かっ飛ばせ借金 打ち勝て倒産

 
 ‐オグチ経営研究所‐

 ☆★自分でできる経営の再生と整理★☆

  

2000万の為に 39箇所の差押さえ

2010-02-28 | 事例
世間体を気にする女社長です。
サービサーから請求されても払えません。
しかし、当人は大真面目、親戚から漸く200万を集めて和解を申し込みましたが
簡単に蹴られました。サービサーは1億2000万の残債で有るから、1200万を
びた一文負けられないと大強気です。
女社長は先代が亡くなった後、今までの場所で派手な看板も変えずに
威勢よくやって居ます。
そんなところからサービサーは、「此処は回収の出来る会社」と
見当をつけたらしいです。

サービサーは2度ほど訪れて、業績も含めて説明を受けて居ります。
説明する方はこれで相手の請求も弱くなると見込んで居りますが、
サービサーの態度は変わりません。1度に払えなかったら、頭金は
200万でよいから、残の1000万を毎月30万ずつ33ヶ月でよいと
譲りません。こんなやり取りを3年やった後、ついに訴訟になりました。

残債は、1億2000万ですが訴訟の金額は2000万です。
この場合、後の1億はどうなるかというと、相手は放棄したのと同然になります。
先ず1億を払えと云って来ても、払わないと相手は何も出来ません。
差押さえは裁判が必要ですが、その裁判は1度してありますから出来ません。
時効の期限が来ると、2000万は10年に延びて居りますが、この1億は時効になり、
援用が効きます。
ですから残債務より少ない訴訟は、訴訟外の債権は放棄も同じです。

話が横道にそれましたが、訴訟があっても払えません。
裁判の席でも200万で和解を申し込みました。
和解は勿論拒否です。
相手は、債務名義さえ取れれば最低でも200万は取れると踏みます。
こんな訴訟で和解を申し込むのは阿呆と同じです。
結局2000万の債務名義が渡りました。

こちらは預金はないし、売掛金はただ一件、県の土木課にあるだけです。
まさか県庁までは押さえないだろう。結局差押さえはやっても効果がない。
それだったらやらないだろうと女社長は一人勝手に結論をつけて、敗訴後
2ヶ月くらい過ぎてサービサーから電話があっても「剣もほろろ」です。

これでもうサービサーとは終わった。
もう何も起こらないだろうと思っていた3ヶ月目、知り合い何軒から、
急に電話が入りました。
「お前んとこ、30万の差押さえがあったぞ。
 これボッチの金額、いったい何があったんだ。」
それが仲間だけでなくやがて銀行からも生保からも電話を貰ったのです。

「途轍も無い件数を差押えられた。町中が私を笑い者にしているらしい。」
知り合いが届けてくれた差押さえ命令は売掛金17件、銀行5行、それに保険会社4社と
JAでした。
サービサーに銀行は譲渡する時、10年も前の決算書を付けてやるのでしょうか。
売掛の殆どは10年以上前に付き合っていたところです。
それから当社は官庁一本に絞って来ましたから、此処数年の決算書にも
乗っていない名前です。
若しそうであれば、余りにもひどい差押さえです。

27箇所のうち、たった1件、県庁に売掛は300万。
それがすんなり取られてしまったのです。
下請けにも払えません。
これで本当に廃業する決意が、固まりました。

官庁関係は、差押さえが入ると全ての部門を調べますから大変です。
この2箇所の差押さえのすべてが終わったのは、3ヶ月以上経ってからです。
1件落着が付くとサービサーは直ちに全部の差押さえを取り下げて来ました。

私もこれで、もうサービサーも残は諦めた、すっきりして廃業が出来ると
安堵した物です。そしたらサービサーかまた電話です。
「500万で和解しようって。」馬鹿にしている。
こちらは廃業の事を伝えてガチャンと物音荒く電話を切りました。

それから2週間、今日裁判所から、また差押さえ命令が届きました。
今度は官庁ばかり12件、県や市その他近隣の市町村合わせて12件です。
差押さえの実績と、官庁の年度末を狙ったものでしょうか。
差押さえ金額が2000万から差押さえ済みの300万を除いて1700万。

今度こそ完全に何処も0だから実害は無いけれど、
また市役所の若い係員が言い振らしたとなると
また笑い者になる。
女社長の頭は鉢切れんばかりです。

事務所も変えていません。傍目には変わっていないからあくまで追求すると
云う事でしょうか。引き際を綺麗にしたかったですが、また小さな町に不名誉な
話題を提供したみたいです。

