略さんち

そんな時代もあったよねー的なブログ

さよならといわれても・・・

1994-11-06 | 雑記
そのプロジェクトは、突如開始された。

西暦20XX年、今やGPS位置情報と組み合わせ、地域密接型の超大型ソーシャル
ネットワーキングサービスとなった[KINUSAYA]において、
謎のウィルス、「Dezzy」が猛威を振るったのである。

「Dezzy」の亜種である「Dezzy.II」には実態がなかった。
次々と誰かのユーザー権限を乗っ取り、あらゆるコミュニティにおいてログを乱し、
ユーザー達を混乱に陥れるという、脅威のウイルスであった。

そんな折。

埼玉県某市のコミュニティにおいて、「あなたは誰?」の書き込みとともに、
突如謎の人物が出現したのである。
傍目では人間と全く区別がつかない。
某市のコミュニティの他に、生鮮食品コミュニティにも加入しているようで
ある。
他にも、旦那のこづかい増やせコミュニティ、朝おえーってするコミュニティ、忘れ
られない不倫コミュニティなど、いとも自然に[KINUSAYA]内に溶け込んでいった。
しばらくして、友人数名であった彼の周りに、妻、娘、秘書など、徐々に新たな
ユーザーが追加されていった。
彼の名は「斉藤」といった。

実はこの人物、とある技術者コミュニティにおいて形成された、人工知能型仮想
ネットワーカーだったのである。
「Simply Architect of Information and Technological Object」プロジェクト
グループにより秘密裏にプログラミングされたこの仮想ユーザー、彼らの間では
コードネーム「S.A.I.T.O」と呼ばれた。

「S.A.I.T.O」プロジェクトは、「Dezzy」ウィルスの駆逐に奔走していた。

すでに「Dezzy.VI」まで進化していたウィルスは、ユーザーの人格を模倣し、ユーザー
間の利害関係につけこんでコミュニケーションを乱すなど高度なアルゴリズムが組まれ
ており、もはや通常のウィルス除去ソフトなどではとうてい削除できないものであった。
何しろ、本人が書いたのかどうか、素人目には全く分からないのである。
対人不信に陥ったユーザーたちは、[KINUSAYA]を退会する以外に選択肢はなかった。

このウィルスに対し、「S.A.I.T.O」プロジェクトが次の手段として投入したのが、
半人間型ネットワーカー、コードネーム「ayaka」であった。
彼女(ここではそう呼ばせてもらう)はすべての「Dezzy」ウィルスに対応可能であった。
人工知能で形成された行動認知アルゴリズムも秀逸であったが、半人間型と呼ばれたこの
プログラム、操作する人物たちが殊に優秀であった事が起因したらしい。

彼女は、あらゆるユーザーから賛辞とともに受け入れられ、[KINUSAYA]を飛び出して
擬人化しようとするユーザーまで現れた。
もはや、この[KINUSAYA]内では、誰も彼、彼女らを「斉藤さん」という人物として疑わなかった。





数ヶ月が経過し、「Dezzy」ウィルスは完全に駆逐され、元の平穏なコミュニティが戻った。





「S.A.I.T.O」プロジェクトの創始者である女性は言った。
もう私の役目は終わった。私たちはこれで解散する、と。


しかし、プロジェクトのメンバーは皆彼女を引きとめた。

「ここで解散したら、誰が『S.A.I.T.O』プロジェクトを引き継ぐんですか!?」
「設計書だけあっても、コードの一部は君のオリジナルだから引継ぎは無理だって。」
「『ayaka』だけ置いて解散するなんて、私にはできません!」
「『S.A.I.T.O』プロジェクトは、終わってなどいないじゃないですか!?」


そしてデスクに向かいながら彼女は言う。
「しょーがないわね。君たちにもう少し付き合いましょっかぁ!」
コメント (18)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする