
バリ島最終日。バイクを走らせてカフェ・エグザイルスに向かう。大体の場所をバリに住んでいる人に聞いていたので、それほど迷うことなく到着。この日は夜の10時にはホテルを出なければならないから、9時頃には店を出ないとならない。週末はバンドが入って賑やからしいのだけど、盛り上がる前にご帰還の可能性が高い。
店のフロントヤードにバイクを停める。まだ誰も居ない感じ。店に入ると店内からそのままバックヤードが見渡せる作りになっている。ここも外との壁がない。店内から水分をたっぷり含んだ草木が眺められる。小奇麗な店内に場所を見つけて食べ物をオーダーする。バンドの機材がセッティングされていて、メンバーがお客を待っている。
食事を終えてバーカウンターに移動。ビールを頼む。バンドが演奏を始める。フュージョンぽいインストの曲だった気がする。すると、アジア人の女性が店に入って来て、自分の目の前のテーブルに座る。東アジアがルーツのようだ。日本人かな・・・。
しばらくすると、彼女は話し相手がほしくなったみたいで、振り返って話しかけてきた。日本語だ。でも、ちょっとアクセントがある。しかし、なんでこっちが日本人だってわかったんだろう?
「踊らない?」と彼女は言った。まだ8時とかそのくらいで我々以外にお客はいない。
「んー、今はそんな気分じゃないからあとがいいかな。」
「あ、そう。旅行で来ているの?」
「そうだね。オーストラリアを旅行していたんだけど、突然バリ島に来たくなって飛んできた。もう1週間くらい、ここでブラブラしているかな。君は?」
「私はここに住んでいるの。すぐ近所よ。台湾で旅行雑誌の編集をやっていたんだけど、インドネシアの経済が崩壊しかかったときにインドネシアの銀行の金利が凄く上がったときがあって、その時にチャンスだと思って、台湾の自分の財産を全部処分してインドネシアの銀行に預けたの。銀行が潰れちゃう危険もあったから、ある意味ギャンブルだったけど、結局潰れないで、結構お金増えたわよ。それで仕事も辞めてこっちに移住したってわけ。たまに台湾の会社に頼まれてバリ島のガイドブックを作る手伝いをするけどね。」
「それにしても日本語うまいね。」
「昔、日本人相手のツアーガイドをしていたときがあったのよ。」
「ふーん。それでか。それにしてもよく勉強したね。」
彼女の日本語はとてもきれいだった。発音以外はネイティブと変わらない。発音も多少アクセントが残っているっていうくらい。彼女自身も整ったきれいな顔をしていた。大人顔の美人。
そんな話の合間に、店を仕切っている人に紹介してくれたりして、軽く世間話をする。こういう時の時間は経つのが早いもので、いろいろな話をしているうちに、あっという間に帰る時間になってしまった。もしかしたらバリ島の旅のクライマックスが来ているのかもしれなかったけど、上手くいかないときはあるもので、盛り上がってきたところで時間切れとなってしまったようだ。
「そろそろ帰らなくっちゃ。」
「え?!帰っちゃうの?だってまだ9時よ?」
「そうなんだけど、今日の夜中のフライトでオーストラリアに戻らないとならないんだよね。残念。」
「あらそう。じゃ、仕方ないわね。話が出来て楽しかったわ。」
「うん、俺も。じゃ、またどこかで」
「気をつけてね。バーイ。」
店を出ると、本当にこれで帰っちゃっていいのかと自問しながらバイクに跨り、小さいエンジンに火を入れる。あそこで飛行機をキャンセルして店に残ったとしたら、もしかしたら、まだバリに居ることになっていたりして。まぁ、日本に帰らなければならない理由もあったから、それはなかっただろうけど。
たった一週間だったけど、面白かったな。いろんな人に出会えたし。今度は楽器を持ってバリニーズとセッションしてみたい。そんなことを思いながら、マッチョな国、オーストラリアに戻っていった。
後日、東京でカフェ・エグザイルスのオーナー、ロバート・ハリス氏と話をするチャンスがあった。たまたま彼の本を買ったらサイン会で本にサインをしてもらえることになったのだ。サインにはそれほど興味がなかったんだけど、どんな人なのか一度話してみたかったので、本を持って出掛けてみた。
暫く並んでから順番が来る。
「はじめまして。サイン会なんて初めて来たから、なんだか照れますね」と本を差し出す。
「いやぁ、僕だって照れるよ。」
「この前、バリに行ったときにカフェ・エグザイルスに行ったんですよ。」
「本当?!どうだった?沢山人いた?あそこは週末はバンドが入って盛り上がるんだよ。」
「いや、時間が早かったので、人はそれほど居なかったですね。」
「そうか。それは残念。僕もあそこには頻繁に行くんだよ。今度はあの店で会おうね」
「実は自分もドラム叩いたりするんですよ。」
「あ、そう!エグザイルスには楽器持っていたの?今度行くときは楽器を持って行ってバンドとセッションしなよ。あそこは何でもありなんだよ」
そんなことを言いながら、サインをして本を渡してくれた。今度バリに行くときには、スティックを持って行かないとね。