Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

世にもヘビーな物語

2008-05-29 00:30:43 | 読書感想文(国内ミステリー)

私の本棚にはまるまる宮部みゆきの文庫本だけが入っている、名づけて「宮部文庫」というコーナーがあります。一応言っときますがハードカバーの本も数冊持ってます。貧乏だから滅多に買わないけど。しかしあれですよね、同じ「大極宮」の京極さんで「京極文庫」なんて作ったら、すぐに本棚いっぱいになっちゃいますよね。宮部さん3冊分でやっと京極さん1冊分くらいですもんね。


えー、前置きが長くなりましたが、今回私が「宮部文庫」よりチョイスしたのは、かの悪名高き「模倣犯」全五巻です。って、この小説が駄作だっつーわけじゃないんですけどね。なんつーかね、「模倣犯」っていうとどうしてもあの映画のことを思い出しちゃうわけで…。昨今マンガ原作のドラマについて「原作改悪」だの「イメージぶち壊し」だのってよく言われてますけど、この映画に比べればそんなのもうちゃんちゃらおかしいな、と。ほんとになんであんなことになっちゃったんでしょうねぇ、森田監督。


注:ここから先はネタバレあります。ご注意下さい。

さて、小説「模倣犯」の感想です。まずはあらすじから。

あらすじ:墨田区の大川公園で若い女性の右腕とハンドバックが見つかった。やがてバックの持ち主は3ヶ月前に失踪した古川鞠子と判明。しかし「犯人」はテレビ局に「右腕は鞠子のものじゃない」と電話をかけ、鞠子の祖父・有馬義男に接触をはかった。ほどなく鞠子は白骨死体となって発見されたが、それもまた「犯人」がテレビ局に通報したからだった。それからしばらくのち、群馬県の山道で「犯人」とおぼしき若い男二人を乗せた車が転落炎上。事件はこれで終結したかに見えたのだが―

初めて読んだときも内容が重くて何度も読むのが辛くなりましたが、この先誰がどうなるのか全くわからなかったのでまだラクでした。ですが今回は誰がどうなって何がこうなって最後にああなってそうなるのか全部わかっているから、より一層重くてしんどかったです。私の友人に「『模倣犯』は内容が重過ぎて途中で読むのをやめた」という人が数人いるのですが、今回は私も途中でギブアップしそうになりました。1回読んで内容知ってるんだし、わざわざしんどい思いしなくてもいいか、と。

そういうわけで、第2部(文庫の3巻まで)を読み終わった後、もう読むのやめようかとも思ったのですが、乗りかかった舟だしこの際最後まで読むかと思い直して第3部も一気に読みました。まあ、正直な話この小説が面白いのは第2部までなので、第3部は長い割にはあっという間に読めちゃいました。

では、あらすじを追って感想を書くと長くなって面倒なので、登場人物ごとに感想を書くことにします。けして手抜きしてるわけじゃありませんよ。


有馬義男:被害者古川鞠子の祖父で、下町(?)の豆腐屋店主。地位も学歴もないけど、長年培ってきた経験と知恵で「犯人」に立ち向かう、作中の登場人物の中で一番かっこよくて一番気の毒な人でした。宮部作品には有馬氏のような老人がよく出てきますが、ここまで気の毒な目に合わされてる人は初めてだと思います。第3部のクライマックスでピースを完全にやりこめた後、大川公園で泥酔して泣き崩れる落差に胸が締め付けられました。どんなに真面目に、どんなに誠実に生きていても恐ろしい犯罪に巻き込まれることが現実にはある、とわかってはいるのですが。

塚田真一:大川公園で右腕を発見した少年。宮部作品に少年が出てくるのはある意味お約束ですが、この塚田少年は強盗に両親と妹を殺害された上に、減刑を求める犯人の娘に追い掛け回されているという、これまたえらく気の毒な境遇にいます。塚田少年の境遇はヘビーすぎて、作中に書いてある分では表現しきれてないのではと思うくらいでした。石井夫妻(塚田少年の養父母)だっていろいろ苦労をしょいこんだのに、全然書かれてないんだもの。

前畑滋子:ルポライター。続編「楽園」で主役だったため、「模倣犯」でも活躍してたのかと思ってたのですが、私の記憶違いでした。警察は滋子とは別ルートでピース包囲網をじわじわ縮めていて、滋子が罠をしかけなくても遅かれ早かれピースは捕まってたんですね~。つか、最後のハッタリ以外は滋子たいして活躍してないような…。初めて読んだときは気にならなかったのですが、改めて読むと滋子は家族をほったらかしにして取材旅行に行ってしまったり、由美子の死に対する後悔が後回しになったあげく何事もなしで終わったり、あまり好感が持てませんでした。作者本人の分身でもあるから、特別優遇されてた気がします。

高井和明(カズ):蕎麦屋「長寿庵」の跡取り息子。連続殺人事件の容疑者の1人。「学歴がなくてもまじめにこつこつ頑張って働いてる人が一番偉い」ということの見本のような人ですが、あともうちょっと行動が早ければ…ってそれじゃ小説にならないか。第2部のラストに出てくるカズのモノローグは、全国のニートに聞かせてやりたい名文です。第2部のヒロミとカズの最期の場面が秀逸すぎて、「第3部読まなくていいかも」と思ったくらいですから。

