カマキリ  小川凛

死の有効利用を果たすまでの
ふたりの軌跡です

第28話 フィナーレ

2006-05-26 | Weblog
背後で私が
何を思っていて、
背後から私が
何をしようと
しているのかなんて…

そんな事は何も知らずに
大家さんは無防備な後ろ姿を晒したまま、奥の部屋へとつづくドアノブに手を掛けた

…いや、真後ろからじゃ、ちょっとよく見えなかったけれど、もしかしたら手を掛けようとした、その一瞬手前だったかもしれない
とにかく、ドアを開けるその直前に突然…


ゴホッ


という咳をする声が部屋の中から、小さくだけど確かにわたしたちふたりの耳に聞こえてきた

もしかしたら
私以外の誰かが家の中にいるのを察知したあいつが、最後の力を振り絞って、その「誰か」に助けを呼ぼうとしたのかもしれない


それが一体誰であろうと、今の自分の悲惨な姿を見せさえすれば、か弱い女の子…ではなく、それ以上にか弱い中年男性の味方に…
絶対に自分の味方になってくれる。
助けてくれる。

などと考えたのかもしれない…。

今となっちゃ事の真意なんて到底分からないけれど…

とにかくその瞬間、部屋の中から音がするのを聞いた大家さんが、突然私の方を振り返ったから
私は体の前に構えていたナイフを急いで背中に隠した

大家さんは部屋の中から突然聞こえた音に、少し驚きながら

「どなたか…いらっしゃるの?」

と私に質問してきた
だから私は正直に

「あー…。あの…お母さんの彼…ていうか、あの…何て言うのかな…。あ、新しいお父さんが、今中で寝てるんです。あの…風邪をこじらせて…あ、でも、いいですよ。中…見てください。どうぞ。」

大家さんを安心させるためとはいえ、嘘でもあいつの事を
「お父さん」と呼んだ事に内心、反吐が出そうだった。
胸が一瞬ズキンと痛んだ

そうやって私が心の中で軽い葛藤をしていたら
大家さんの口から思いもしなかった言葉が出てきた

「そう…。じゃあ悪いから、ここはいいわね…。」


内心「へ?」と思った。
私が緊張感なく、あっけらかんとしゃべってしまったからだろうか…大家さんは部屋の中を見なかった。
見ようとしなかった。

挙動不振のさっきとは一変、落ち着き払った私の様子に、急にその言葉を信じる気になったのだろうか?


とにかくドアは開けずに、
大家さんは他の場所を軽く見ると、すぐに玄関に向かって歩き始めた


もしも私の推測通り、あいつが助けを呼びたい一心で咳をしたのだとしたら、それは完全に裏目に出てしまった事になる

あいつが最後の力を振り絞った結果が、最大にして最後のチャンスを棒に振るという結末を導いたのだとしたら、これ以上の傑作はない。

まぁ、とは言うものの、大家さんがドアを開けた所で結果は同じだったんだけど…ね。
あ、死体はひとつ増えてしまったかもしれないけれど…(笑)

とにかく大家さんはもう
二度と奥の部屋を振り返る事はなく、スタスタと玄関へと歩いていった

正直、なんか気が抜けた。

玄関に着くと、大家さんはあいつの靴を見て

「あぁ…これ」

と言った。だから私も

「えぇ…」

と答えた。

何か少しだけ急いでるみたいにさえ見えた
なんでだろう?
気のせいかな?


