含富里霊園の様子〜

自然が眩しい🍁静かな所です。

福蔵院光明寺~はがき通信NO4

2018年09月19日 18時11分47秒 | ganvuriemukosq@gmail


含富里山福蔵院光明寺逸話   第 4 話
福蔵院釈迦堂の由来(江戸初期から中期)

元禄三年(1690年)佐貫領主となりし幕府将軍側用人

柳沢出羽守保明の御内室(後の吉保)  (曾雌定子)

生来眼の病に侵され如何なる名医の御手当も薬効なく難渋されしが、

霊験灼かな御釈迦様の話を聞こし召され、早速にお参りせられた処

たちまちにして涼やかな御眼となられ、元禄四年辛未(1691年)

霜月三日十方壇越の施入を募り釈迦堂を再建し給う。

それより三百有余年光明寺の(三百二十四年)御釈迦様は眼の病

平癒に灼かな『御釈迦様』として知られ遠き国にありても

眼の病いに難渋されし人々の参拝ひきもきらず、賑わいしが。

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