長くなったので備忘として残す事にしました。
ちょっと長くなって、ごちゃごちゃ書きすぎたので整理しました。
emanさんの談話室のNo.7087
http://hpcgi2.nifty.com/eman/bbs090406/yybbs.cgi?mode=res&no=7024
>と思ったのですが、時間をかけて数式を検討したところ、申しわけ御座いませんが、
>…(中略)…
>はっきりいえば、非相対論的量子力学の場合は、(A'E^+B'・p^+C')を乗じるという、かなり人為的な操作を行う事によって、無理やりスピンを付加している感があると思いました。
んー。またピントはずれな意見を述べていますね?
一度、ここで作戦を練って欲しかったですなぁ~。
***追伸***
(「ここ」とは、ほげほげ作戦室のことです)
扱う対象は方程式なのだから、方程式は解を求めるものなのだから、人為的にいじくって出てきたものも方程式なんですよねぇー?
易しい方程式ならば、未知数が含まれた方程式を、未知数=、という形にもっていく課程だって人為的におこなうでしょう?
有名で、基本的な方程式はみんな人為的に作られているのですよ?
シュレディンガー方程式だって、アインシュタイン方程式だって。
自然に(自明に)湧いて出てきた方程式なんてこの世にないでしょう。。。
とくに人名の付いた物理理論の基礎になるような方程式は。
ニュートンの運動方程式すらね。
あれで、人為的に「ちから」という概念を創ったのだから。
f=m*a、ね。
「ちから」なんていう概念のお陰で現代科学は発展したかもしれないけど、でも実際役に立つのは、m1*a1=m2*a2のように作用反作用として問題を解くところだからね?
__〆
><<さらに追伸>>
>…(中略)…
>一方、ディラック方程式の導出法の場合は、…(略)…自然だと思えるのです。
これまでの私流にいえば、スピンという要素が、特殊相対性理論の中か、シュレディンガー方程式のどちらかに入っていたという事になります。
emanさんの数学的でかつ人為的な操作によってシュレディンガー方程式からスピンを抽出できたのですから、そもそもシュレディンガー方程式の内部にあったものなんです。
もう一つの可能性である、特殊相対性理論の中にスピンという要素があるかどうかですね。
さもなくば、特殊相対性理論の中の何かと、シュレディンガー方程式の中の何かを掛け合わせたら、スピンが誕生したということになります。
たぶん、それが「ディラック方程式の導出法」、に該当すると思われているのだと思いますが、いかがでしょうか?
それについては、あもんさんが述べられていますね。
>ですから現在ではそういうディラックのやったような方法で理解するのではないのです。
>…(中略)…
>電磁気学のような場の古典論でも、スカラー場やベクトル場があって…等と考えるでしょう?場の量子論においては複素数の場まで許されるので、群論を使ってちゃんと調べると、スピノル表現という古典論では意味がなかった表現も許されることになる、というわけです。ちなみに2つのスピノル表現を便宜上2階建てにしたのがディラック場で、ディラックがもともと考案した4成分の複素数場になります。
「ディラック方程式の導出法の場合」はディラック場という歴史的な、かつ特別なステージでの出来事だったということが解っているようですね。
いまでは「ディラックの海」同様古いんでしょうかね。
かもしれないよねぇ~。
__〆
> 群論を使用して相対論的なスピンや非相対論的なスピンを演繹的に導出する事は出来るのでしょうか?
> 群論を使うとスピンの持つ数学的意義が鮮明になり、スピンについて理解しやすくなったり、数学的に扱いやすくなるだけであるということはないのでしょうか?
群論は、対称性を扱う数学なので、対称性=保存則、があるなら群論として表現できるということです。
数学的に扱いやすくなるのではなく、見通しが良くなる、高い場所からの視野で見ることが出来るという感じではないかと思いますね。
量子力学は解析学(シュレディンガー方程式とかディラック方程式を解くということ)だけでなく、対称性という幾何学の観点から、群論で表現する術も研究されて、現在のQEDとかQCDといった物理学を表現する数学的手段になっちゃった、と見ましたが、いかがでしょうか?