大家さんは玄関に置いてある自分のサンダルに、慣れた感じでスッ、スッと足を入れると、あまりキチンと挨拶もせずに、すぐに家から出ていってしまった。

出てったあと、ドアが完全に閉まりきるまでを
私はボーッと眺めながら


少しホッとしたけれど
でも本当は少し……。


……いや、いいや
やめとこう。


でも突然の大家さんの来客のおかげで、また少しハラハラドキドキ出来て嬉しかった。

いいことないかなぁ?
なんて思ってたけど、ちょっといいこと…あった、
…かな?(笑)


と言っても、肩透かしをくらったので、軽い興奮状態のまま
高ぶった気持ちはおさまらず。

だから少し、気を落ち着かせるために洗面所に行こうと思った
今度はちゃんと玄関の鍵を閉めてから、洗面所に入った(笑)


ビックリした。

鏡を見た瞬間ビックリした。

固まって黒くなっていて
わかりづらくなっていたとはいえ、私の顔や体には血の固まりが結構ついていたから。

その跡は黒くて赤かった。

こんな姿を見ても大家さんは本当に何も思わなかったのだろうか?

確かに泥遊びで汚れただけ…とか、絵の具を使って遊んだだけ…とか

血ではない他のものにも
見えなくもないけれど…。


でも、見えないから帰ったんだろうし…う~ん。ちょっとよくわからなかった

ただ改めて血でカピカピの自分の髪や体を見たら途端に気持ち悪くなり、どうしても洗い流したくなってシャワーを浴びる事にした。スカートを脱ぐと自分がまだパンツをはいてる事に
ビックリした。

てっきりあいつに脱がされたものとばかり思っていたけれど、めくれ上がったりはしているものの、ちゃんと…でもないけど、でも
はいてた。

「あいつ変態だから…あえて脱がさずに、横にずらして入れたのかな?」

そんな事を考えながら何となくパンツを脱ぐと、パンツの内側の、あそこに当たってた場所あたりにドローッとあいつの黄色がかった白濁の精液が垂れて、そしてその場所にかなりの量が溜まってて、まるで水溜まりみたくなっていた

物凄い量だった。

そこからプーン…と精液特有の独特な…漂白剤のハイターみたいな臭いがした

「中にずっと…こんなにたくさん入ってたのかな…?大丈夫かな?赤ちゃん出来たりしないかな…」

と、少し不安になった。

そういうのもあって
色んな意味で体をキレイにしたくって…
やっぱり急いでシャワーを浴びた
血で固まってたのかな?
最初に髪を洗う時、指が髪に引っ掛かって通らなくて痛くて苦労した。
シャンプーや石鹸の泡が血を溶かして混ざってピンク色だった。
ちょっとキレイだった。

髪を洗ってる時にシャワーのザーッて音とは別にボタボタッて音とあそこから何か垂れる感触がしたから、足元を見ると量は少しだったけれど、またあそこから
あいつの精子とそして赤黒い血の固まりみたいなのが落ちていた

それは水には溶けずに水の流れに乗って軽くクルクル回ると排水溝の中に吸い込まれていった

シャンプーの途中だったから私は髪に両手を入れたままの体勢で
それがクルクルと吸い込まれる様を見ながら

私はボーッとしていた、まるでその時だけ、時間が止まったみたいだった。

その止まった時間の中で私は

「単純に…信じてくれたって事…かな?」

と、突然帰った大家さんの事を、また考えていた

けど考えても考えても、帰ったものはもう仕方がないし、今更そんな事をやってても、もうキリがないので私は、その事について考えるのを止めてしまった

考えるのを止めて少し冷静になった私は
そのあと、あそこの中に指を突っ込んで中にあるものを全部掻き出そうとした。
掻き出そうとするうちにさっきの冷静さはすぐに消え失せてしまい
気付いたら狂ったように何度も指を奥まで突っ込んではグリグリ掻き回して、
あいつの汚れた精液を掻き出そうと夢中になっていた

しばらく掻き回し続けて、さすがにもう何もないだろう…って納得出来たから
今度は石鹸を泡立てて、その泡を使って外側をキレイにした

そのまま体の他の場所も全部キレイに洗って、流して、サッパリしたところで
浴室を出て、バスタオルを探して体を拭こうと思ったら
体を拭けるようなものが近くに全然なかった。

