goo blog サービス終了のお知らせ 

上三坂@OJONCO

春は桜、夏は蛍、秋は稲穂、冬は福寿草
上三坂の四季です。

日々の新聞「紙面を読んで」(2)

2015-06-07 16:47:42 | 日記
日々の新聞「紙面を読んで」(2)2015/06/07

4月12日は、六本木の職場帰り日比谷野外音楽堂の「許すな!戦争法案 戦争させない・9条壊すな!集会」へ。暉峻淑子さんが、はじめに、地域の人たちとの「学習会」のことを話されてから、「もし自衛隊が海外に出て一人でも死者が出たら、社会全体の空気がいっぺんに変わり、戦争反対が言えなくなる、むしろわたしたちを守ってくれてありがとう、と言わされる雰囲気がつくられる。それが恐い。・・・今一人ひとりが心の底から決意を固め、間違った社会の動きを止めるために立ち上がるときだ」と訴えておられた。
 3月15日の日々の新聞「Street Organ」水戸巖さんの記事を読んで学生時代、三里塚か何かの集会だったか忘れてしまったが、反戦のプラカードを首からさげ集まった学生、労働者一人ひとりに救援のチラシを配っていた水戸さんの姿が蘇った。
2011年3.11のあと、高木仁三郎さんの提唱した「脱原発」が大きな運動となったが、水戸さんや高木さんとお会いした頃から一緒に活動している日消連の富山洋子さんが、最近「私たちは、水戸さんの反原発なのよ」と。確かに、日々の新聞の記事にあった水戸さんの「原発は必ず事故を起こす」という確信があって、富山さんも私も日々のくらしの消費者運動の中で非科学的と言われながら「反原発」を続けてきたのだ。
 水戸巖さんも暉峻淑子さんも勿論高木仁三郎さんも、地域住民、市民と寄り添い、繋がり「人のいのちを重く考えられる」学者で、そういう学者のバックボーンがあって「住民」「市民」運動ができているのだと改めて気づかされた。

日々の新聞「紙面を読んで」

2015-06-07 16:36:30 | 日記
日々の新聞「紙面を読んで」(1)
読もう!読もう! それから読みたい!読みたい!と、思っていた、「日々の新聞」が届いた。それも282号から291号まで。一気に読みふけった。一面から12面まで、“いわき”“いわき”“いわき”だ。広告欄のいわき市平、いわき市泉町、いわき市小名浜、・・・と並ぶ住所、記事中に踊る湯本、四倉、常磐、の地名、こんなにも“いわき”が懐かしく、愛おしく感じるなんて4年前までは、想像もつかないことだった。
差別と欺瞞と虚偽と権力と権威に弱く、底抜けにお人よしのいわき気質がたまらなくいやで「いわき」という地名と、「故郷」(ふるさと)が重なることはなかった。
石を持ち追われるごとく故郷は還るべきものあらずと、ひたすら「いわき」からの逃避を謀っていたが、原発事故が故郷を引き戻してしまった。風の谷のナウシカで、巨神兵が「薙ぎ払え」と破壊するごと、爆発した原発の煙は、何百、何千と続く被ばくに直結し、土地も人も無となる「いわき」を感じたから、無性に懐かしく愛おしく、お前が還るところは「いわき」だというメッセージを強烈に受け取ってしまったのかもしれない。
断言するが、3月11日、いわきら・ら閉店の日、新橋で見た震災で流される大津波のTV映像ではない。それは、いわきの人々が自然災害、天災には鈍感なほどに適応力を発揮し、どんなに辛くシンドイことでも、笑い飛ばしてしたたかに生きる力を持っていることを確信しているからだ。津波や地震の震災だけでは決してくじけず、陰鬱にもならないのだ。だから、原発について、被ばくと健康、汚染と環境、核の問題を日々の暮らしの中から問いかけ続ける記事を期待したい。

佐藤敦子(OJONCO)
http://blogimg.goo.ne.jp/thumbnail/77/8a/3f1265cf65a4228cb88592ac4f11ffe7_s.jpg