経済学の一端に触れて

2021-04-07 13:54:10 | 日記
NHKオンデマンドの100分de名著というシリーズ番組の最初のエピソード
100分(一週間)de資本論を拝聴した。

カール・マルクスの慧眼に驚きを覚えた。
現代では資本のグローバル化や巨大空虚化が財政政策ではコントロールできなくなる破綻を帰結させることになるだろうとの警鐘を鳴らした。現代経済学と人間に突きつけられた難題であることが理解できた。

番組の終盤において
一方的な膨れ上がりしか見ない経済システムそのものに起因する問題だと強く感じるようになった。
しかしこれを解決するのに
革命のような暴力を手にすることは
今読み返して価値のある資本論の著者マルクスもまったく考えてはいなかったのだと思う。

資本の再分配を組み込んだ循環システムたるものにするためには
経済学に於いて分配価値(還元価値)を考える必要があると
経済学にまったく疎い私には率直に思われた。
これが理論的に可能であれば
空虚なバブル資本を規制する法整備と再分配を現実に行うシステムとしての世界銀行などの構築ができるようになっていくだろう。
人間の知恵に期待したい。


せっかく書いたのだから
もう少し言わせてもらいたい。
資本主義経済の『細胞』としての「商品」をもとに経済学を構築する資本論に端を発する古典経済学からの要請は
近代経済学はもとより現代においても受け入れられている。
だとすれば還流経済学なるものを構築するためにには
商品概念の見直しが必要になるだろう。
企業買収を考えると
企業も商品として考えられているものと思う。
だとすれば
法規制によってバブル資本より集められた余剰資本により
その運用を図る『世界銀行』が
汎用性を持つ世界構築へと資本を分配する還流システムは
資本を分配されて経済整備される国などを商品(公共商品?)に組み込んで考えれば
G→G→W→Gの資本主義生産システムに組み込まれ
巨大資本家はその世界貢献に満足を得ることができる。


経済学の一端を端的に垣間見ることができてとても勉強になった。



人間にとって
生命に基本の水や酸素は循環して
生命を支えている。
『循環』こそがシステムを永続させる理(ことわり)なのである。
経済学に基本のG(Geld お金)が循環していないのは
理に背くものでしかないのだ。



コメント
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