本当の背一杯の200万、それ以上はどうする事も出来ず廃業です。
しかし、サービサーはさらに潰れろと差押さえをしてきます。

そのために空の差押さえをされた官庁などは調査だけでも大きな迷惑を蒙って居ります。

こんな差押さえを許して置いてよいものでしょうか。


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和解は本人で無いと高くなります。

2010-02-24 | 事例
「漸くサービサーとの和解が出来ました。これですべてが綺麗になりました。」
「良かったですね。それでいくらで?」
「8000万です。6000万は今までの返済分も含めて和解と同時に。
後の2000万は1年の分割です。」
2の句が継げませんでした。

残債務は1億6000万。自社ビルの借入残です。
ビルの借金が4億2000万。任売で彼の会社がビルを2億6000で買って、
その残がサービサーに譲渡されたのです。

建設業だった父親の保証債務です。
結局この債務だけが残ったのです。

この頃、彼の4-5年前に造った会社が急成長していたのです。
1年ごとに羽振りも違って来ました。
サービサーに譲渡された1年半前、彼は何とか1000万以内で和解を
したいと真剣に望んでいたのです。

同じサービサーでこれと似た条件のところでも、
私の知って居る和解は2000万を超えていませんでした。
「私は直接交渉の場に出れません。しかし、後ろから全てをアドバイスをします。
 場合によれば差押さえも1度覚悟しましょう。会社とは関係ないです。
 楽ではないが何とかなるでしょう。頑張りましょう。」

しかし、彼は此処で弁護士に委任したのです。
彼は交渉は全て私がやるものと思っていたのです。
「私が交渉するより、餅屋の弁護士に依頼して、私はその間も
 稼ぐことに専心します。そのほうが合理的でしょう。」
彼の身勝手の弁解でした。

彼はサービサーとの争いを予想して居りました。
したがって彼自身の資産は何ひとつ作って居りません。
会社の株ですら最初から奥さんの名義が主体です。
ですから、1回くらい差押さえをされても空振りになり、1000万、
悪くても弁護士費用も入れて2000万では解決すると思って居ました。
私の思惑が大きく影響しております。

弁護士との和解はなかなか進みませんでした。
そのうちに彼の言うことが次第に変わって来ました。
「1000万ではとても無理だよな。6%だもの。やっぱり10%くらいは普通ですね。」

何時の間にか毎月70万を払うようになって居りました。
「毎月70万も払えば、此処は払えるところだと
 サービサーに教えているのと同じではないか。」
私が反対しても取り上げられません。
こちらも払って地位を対等にしないと交渉も弱くなるそうです。
地位の対等とはなんでしょうか。こんなことは考えた事も有りません。

こんな事が有りながら、次第に言い方が違って来ました。
「弁護士も苦労しているよ。今5000万で話をつけようとしているみたい。」
やがて
「私に何もないと言っても、ビルを会社で買い戻したり、株を持って居ない事等、
 作為したことは、見え見えだからね。悪くすると詐害行為になりそうです。」

要はだんだん支払額が高くなることを当然として私に言って居ます。
徐々に上げていく方法。最も下手なやり方です。

其れに弁護士から和解はこのくらいでないと、と言うことを何回も
吹き込まれたと思います。
何時の間にか高くても当たり前だ。
自分の考えが甘かったんだと考えが変わってきたのです。

和解しました。
平穏無事でした。
おそらく弁護士が入らず私がアドバイスをしていれば、
あるいは近くの金融機関など差押さえが有ったと思います。
しかしながら、和解できているかもう少し時間が掛かって居るか
解りませんが、今回の和解額を遥かに下回る額だったでしょう。
だってそうでなければ和解などしません。

平穏無事がよいのか、金額が少ないほうがよいのか、
人によっても違いますが、自分でやらなかった
為に、初心を忘れて非常に高い和解をして例と思います。


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身勝手な債務者

2010-02-20 | 事例
「裁判所から訴状が届きました。あのサービサーです。2400万しかないのに
 訴状なんて、少しサービサーも図に乗って居ませんか。」
迷惑を掛けているのは銀行だけです。
あの時、銀行は6行有りました。
何処もに払えず、夜逃げみたいに隣接市よりこの都会に越したのです。

会社は整理も何もして居りません。要は銀行だけが払えなかっただけです。
サービサーがお目見えする少し前です。
大手銀行に売掛金を差押えられたこともあります。
引っ越さざるを得なかったのです。

よせばよいのに、大都会のビル街、出物があったために、其処に越しました。
しかし知らない人が見ると、会社の発展的の引越しと受け取るでしょう。
事実得意先など「一段と飛躍しましたね。」と感心したものです。

銀行は何も連絡しないのに、直ちに押しかけて来ました。
すかし払うつもりもありません。
「金が無い。」で頑張っていれば銀行も諦めるだろうと、
メインの3人の幹部の思惑です。

しかし、此処に引っ越してからが、この会社だ不良債権として責められるように
なったのです。銀行はおとなしく下がって、保証協会に代位弁済か、または当時、
急激に伸びてきたサービサーに債権譲渡をしたのです。

地下鉄から近く、ビルの1階です。
訪れた債権者はびっくりして居り、ついでに迫ってきます。
「此処でしたら高いでしょう?」
つまり裏を返すと「此処ならばお宅は古い借金など簡単払えるのでないですか。」
と云うことです。

債権者担当は3人の中の最下位のMの担当です。
Mはこうしたサービサーの空気を早くも察しておりました。社長と副社長に
進言しますが直接に会っていない二人にはぴんと来ません。逆にMが弱気と
叱られる始末です。

差押さえも多かったです。
近場の銀行がちょくちょくやられて居ます。売掛金などありませんから、
社長・副社長とも未だ意気軒昂です。

「社長今度は、Nサービサーです。債権額は2400万しかありません。」
「うまく和解にもっていけよ。100万も有れば十分だろう。」
それがうまくいかず、漸く聞き出した相手の本意は1200万でした。

「こんな小さな金額で50%の1200万なんて相手を何と考えているのか。」
逆に3人が上げる気炎です。
しかし、ついにこれは訴状に変わりました。

よせばよいのに、中の答弁書も出し、口頭弁論にも出席しました。
狙いは「100万で和解をせよ。」と云うことです。
「100万は最悪でも出るな。」と解ったサービサーが承知をする筈がありません。
裁判の時、金額を出して和解を主張するほど馬鹿なことは有りません。
相手に全部手の内を見せて居るのです。
「今の事務所の賃料だけでも相当な額と思われます。
 そうしたものを少し削って回して頂きたく思います。」
簡単に債務名義が相手に渡ったのです。

「サービサーは債務名義をとってから、もう1度支払いの交渉をして来て、
それが駄目に時に差押をするそうだ。それまでは何も無いよ。」
誰かが聞いてきて、3人とも信じてしまったのです。

しかし、このサービサーの差押さえは徹底して居りました。
差押さえ額を50万から300万にして25箇所、売掛金や預貯金など差押えてきたのです。
「この差押さえで効果があったところを徹底的に狙って行く。」
と言う態度です。

サービサーが持っている4-5年前の決算書から差押先を参考にして居ります。
事実この頃と売り先は変わって居りません。
この差押さえは、額は小さいですが、反響を生みました。
直ちに取引に懸念を示すところも何社も出て来ました。

鉄壁だった3人の仲が割れようとして居ります。
社長と副社長は「見通しが甘かった。適切な具申も無かった。」
とMを責めますし、Mは「此処に移った事がそもそも間違いと
当時から何回も意見を述べて居ました。」責任の擦り付けです。

Mが有能だっただけに社長はMの解決力を信じ、サービサーとの真実は
耳には入れませんでした。社長が少しでも自分から交渉をして居れば、
この場所には越さなかったでしょう。

普通ならばとっくに解決していること事ですが、この会社では解決して居りません。
事務所から判断しても未だ取れると信じて居たからです。

今回の差押さえでどうなるか、其れにしても、身勝手の債務者です。


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暗く考える

2010-02-17 | 事例
突然「破産をします。」と云う電話にはびっくりしました。
2週間前に会ったばかりです。フランチャイズの宅配鮨を失敗して、
自分で宅配鮨を11月から始めて居ります。そのほか、自宅兼用の
アパートを持って居ります。賃貸は5所帯ですが、今は4所帯空家。
しかし、これも身体障害者の団体に長期で全室の契約を結ぶ様に
なったと張り切って居りました。

ただ、昨年9月から銀行には全然返済して居りません。
フランチャイズの時の借金と、アパート設立の借金です。
「これが煩いんだ。代位弁済とか差押さえとか騒いでいるが、
 モラトリアムも出来たんでしょう。うちみたいな見通しの
 明るい企業には便宜を考えてくれるのでは無いですか。」
これが、相談の趣旨でした。

「其の通りです。今は余り強く銀行も言いませんが。」

「いやうちの場合には強く出てきます。」

宅配鮨は全額保証協会付。
もう3ヶ月以上返済した無いから、内部では不良債権になっており、
遅くも1月の末には代位弁済しますと通告されていたみたいです。

未だ手続きをしてないから、今からの復活には、今までの金利と
新たな保証料、あわせて130万入金してください。それも1月中で
無いと駄目になります。と、くどく云われて居たみたいです。
「何かこんな不良債権になっているような債権には、
 モラトリアムが効かないと云って居ますが、本当ですか。」
と聞かれてもこちらも良く解りません。
しかしなんとなく、銀行の言うことを鵜呑みにして、
突っ込んだ話し合いは無い様に感じます。

またアパート資金は、兄が保証。
金利だけでも入れないと不良債権にしますとこれも脅されて
居たみたいです。この金利も70万位あります。

「そんなお金、1度で払えないから分割でお願いしてみましょう。
 でも最悪の場合、保証協会は代位弁済になっても何とかやっていけますよ。
 現に今も借入は全然出来ないでしょう。
 ただ、アパートは自宅も含まれているから取られてはまずいよね。
 其れに全部埋まると利益を出して呉れます。
 明るい材料があるから、それで推しましょう。
 これは9月から未払いでも、未だ面倒見てくれますよ。」

細かく打ち合わせ、では頑張ってね。
何かあったら直ぐに電話くださいと別れたのです。
途中何も連絡が無いから1度電話を入れて居ります。

その時は、何か煮えない話でした。
銀行からOKの線が出ないとの事です。
詳しく其の状況を聞こうと思っても電話の悲しさ、
結局は話しの内容が全然解ら無かったのです。

それが、今日突然破産の電話です。
明るい話であったのに、何で急に破産になるのか見当が付きません。

鮨屋も開店の11月は70万。12月140万。1月見込み120万、分岐点は110万です。
2月は悪くても90万か100万行くでしょう。
アパートも契約は、こちらがするとなればOKだった筈です。
「銀行はこうした事に対して何と言ってるの?」

またも電話では解りません。
早急に会って問いただしました。

本当に銀行に会って、こちらの要望を伝えたかと疑いたくなるような態度でした。
「やっても銀行はこちらを不良債権にしようと思って
 居るから、何をやっても駄目に決まっているよ。」
会った時の説明より、このような台詞が多いのです。

自分で勝手に駄目という結論をつけて、さも会った様な顔をして居るか、
または其の状態でただ顔を合わせたに過ぎないような気がして堪りません。

「こんな交渉、以前は私が代理人で出来ましたが、
 今は代理人として交渉は出来ないんです。
 どうしても自分でやらないとなりません。
 云い難いかも知れませんが、自分が生きるか死ぬかと云う時です。
 自分の云いたい事も云わなくてどうするのですか。

 本当に破産しか方法は、なくなります。
 しかし破産は貴方も家を失います。収入が無くなるどころか、
 貴方の住む家がなくなるのですよ。
 兄さんが保証人ですから直ぐに兄さんに請求が行きます。
 無担保の兄さんのマンションが危な久なりますよ。」

「えッ そんなことになるのですか。破産なんて出来ないですね。」

「真剣に当たってください。自分で解決するより他ありません。
 人は解決してくれませんよ。」

物ごとを悲観的に考え、自分で結論を出して諦める人です。
そのくせ、人には苦労して交渉しているような格好を見せたがります。
救いの無い人です。
こんな人を救う方法、どうすれば良いのでしょうか。





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魔が差した使い込み

2010-02-14 | 事例
魔が差したとしか言いようが有りません。
あの堅い社長が使い込んだのです。
たった2ヶ月足らず、あっという間に7000万もの穴を開けてしまいました。
手形は切って居りません。死に物狂いで4ヶ月ほど回しましたがもう駄目です。
ついに任意整理を宣告する嵌めになりました。

仕事は注文建築です。その中では頑張っていました。
しかしこの不景気、注文軒数は減ってき、悪いことに粗利もがた落ちです。
手形は有りませんから支払いだけはきちんとして居ましたが其れが乱れ始めました。
一旦綺麗にしなければと、長年の竹馬の友から会社名義で1億を借りて会社に入金
しました。

此れで直ぐに遅れた支払いなどを正しい路線に戻せばよかったのですが、
丁度その時に、商品先物の薦めでつい少し手を出してしまったのです。
借りたばかりのお金はまだ会社に有ります。
経理は娘です。強引に出させて6000万が消えました。
1年前の話です。

6000万の仮払い処理をして居ましたが、決算です。
仮払いでは通せないと工事未回収金を膨らませて決算を済ませました。
借りて社長が使い込んだお金、工事未回収金に化けたのです。
社長には何の弁済義務も残って居りません。

任意整理の山は債権者集会です。でも頼んだ弁護士の対応が良かったのか、
債権者は余り騒がずに済みました。
仕事は第2会社で進める手配が全て整って居ります。
第2会社は内容は優秀な会社です。

しかし、問題はあの1億借りた友人でした。
金利は年5%。毎月払い、断金は4半期ごと500万の返済という約束です。
これだけは実行すれば、友人には解らず、余分な心配もかけないと思って
報告もしていません。ところが、うっかり弁護士が送った会社現状報告より
これを知ってしまったのです。
友人は彼を責めました。

「長年付き合っていた君だ。何もかもオープンにしてきたから信頼して
 1億を貸したのだ。会社が悪ければ、返済など幾らでも待ってやった。
 しかし、そんな事一言も云わずに会社を倒産させて居るではないか。
 最近送ってきた貸借対照表にも1行もこの借金は載って居ないではないか。
 つまり最初から君は私を騙そうとして借りたのです。
 直ぐに一括で返済願います。出来ないときは、私は直ちに会社と貴方の
 自宅に第2抵当をつけることを要求します。それも無理のときは、私は
 経費の持ち出しになる恐れも大きいですが、君の破産申し立てもします。」

