脳科学研究センター-脳研究の最前線

脳の研究を総合的に行うべく、脳科学総合研究センタが1997年に設立された。

脳老化の特異性とその本質

2024-07-28 16:28:50 | 脳科学
基本的に神経細胞は分裂後細胞です。つまり、肝臓細胞等と違って分裂し続けることができません。したがって、一度出来上がった神経回路を維持するためには、個々の神経細胞が個体の死まで数十年にわたって生存し続ける必要かあります。言い換えれば、脳の老化は他の臓器に比べて細胞分裂によって回復される割合が非常に小さいことになります。
また、神経細胞は他の細胞に比べて物理的サイズが大きい上にエネルギー消費量が高いので、様々のストレス(虚血ストレス・酸化ストレス・カルシウム恒常性異状など)に曝されやすいことが知られています。
このよう状況で、細胞分裂によらずに構造や機能な異常を修復・修正するためには、細胞内外の品質管理機構がとくに重要になってきます。たとえば、変性したタンパク質の蓄積を抑制するために、分子シャペロンやタンパク質分解システムが作用することはよく知られています。順天堂大学の水野美邦博士が発見した家族性パーキンソン病原因遺伝子バーキン(Parkin)は、細胞タンパク質分解を解剖する分子です。神経変性疾患研究におけるタンパク質分解反応の重要性はますます大きくなっています。Aβを分解するネプリライシン(後述)も家族性広義の品質管理タンパク質だといえます。
アルツハイマー病の大半は、80歳以降に発症します。2000年前の日本人の平均寿命は20歳ほどだったそうです。数百年さかのぼっても、80歳以上生きる人間はほとんどいなかったでしょう。しかし、ここで扱っているような脳老化のプロセスを特異的かつ積極的に制御するような機構は、元来合目的的な意味で存在しないだけでなく、進化による淘汰も受けていないと考えられます。加齢はガンを含む多くの疾患の危険因子ですが、アルツハイマー病が特徴的なのは、高齢者の罹患率の高さです。人類は文明の進歩によって予想もしなかった難問に直面したことになります。
このように考えると、50歳以降の数十年は、人類にとって「新しい生命時間」だということになります。老いは心身の衰えとしてとらえられがちですが、人類進化の観点で考えれば、新しい冒険の時代だと言い換えることができると思います。平均寿命が急激に伸びたのは近代医学の発展の結果です。特に抗生物質の発見の寄与は大きいと思います。これからの医学の役割の一つは、この新しい生命時間を出来るだけ健康に生きる道を開いてゆくことです。

アルツハイマー病の最大の謎

2024-07-28 10:36:14 | 脳科学
このように、家族性アルツハイマーのと関連疾患原因遺伝子の同定は、病因論における因果関係の樹立に決定的な役割を果たしました。1990年代の10年間はその研究のために費やされたといってよいでしょう。また、孤発性アルツハイマー病も家族性のものと同様の病理変化を経ていることから、共通のメカニズムによって進行すると考えられますが、実は肝腎なことがまだよくわかっていません。
遺伝子変異が原因となる全アルツハイマー病の1000分1程度にしか過ぎないのです。残りの大半(99パーセント以上)を占める孤発性アルツハイマー病におけるAβ蓄積の原因は、これから解決されるべき謎といってよいと思います。後述するように、私たちはその答えの最も近い位置にいると考えています。なお、アポリポタンパク質Eの遺伝子多型Latin_4が原因遺伝子だと考えている人がいますが、これは誤りです。Latin_4のキャリアは発症率は高いのは事実ですが、80歳、90歳過ぎても発症しない方は沢山います。あくまで危険因子として考えるべきでしょう。国際的な診断のガイドラインにおいても、Latin_4の有無は診断基準には含められていません。
第二の謎としては、Aβが蓄積された結果、どのような経路を経て、神経細胞が機能低下をお越し、最終的に神経細胞死に至るかがわかっていないということです。言い換えれば、Aβ蓄積から神経変性に至るメカニズムの解明です。原因から結果に至るまでの必須のプロセスが何であるのか、また、それがどのように関係しあっているのかを明かにしなければなりません。いずれの謎も、病気を予防し、治療する糸口を見いだす上で避けては通れません。また、アルツハイマー病における「時間」の謎を解く鍵になるでしょう。