そもそも群論は方程式を解くだけの代数学を、もっと高い視野に持ち上げて観る数学なので、同様に、物理学的な対象だったスピン角運動量を、群論で扱う数学的なスピノールという形で表現することにより、高次元(空間でも、時空でも、高次元でも)でも扱えるんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか?
(私自身、えらそうに書いている割には、よく解っていませんが…)
>実在する素粒子の内部属性として、何故スピンが存在しなければならないかという事に対する物理学的説明は、今現在でも、半整数スピンの場合は、本質的にはディラック方程式の導出過程の中にだけ存在するというような事はないのでしょうか?
要は、ディラック方程式により、“実在する素粒子の内部属性として、何故スピン(=1/2)が存在”するのかを説明できるとか、証明できるとかではなく、
http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/linearize.html
>そうなると、次のように答えておくより他にないのではないだろうか。 「線形化することでスピンが自然に導かれてくることが分かっているからだ」と。
です。そして二次式のシュレディンガー方程式を一次式、つまり「線形化」したら、ディラック方程式と同様に、スピン(=1/2)を表現することが出来る方程式を導く事が出来た、ということです。
当然、演算的にです。途中に何かの仮定(関係性?法則?)を勝手に導入することなく、です。
早い話、二次式のシュレディンガー方程式は、ベクトル(スピン=1)を扱うけど、一次式のシュレディンガー方程式は、ベクトルを√して、セミベクトル、つまりスピン(スピン=1/2)を扱う、というだけの話ではないかとおもわれますが、いかがでしょうか?
つまり、方程式の形、如何によって変わっちゃうということ。
方程式の形次第なのね。
__〆
では、スピン2以外の方程式をいじくって、スピン2の方程式を作れれば、重力(グラビトン)を扱える方程式がうまれんじゃないか、と思いつくわけです。
超対称性とひも性も加えてこしらえたのが、超ひも理論なのですな。。。
ちょっと長くなって、ごちゃごちゃ書きすぎたので整理しました。
emanさんの談話室のNo.7087
http://hpcgi2.nifty.com/eman/bbs090406/yybbs.cgi?mode=res&no=7024
>と思ったのですが、時間をかけて数式を検討したところ、申しわけ御座いませんが、
>…(中略)…
>はっきりいえば、非相対論的量子力学の場合は、(A'E^+B'・p^+C')を乗じるという、かなり人為的な操作を行う事によって、無理やりスピンを付加している感があると思いました。
んー。またピントはずれな意見を述べていますね?
一度、ここで作戦を練って欲しかったですなぁ~。
***追伸***
(「ここ」とは、ほげほげ作戦室のことです)
扱う対象は方程式なのだから、方程式は解を求めるものなのだから、人為的にいじくって出てきたものも方程式なんですよねぇー?
易しい方程式ならば、未知数が含まれた方程式を、未知数=、という形にもっていく課程だって人為的におこなうでしょう?
有名で、基本的な方程式はみんな人為的に作られているのですよ?
シュレディンガー方程式だって、アインシュタイン方程式だって。
自然に(自明に)湧いて出てきた方程式なんてこの世にないでしょう。。。
とくに人名の付いた物理理論の基礎になるような方程式は。
ニュートンの運動方程式すらね。
あれで、人為的に「ちから」という概念を創ったのだから。
f=m*a、ね。
「ちから」なんていう概念のお陰で現代科学は発展したかもしれないけど、でも実際役に立つのは、m1*a1=m2*a2のように作用反作用として問題を解くところだからね?