栗橋浩美(ヒロミ):高井和明の幼なじみ。連続殺人事件の犯人の1人。
よ~く考えよ~♪友達選びは大事だよ~♪
一流大学を出ても働かずに周囲を見下し、女と遊ぶ金は親かカズから巻き上げる、あまりの痛さに殺人犯への怒りよりも「お気の毒に…」と可哀相に思う気持ちのほうが強かったです。ピースの生い立ちについてはあまり書かれていませんが、浩美は両親の異常さが(浩美の主観を交えてるにしても)詳しく描かれていたので、その分同情してしまったのもありますけど。しかし浩美の両親、ちょっとエグく書き過ぎな気が。猟奇的殺人犯の親のすべてがこうじゃなかろうに。

ピース:カズとヒロミの同級生。連続殺人事件の犯人の1人。読んでる最中、ずっと中居君の顔が頭に浮かんで、シリアスな場面でも笑いそうになって困りました。でも好青年だけどどこか嘘くさいピースは、中居君にぴったりかも。「知的な雰囲気」と「背が高い」ことを除けば。

樋口めぐみ:塚田真一の両親と妹を殺した強盗犯の娘で、最凶のモンスター。最初に読んだときは「こんな自分勝手なやついるかよ!なんで誰も止められないんだよ!!」と憤りましたが、最近の事件・裁判を見てると現実の社会のほうがもっと恐ろしいモンスターだらけですね。樋口めぐみの父親を弁護する弁護団が、あの事件の弁護団と被って見えてぞっとしました。宮部さんが意図的にそう書いたわけは絶対ないのだけれど。

高井由美子:高井和明の妹。物語の前半と後半で180度違うキャラにされてしまった、気の毒な女性。多分、当初由美子に振るはずだった役割をごっそり前畑滋子にシフトしちゃったんだろうなぁ。最後は信じていたピースに裏切られてホテルから飛び降り自殺をしてしまいましたが、そこまでやる必要があったのか疑問です。子供の頃図書館でピースに会っていた、という伏線もほったらかしだったし。

警察のみなさん:実は一番活躍してるのに、作中全然取り上げられてませんでした。ヒロミが有馬豆腐店に電話かけてた頃は、それなりに出番があったのに。捜査本部の様子をもうちょっと詳しく描いて欲しかったです。


携帯電話とか塚田少年が提案した悩み相談の通話記録とか、きちんと回収されないままに終わった伏線がいくつもありましたが、それを差し引いても充分面白かったです。そりゃ「あそこをああしてここをこうしてれば、もっとよかったのに」と思うところもありますが…。



4 コメント

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お疲れ様でした (ドロシネア)
2008-05-29 12:42:58
通読、ご苦労さまでした

なるほど、映画しか観てなくて
原作がそういうお話だったとは
まったくわからなかったよ

これに比べると「理由」のほうは
成功した映画化だったと言えるのか?
疲れたけど面白かった。 (もちきち)
2008-05-29 23:37:57
>ドロシネア
最近、猟奇的な殺人事件が多いこともあって
読んでて色々考えされられたよ。
よく「襲われるほうに落ち度がある」なんて
無神経ことを言う人がいるけど、この小説
読んだらそういう人の心理がちょっとわかった…。

>「理由」
特に悪く言われて感想を見たことないから、
手堅い良作なんじゃないかな?登場人物の数が
すごいらしいけど(100人以上とか)。
上手です。 (くみ)
2008-05-30 19:35:11
もちきち師の「本」の記事はいつも面白く、師は文章がお上手だなぁと感心してしまいます。

一応「読書ブログ」やっているわたしが、あのザマ・・・しかもいまや「アニメブログ」・・・。

わたしもこの本は「イマドキの猟奇的な犯罪を犯す人々」がどうやって普段ものを考えて生活をしているのか?とか、それこそ「無神経な発言をする人々」の心理とかわかるよう気がしてそれが怖かったです。

>映画

友達が中○くんの大ファンで「見に行こう」と誘ってきて、どう断ろうか悩んだものでした。
その友人は本を読まない人だったので「原作読め!!原作を!!」と言いたかったです。
偶然、体調を崩して映画公開期間が終って、ほっとしましたよ。
あのラストはねぇ… (もちきち)
2008-05-31 00:05:42
>くみさん

コメントありがとうございます♪
私の文章には“萌え”とか“ときめき”が欠けてるので、
いつもくみさんの文章を読んで勉強させてもらってますよ~。

>「イマドキの猟奇的な犯罪を犯す人々」
“罪の意識”が軽すぎるor全然ない人が増えてますよね。
誰が何を言っても通じない樋口めぐみが一番怖かったです。

>どう断ろうか悩んだものでした。
もし自分がくみさんの立場なら、同じく相当悩んだと思います。とりあえず映画館の前で映画を見終わって出てくる人の顔を見てから決めよう、って勧めるとか?
映画公開時、観に行った人はどんな顔して映画館を後にしたんでしょうねぇ。。。

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