古い資料を探していましたら、石田医院の写真が出てきました。破れてしまった左下部が見つかるかも、です。石田先生は明治44年に土肥先生に推挙されて草津に来て浴医局主任になりました。この浴医局の創設によって草津温泉としての医学的入浴法が具体化しました。(布施正美先生)。 大正4年に草津療養院長となり、其の後石田療養院を開設。 石田医院は滝下にありました。写真は先生と石田医院スタッフとの記念写真でしょう。(昭和8年10月までは読めます。) 私の母親が師範学校卒業後に石田医院のお手伝いを頼まれましたので親しくお付き合いをしてきました。桐島屋旅館弓道場は石田さんが所有していた水源地敷地を譲渡してもらったものです。
大正9年に布施広雄先生が布施医院を開業。浴衣局主任も兼務。(布施正美先生)。 布施広雄先生のご長男と私の父が大親友で、こちらでも草津温泉研究繋がりです。