36 コメント コメント日が 古い順 | 新しい順 逆風の予感 (オムナイ) 2015-02-11 17:20:39 http://mormonstories.orgうーん。ポッドキャスター。てのがアメリカでは流行してるのかな。ピーター・バラカンのポッドキャストは良く聞いていました。ざっと破門になった彼のサイトを見ると、それほど反対者的な感じはしませんでした。例のケイト・ケーリーさんに同調しすぎた?しかし、清々しい感じですね。ここにきてモルモンにとってはネガティブなニュースが続きますね。 返信する Unknown (バハマ) 2015-02-11 22:31:07 破門になるとどうなるのですか? 返信する 残念ながら損失・断絶の響きが (NJ) 2015-02-11 23:34:34 聖餐を受けられなくなります。また、什分の一を納められなくなります。そして、何よりも末日聖徒の人口密度が高いユタ州のような地域では、人々の目が厳しくなるなど社会的生活に影響が出ると思います。 返信する Unknown (Unknown) 2015-02-12 05:43:48 大きな誤解があるようですが『破門は愛の行為』です。また教会法廷という、やや印象の悪い昔の言葉をどうしてNJさんが使用されているか分かりませんが現在では宗紀評議会と呼びます。これもかつては『教会法廷は愛の法廷』とされていました。この原則は今も変わりません。こうした厳めしい呼び方であっても別にその人を拘束したり、傷つけたり、財産の没収をするわけではありません。最悪の結果としてでさえ、教会員ではない状態になっていただくという、ただそれだけなのです。これはその人にいったん教会を離れた立場に身を置いていただき、じっくり考えていただくためにあります。今回のデーリン氏の件を会社や大学に置き換えて考えてみてください。どのような企業でも学校でも、そこの方針に従わない人には別のところに移ってもらうことになります。会社経営をされた方や、教師の経験がある方ならお判りでしょう。方針に従わないばかりではなく、自分の行為が改善を促すことになるなどと勝手に思い込み、仲間を増やし、その所属団体のほかのメンバーに嫌な思いをさせていてはどうしようもありません。やはりどこか別のその人に合った場所へ移っていただくべきではないでしょうか?たとえばブログや掲示板でも開設者の意向に合わないことを繰り返し書き込み、他の参加者に嫌な思いをさせている方については『困った人だ』とお思いになるのではありませんか?そういう方に対しては、言いたいことがあるのならどこか別の場所を自分で作って、そこで自由にやってもらえばいいでしょう。こうした感情もブログや掲示板運営のある人ならお判りになるはずです。この世に教会はモルモンだけではありません。しかしそれでもモルモンが自分のいるべき場所だとデーリン氏が考えるなら、もう一度バプテスマを受けて再加入することができます。また別の見方をしますと今回の件では、教義の一部を受け入れられないため『破門』となったことを周知することになりましたが、それは結果的にデーリン氏にとって良かったでしょう。何の事情も分からず破門になったと聞けば多くの人は、彼が重大な犯罪でも犯したのかと勘ぐってしまうものです。そのようなことにはならずデーリン氏の名誉は守られたままになります。このようなことから考えてみてもやはり教会の判断は適切で寛大なものであったと考えるべきでしょう。末日聖徒イエス・キリスト教会は地上における唯一まことのキリスト教会であることを証します。 返信する Unknown (バハマ) 2015-02-12 12:26:24 にたような話がモルモン書に出てきますね。 返信する 困難な先端の(時に根幹の)問題 (NJ) 2015-02-12 18:02:38 unknown さん、教会法廷 ⇒ 宗紀評議会 に変え、教会法廷はカッコ内に入れました。ご指摘ありがとうございます。ご指摘の論旨は十分理解いたします。難しいのは宗教内の異なった見解をどのように、どこまで許容するか、でどの宗教も苦労していると聞きます。時代の流れ、識者、研究者の知見との整合性が問われていると思います。 返信する 信仰が無ければそうですが (豚) 2015-02-13 10:19:23 >この世に教会はモルモンだけではありません。>末日聖徒イエス・キリスト教会は地上における唯一まことのキリスト教会であることを証します。この二つは矛盾してますね。破門と言う行為が、「寛大」だと言うのは、モルモンの教義を真剣に信じていない人しか言えない言葉です。破門による損失はそんな簡単な事ではありません。破門により、神殿の儀式を受けられなくなることは、昇栄への道を閉ざされることです。同性婚の問題でも然り。いつも、思うのは、教団組織を守るために、その人の昇栄への道を閉ざし、次の世に神のもとに帰り、家族とともに住まう、と言うモルモンの教義を信じる人にとって、その命にも代えがたい権利を奪う事を、認識していない。教会の教義に異論を唱えることが、そんなに大きな罪なのか?破門に値する行為なのか?