小幡憲仁写真日記

高浜町議会議員の小幡憲仁(おばたのりひと)です。
日々の議員活動やプライベートで撮影した写真を紹介します。

ターザン

2006-09-23 | Weblog
木のつるでターザン遊びをしています。
娘たちも、本当に楽しかったと喜んでいました。

ナラの森

2006-09-23 | Weblog
素晴らしい森です。この森に限らず、若狭の森はほとんど全て人間の手が入っているそうです。原生林はありません。

昔は広い範囲の山で炭焼きが行われていたようです。炭を焼くために切り倒した株から新しい芽が出て木が生えてきますので、二股、三股となった木が多いのです。

里山、奥山の話しを聞きました。最近は里山が見直されて、これを再生しようとする運動も各地で行われています。
昔は、里山がどの農村にもありました。ところが開発が進められて、この里山が無くなってしまったのです。人間が住む里と、獣が棲む奥山の間にクッションゾーンとしての里山が存在した頃は、獣が里まで下りてくることはありませんでした。
しかし、今では奥山と里が隣り合わせています。だから、獣が里に下りてくるのだそうです。

ナラの森の絨毯

2006-09-23 | Weblog
ナラの森の絨毯です。落葉広葉樹の森は、この落ち葉の絨毯が気落ちが良いのです。
これが腐葉土となって豊かな土壌を作ります。雨水を蓄え、ミネラル豊富な湧き水となって沢に流れ込み。やがて海に流れ込みます。全ての生命の源です。
土だけではなく、こうした広葉樹は木も多くの水を蓄えるのです。

落葉広葉樹の山が急激に無くなってしまいました。その結果、山の保水力が著しく低下し、雨が降ると直ぐに川の水が増水するのです。

若狭高浜町並み散策

2006-09-16 | Weblog
紅柄格子などが残る町屋です。

ところで、家の値打ちは何で決まるかご存知ですか。
①壁 ②障子 ③柱 だそうです。現代の住宅から全て失ったものばかりです。
壁は安っぽいボードに変わり、障子は味気ないサッシに変わり、柱は目に見えない位置に隠れてしまいました。

若狭高浜町並み散策

2006-09-16 | Weblog
町屋の内部を見学させていただきました。
京町屋と基本的に変わらない構造です。
写真ではその素晴らしさを上手く表現できていませんが、実に趣のある家屋です。いつまでも残しておきたものです。
家の土台は石で出来ており、家と土台はアンカーボルトで止めてありません。このことにより地震の際は家が石の土台の上を滑ることとなり、家の破損を防ぎます。
「ぬき」といわれる柱の組み方も筋交いなどは一切使ってありませんが、地震のエネルギーを逃がす作用があって最近は見直されつつあるようです。

若狭高浜町並み散策

2006-09-16 | Weblog
町屋の町並みが最も色濃く残る一角です。この3軒を中心に周辺に何件か残る町屋を完璧に保存修復し活用するだけでも、町の雰囲気は一変するのではないかと思います。(これは私の個人的な見解です。)

町屋の特長として、切妻屋根、うだつ、虫籠窓などを見ることが出来ます。昔はこうした家々が並ぶ美しい町並みが存在していたと思うと実に惜しいものです。

うだつは、屋根の雪や雨が隣家に落ちないことと、火災の延焼防止が目的と言われています。このうだつが無く(つまり横壁が無い)、隣の家と屋根の高さが同じであれば、長屋ということになります。
他の大きな特徴として、むくり屋根と言われる、屋根の中央が盛り上がった屋根の形状が特長です。下から見上げると中央が盛り上がっている方が真っ直ぐな屋根に見えます。(逆に真っ直ぐだと、真中当たりが凹んで見える)
このむくり屋根の盛り上がり加減にも長年の経験を必要とします。

若狭高浜町並み散策

2006-09-16 | Weblog
本町の山口医院です。
高浜でも有数の伝統的建造物だと言えます。

昭和8年に建築されたコロニアル瓦などを用いた和洋折衷の建物です。
この建物の特長の第一は、左官技術の凄さです。
外壁の仕上げは70年以上経過してもクラック一つ入っていません。建物内は見学できませんでしたが、天井の漆喰塗りの仕上げも素晴らしい左官技術だそうです。
現代で、これだけの技術を持った左官はそうはいないのではないかということです。
屋根のコロニアル瓦は釉薬で焼くのではなく、海の塩を塗って焼く塩焼きという製法で焼かれた瓦で、光沢が少ないのが特長です。
瓦が全くずれていないことも、大工仕事、屋根葺き技術の高さを物語っています。

高浜には他にもこのような建築物として、観光協会の事務所があります。
観光協会が高浜駅に移転すると聞いたときは思わず頭を抱えましたが、その後、役場に意見具申し、事務所移転後に保存活用を検討するとの回答を得たので安心しました。
もし、あの建物を取り壊すというのであれば、反対運動を起こそうかと考えた程です。

若狭高浜町並み散策

2006-09-16 | Weblog
恵比寿神社の鳥居です。
このタイプの鳥居は神明造りと言われ、鳥居としては格式の高いものだそうです。
まっすぐの丸太で作られており、他の神社の鳥居とは意匠が異なります。
たしか靖国神社もこのタイプの鳥居だったと記憶しています。

若狭高浜町並み散策

2006-09-16 | Weblog
解説者(舘太さん)の解説を聞いています。
高浜城の城の縄張りがどのようになっていたかの説明です。事代の城口さんの家の付近がまさに城の入口となります。海の水を引いた堀、水路などが張り巡らされていました。