__〆
><<さらに追伸>>
>…(中略)…
>一方、ディラック方程式の導出法の場合は、…(略)…自然だと思えるのです。
これまでの私流にいえば、スピンという要素が、特殊相対性理論の中か、シュレディンガー方程式のどちらかに入っていたという事になります。
emanさんの数学的でかつ人為的な操作によってシュレディンガー方程式からスピンを抽出できたのですから、そもそもシュレディンガー方程式の内部にあったものなんです。
もう一つの可能性である、特殊相対性理論の中にスピンという要素があるかどうかですね。
さもなくば、特殊相対性理論の中の何かと、シュレディンガー方程式の中の何かを掛け合わせたら、スピンが誕生したということになります。
たぶん、それが「ディラック方程式の導出法」、に該当すると思われているのだと思いますが、いかがでしょうか?
それについては、あもんさんが述べられていますね。
>ですから現在ではそういうディラックのやったような方法で理解するのではないのです。
>…(中略)…
>電磁気学のような場の古典論でも、スカラー場やベクトル場があって…等と考えるでしょう?場の量子論においては複素数の場まで許されるので、群論を使ってちゃんと調べると、スピノル表現という古典論では意味がなかった表現も許されることになる、というわけです。ちなみに2つのスピノル表現を便宜上2階建てにしたのがディラック場で、ディラックがもともと考案した4成分の複素数場になります。
「ディラック方程式の導出法の場合」はディラック場という歴史的な、かつ特別なステージでの出来事だったということが解っているようですね。
いまでは「ディラックの海」同様古いんでしょうかね。
かもしれないよねぇ~。
__〆
> 群論を使用して相対論的なスピンや非相対論的なスピンを演繹的に導出する事は出来るのでしょうか?
> 群論を使うとスピンの持つ数学的意義が鮮明になり、スピンについて理解しやすくなったり、数学的に扱いやすくなるだけであるということはないのでしょうか?
群論は、対称性を扱う数学なので、対称性=保存則、があるなら群論として表現できるということです。
数学的に扱いやすくなるのではなく、見通しが良くなる、高い場所からの視野で見ることが出来るという感じではないかと思いますね。
量子力学は解析学(シュレディンガー方程式とかディラック方程式を解くということ)だけでなく、対称性という幾何学の観点から、群論で表現する術も研究されて、現在のQEDとかQCDといった物理学を表現する数学的手段になっちゃった、と見ましたが、いかがでしょうか?
そもそも群論は方程式を解くだけの代数学を、もっと高い視野に持ち上げて観る数学なので、同様に、物理学的な対象だったスピン角運動量を、群論で扱う数学的なスピノールという形で表現することにより、高次元(空間でも、時空でも、高次元でも)でも扱えるんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか?
(私自身、えらそうに書いている割には、よく解っていませんが…)
>実在する素粒子の内部属性として、何故スピンが存在しなければならないかという事に対する物理学的説明は、今現在でも、半整数スピンの場合は、本質的にはディラック方程式の導出過程の中にだけ存在するというような事はないのでしょうか?
要は、ディラック方程式により、“実在する素粒子の内部属性として、何故スピン(=1/2)が存在”するのかを説明できるとか、証明できるとかではなく、
http://homepage2.nifty.com/eman/quantum/linearize.html
>そうなると、次のように答えておくより他にないのではないだろうか。 「線形化することでスピンが自然に導かれてくることが分かっているからだ」と。
です。そして二次式のシュレディンガー方程式を一次式、つまり「線形化」したら、ディラック方程式と同様に、スピン(=1/2)を表現することが出来る方程式を導く事が出来た、ということです。
当然、演算的にです。途中に何かの仮定(関係性?法則?)を勝手に導入することなく、です。
早い話、二次式のシュレディンガー方程式は、ベクトル(スピン=1)を扱うけど、一次式のシュレディンガー方程式は、ベクトルを√して、セミベクトル、つまりスピン(スピン=1/2)を扱う、というだけの話ではないかとおもわれますが、いかがでしょうか?
つまり、方程式の形、如何によって変わっちゃうということ。
方程式の形次第なのね。
__〆
では、スピン2以外の方程式をいじくって、スピン2の方程式を作れれば、重力(グラビトン)を扱える方程式がうまれんじゃないか、と思いつくわけです。
超対称性とひも性も加えてこしらえたのが、超ひも理論なのですな。。。