そして、異論を唱える人に納得のいく説明が出来なかった、指導者の責任はどうなのか?自分の思った事を、そのまま表明することが、罪なのか?モルモンの中には、言論の自由は認められていないのか?いずれにせよ、この様なモルモンの悪しき習慣は無くすべきだと思う。 返信する Unknown (教会員) 2015-02-16 02:23:11 破門制度を全部なくすべきとは思わないが、何か実力行使を行ったりでもないわけだし、一般の大学でさえ自分のブログで組織の方針に反対する意見を述べただけで普通は免職にはならないし、ブラックでない一般企業でさえも解雇は難しいよ。今日は珍しく90%豚さんに賛成だ。愛の押し付けは愛とは言わない。 返信する 人の過ちを責めたき時は (やれやれ・・・) 2015-02-16 11:24:40 『掲示板の管理人は神と同じだ、だから気に入らない書込みを消したり、ブロックしたりしても構わない、そういう権利が管理人にはあるんだ、それが嫌なら別の掲示板へ行くという選択もあるだぞ』豚さんがそんなことを自信満々に語っていたのを思い出して笑えました。人間と言うのは、どこかの誰かが、他の誰かを排斥している姿を見ると『おい、そんなことは止せ』と注意したり、『お互い仲良くする方法は無いのか』と思慮深い感想を述べたりするんです。でもいざ自分の居場所が荒らされる立場になると『出て行ってくれ』と言い出すものなんです。『これは排斥じゃない、運営上必要な措置だ』などともっともらしい言い訳をしてみたり、ね。NJさんもこのブログで嫌な書込みを消したりイエローカード宣言をしたりするじゃないですか。私はそれを悪いとも良いとも評価しません。それが人間の本質なんですから。他人事なら冷静に理性的な判断を下せても自分の事では感情が先に立つものです。都合の悪い人やモノは消したい、出て行ってもらいたい、もしくは懲罰として追放する、これは人間の作った組織なのですから普通の出来事なのですよ。 返信する 誰が管理者か? (豚) 2015-02-16 13:17:33 やれやれ...さんそろそろ南部あたりでは、梅も見ごろなんでしょうか?相変わらず、梅干しみたいに酸っぱい書き込みで、口の奥にしみますね(笑)ご指摘の話の前に、これを読んでいる方々に、ちょっと確認したいことが有ります。>宗紀評議会(教会法廷)の結果、破門されたこれだけを読むと、世間の人は「大管長に破門された」と受け取るかもしれません。しかし、会員の方はよくご存知かと思いますが、「破門」はステークの評議会で決定されるんですよね。長い事、教会の役職から離れてるので、最近はどうなっているのか知りませんが、古い記憶では、ステークの評議会で神権の剥奪や、会員資格の停止、たぶん破門も決定できたと思うのですが?それで、私は今回の破門の決定を下したのも、ステークの評議会じゃないかと思っています。NJさん、どうなんでしょうか??ま、その事は置いといて、本題に移ります。やれやれ...さんこのブログの管理者は、NJさんですが、モルモン教会の管理者は、大管長ではありません。管理者はイエス・キリストです。それで、私は、今回の決定が、「イエス・キリストの教えとは違っている」と思うので、その決定に対して、「間違っていると思います」と書いてるわけです。私の聖書の読み方が間違っていないのなら、イエスはユダを破門していない。それと、ブログと教会、イエスと豚は基本的に違います。 返信する 隣人を愛せよって言うけど異教徒は隣人じゃなかったんだってね (やれやれ・・・) 2015-02-16 15:11:13 >そろそろ南部あたりでは、梅も見ごろなんでしょうか?梅茶漬けが食べたいなぁ・・・あ、モルモン会員って頑なにお茶は飲まないくせに、永谷園のお茶漬けの元は食べる人多いですね。あの緑色は抹茶なんだけど(笑)そんなこと気にしてたらモルモン教徒なんてやってられないですよね。>モルモン教会の管理者は、大管長ではありません。>管理者はイエス・キリストです。そんなことも気にしてたらモルモン教徒なんてやってられないです。>私の聖書の読み方が間違っていないのなら、イエスはユダを破門していない。ああ、いいんじゃないですか?私はもうイエスなんて存在は虚像だと思ってるんですよ。聖書にしても、私らは聖書から神の言葉を学んで、神に近づいたような気持ちでいますが、実際のところ過去の人間が作り上げてきた聖書の読み方という作法を追い回しているに過ぎんのです。まぁそれはそれで楽しいですけどね(笑) 返信する 虚像でも存在意義はある (豚) 2015-02-16 19:10:44 >私はもうイエスなんて存在は虚像だと思ってるんですよ。実像か虚像かってことにそんなに大きな違いが有るのだろうか?IT技術は、虚像と実像の違いをどんどん少なくしているように思えるのですが。ちょっと前に「シネオペ(シネマオペラ?)」ってのを見てきたけど、生の舞台じゃなくても充分感動できましたよ。徳島県の鳴門に「大塚美術館」と言うのが有って、そこにある絵画は、すべて偽物です。