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店主敬白(悪魔の囁き)

栄進大飯店の店主さがみやがおくる日々の悪魔の囁き。競馬予想や文学・音楽・仕事のグチやちくりまでいろいろ。

その日②はじまり

2018-10-17 08:01:33 | 熊本地震
 その日は、いつもとまったく変わらない一日だった。
 朝バスで会社まで出勤し、夜七時に仕事が終わって帰宅して風呂。
 夫はこの日遅番の仕事なので、仕事が終わるのは夜の十二時である。
 夫の会社は車で30分ほどの、阿蘇地方にある。
 夫の帰宅に間に合うように、食事の準備にかかる。
 今日は、名古屋の「矢場とん」のみそだれをかけた、ひれかつ丼にしよう。

 下ごしらえが終り、カツを揚げはじめた。
 そのとき・・・

 ガンッ!
という音と、下に沈みこむようなカンジで、家が大きく揺れた。
 右に左に、ガラガラというよりドスドスという音とともに体が揺れる。
揺れがはじまってすぐ、停電で真っ暗になり、コンロの火もとまった。
 やばい・・・これ・・・・

 (職場の地震避難訓練のときに、揺れを模したガラガラ音が流れるが、それよりも、もっと重くて腹にガシッとしみ込んでくるような音だった)

 真っ暗ななかで、バン!っと体が吹き飛んだ。

 (私は申し訳ないが「デブ」のカテゴリーに属する体だ。決して痩せていたり、身長が小柄だったりするわけではない)

 揺れがおさまったときには、頭の中は真っ白だった。
 一体何が起きたのか・・・。
 
 頭がまわり始めて、あたりを見回そうにも真っ暗だった。
 そして、家具のすきまらしいところに、私は尻餅をついて転がっていた。

 このデブが、1メートル半ぐらい吹き飛ばされて、台所の隣のリビングにいた。



その日①予兆

2018-10-16 11:10:10 | 熊本地震
 その日の何日か前、庭にあるキンカンの木の上部が、葉を落として枯れはじめた。
 朝、出勤時にそれに気がついた。

 私には・・・植物にまつわる不思議な予兆の体験が、いくつかある。
 子供の頃、母と花瓶にバラの花を活けてるとき、まだ硬いつぼみのバラの花が、触ってもいないのにポロリと落ちた。
「これは・・・田舎のおばあちゃんが死んだのかも」
 母がそう言ったのは、母方の祖母が病気で入院中だったからだ。
 そしてその夜、親せきから母方の祖母が亡くなったという電話があった。
 奇しくも、あのバラを活けている時間帯に。
 そのあとも、庭のユズの木が夏なのに突然枯れたときにも、伯母の死がやってきた。

 まずい・・・木が、こんなふうに枯れていくのは、誰かが亡くなるんじゃないか・・・。
 親戚には高齢の方も多く、中には百歳を超えている方もいるのだから、気になってくる。
 だが、誰からも何の知らせもないまま、数日か過ぎた。

益城町ってどんなところか、勝手に書いてみる

2018-10-16 11:09:55 | 熊本地震
 私の住んでいた益城町は、熊本市の中心から車で30分、バスで40分。
 市内から通勤圏内だけあって、いつもどこかしらに新しい住宅が建ち、地震の前にも若い子育て世代中心の新しい住宅地ができていた。
 もともとそこにいる地元の人たちは、農家の方が多く、米、野菜、果物、お茶・・・地元の農協にある物産館の地図の表では、ビックリするほど多種多様な農産物があり、林業、養鶏、牧畜をしている方もいる。
 また、阿蘇の山々の麓の熊本空港から、市内の東区のすぐ隣まで、面積は広い。
 町めぐりとかしていたら、車でぐるっと回らないと多分無理だ。
 史跡は戦国時代の木山城跡のほか、明治時代から造られた「石橋」がけっこうある。
 もちろんその石橋が今でも利用されているし、しっくりと風景に溶け込んでいるのだ。
 山の自然も住まいもこの町だけで足りてしまう、けっこう楽しい住環境だ。

 街の中心部を流れる川の土手には、春には土手に野草の素朴な花が咲き、カルガモがゆうゆうと泳いでいる。夏には深い緑に包まれ、黄色い花しょうぶが川を彩り、秋には遠くに見る山々が紅葉していく。冬には平野部にはあまり雪が降らないので、そんなに寒さを感じないでさざんかや椿、キンカンや柚子などの実もの果実の色を楽しみ、また春がやってくる・・・。
 そんな「そこそこ田園、でも街に近いから便利」な場所だった。
 仕事でくたびれてバスで帰ってくると、夏の日だと夜でも日が沈まない時間は、まだ坂の上から緑の山々が見えて、その美しい山々を見ると、やっと家にたどり着いたと、なんかホッとしたものだ。
 そしてたまにしかない春の休みの日、家の近くの土手にスミレの花を見つけた。
 スミレなんて・・・子供の頃には確かに私の生まれた町にも生えていたけど、それがなくなってからは、20年前以上前のハイキングとかのときにしか見なかった。
 平和だった。
 よくネットで聞く、「田舎暮らしの束縛や、習慣の違いによるストレス」などあまりなく、お金をかけなくても小さな自然に囲まれ、穏やかに暮らせるいい町だと思う。
 そういう町だった。それでよかったのに・・・。
   

そろそろ書こう、本当のこと

2018-10-13 20:57:28 | 熊本地震
 熊本地震が来てから、私の生活は激変した。
 たった二日間の地震で、私だけではない多くの人々の生活が。

 唐突に思われるかもしれないけれど、明日から熊本地震のときの私、そして町のことを書きます。
 もちろん、どっかのインスタみたいな盛りとか、ねつ造はしません。
 がしがし粗削りに、そのときのことを・・・。
 なるべくたくさんの方に読んで頂きたいですが、暗いもの、陰惨なもの、むきだしのリアルな世界がキライな方は避けて通ってください。
 コメントも、宣伝・広告以外は大歓迎いたします。
 
 では、今日はちっと町に行ってきます。
 ひとこと言っておくけれど、私は私なりにこの町が気に入っていた。
 たぶん今住んでいる町よりもマトモな住民多いし、通勤で池沼さんたちに悩まされることはなかったから。