最初は、社長も逃げ切れると思っていました。
しかしだんだんと相手の言うことが突き刺さるようになったのです。
自宅と会社の不動産は、債権者会議のときは弁護士の「銀行の担保ですから」
の一声でそれ以上突っ込む債権者は居ませんでした。
しかし、友人は調査して担保余力は十分にあると踏んで居ます。
事実彼も、郊外にある800坪の自宅は、分譲住宅にすれば1億以上の利益を
出すと計算して居ります。

そればかりでは有りません。
「万一破産をかけてくれば、管財人は私の使い込みがわかるのではないだろうか。
 するとあいつは使い込みで刑事問題として、かつ、其の資金も会社からの贈与で、
 税金も脱税扱いになるのではないだろうか。」

さあ、こう思い出すと眠れなくなりました。

いくら有望な会社でも、営業活動は始まったばかり、1億なんておろか今は
1回分の返済の500万すら払えません。
土下座して謝っても、許してくれればそうしたいのです。
しかし、一旦口にしたらあくまで遣り通す相手です。
担保取得や破産申請を簡単に辞めるとは思いません。
彼は、鬱になってしまいました。

結局彼は、担保設定は実行し、かつ友人を第2会社の代表権のある役員にして居ります。

彼は最も悔やまれる借金をしたみたいです。





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虚偽の申告

2010-02-11 | 事例
隣町の副議長をしている市会議員が捕まったのです。
新聞の地方面にでかでかと載っていました。
一級技術者の数を誤魔化したり、その他虚偽の申告をして、入札資格の
最高ランクに位置し、今も資格以上の仕事を請負中との事で、身柄まで
拘留されたとあります。事件としては小さく、それが何故こんなに
大きな記事となっているかMには解りませんが、兎に角この記事で
Mは肝を潰しました。

Mだってこの街の入札業者、土木部門ではSクラスです。
しかしこの10年間黒字になったことはありません。
赤字ならば、たちまち経審の数字が悪くなりランク維持は出来ません。

Mは自分で経審の点数を計算して、Sクラスを維持できるの最低点に
なるように利益を決めて居ました。
貸借が合いませんから、それを売掛金を増やして居ります。
それで黒字の決算書に税務署の収受印をもらい、経審に提出する時は、
更にこの売掛金と銀行借入金を相殺して提出していたのです。

10年間でこの売掛金の残高が4億以上になりましたから、如何に粉飾を
していたか解ります。特に此処2年ほどは銀行の借入金以上になったために、
粉飾も尚手の混んだ事をして居ります。

税務署の監査は何も追及されませんでした。
税金を払うための粉飾です。
経審も通りました。
しかし、銀行には通用するわけがありません。
M社は銀行返済はとうに出来なくなっており、
期限の利益は喪失されてサービサーに譲渡されて居ります。

サービサーは、事務所も変えず、看板も動かず、
見たところ変わりなく商売を続けているM社とは
簡単な和解をしません。
千万の単位で要求します。100万でも苦しいM社にとっては
サービサーの要求などとても出来る話ではありません。
サービサーは債務名義をとり、それをちらつかせながら
Mに詰め寄りますが、Mにはどうすることも出来ません。

そんな時に隣町の市議の記事を読んだのです。
「うちの方がもっとあくどい事をしているではないか。
 こんな事をしていると、俺もしょっ引かれるかな。」
そんな思いが掠めて居た時に、Mはサービサーの差押さえを食ったのです。
それが普通の差押さえとはちと違いました。

サービサーは変わりなく商売を続けているMが、
「全然払わないとは非常に悪質だ」と見たのでしょう。
10年位前の決算書まで調べらのでしょうか、今は全然付き合いの無いところまで、
売掛金25軒、其れに銀行を6行、事務所の家主に、敷金まで差押えてきたのです。
親しい1軒が直ちに差押調書を見せて呉れたので、其の全貌はいち早くMに伝わりました。

Mは大仰天です。
隣町の市議の時は、先に差押さえがあったとは書いて有りませんでした。
「こんな大掛かりに差押さえをするとは、警察も一緒になって居るだろう。
 これを期に徹底的に今までの嘘の申告を調べて、俺も拘留されるのは間違いない。」
Mは思い込んだのです。
「そうなると税理士から部長や経理の職員まで巻き込むだろう。
 この狭い街で25軒も差押さえ通知が行けば、町中の騒ぎとなるだろう。
 そして私がしょっ引かれ多のでは、一体この先どうなるだろうか。」
調書が届いた翌日は土日で休日でした。

Mは半狂乱で部長と経理社員と税理士と古くからの顧問にぐるぐる回しで
電話をしたのです。誰もが「差押さえと刑事問題は違う。心配のし過ぎだ。
それより実害のほうが問題だ。」
と云います。
Mの耳には入りません。
また部長から顧問までさっきと同じ電話をするのです。