急に入ろうと思ったもんだから
私は事前にバスタオルを準備するのをすっかり忘れちゃってて
髪も体も、びちゃびちゃに濡れたまま、しばらく立ち尽くし、そうやってちょっと困った挙げ句、しょうがないから洗面所の横のタオルハンガーにかかってる手を拭く用の小さいタオルを使って体を拭く事にした。


「ん?アレ?さっき使った…っけ?」


拭こうと思って手に取った時、タオルに若干、見覚えのない赤いシミみたいなのがついてたけれど、
けどその時は大して気に留めなかった。

それから新しい服に着替えようと体を拭きながら
軽~い気持ちで奥の部屋へ戻ろうと思ったら


そしたら、なんだか急に
嫌な予感がした。

何て言うんだろう…

こういうのを胸騒ぎって言うのかな?

とにかく、とっても嫌な予感だった。


でも、いつまでも服を着ないワケにもいかないので、小さい手拭いで体を軽く覆いながら足音を立てないように

ゆっくり…ゆっくりと
奥の部屋へと近付いた

今お風呂に入ったばかりだってのに、私は背中や手足にびっしょりと汗をかいてしまっていた

それは爽やかじゃない種類の、ジトーッとした汗だった



…でもダメだった。

…どうしてもダメだった。

どうしても怖くって、踏ん切りがつかなくて
奥の部屋へと私は近付く事さえ出来ず

本当は、そのまま玄関から家の外へと出たいくらいだったけれど、裸のままではそれもかなわず
私は洗面所の方にまた戻ると、洗面台の横に置いた
さっきのナイフを握り締め
洗面所の横のトイレの中に入ると
直ぐに鍵を閉めて弁座の上に座りこんでしまった。

その時、鍵を閉める時に、自分でもビックリするくらい指先が震えてて、一回ではうまく閉められなかった。

寒さではなく…あきらかに何かに対して脅えてたんだと思う。


「あいつを最後まで殺さなくちゃ…早く止めを刺さなくちゃ…ウーさんの仇を取らなくちゃ…」


頭ではそう思うんだけど、どうしても踏ん切りがつかなくて、ナイフを両手で握り締め弁座に座ったまま
ドアにある換気の為の細長い穴からトイレの外を見つめながら
私はただ、ガタガタと震えていた。


……そのままどれくらいが経ったんだろう?

何時間も経ったようにも感じるし、ほんの数秒だったようにも感じる…


ここから先はもう、見たワケでも体験したワケでもないから音を聞いての私の想像でしかないんだけれど…

とにかく私がトイレに閉じこもってる間に、家の中では、一気に色々な事が起きた

まずは、ちゃんと鍵を閉めたハズの玄関の扉を開けて、何人かの…正確な人数まではわからないけれど、多分たくさんの人間が、部屋の中に入ってきた、それからその足音は足早に奥の部屋へと向かってって、その後すぐ誰かの大声や叫び声とかが聞こえてきて、大きな音で争ってる音が聞こえた

それからしばらくするとパトカーの音か救急車の音か、どっちかはよくわからなかったけれど家の外からサイレンの音が聞こえてきた。

奥の部屋では、どうやってやったのかはわからないけれど、床に張り付けられてたハズのあいつが、それを解いて立ち上がり、凶器を持ち、私を殺そうと奥の部屋のドアの前で待ち構えていたらしい

それを聞いてから今思うと、きっと私が自分の近くから離れる機会を、ずっとあいつは待っていたんだと思う。

弱りきって、無抵抗なフリをして…伺っていたんだと思う…
復讐する…好機を。

そこに多分シャワーを浴びる音みたいなのが聞こえてきたんじゃないかな?

それを聞いて「今だ」と思い、どうにかして固定してた包丁を抜いて動ける状態にまで復活し、私の帰りを今か今かと部屋の中で待っていたんじゃないだろうか…?

