上野 成就院 やすらぎ修行会「プチ法話」

御大師さまのご縁日である毎月21日。成就院では「やすらぎ修行会」を行っております。
ご参加お待ちしてます。

第153回「やすらぎ修行会」プチ法話 2024/2/21

2024-02-21 12:38:41 | 第101回~第110回
みなさまご存知の正岡子規。号の「子規」は「ホトトギス」とも読みます。結核に罹患し吐血した自分自身を、口の中が赤いため「鳴いて血を吐く」と言われるホトトギスに重ねて名を付けたそうです。

子規は、「花鳥風月」という美意識や技法にとらわれず、「写生」という理論を掲げ、作者のまなざしや実感を重視する詠み方を提唱しました。これにより表現の可能性が飛躍的に拡大したのです。

 瓶にさす 藤の花房 短ければ 畳の上に 届かざりけり     子規

藤の花房が畳の上に届いているのかいないのか、よく見るとなんと届いていなかったのだ、という感懐が一首の眼目。「けり」は「気づき」の助動詞といわれます。ここで注目すべき所は、花房を斜め上からではなく真横から眼差しているということ。作者の病臥している視線から見つめられているのが分かります。

 子規が活躍した10年は、病が日に日に重り行くとき。隣の部屋に行くことかなわず寝返りをうつことさえ辛くなりました。その閉ざされた狭い部屋の中で様々な「気づき」を得、多くの歌を詠みました。

確かに死を覚悟した子規だからこそ、感性が研ぎ澄まされたのかもしれない。しかし、私たちも、世界を見定めるまなざし、対象の本質を感じ取るやわらかな心が欲しいですね。そうなれば、周囲のモノやコトは、もっと私たちに活き活きと語りかけてくれるようになるのでしょう。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第152回「やすらぎ修行会」プチ法話 2024/1/21

2024-01-21 13:07:47 | 第101回~第110回
「もう、夕方だ」「ああ、土曜日になった」「あれ、今月も終わってしまう」「ああ、春も暮れていく」…。身の回りに、いつも時の過ぎゆくことをぼやいている人はいませんか。こういう人の口癖は「まあ、いいか」だそう。自らが楽しみを見つけようとしていないということに気づいていないのでしょう。

 数年前、ご近所の一人暮らしの方が実家の近くに越されました。電話で話をすると「バス停やコンビニまで歩いて30分、買い物でさえも姪に車を出してもらわねば行くことができない。この地に閉じ込められて一生を終えるのか」と嘆いていらっしゃいました。

 最近お電話でお話しましたが、弾んだ声で「今が一番幸せ」と仰います。通っている病院の先生から教室を紹介され、昔から習っていた民謡のみならず書道と水泳の教室にも通っているとか。民謡の先生は、三味線も教えてくれることになった上、車での送り迎えも、なんとお菓子やお食事まで用意してくれているそうです。「周りからは図々しいと言われるけれど甘えちゃってるの」とキュートです。さらに「実はプールで一番派手な水着を着ているのよ」とのこと。

人間には「教育(今日行く所)と教養(今日の用事)」が大切だと言われます。「木曜日には書道教室、ついでにお買い物」、「来週は…」「来月は…」、行く先に連なる「楽しみ」が「生きる力」を供給し続けてくれるのです。

自らが作っている枠組から「エイッ」と一歩外へ出てみることが大切ですね。ワクワク楽しく過ごしましょう。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第151回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/12/21

2023-12-21 10:20:46 | 第101回~第110回
玄関先で巡礼の方と世間話をしていると、菩提寺の住職が苦手なのだという話になりました。それは昔から、「どんな仕事をしているのか」「仕事は大変なのか」「両親は元気なのか」など一方的に問われるからだそうです。何か責められているような気になり早くそこを立ち去りたくなるのだとか。

 とりとめのない話を続けるロボット「ポケボー・キューブ」の番組を見ました。「ネコらしいね」「ネコね」「そうなの」「いるらしいね」「スナネコだね」「ふふふ」…。3体のロボットが互いに体を揺らせ、うなずきあいながら声を出しています。それが仲良く話しているように見え、なんとも癒やされるのが不思議です。