タウタンパク質の過剰にリン酸化

2024-07-27 13:39:14 | 脳科学
では、タウタンパク質はどうでしょうか?アミロイド前駆体やプレセニリンの変異が同定され解析された頃は、かなり劣勢に立たされました。しかし、1990年代になって「第17染色体にリンクしパーキンソン症状を伴う前頭側頭葉認知症:FTDP-17(Fronto-Tenporal Dementia with Parkinsonism linked to chromosme 17)」の原因遺伝子にタウ遺伝子であることが発見され、タウタウンパク質の重要性が再確認されました。
FTDP-17では老人斑は形成されず、神経原線維変化が生じて、神経変性に至ります。タウタウンパク質の異常が神経変性を起こしうることが直接的に証明されたことになります。実際、病原性変異を有するタウタンパク質を過剰発現するトランスジェニックマウスにおいても、タウタンパク質が蓄積し、神経変性が観察されました。これによって、タウタンパク質の異常がアルツハイマー病の病理学的カスケードにおいても大変重要な因子であることが強く示唆されました。これは、アルツハイマー病の神経病理学的時系列ともよく一致しますので、神経原因線維変化→神経変性という因果関係が存在することは間違いないと思います。
ただし、神経原線維変化に依存しない神経変性過程が存在する可能性は否定されていないので、この点は注意を要します。神経原線維変化存在するタウタンパク質は過剰にリン酸化されています。タウタンパク質過剰リン酸化の病因論的意義は長らく議論されている大切なトピックですが、過剰リン酸化は原因であるのか結果なのか、まだはっきりとわかっていません。同僚の高島明彦博士は、その病因論的意義と治療標的としての可能性を精力的に研究しています。

Aβの蓄積によって引き起こされる

2024-07-26 23:09:18 | 脳科学
家族性アルツハイマーの原因遺伝子として同定されたものは、これまでに三つあります。コードされるタンパク質はいずれも膜タンパク質で、アミロイド前駆体タンパク質(APP:Amyloid Precurse Protein)、プレセニリンⅠ、プレセニリン2と呼ばれます。これまでに、これらの遺伝子の変異は100以上が同定され、調べられた変異の全てがAβの蓄積を促進する作用がありました。そして、そのほとんどが、次節で述べるように、アミロイド前駆体タンパク質からAβが生じる過程に影響します。
とくに大切なことは、培養細胞を用いるイン・ビトロ(細胞生物学)の実験と遺伝子改変動物を用いるイン・ビボ(発生工学)の実験の結果が、互いに矛盾なく一致したことです。この結果によって、「アルツハイマー病はAβ蓄積によって引き起こされる」というAβ仮説が強く支持されるようになりました。
比較的最近、アミロイド前駆体タンパク質の遺伝子座(染色体における遺伝子の位置)の重複が、家族性アルツハイマー病の原因となることが報告されました。Aβ仮説を″だめ押し″的に支持します。実は、第21染色体のトリソミー(染色体が一つ過剰の状態)によって引き起こされるダウン症の患者さんは、30代頃からアルツハイマー病病理が生じ、50代頃に認知症症状が見られることが知られています。第21染色体にアミロイド前駆体タンパク質の遺伝子座が存在するからです。
さらに、孤発性アルツハイマー病の遺伝的危険因子としてアポリポタンパク質EのLatin_4が知られており、メカニズムは確定していませんが、ヒト脳内でのAβ蓄積を促進します。また、アルツハイマー病以外の疾患でも、脳内にアミロイド様のペプチドが蓄積し、結果として神経原線維変化を伴う認知症に至ることがわかり、アルツハイマー病におけるAβ仮説は確定したといってよいでしょう。

家族性アルツハイマー病と孤発性アルツハイマー病

2024-07-26 18:47:45 | 脳科学
アルツハイマー病は、早期発症型と晩期発症型に分類されます。早期発症型は、20代後半から60歳までに発病します。60歳以降の発症は、晩期発症型と定義されます(研究者によっては65歳以降とする場合もあり、私もその方が妥当だと思いますが、ここでは60歳とします)。患者数において晩期発症が圧倒的に多いので、医療経済学的には最も重要な標的です。早期発症型は少なく、かなりの割合で「常染色体優性遺伝」に関する家族性アルツハイマー病です。
「常染色体優性遺伝」は、性別に関係なく一対の染色体の片側に遺伝子変異が存在するだけで発症するということを意味します。両親の一人が家族性アルツハイマー病であれば、子供は二分の一の確率で発症することになります。将来、私は家族性病も予防・治療可能になるという信念があります。家族性アルツハイマー病患者は、正常に成長し成人に達した後に、30歳頃から60歳頃にかけて発症します。生まれる前から原因遺伝子変異を有するわけですから、潜伏期間が30年以上あることになります。この長期間にわたるプロセスを科学的・蓋然的に捕捉することは大変重要であると同時に困難な課題です。
一方、明確な遺伝性のないものを孤発性アルツハイマー病と呼び、晩期発症型の大半が、これに相当します。孤発性アルツハイマー病は85歳を過ぎると罹患率が急増します。家族性アルツハイマー病のタイムスケールに基づいて類推すると、原因は50歳代頃あるいはそれ以前からすでに始まっていることになります。親近者にアルツハイマー病気患者がいても、明確な遺伝性が認められない限りはあくまで孤発性アルツハイマー病です。今のところ、劣性遺伝する家族性アルツハイマー病は見いだされてはいません。