「全部の資産が差押さえになってもよい。問題は刑事事件にさえならなければ」
しかし気違いのようになっているMには警察署長がお墨付きを呉れない限り納得は
無いでしょう。挙句の果てに自宅にある書類を全部箱につめて一山離れた親戚に
預けて漸く一寸は眠れました。

Mの心配は5日ほど続きました。
しかし警察は来そうもないし、町中で噂になっている筈ですが、
みんな今まで通りの挨拶をしてくれます。
次第にみんなの言うとおり刑事問題にはならないだろうと云う気持ちに
変わって来て居ります。

こんな思いをするならば、もう粉飾など絶対にしないと固く自分に誓いました。
しかし、差押さえの実害は32箇所の差押さえのうち1軒だけです。
県庁です。そしてこれがM社の売掛金の全てでした。
これで、仕入先にも、下請けにも、そして社員にも全然払えません。

会社は廃業します。
Mが虚偽の申請はしないと誓ったとき、其の会社はなくなり、必要なくなりました。





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銀行に狙らわれた不良債権の肩代わり

2010-02-08 | 事例
こんな話になったのは、税務署に提出する書類からです。
3月決算の数字も見えて来た2年前の4月下旬、弟はあっさり他界してしまいました。
弟は母の土地にビルを建てて、会社になっては居りますが、実質的には一人で其の
管理をして生活をして居ります。

このときに、税務署に提出書類が多くありました。
責任者兼実務者が居ないために、兄の私が代行して書類を出しました。
無人の会社ですから、提出書類は会社名だけです。

ところが税務署は、責任者の名前がない書類は受け取ることが出来ないと
言い出したのです。
「仮でもよいから兄さんの貴方の名前を書いてください。」
まさか社長でない者が社長と明記するわけにも行かず、赤字会社だから
直ぐに整理をすればよい、人も事情を説明すれば解ってくれるだろうと、
安易な気持ちで社長になったのです。

実務である仕事は、僅かな家賃の管理だけです。
私の会社の事務員でも片手間に出来ます。
ところがこれが大失敗の発端でした。
早く整理をするつもりが、多忙にかこつけて、
ついそのまま過ごしてしまったのです。

弟の会社の銀行と私の会社の銀行は同じです。ともに1行だけです。
弟は会社で1億、個人で3000万を借りて居り、ともに私と母が保証人です。
会社は母の土地に会社名義の賃貸ビルを建てて居りますが、万年赤字、
母に対する土地の賃料は勿論税金も払わず、近々は銀行にも金利のみだった様です。

満額でも120万の家賃、うち60万は金利、生活費のほかに経費も係り返済や
納税まで手が回らなかったのでしょう。

銀行は黙って様子見です。私に後始末を押し付けたいが、私が仮の社長を
連発する為に出来なかったのでしょう。しかし、不良債権になるのが免れないと
思っていたのに、私が社長になり、家賃集計など私の事務員がやっている様子。
その時からこの弟の不良債権を私の会社の借入に回すことを考えたと思います。

弟が亡くなって2ヶ月ほどは、こちらもうっかり、払わなかったのですが、
落ち着いてきたために、それまで弟が払っていた金額を払いに行来ました。
受け取らないのです。
「私どもも払ってくれる人が会社の人間であれば喜んで頂きます。
 兄さんは税務署の都合で名前だけの社長であって、本当の会社の人で
 無いことは何回も説明を受けて居ります。ですから頂くわけには行きません。
 兄さんが名実とも社長になって頂くと私どもも有りたいですがね。」
解ったような解らない説明です。

そのまま金利だけを払っていましたが銀行は通帳から落としません。
そんな状態が小1年続いたでしょうか。
あるとき何かでお金が必要のときに、試しにこれを引き出ししました。
出来るのです。
それからは単なる預金としてこの金を使い、そして何時の間にか口座に
振り込む事も忘れて来ました。

この1月になって、急に呼び出しがありました。
支店長は居りませが次席と担当です。

「弟さんの後を整理するために社長になっていると思って居りましたが、
 この2年間、其の気配は全然見当たりません。逆に家賃を今の会社に
 利用しているようにも感じられるくらいです。当行も、そろそろ結論を
 出さないといけませんが、今のような状態で、貴方と貴方の会社は関係ない
 と言っても世間は通りませんよ。そうなれば貴方は倒産会社の社長として
 非常な不利になります。今の貴方の会社は銀行取引は出来なくなるし、
 即貴方の私有財産は差押さえになります。私のほうはもう1年近く、
 金利すら未入金ですから、直ぐにでも期限の利益は喪失できます。」