思えば日常の会話とは、共通の話題に熱中しているかと思いきや、あちらへこちらへと話が飛び、それぞれが話したいことを話している。筋があるようで無い、無いようで有る。それを楽しかったと満足できるのは、「相づち」や「うなずき」が感覚を共有させる「魔法のわざ」だからなのでしょう。

会話とは相手にゆだねる余白が大きいもの。自分でなんとかしなくては、と頑張るものではありません。場を共有し言葉を紡ぎ続けることによって抱く「幸せな感じ」は、「はかないもの」なのかもしれませんが、それこそ「私がここにいること/私がここで生きていくこと」を支えているのです。

 最後に俵万智さんの歌を一首。「すごいねという語が すごく見えてくる うなずくものが そこにいるとき」。さすが!

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第150回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/11/21

2023-11-21 09:54:40 | 第101回~第110回
深い森の風景にせせらぎ音や小鳥のさえずりが乗せられた動画がよく上がってきます。ざわついた心をリラックスさせるのに効果的です。でも最近は、ヘッドスパや、耳かきなどロールプレイの動画が人気だそうです。女性の「おかげんはいかがですか」「何でもお声がけください」という優しい声、施術の際にでる衣擦れの音、機具をコツンと机に置く音などとてもリアルです。その場にいる私を想像し、ああ、「大切にされているという安心感」がすっと眠りへと導いてくれるのでしょう。

 よく散歩の途中に立ち寄ってくれる保育園の子たち、木々の中に入ったり、坂を駆け上がったり下りたり、石を拾ったり、とてものびのびと過ごしています。いつも感心なのは、先生たちが子供たちに目を合わせて話を聞いてあげていること。「見守られているという安心感」が自由に遊び回れるベースとなっているのでしょう。大きくなるにつれ、それらの記憶の多くは失われてしまいますが、「感情の記憶」は残っているに違いありません。

 私の子どもの頃の記憶のかけらを探してみると、夜、おばあちゃんの薄暗い部屋に呼ばれ、こっそりキリンレモンを飲ませてくれたことが浮かび上がりました。冷蔵庫も無いためるかったと思います。でもないしょで飲ませてもらった映像とともに、やさしく温かな感触が残っています。親戚のおじさんや近所の方々、友だちのおばあさんなどなどたくさんの方に、かぞえられないほどの多くの機会に、やさしい心を掛けて頂いたのでしょう。でもそれらは、記憶の底に沈み浮かび上がってきません。

 そんな「感情の記憶」こそ、成長した後、人と繋がるための根となり力を与えてくれ続けているのではないでしょうか。こんな題の本と出会いました。『人は人を浴びて人になる』、素敵な言葉ですね。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第149回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/10/23

2023-11-06 11:25:50 | 第101回~第110回
大阪西成発のフアッションブランド「NISHINARI YOSHIO」は、工房に集う70代、80代のおかあさんたちが、歩んできた人生や身近な人などから得た発想をデザインに落とし込んで製作した服のブランドです。その常識にとらわれない自由なデザインは、業界からも高い評価を得ているそうです。

昨年おかあさんたちに出された課題は、「自らの人生を象徴するファッション」。ずっと魚屋を営んでき方は、当時着ることのできなかったカラフルなエプロンを。真紅をベースに両腕の部分はカラフルな花柄です。子どもの頃貧しくてピアノを習えなかったという方は、ピアノの発表会で着る服を。黄緑と深緑を基調に首と裾には大胆なフリルが付けられています。

 ある方は、夫が亡くなった悲しさのあまり、思い出の品をすっかり捨ててしまったそう。唯一残っていたのが、山バッチがたくさん付いた登山帽でした。これを活かして何か服を作りたい!先生との対話の中で、帽子のカタチをポンチョに見立ててデザインを考えることになりました。

 ふわりと広がった服の胸の部分には、お母さんが着ていた浴衣の生地を、そして山バッチの柄をいくつかを刺繍で再現しました。刺繍をしていると二人で穂高岳や大山に登った時の記憶が蘇えり、「これええやろ」「ええで」と対話をしながら針を刺していたとか。母と夫がが自分に掛けてくれた思いを感じながら作ったとのこと。

