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rainyの雨模様な読書日記

書店員を経て今は介護職員。趣味は読書。小説と短歌です

スイスのウィリアム・テルはなんで息子の頭上のリンゴを射落としたの?

2010-07-26 21:54:13 | 世界全ての国の文学を読み尽くす!

ワタクシ「世界全ての国の文学を国名あいうえお順に読みつくす!」というのをやっています。今回はスイス

2月のバンクーバーオリンピックの際、スイスのフィギュアスケート選手・ステファン・ランビエール「ウィリアム・テル」の曲(聞けば誰でも「ああ~!」て言う超有名なやつね)に合わせて祖国の英雄を熱演しているのを見た。んでその時、ワタクシにわかに気になりだしたわけ。

「ウィリアム・テルってそもそも一体どーゆー話なわけ??」。

なんせこっちはこのテルとかいうスイス人について、 「息子の頭上に乗ったリンゴを弓で射た人」ってこと以外な~んにも知らないわけだ。このテルとかいうおっさん、何を血迷ってこんな物騒なことをしたのか? これ、はっきり言って児童虐待とちゃうんかい? こんなことがむしょうに気になり夜も落ち着いて眠れない。だいたいこの人、実在人物? それとも小説の主人公? あるいは民間伝承や英雄叙事詩の中の人物? 胸を覆い尽くしたこの疑問の答えはネットをちょいちょいと漁っていると、すぐに出た。

「頭上のリンゴ」のエピソードと共に、ウィリアム・テルなる架空の人物を世に知らしめたのは、ドイツの文豪フリードリヒ・シラー。原文はドイツ語で書かれていて、「ウィルヘルム・テル」と読むのが原作に近いようです。ワタクシこのシラーの作品を読んだのは今回が初めてだったんですが、ドイツの代表的な作家のようですね。多くの劇作品で知られる人であります。よってイメージ的には「ドイツのシェイクスピア」って感じか? それとも元軍医という経歴を?考えると「ドイツの森鴎外」ってイメージか?? そしてこの作品も戯曲として書かれていることが分かったんですが、「さあ、買って読もう!」と思っても本がなかなか見つからない。「えーなんで~~! ウィリアム・テルって名前、日本人だってみーんな知ってるのに、どんな話か知りたいと思っても読めんとは、そんなのありかよ~!」こう怒り狂ったワタクシである。岩波文庫あたりに収録されててもよさそうなもんなのに、とブツブツ言いつつ、調べていると、新潮社から出た世界文学全集の中に収録されていることが判明。し、しかし! これがなんと1964年の出版なんですねー。……古っ!! しょうがないから図書館の書庫の中から引っ張り出してもらいましたよ。……で、読んじゃいました。心の中であの威勢のいい「ウィリアム・テル」の曲流しながら。

では、ここで問題であります。ウィルヘルム・テル(ウィリアム・テル)のおじさんは、一体なぜ息子の頭上のりんごを弓で射たのでしょーか?? ①ウィルヘルム・テルとその息子は旅芸人で、「頭上のリンゴ」は彼らの目玉の出し物だった。 ②弓の稽古をしようとしない息子へのおしおきのため。 ③悪代官に命令された。……はい、答えは③番であります。ちなみに、テルの使った弓が、我々弓と聞いて漠然と思い浮かべるようなタイプのものではなく、弩(いしゆみ)、つまりクロスボウであることも判明しました。

スイスのお話に悪代官が出てくるのもちょいびっくりでした。まあ、まあ悪代官が出る位ですもの。この物語、いわば時代劇なんですね~。ですが、日本の時代劇に比べてその根底に流れる精神はだいぶ違う感じがしました。

作品の背景をざっと説明しておきます。当時のスイスは神聖ローマ帝国に忠誠を誓っていたのだけれど、時の皇帝アルブレヒトは、ハプスブルグ家の私利をはかって出身地のオーストリアにスイスを従わせ、スイスの民衆に対し過酷な政治を敷いていた。で、その象徴というべきか、道端にオーストリアの帽子を掲げ、道行く人々に帽子に向かっておじぎをしろということまで言い出す始末。しかしスイスの猟師ウィリアム・テルは「そんなアホなことやっとれるか!」とそれを拒否。それを見とがめた悪代官ゲスラーが、「反逆者」テルをひっとらえた際、「おめーは弓の名手だそうじゃねーか。やれるもんならやってみろ~」テルに課した世にも過酷な罰がこれだった、というわけ。ま、誰に命じられなくとも平気で子供に対してそういうことを子供にする親もおりますが……。つまり親子の絶対の愛と信頼感というものが信じられる世の中でこそ、悪代官ゲスラーの邪悪さが印象付けられ、物語として成立する、といっていいと思いますね。

スイス人がいかに自由を大切にする民か。そのことがこの物語にしっかり、しっかり強調されています。スイスは神聖ローマ帝国に忠誠を誓っているがそれは皇帝がスイス人の自由意思を尊重している限りにおいてであって、もしスイス人の自由を脅かすのであれば皇帝の権威も否定する。そんなスイス人の心意気が高らかに描かれているのです。スイス人がいかに自由を尊重する民であるか……このことが、「頭上のりんご」のエピソードと共に世界中に広まり、強烈に印象付けたからこそ、「わいは『永世中立国』やで~!」なんて、ある意味「わがまま」が今なお通用しててんのかなあ、なんてこともちょっと思ってしまいました。だとするとまさに、文学の力、恐るべし、であります。


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