奥の部屋に突入した警察官の何人かが突然切り付けられて怪我を負わされたと、あとから聞いた時、そう思った。


騒がしかった家の中が静まり返ってしばらくしてから、私の名を呼び、私を探す女の人の声がした…

それは聞き覚えのある懐かしい声った…

「…そんな、まさか」

私は自分の耳を疑った

その声の主がもしも外にいるのなら…私は…私は…

驚きと困惑と喜びに背中を押され

恐る恐る鍵を開け
私はトイレのドアをゆっくりと開いた…。


あの人の笑顔を期待して…


お母さんがそこにいてくれる事だけを期待して…







つづく

第27話 望まない殺人

2006-05-12 | Weblog
「あ、アラ…こんにちわ」


「何度かピンポンしたんだけどね…誰も出て来ないから誰もいないのかなぁ…って…凛ちゃん、いたのね」


「あ…ごめんなさいね、ドアが開いてたもんだから、あの…勝手に開けちゃって…」


「最近お見かけしないけれど、お母さん…いる?」


「そう…出来ればお母さんとお話ししたいんだけど…仕方ないね」


「じゃあ、おばさんちょっとだけお邪魔しても…いいかしら?」



私はその人の問い掛けに首を横に振るくらいしか出来なかった。
予期せぬ突然の来客に、驚きと焦りで言葉が何も出て来なかったから
もちろん今、家の中に誰かを入れるわけには
どうしてもいかなかったけれど、けど何をどう説明して、どうやって断ればいいのかなんてわからなかった、だからうまくしゃべれなかった。

そのせいもあってか、結果、おばさん特有の厚かましさと強引さ、その上、自分の置かれた立場の特権という後ろ盾を得て、ちゃんとした言葉には、なっていなかったとはいえ、
私がちゃんと首を横に振って意志表示しているというのに、
なのにその人は、それを無視して勝手に家の中まで入って来てしまった、ズケズケと…。


学校に行く登下校の時に挨拶を交わすくらいで、これまであまりキチンとは話した事なかった
このアパートの大家さん。

二階建ての一階に、ひとりで住んでて、50歳くらいの少し小太りで、見るからに人のいいおばさん…その人。


私は先を歩き、おかしな所はないか?とキョロキョロとチェックしながらリビングまで大家さんを案内した。

そして案内したリビングのテーブルに座ると、大家さんは、ゆっくりとしゃべりはじめた。


「…こんな事は、本当は言いたくないんだけどね…。」

その言葉に一瞬、心臓が潰されるかと思った
けど、そんなのお構いなしで大家さんはしゃべり続ける


「あの…苦情が出てるのよ。」


「苦情…ですか?」


「凛ちゃん…。これからおばさんが聞くことに、正直に答えてね?」


今度は心臓が爆発しそうなくらいすごい音を立ててバクバク動いていた。
恥ずかしい。というワケではなかったけれど顔が赤くなり熱くなった。
一体何を聞かれるのだろう?
一体何を言われるのだろう?
こう聞かれたらこう答えよう。
どんな事を言われても、絶対に自然な顔をしていなければ…。
と考えれば考えるほど、頭がグルグル回って焦って、かえってパニックになった。

しかし、大家さんの口から発せられたその言葉は、私の想像とは掛け離れた言葉だった。


「…ペット。…猫、飼ってない?」


そう言われた瞬間、正直、なんだその事か~。
ってホッとした。
だから私はすぐに答えた


「飼ってません。猫なんていません。」

嘘はついていないから、あくまで自然に言えてすごい嬉しかった。
今の私すっごい自然だったよね?大丈夫だったよね?
と心の中で自分に言った。

だってもう、飼ってないから。
ちょっと前なら確かにいたけれど、今はもうウーさんは、猫はこの部屋にはいないから。
私は間違ってない。
私は嘘は言ってない。


「…そう。でもアパートの…誰とは言えないけれど他の部屋の人から、ここはペット飼っちゃいけないハズなのに、どうも小川さんのお宅あたりから、猫の鳴き声みたいな音が聞こえるって苦情が出…」

