「腰痛と姿勢」の日記では、同じような姿勢や動作をしているように見えても、その中身は、作動している筋肉が異なっている場合があることを書きました。今回は、これらを別の角度から見てみましょう。
ロルフィングのインストラクターであり、以前、フランスのバレエ教師養成課程の教授をしていた Hubert Godardは、人間の動作の研究を通じて、ロルフィングの動作教育部門の発展に大きく貢献しています。Hubertは2003年の6月に来日し、東京でワークショップを行いましたが、その時に聞いた話を以下に紹介します。
★ ★ ★ ★ ★
合気道のある流派が、「気の作用」を体験させるデモンストレーションとして、「曲がらない腕」というエクササイズを行っていました。それは、2人1組になって、1人が腕を伸ばして相手の肩の上に置き、もう1人が両手で相手の肘を押えて、その腕を曲げようとするものです。
腕を伸ばした側の人は、最初は、相手に腕を曲げられないように「一生懸命頑張って、腕を固めてください」と言われ、そのように頑張ります。そして、どれくらいの力に耐えられるかを体感します。次にその人は、ただリラックスして、「伸ばした指先から、遠くへレーザー光線を照射するように、気が出ていると想像してください」と言われます。すると、以前よりも腕が曲がりにくくなっていることに気づくのです。参加者は、それが気の作用であると説明されるのですが、科学者であったHubertは、体の各部分に筋電計をつけて、筋肉の作用に何が起こっているのかを解明しようとしました。すると体では、とても当たり前な事が起こっていたのです。
下図は、肘の曲げ伸ばしに関与する主な筋肉です。肘を伸ばすための筋肉は「上腕三頭筋」で、肘を曲げるための筋肉は「上腕二頭筋」ですが…
「肘が曲がらないように固くしてください」と言われた時には、肘を伸ばすための「上腕三頭筋」と同時に、肘を曲げるための「上腕二頭筋」も作動していました。
そして…
「指先から遠くの方に気が出ていると想像してください」と言われた時には、肘を曲げるための「上腕二頭筋」が休んでいたのです。
つまり、腕を伸ばす力が強くなったのは、自分で肘を曲げる筋肉が休んだことによるものだったのです(気の作用もあるかもしれませんが…)。これによって、肘が曲がりにくくなるのは当たり前のことでした。これに対して、頑張って腕をカチカチに固めることは、相手に対抗する力が強くなると勘違いしていただけで、実際には、エネルギーを消費する半面、力は半減していたのです。これは、最大限の力を発揮するためには、単に個々の筋力だけではなく、「全体としてそれらがどう作動するか」がとても重要だということを示しています。それは、「動作のコーディネーション」と呼ばれます。つまり「最適な動作」は、「最適な筋肉の組み合わせ」が、「最適のタイミング」で、「最適の量だけ」作動した時に生まれるのですが、文字通り、全力で頑張ってしまうと、体はただこわばってしまうのです。
★ ★ ★ ★ ★
上記の例から、最適なコーディネーションのためには、動作の方向性=ベクトルが重要であることがわかります。腕を伸ばすという、動作の方向性がより明確なイメージを持った場合に、適切なコーディネーションが引き出されましたが、反対に、動作の方向性が混乱するようなイメージによって、目的の動作にはブレーキがかりました。ベクトルの方向性とスピードをいかに操作しているか、という観点から人の動作を観察すると、また新たな気づきが得られます。
たとえば、現在の100m走の世界記録保持者のUsain Bolt選手を見ていると、全身から放射されるベクトルの明確さと大きさを感じます。You Tubeで、彼が9秒58の世界記録を樹立した時の映像を見ることができますが、スタートの直前でも、走る方向のベクトルを大きくはっきりイメージするようなしぐさをしていて、とても興味深く思います。 ⇒ Usain Bolt の 100m世界新記録(動画)
今まで、大腰筋のシステムを活性化するためには、胴体内部の空間(コア)を拡大するように動く必要があることを書いてきましたが、その際には、「より遠くへ伸びる」イメージが大切でした。上記のエクササイズでも、「頑張って腕を固める」時には、上腕二頭筋だけではなく、コアも縮んでいたことでしょう。おそらく、「身体を固めて外からの衝撃に耐える場合」以外は、外に向けて力を発揮しようとするすべての動作に際して、コアが縮んでしまうことは逆効果でしょう。「開き直る」という表現がありますが、困難な状況でも縮むのではなく「周囲の空間に対して開くこと」=「身体内部内から外の空間へ向けて動くこと」が、力を発揮するためのカギであると思います。そこで次回は、身体の内側から動くことについて、「内臓感覚」の側面から書こうと思います。
