ある冬の日に

昨日の夜　遅くまで本を読んでいたので少し寝坊をしてしまった
あわてて　朝の用事をすませて上野に向かった
大きな博物館でやる特別展は権威主義的で好きではない
それでも年間パスポートが無駄にならないように出かけたのだった
自分の知識のなさもあるけれど　案の定さほどの感激もなく
あっという間に特別展を見終えてしまった
常設の展示替えで久しぶりに出展された善円の文殊菩薩像を見る
いつ見ても　美しい宝石のような仏像だ
大げさな特別展より　数倍の価値が私にはあるような気がした

気がつけば約束の時間・・
あわてて待ち合わせ場所に行って　その足で双葉のとんかつを食べに行く
まだ結婚する前に父に何回か連れて行ってもらったが
私はロースよりもヒレが好きで　ヒレのおいしい蓬莱屋が贔屓で
そちらに多く行っていた気がする
30年ぶりに食べる双葉のとんかつは思ったより　ずっとさっぱりしていた
ちょっと衣がしっとりしているような感じだったけれど
いつも「双葉のとんかつはおいしい」と言っていた父を思い出した
もっと双葉のお供をすればよかったなと　小さな後悔をした

久しぶりにアメ横にも足を伸ばした
アメ横もだいぶ様子が変わったけれど　ガード下のお店は昔のままだ
外国のお菓子を扱うお店があって　母はいつもそこで
ハーシーチョコと丸い缶の飴とウエハースを買ってくれた
町の駄菓子屋さんでは売っていなかったペッツも買ってもらった
子供のためもあったろうけれど　今思えば母は　
何か心の不満を埋めるかのようにお菓子を買っていた気がする
茶色いなんの飾り気もないけれどたくさんのお菓子の詰まった袋は
子供の夢と母のせつない思いがつまっていたのかもしれない

有楽町にも足を伸ばした
ここも昔の様子がすっかりなくなってしまった
母とよく行った帝劇までの道も　有名なチョコやケーキのお店が並んでいた
京橋でやっている友人のグループ展を見るため　銀座も歩いてみた
中央通りは本当によく通った道だ
記憶をたどるように銀座から日本橋のほうへ歩いていく
ビルはみんなきれいになってしまったが　明治屋だけは昔の風情で
石造りのがっちりした造りが　老舗のかたくなさを表しているようだった
明治屋のウィンナーの缶詰が大好きで　思わずお店に入って捜し　求めた


気がつけば夕方・・・
一日　懐かしい場所をたくさん歩いていて色々なことが思い出された
ずいぶんと長い時間を　私はわたってきたのだなと思い入る
どの町並みも変わってはいたけれど懐かしさがある
懐かしさは　空の広さなんだろうか　空気の匂いなんだろうか

どこかがちがうけど　どこかが同じ・・・
変わったのは　そして　変わらずにあるのは　
町並みだけではなく　きっと私の心なのかもしれない