続けて銀行が言うには、担保のビルの敷地だけでも私の会社で買い上げてくれ。
そうすれば銀行も不良債権にはしなくてもよい様にします。購入資金は用意します、
と言うのです。そして、保証人も債務者も同じであるから、今後あなたが名実ともに
債務者となってやってくれれば弟の会社の事は全て丸く収まります。

時間が無いから2月中旬までにやりましょう。
と言う話です。

良く解りませんが、弟の公私の借金1億3000万を私が債務者になるのが、
一番うまくいくということです。
保証をしているからそうしても同じことらしいです。
またそうしないと、2年間社長をして来た私は完全に参ってしまうとの事です。

その場では解らぬままに一旦承知をしました。
なんとなく胡散くさいから知識のある人に聞いて見ると、保証人が
債務者の肩代わりをするなんて飛んでも無いことだと分かったので、
直ぐに取り消しを申しこみました。

先ほどまで、銀行の怒りを散々聞かさて、別れたばかりです。
私はこれからどうなるでしょうか。





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債務名義がある債権の譲渡

2010-02-06 | 事例
M建設の社長が亡くなった時、銀行の生命保険の差押さえは素早かったです。
丁度其の月に手形貸付の期日があり、銀行は書き換えを断りました。
勿論返せる筈が有りません。
其の4日後、今までは銀行も知り抜いている経営者保険が仮差になったのです。

直ちに支払いの訴訟が始まり、債務名義を取られてこの保険金は銀行に取られました。
そしてM建設はサービサーに債権譲渡をされました。

嫁のM子は其れでも商売を続けるために、切り回しに躍起です。
そのM子が恐れていたことは、「サービサーは銀行が取得した債務名義が
そのまま使えるだろうか。」と言うことでした。

サービサーが銀行が取得した債務名義をそのまま使えるとすると、
不意に来られればM建設はひとたまりありません。
しかしそれが使えなくて新たに取らないと差押さえが出来ない場合は、
訴訟から3ヶ月は掛かるでしょうから売掛金にも手は打てます。

古くから付き合っている弁護士は「勿論出来ます。」と自信を持って答えます。
でも、保険差押さえの時に依頼した弁護士は、なんとなく言葉を濁します。
「直ちに出来る」と明快ではありません。いきなり差押さえが出来るのと、
訴訟をしなければ出来ないのでは、やられるほうは随分違います。

本やインターネットを調べても、売掛金の承継執行について
述べているものが見つかりません。

M子は思い切って裁判所に聞いてみる事にしました。
「債務名義の付いた債権を譲渡してもらったときに
 そのまま差押さえを執行できますか。」
簡単な質問です。

ところがこの答えが裁判所でも簡単に出ませんでした。
最初にかけた、執行部門野担当者は電話口で考え込みました。
暫くしてかえってきた返事は、「当部署ではそのような質問を
受けたことがありません。したがってお答えできませんが、
債務名義を発行した部門ならば解りますからそちらに電話を回します。」
と言うのが答えでした。

一旦電話を切り、銀行と争った時の部署に電話をしました。
「本日は私の名前を言うのは勘弁してください。」と言う前置きで
質問をしたのです。

「債権者や債務者が債務名義と違っている場合は、
 新たな執行分付与文をつけないとなりません。
 ただしこの付与文は、与えてもよいかどうか裁判所で調べます。
 その時に必要な書類を出して頂きます。単に内容証明で売掛金譲渡の
 通知を出して、其の配達証明があるからと言って、それが直ちに
 執行文付与になるとは限りません。それ以上の事はあなたが実際に
 申請して頂かないとお答えしかねます。」

どうやら無条件に売掛金の譲渡に債務名義は、付いていくものでは
ないらしいと云う事は解りましたがそれ以上は解りません。
「しかし銀行とサービサーの間だ。裁判所は無条件認めるだろう。
 用心をするのに越したことが無い。」
M子はサービサーに直ちに使える債務名義があるという気持ちで、
日々の業務を続けて居りました。相当実務に影響したことは事実です。

一方サービサーは結構厳しく、M建設をせめて来ます。
和解金額は200万と1200万、それ以上縮まりません。

交渉は途切れ途切れに2年続きました。しかし解決の兆しは見えません。
ついにサービサーは「もうこれ以上交渉は無駄でしょう。
法的回収に移らせて頂きます。」と最後の通告です。

「差押さえがあるな」
しかし、裁判所から届いた書類は差押さえ通知でなく、売掛金支払いに
対する訴状でした。債務名義を持っている筈なのに、もう1度取る積もりでしょうか。
其の通りでした。サービサーは、今まで債務名義はもっていなかった様子です。