「飼ってません!嘘じゃありません!飼ってないんです!本当です!」


今までずっと直視出来なかった大家さんの目を
今度は鋭く直視して、強い口調で言った。
けど言ったあと、少し必死すぎた事をちょっとだけ後悔した。
すると、しばらくの沈黙のあと、大家さんは椅子から立ち上がりながら


「じゃあ…」


と、言ったから…、私はもうその瞬間「やった!」と思った。
やっと帰ってくれる。良かった。バレなかった。何も起こらずにすんだ。ハァ…良かった~。などと思った。だから…

「ハイッ」

と、大家さんの「じゃあ」の言葉を遮るように、もう待てなくてすぐに返事をした。
すると大家さんは遮られた「じゃあ」の続きを再度、ゆっくりとしゃべりだした。

「ごめんね。悪いわね…。おばさんも凛ちゃんを疑ってるワケじゃないのよ?ごめんね…。
じゃあ…お言葉に甘えて、調べさせてもらうね。」


「あっ?」


と、つい不機嫌に言っちゃいそうだった。
「はっ?何言ってんの?このババァ?」と汚い言葉が浮かんできて、口からつい出ちゃいそうだった。

キョロキョロと猫を探して、足元を見回す大家さんをなんとか止めようとしたけれど
方法がみつからなかった。
猫が本当にいないなら、調べてもらえばいい。
それだけの事だ。

だからそれを、止められなかった。
これ以上、何かを言えば言うほど、嘘臭くなる。
実際、猫はいない。
だから調べられてもそれ自体は困らない。

ただ困るのは…困るのは、そんな事ではなく、
奥の部屋のドアを開けられて、包丁とフォークの突き刺さった無惨な姿のあいつを見付けられる事…だから。


冷や汗が止まらなかった。何をどうすればいいのかわからなかった。
するとその時、

「ねぇ凛ちゃん」

と不意に名前を呼ばれて、一瞬ビクッと大きく体が震え、そして膠着した。
それを悟られない様に、私はあくまで自然に

「はい。ね?いないでしょ?」
と言った。すると大家さんが床を指差しながら

「この…黒いのは何かしら?」

と、言った。ウーさんの血痕を指差しながら…

私は何か言おう何か言おうと思ったんだけれど、うまい言葉が考えられなくてみつからなくて出てこなくて、何度も口を開きかけてはまた閉じて…と繰り返していた。本当に焦った。ジトーッと背中に嫌な汗をかいているのがわかった


「困るのよね…綺麗に使ってもらわないと…」


「…ごめんなさい」


これは一体何なのか?と、もっと深く追求されるのかと思って焦ったけれど、そこについては案外あっさり諦めてくれたから、心の底からホッとした。

けど、それも束の間

「他も…いい?」

と言われて…
「あぁ…もう終わったな」と思った。

「あ、はい。」

と力なく答えてから、なぜかテーブルの上の食器を持ってトボトボと台所に歩いた。
「もうダメだ…」と思いながら。

そんな私の様子を知ってか知らずか、大家さんはお風呂場とかトイレとか洗面所のある方に歩いていった。


私は、ドキドキしながら、でももう何もする事が出来なくて…
何かしてなくちゃ気が狂いそうだったから


なぜか、今すべき事じゃないとは、もちろんわかっていたけれど
とにかくもう何かをしてたくて、さっきの食器を洗う事にした。
食器を持ったら手が小刻みに震えててナイフを乗せたお皿がカチャカチャ鳴った

するとお皿の上にナイフはあるのにフォークがなかった

キョロキョロどこを探してもなかった。

どんなに探してもみつからないもんだから、もう諦めかけたその時、突然パッと目の前にフォークが現われて、かなりビックリした。

私どんだけ気が動転してたんだろう?


