さんぜ通信

合掌の郷・倫勝寺のブログです。行事の案内やお寺の折々の風光をつづっていきます。 

典座教訓 私訳(1)

2009-07-04 23:41:23 | お坊さんのお話

先日開講いたしました倫勝寺講座・第2節「典座教訓を読む」の第1回講義で読みましたテキストの、拙僧訳を掲載いたします。
誤記、誤植、誤訳等、お気づきの点がございましたら御指摘ください。



(原文は掲載いたしておりません。なお、小見出しは拙僧の私見により、講談社学術文庫の「典座教訓・赴粥飯法」に倣ってあります。)

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典座教訓(てんぞきょうくん)
 観音導利興聖寶林禅寺(かのんどうりこうしょうほうりんぜんじ)
  比丘(びく)道元(どうげん) 撰(せん)

(一)典座(てんぞ)の役割

僧堂という仏道修行を行う集団生活の場には、その修行を円滑におこなうために昔から様々な役職が設けてある。
寺務を統括する部署や、会計の部署、修行僧を監督したり、建物の営繕をおこなったりする部署など、六知事と呼ばれる役職である。
もちろん、それぞれの部署の責任者であっても、一修行僧としてともに同じ修行をする仲間であることに変わりはない。
なかでも「典座」と呼ばれる役職は、修行僧の食事を掌る役である。
「禅苑清規(ぜんえんしんぎ)」という修行道場の規律を定めた現存する最古の規則には「修行をしている大勢の僧侶を供養するために典座の職がある」と書かれている。
昔から、典座の職は、仏道を求める心が篤く、他の修行僧から師と仰がれるような立派な僧や、悟りを得ようと懸命に努力する優れた人達たちが勤めてきた役職である。
思うにそれは、典座の職が雑念を交えずにひたすらその職務を遂行するという、純粋な仏道修行そのものであるからであろう。
だから、仏道を求める心のないものがこの職を務めてもいたずらに無駄骨を折るだけで、つまるところ何の得るところもないことになる。



(二)典座の心得

「禅苑清規」には「仏道を求めるということを絶えず念頭に置いて、その時その季節にしたがって、献立や味の具合を工夫して、修行僧たちが安心して食べられるようにしなければならない」と示されている。
昔日、潙山霊祐(いさんれいゆう)禅師や洞山守初(とうざんしゅしょ)禅師などもこの典座の職を務めたし、そのほかの後に立派な祖師と呼ばれる方々のなかにも典座を務めたことのある方はたくさんいる。
典座を務めることは仏道修行なのであるから、世間一般の料理人や給仕人と同じに考えてはいけない。
私(道元)が宋の国に留学していたころ、行事のない暇なときに先輩や様々な役職を務めてきた経験豊かな方々に典座のことについていろいろと訊ねたことがある。
この方たちは自分の見聞した様々な事柄を、私のために熱心に説き示してくれた。
その教えてくれたことは、仏道を熱心に求める心の強い祖師方が残してくれた、骨とも髄ともいえる大切なもので、まさに修行の真の精神と呼べるものであった。
この典座の職のおおよそのことについては、「禅苑清規」をよくよく読み込むことが大事である。また、そのあとで先輩に仔細を訊ねることも必要である。



(三)典座の一日

さて、この典座の職の一日を順に説明すれば、
まず昼の食事が終ったあと、都寺、監寺などの総務や寺務の仕事をする知事と相談して次の日の斎(昼食)や粥(朝食)につかう材料を準備する。
ここにいう材料とは米や野菜などのことである。
これらの材料を手元に準備したならば、典座はそれらを自分の目玉のように大切にしなければならない。
保寧山(ほねいさん)の仁勇(にんゆう)禅師は「目玉そのものである寺の物品を、充分に気を配って大切にしなければならない」と説いているほどである。
これらの材料を敬い重んじることは、天子の召し上がる食事のようにしなければならない。
生のものにしても、火を通して調理したものにしても、同じようにこの心を持たなければならない。
                                      (第2回に続く)


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いよいよ7月、お盆のシーズン到来であります。1年はあっという間ですね。



倫勝寺では7月5日からお盆の棚経に回らせていただいております。
もともと東京の江戸川区小松川にあった倫勝寺。都市計画、防災計画から横浜に移転を余儀なくされたわけですが、お寺だけが横浜に移ったわけではありません。
小松川の2,3町目の住人ほとんどが他所への転居を余儀なくされました。



区域が整備されて新たに建てられたマンションに移った方もあれば、ある方は千葉へ、またある方は埼玉へ。
同じ東京でも他所の区へと移った方も大勢いらっしゃいます。


元々狭い地域にすんでいた方々が、広大な地域にばらばらになってしまいました。
そんなわけで、本来3、4日で済むはずの御盆の御経が、7月8月あわせて3週間ちかくもかかることになってしまったのです。

          

年に一度しかお会いできなくなってしまった古くからの御檀家さん。
元気でいるだろうか、どうだろうか、お孫さんは大きくなっただろうか、色なことを考え、思いながら御参りに伺います。どうかよろしくお願いいたします。



その間、横浜のほうは留守になりますが、どうかご寛恕のほど、こちらもよろしくお願い申し上げます。


25日には恒例のお盆の合同供養・施食法要もございます。その時に元気でおあいできますように。


皆さん夏バテしないよう、くれぐれもお気をつけください。

今日はここまで。

 



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
くれぐれもご自愛下さい (しょうなんぼ~い)
2009-07-05 22:21:17
一年の中でも特にお忙しい時期に入ったかと存じます。
体調等くれぐれもご自愛下さいませ。
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ありがとうございます (りんしょう)
2009-07-05 23:03:08
たまに蝮の粒とQPゴールドの力を借りておりますが、普段は皆さんのおかげでバリバリです。
ご心配いただきありがとうございます。
ホントにくたびれたら、貴兄のところへハイオクを入れに行きます(^.^)
そのときはよろしく!
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美しいですね (風月)
2009-07-09 16:57:45
美しいですね。どうしてこんな風に撮れるのでしょう。あの…カメラ…特別ですね。デジカメにもニコンとかあって、そういうのでしょうか。本当に心まで洗われそうな清らかさ。目から清められる、という感じがします。
『典座教訓』も拝読させて頂きました。今日ちょうど、『景徳伝灯録』の百丈山で霊祐さんが典座和尚をしているところを読んだところです。
お盆の棚経、くれぐれもご法身お大事に。
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照れるなあ(^-^) (りんしょう)
2009-07-09 17:35:21
写真はあまりほめられると木に登ってしまいそうになりますので、いい塩梅のところでとめてください(^^)

典座教訓を改めて拝読しておりますが、またいろんなことが見えてきて、ありがたいです。御開山さまの老婆心があふれております。
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