ロルフィングのインストラクターであり、以前、フランスのバレエ教師養成課程の教授をしていた Hubert Godardは、人間の動作の研究を通じて、ロルフィングの動作教育部門の発展に大きく貢献しています。Hubertは2003年の6月に来日し、東京でワークショップを行いましたが、その時に聞いた話を以下に紹介します。
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合気道のある流派が、「気の作用」を体験させるデモンストレーションとして、「曲がらない腕」というエクササイズを行っていました。それは、2人1組になって、1人が腕を伸ばして相手の肩の上に置き、もう1人が両手で相手の肘を押えて、その腕を曲げようとするものです。
腕を伸ばした側の人は、最初は、相手に腕を曲げられないように「一生懸命頑張って、腕を固めてください」と言われ、そのように頑張ります。そして、どれくらいの力に耐えられるかを体感します。次にその人は、ただリラックスして、「伸ばした指先から、遠くへレーザー光線を照射するように、気が出ていると想像してください」と言われます。すると、以前よりも腕が曲がりにくくなっていることに気づくのです。参加者は、それが気の作用であると説明されるのですが、科学者であったHubertは、体の各部分に筋電計をつけて、筋肉の作用に何が起こっているのかを解明しようとしました。すると体では、とても当たり前な事が起こっていたのです。
下図は、肘の曲げ伸ばしに関与する主な筋肉です。肘を伸ばすための筋肉は「上腕三頭筋」で、肘を曲げるための筋肉は「上腕二頭筋」ですが…
「肘が曲がらないように固くしてください」と言われた時には、肘を伸ばすための「上腕三頭筋」と同時に、肘を曲げるための「上腕二頭筋」も作動していました。
そして…
「指先から遠くの方に気が出ていると想像してください」と言われた時には、肘を曲げるための「上腕二頭筋」が休んでいたのです。
つまり、腕を伸ばす力が強くなったのは、自分で肘を曲げる筋肉が休んだことによるものだったのです(気の作用もあるかもしれませんが…)。これによって、肘が曲がりにくくなるのは当たり前のことでした。これに対して、頑張って腕をカチカチに固めることは、相手に対抗する力が強くなると勘違いしていただけで、実際には、エネルギーを消費する半面、力は半減していたのです。これは、最大限の力を発揮するためには、単に個々の筋力だけではなく、「全体としてそれらがどう作動するか」がとても重要だということを示しています。それは、「動作のコーディネーション」と呼ばれます。つまり「最適な動作」は、「最適な筋肉の組み合わせ」が、「最適のタイミング」で、「最適の量だけ」作動した時に生まれるのですが、文字通り、全力で頑張ってしまうと、体はただこわばってしまうのです。
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上記の例から、最適なコーディネーションのためには、動作の方向性=ベクトルが重要であることがわかります。腕を伸ばすという、動作の方向性がより明確なイメージを持った場合に、適切なコーディネーションが引き出されましたが、反対に、動作の方向性が混乱するようなイメージによって、目的の動作にはブレーキがかりました。ベクトルの方向性とスピードをいかに操作しているか、という観点から人の動作を観察すると、また新たな気づきが得られます。
たとえば、現在の100m走の世界記録保持者のUsain Bolt選手を見ていると、全身から放射されるベクトルの明確さと大きさを感じます。You Tubeで、彼が9秒58の世界記録を樹立した時の映像を見ることができますが、スタートの直前でも、走る方向のベクトルを大きくはっきりイメージするようなしぐさをしていて、とても興味深く思います。 ⇒ Usain Bolt の 100m世界新記録(動画)
今まで、大腰筋のシステムを活性化するためには、胴体内部の空間(コア)を拡大するように動く必要があることを書いてきましたが、その際には、「より遠くへ伸びる」イメージが大切でした。上記のエクササイズでも、「頑張って腕を固める」時には、上腕二頭筋だけではなく、コアも縮んでいたことでしょう。おそらく、「身体を固めて外からの衝撃に耐える場合」以外は、外に向けて力を発揮しようとするすべての動作に際して、コアが縮んでしまうことは逆効果でしょう。「開き直る」という表現がありますが、困難な状況でも縮むのではなく「周囲の空間に対して開くこと」=「身体内部内から外の空間へ向けて動くこと」が、力を発揮するためのカギであると思います。そこで次回は、身体の内側から動くことについて、「内臓感覚」の側面から書こうと思います。