…右手にしっかり掴んでた。
右手にずっと握り締めてた(笑)

しかも、それがただのフォークじゃないの。
ウーさんの目玉つきのフォーク…


「見られたかな?」


大家さんとやりとりしてる間中も、私ったらずっと、このフォークを掴んでたんだ…
そのフォークをみつけた瞬間から、さっきまでの自分はどこへやら…なんだか可笑しくなってきた。

笑っちゃいそうだった。

「もう、なんだっていいや…なんだって…ハハハ」

独り言みたいにブツブツ繰り返してた

もう全然ドキドキしてなくて、普通だった。
さっきまでは手足が震えてたハズなんだけど、それももうピタッとやんで
落ち着いた…って言うか、なんだか、また楽しくなってきた
とりあえず私は、普通にフォークからスーッとウーさんの目玉を抜いて、流しの横に置いた。

それからお皿とナイフとフォークを、洗剤を使って綺麗に洗った。

「どうせすぐ使うけどね」

なんてつぶやきながら。

完全に開き直っちゃってた。

もう完全に開き直ってた。


「ひとりもふたりも一緒か…」

なんかもう可笑しくて笑いが止まらなかった。

恨みも何もない大家さんには悪いけど、けど…しょうがないよね?
自分が悪いんだもんね?
どうせいつかバレちゃうだろうし…でもこんな早くとは思わなかったな。

それにしてもバカだなぁ…あの人。可哀相。

黙って帰ってれば、こんな事にはならなかったのに

死なずにすんだのに(笑)


正当防衛とか、そんなんじゃなくて、ただあいつを最後まで殺すのに邪魔だったからってだけで

そんな理由で

私はもう一人
人を殺すことにした。

ハッキリと

もう決めた。


「せめて、あんまり苦しめないようにしてあげよう…」

そんな事を考える余裕さえ生まれていた。

そんな時、ガチャッとリビングのドアが開いて大家さんが入ってきた。


「いないわね…」


その言葉に私は


「えぇ…いないです」


と、今度は落ち着き払った声で、そう答えた。


「悪いわね…他の入居者の手前もあるから…良かったら奥の部屋も…その…いいかしら?一応…ね?」

大家さんが言う奥の部屋とは、それこそまさしく、あいつがいる、その部屋だった

「えぇ…どうぞ、もちろん」

その言葉に大家さんは会釈というか…軽く頷いて、奥の部屋へと歩いていった

それについて私も一緒に歩いた。

大家さんの背中や後頭部をみつめながら…あまり離れすぎないように気を付けながら

一緒に歩いた。

「どこかな?やっぱり頭?それとも胸?こんなナイフで奥まで刺さるかな?一回で仕留められなくて、もしも大声を出されたらやっかいだな…あぁ、先に鍵を閉めといた方が良かったかな?今から走ってって間に合うかな?でもそしたら不信に思われちゃうかな?
あ、でも内側からだとどうせ開けられるから一緒か。
まぁ…大丈夫かな。

片手じゃ力入んないかな?両手でおもいっきりいったほうがいいかな?
そんなんでうまく、深く奥まで刺さるかな?
…まぁ、仕方ないか、やるしかないな…」

色々考えながらナイフを再度、ギュッと握り締めた。

大家さんの隙だらけの背中を見ながら、
「別に今でもいいんだけど」
とは思った。けど、今だと確実じゃないな。とも思った。
あいつの性器を噛み千切った時の様に、男性が射精する瞬間にひるんだ時を狙ったみたいに、
大家さんが部屋のドアを開けた瞬間、あいつの無残な姿を見て
思考がしばらく停止したその時に、
その時に一気にいくのが、一番確実だと思った、だから、その時を待つ事にした。

まだかなまだかな
ってワクワクした。

超ドキドキした。

もう一度チラッと手に持ってるナイフを、どんなだったか確認した。

ステーキを切る用の先の尖ったナイフだった
御飯食べる時用のナイフとフォーク…というより
むしろ刃物とか凶器って感じがした


だから
「これならきっと…」
そう思った。

そう思ったらその、ナイフを握る手が若干だけれどジトーッと汗ばんできた…。


これを武者震いって言うのかな?
手足がプルプル震えてた…


ナイフを握る手が
もっとジトーッと汗ばんできた……。





つづく。