 服を作っていると、古着を提供してくれる人、アバイスをくれる先生、共に励まし合う仲間、ひょっこり立ち寄るご近所の方、真摯な眼差しを注いでくれる業界の方、支援者など、いろいろな出会いが生まれます。そして過去の自分自身との出会いも。ファッションは時間や場所を越えて人を繋いでくれるのですね。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第148回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/9/21

2023-09-20 12:58:21 | 第101回~第110回
 イラクのシャニダール洞窟において発掘された、ネアンデルタール人の骨の周囲から大量の花粉の化石が発見されました。これは、死者に花を手向けるという「儀礼」が営まれていた証だと言われています。亡き人への思いを「カタチ」するという行為が5万年も前から行われていたのですね。

数年前、「ひとさじの会」に路上で生活をしていた仲間を追悼したいとの連絡がありました。暮れ方、事務局長と二人で隅田川に掛かる桜橋の袂に伺うと、ブルーシートを敷き花を供え、おじさんたちが待っていました。浄土宗と真言宗の僧侶二人の法会です。ゆっくり「般若心経」をお唱えし、真言宗の「光明真言」そして「お念仏」を繰り返しお唱えし、最後に「回向文」を読み上げました。

 その後、用意してくれた缶ビールを頂きながら、一人一人から亡き方の思い出を伺いました。「ここに初めて来た時、いろいろ親切に面倒を見てくれた」「仲間なのに何もしてあげられなかった」「ほんとにいいやつだったのに…」「今もその辺りから俺たちを見守っていてくれている気がするんだ」。感極まって涙を流している方も。「仲間」という言葉が、じんと心に響きました。

皆さんから「ありがとうございました」と深々と頭を下げられ、「これ少ないけれど、お礼の気持ち」と紙袋を渡されました。紙袋にはお金が入っていてずっしり重い。皆で朝早くから缶を集めて貯めたお金なのでしょう。

二人で話し合い、お布施は会の活動に役立てることにいたしました。亡き人への思いを「カタチ」するという行為はどういうことなのか。供養の原点を見させて頂いた思いがいたしました。


  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第147回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/8/21

2023-08-21 13:37:18 | 第101回~第110回
 お寺の近くのとあるビルには「ビル前で遊ばないで下さい 道路族(道路あそび族)」という文字とともに、子どもがシャボン玉をしている姿や道にマルを書いている姿が記されたパネルがあります。子どもの遊びも、なにやら窮屈なことになってきました。

 私が遊んでいた「西町公園」も全面リニューアル。滑り台もブランコも高さの低い物に置き換えられ、シーソー、一段低くなった円形の広場にあった貝のような形の滑り台、パーゴラ(藤棚)、カスケード(斜面を段状に施行して流水させる装置)?も撤去。とても広々となりました。これは犯罪防止の為に「死角」をなくす意図もあるのでしょうか。でもこれでは「かくれんぼ」ができませんね。

駒沢をジョギングしていると、住宅地の中に突然土がむき出しの広場に出ました。秘密基地のような建物の屋根からはジャンプを試みる子が。けっこうな高さです。水が湧いている広場には泥でドロドロになった子どもたちが。高い木に取りつき必死にズリズリと登っている子も。かまどもあり焚き火もできるようです。「こんにちは」と声を掛けてくれたお兄さんは、「プレイワーカー」と呼ばれ、子供たちと一緒に遊んでくれる人だそうです。後ほど「駒沢はらっぱプレイパーク」という場所だと知りました。

子供たちの遊びのキーワードは「冒険」。ちょっとした「危険」は遊びを楽しくするスパイスです。もっとワクワクするにはどうしたらよいのかと次から次へと考える。それが「生きる力」を醸成していくのでしょう。プレイパークのモットーは「自分の責任で自由に遊ぶ」ということだそうです。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第146回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/7/21

2023-07-20 18:03:04 | 第101回~第110回

気仙三十三観音第二十八番札所常膳寺の本堂前には、樹齢千年を超えるという霊木「姥杉」がそびえ立っています。なんと、高さ50メートル、一巡りするのに八人もの手を必要としました。

 数年前、台風で折れてしまった姥杉の枝をご住職から送って頂きました。危ないのでクレーン車をお願いして切ったそうです。杉の枝といっても太い幹といってもよいほど。さて、どうしたらよいか。3年間考えあぐねました。ある時、深い森に覆われていた東北には霊木で仏像が作られたということを知り、それでは称観堂「抜苦」にご安置するお地蔵さまを作ろう!との声が空から降ってきました。

