおじさんにも通じているらしく、おじさんはただ、

「舞は何を言っているのだい?」

と、逆にこぼされるばかりでした。


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