裁判は、勿論負けで新たに債務名義が渡りました。
しかし今までそれを想定してきて居りますから、何時差押さえがあっても平気です。

唯、M子には債務名義がある筈のところが、何故また裁判をやったのか
どうしても解りません。

「裁判所は執行付与文を出す前に、債務者に差押さえ者が変わったことを
 返答つきの連絡をするのさ。其の返答があってから初めて執行付与文も
 発行できるのさ」
ある人が教えてくれたときに漸く今までの疑問が解けました。
もう無いでしょうが、今度こうした例にぶっつかると手は打てます。
留守で裁判所の通知が受け取れない場合はサービサーに債務名義は渡らないです。

其れにしても何故、こうした債務者が最も知りたいことを書いた本や
インターネットで見つからないのでしょうか。債務者にとっては自分を
守ることでも、論議してはいけないことかも知れません。





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サービサー  執念の回収

2010-02-03 | 事例
Vはついに270万、最初からサービサーの主張している線で和解する事の決めました。
甥が小会社の社長で其処で働いて居ります。
もう20年も前にゴルフ会員権の購入が失敗して、今頃終止符を打とうとして居ります。

自宅は勿論の事、手持ちの非上場の会社株まで社長に頼んで処分しましたが、
7000万残ったのです。そんな頃サービサーに譲渡されました。
270万はそんな頃サービサーが切り出した和解額でした。
今は彼は本社と工場を結ぶメール便の運転手までに落ちて居ります。
其れでも変わりません。しかし、彼には自宅と株の処分時にうまくやった
500万が虎の子として隠し持って居ります。

サービサーは270万という数字を出すと直ぐに訴訟を起こして債務名義をとって居ります。
何も知らないVはこれで何もかも取られると震えあがったものです。
サービサーはVを震えさせただけで何もしませんでした。
しかしこのためにVがサービサーに使った気配りは大変なものでした。

今の収入では30万でも無理です。所得証明が証明して居ります。
其れでもサービサーは270万を譲りません。
見つかったら500万を取られる。Vは此処何年か生きた心地はしません。
其れでもある日「どうしても払わないならば当社でも回収方法を変えます。」

其の一声で給料の差押さえ。
Vの虎の子の500万から270万が消えました。

同じ様に1億2000万を譲渡された会社があります。
これも200万と1200万で話は平行線です。
債務名義を取られて2年間続いて居ります。

差押さえがすごかった。
得意先・取引銀行・借り事務所の保証金まで全部で29箇所差押えられました。
小さな町にちょっとした騒ぎを起こしたものです。

売掛金が官庁の550万だけが全てでそれをやられました。
差押さえの後サービサーから電話がありました。
「500万で和解をしましょう。」

この会社は廃業に向けて整理して居ります。

こんな例もあります。
このサービサーがHに突きつけた和解額は8000万です。
それと同時に一方的に債務名義を取られて居ります。

父親の債務に対しての保証、残金は2億4000万ですからちょうど3分の1です。
丁度運よくHが始めた純粋水が大当たりをして、有名なスーパーなどでも
取り上げて居りました。儲けを隠すのに苦労している状態でした。

それにしても8000万とは高い。彼は他のサービサーの役員をしている
弁護士に和解を依頼しました。弁護士にはサービサーが言った8000万の
額を言って居りません。其のほうが安くまとまると思ったからです。

交渉は、1年以上続いたと思いました。
何のことは無い和解額は8000万です。6000万は直ちに支払う。
2000は2年間の均等分割を認めるというものです。

弁護士は2000万を、さらに半分くらいに負けさせると言いましたが、
何にもなって居りません。しかし、弁護士は2億4000万が8000万に
なったのですから大成功と自賛するのです。

Iは会社の代表でした。2億5000万が譲渡されて居ります。
自宅も職も無いIは300万という額を提示しました。
なんとサービサーの出した額が4000万です。

「そんな金あればこうはならなかった。」と言うと
「今まで事業をやってきたのだから、その位は稼いで返せ。」
と夢見たいな事を言って居ます。
此処も直ちに債務名義をとって居ります。

何のかんのと言って居るとき、Iの友達が、「借金を全部整理して、
俺んとこに役員で来てくれ」と言う話が有った事が有ります。
ためにまた300万の復活申し込みです。
答えはNOです。4000万を負けることは出来ないと言うことです。
それから3年電話一本もありません。

珍しく債務名義は取られないが、2400万の債権に対し、100万と1200万で物別れ、
ついに1月末の債務名義を取られた会社があります。
資産はありませんが売り先は1流です。それだけの保全は難しいです。
この結末は、わかるような気がします。

想像もしていない高い額を要求されて、直ぐに債務名義を取られる。
そして2-3年交渉があります。
差押さえをされてはとこちらは懸命です。

しかし最終は差押さえになって相手の言うとおりになるか破産です。
このサービサーにやり方は殆どこの通りになって居ると思います。

このサービサーの言うことは通達であって交渉ではないです。
おそらくサービサーの中では一番きついサービサーではないでしょうか。
其れにしてもサービサーを許す法律は悪法です。





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