気仙の仏師佐々木公一さんにお願いをし、この度、お地蔵様が届けられました。枝とはいえ何百年も生き抜いてきたもの。お地蔵様の衣にはまるで模様のように木目がうねっています。ある方は「鉈彫りのような迫力」と、またある方は「生命の波動のよう」と評してくれました。

お地蔵様の頭の部分を見ると。年輪が詰まっているのが大部分ですが、お顔の辺りはだいぶ年輪の間隔が広がっています。寒い数百年と温暖な数十年がそうさせたのでしょうか。いままで生き抜いてきた年月が形となって現れているのです。

 はたまた私にも明確ではないにしろ年輪が刻まれているはず。はたして生きてきた年月がどういう形で刻まれて形となって現れているのか、鏡をまじまじ見つめてしまいました。お地蔵様のように、美しく力強くは現れてはいないようです…

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第145回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/6/21

2023-06-21 12:01:23 | 第101回~第110回
梅雨の雨にしっとり濡れ、頭を少しかしげて咲く紫陽花。艶やかな姿はちょっと重たい心を癒やしてくれます。

 徐々に花色があせてきた6月下旬が紫陽花の剪定時期。8月になると花芽を付けるためこの時期が最適だそうです。剪定することにより来年もたくさんの花を咲かせるのです。

門前の紫陽花の花の少し下をバッサリと切っていると、道行く人々の冷たい視線を感じます。しばらくして、近くに住むおじさんがやってきました。諸々説明すると、「この紫陽花の写真を撮っている人がよくいるんだよ」と教えてくれました。

 さらに「裏の空き地に9時から11時の間だけ咲く黄色でわいい雑草があるから、是非見て!」と教えられました。調べると「鬼田子平(オニタコビラ)」、結構雄々しい名前なのですね。翌朝、足を運ぶと可憐な花が咲いていました。
 
道行く人も近所のおじさんも、小さな幸せを探して、そして見つけてしばしホッコリしているのですね。

「今年も紫陽花をかわいがってくれありがとうございました。来年の花芽をつけるため切りました。どうぞお持ち下さい」と張り紙をし、バケツに紫陽花の花を入れておきました。翌朝見るとバケツは空になっていました。

 その数日後、街路樹の植え替え作業のため撤去するとの紙がひもで結わえ付けてありました。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

第144回「やすらぎ修行会」プチ法話 2023/5/21

2023-05-22 10:55:24 | 第101回~第110回
 ゴールデンウィークの岩手の気仙は、藤、芝桜、水仙、菜の花、芍薬、ツツジなど色とりどりの花が微笑みかける「桃源郷」でした。麗らかな空の下、20人程度の方と歩き詣りをしてきました。

 巡礼にいつも参加してくれるMさんは、明るくおしゃべりをしているかと思うと、ビュースポットではサッと列を離れスマホ撮影を。同行で一、二を争う元気印です。とはいえ、5年ほど前、雨の後、外出先でつるんと尻餅をついてしまったところ、なんと大腿骨を骨折。つらいリハビリを乗り越え、巡礼に参加できるまでに回復しました。でも最後尾を守ることが多く、距離が長い区間や坂道が続くところではサポートカーに乗っていました。

今回、同行の友人に励まされ、疲れが出てくるお昼前の5キロ、先頭にぴったりとついて歩くことにしました。「疲れるから話さない」「写真を取るのは我慢」「左手のストックが役に立っていない」「それ3メートル離れた」、と「指導」を受け黙々と歩ききりました。やった、歩けた!

昼食後は車に乗る予定でしたが、「なにかどこまでも歩けちゃいそう」な気持ちになり、解き放たれたような面持ちで歩き切りました。 「すごいですねー。歩けちゃいましたね」と声を掛けると「今まで自信がなかったので、とにかく人に迷惑をかけてはいけないと思って、自分で枠をはめてしまっていたことにに気づきました」とのこと。

最後の霊場でのお勤めが終わると「やっぱり、優秀なコーチと観音様のおかげ」とにっこり微笑んでくれました。

  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする