122号を走っていると、見沼田圃の一部が少しだけ見える風景が好きでした。開発が進み家が建ち122号から昔の面影は無くなりました。
しかし、
「見沼たんぼ」と呼ばれる地域に入ると四季の景色を楽しめます。
職場では、この中を走る道を「畑道」と呼んでます。四季を感じる景色、畑の中から新都心のビルや富士山を見る風景、とても好きです。
この地域は、何回かテレビで紹介されています。
今回は、「日本一の桜回廊」として!
日本一の桜回廊
先日走った「ヘルシーロード」は、見沼区を通ります。
今日はポタリングして来ました。
■浦和くらしの博物館民家園
車に自転車を載せて、この駐車場まで輪行。
駐車場からスタート!
芝川沿いに桜並木があります。
ここに駐車して散歩を始める方もいます。
「庚申塔」と「お稲荷さん」の説明があり、コピーしました。
◆庚申塚
庚申塔は「庚申信仰」により、地域で結びついて人達(庚申講)の講中の健康長寿を願い作り立てたものです。庚申信仰とは、昔(明治時代以前)、月日(カレンダー)を十干十二支で表していましたが、60日に一度めぐってくる庚申の日の夜には、体の中にいる三尺虫(さんしちゅう)が抜け出して天に昇り、その人の暮らしぶりの中で悪いことを訴え命を縮めるという信仰にしたがい、庚申の夜には講中が集まり寝ずに楽しくすごし、三尺虫が昇ることを妨げ健康長寿を願う民間信仰です。
また、村境で疫病神の進入を阻止する役割も与えられ、村人の出入りを守る神としても信仰され、村境の(辻)に立てられました。さらに、村境に立てられたものには道標の役割をも果たしている石塔もあります。
◆お稲荷さん 農業の神から商売の神へ
古い農家の庭先や神社の境内には「お稲荷さん」が見られます。お稲荷さんは「いねなり」から転化した名前です。本来の神像はは、稲を荷った農民の姿で現されています。赤い鳥居は雷の稲穂に宿り豊作をもたらす炎(エネルギー)を意味するといわれます。
その後、仏教の茶枳尼天(だきにてん)と合体したため、「狐」がお使いとなりました。江戸時代の中頃には、農業の神から殖産興業の神、商売繁盛の神、屋敷神(伊神)へと信仰が広がり、街中のあちこちでみられるようになりました。当時の普及ぶりを、江戸の街中に数多くあるものをあげ「伊勢屋・稲荷に犬の糞」と揶揄した「うた」が残されています。
子どもの頃、家にありました。
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