実物大のシスティナ礼拝堂が有って、天井にミケランジェロの最後の審判が描かれています。他にも、ダビンチの最後の晩餐や、モナリザ、主に西洋の有名な絵画がほとんどすべて見れます。全部偽物ですけどね。でも、豚には、本物か偽物かって違いはまったく分かりません。私には、精巧にコピーされて偽物は、本物と同じ価値です。私は、偽物だからって文句を言ってるわけじゃない。もっとうまく本物に見えるようにしろって言ってるだけです。上手な手品師は手品だとわかっていても、金を払って見る価値が有るけど、素人にもネタがばれるような手品で、金をとろうって言うのはね・・・。 返信する 隣人を愛せよって戒めもらわないと人を愛せないの? (やれやれ・・・) 2015-02-16 19:58:44 >実像か虚像かってことにそんなに大きな違いが有るのだろうか?ありません。本人のこだわりだけの話。けどモルモン教義など全部作り話なんですけど、それを言うと頭から湯気噴いて怒る方がいるのも事実です。百歩譲ってイエスが実在としても、良きサマリヤ人の話や放蕩息子の話は『作り話』なんですね。それでも何かを学べるわけでしょ。ただ私が許せないのは、大管長はそんな意味で言って無いだの、教会員が勝手に勘違いしただけだのふざけた事を言う連中。あれは作り話じゃなくて悪意のある嘘だからね。 返信する 破門の決定は (NJ) 2015-02-16 22:11:52 > 今回の破門の決定を下したのも、ステークの評議会じゃないか (豚さん、2/16 13:17書き込み)はい、そうです。ローガン北ステーク会長が開催した評議会でした。 返信する Unknown (教会員) 2015-02-16 23:39:35 >> 今回の破門の決定を下したのも、ステークの評議会じゃないか (豚さん、2/16 13:17書き込み)>はい、そうです。ローガン北ステーク会長が開催した評議会でした。やはりそうでしたか。 返信する Unknown (教会員) 2015-02-17 00:34:41 やっぱりというか宗規評議会は通常地元の役員たちで決定を出す運用になっているのは現在も変わらないことです。(もちろん大官長会はどの会員でも破門できる鍵は持っているが)一方でステーク会長は、評議会の処罰を受けた会員から不服申し立てされた場合、大管長会の指示をあおぐことになっている。 またいくつかの罪による破門の取り消しについては大管長会の承認を必要とする。 返信する Unknown (名無しの教会員) 2015-02-17 05:09:47 豚さんが、イエス・キリストは、ユダを破門していないと言ってましたが、破門よりも厳しいお言葉を言われました。「しかし、人の子を裏切るその人は、わざわいである。この人は生まれなかった方が、彼のためによかったであろう」です。そういう感じの聖句があったはずですね。それは、最期の晩餐会です。その後に、「先生、まさか、わたしではないでしょう」というように、マタイの書には書かれています。その後に、ユダは自殺して、賽銭箱に投げたお金が、外国人の墓地の購入に使われた。エレミヤの預言が成就したのでした。ゲツセマネの祈りの時に、ユダらは、この場所に行き、彼はイエスに接吻した。イエスは彼に言った。「友よ、なんのためにきたのか」私は、イエス様は、最後の最後まで悔い改めて欲しかったと願っていたのかなと感じます。しかし、すべては預言が成就するようにこうなっていたのかな。他のキリスト教では、ユダは、赦されない罪を犯したと、昔に、そのようなことを聞いたことがある。末日聖徒でいえば、外の暗闇ということでしょうか。さて、大塚国際美術館ですが、豚さんは、偽物と言っているようですが、価値観の問題ではないでしょうか。それを複製画と呼ぶ人もいれば、偽物と言う人もいます。料金が高いと言う人もいます。このような技術で保存する価値はとても高いと言う人もいます。豚さんが言うように、もっと精巧に作れって言う人もいるでしょうね。私は、まだ行ったことがないですが、一度行って見たいと思います。やれやれさんが言うように、イエス・キリストを虚像として考えている人もいるでしょう。それは、その方々の価値観や信仰(無信仰)の選びですから、それは間違っているとか、違うなどとは言えないですね。人其々の人生の選びですから。 返信する 大塚美術館 (豚) 2015-02-17 17:30:03 >豚さんが言うように、もっと精巧に作れって言う人もいるでしょうね。そんなこと言ってません。すごく精巧にできています。と言っても、本物を見たことが無いので、比較はできませんが。複製と言っても、紙に書いたものではなく、陶板画です。陶板画だと色あせがほとんど無いそうです。「世界25ヶ国、190余の美術館が所蔵する現代絵画まで至宝の西洋名画1,000余点を大塚 オーミ陶業株式会社の特殊技術によってオリジナル作品と同じ大きさに複製しています。」http://www.o-museum.or.jp/character/ミケランジェロの描いた筋肉隆々としたキリストが、善人と悪人を選り分ける姿は、圧倒されます。それ以外にも、初期のキリスト教の教会や、フレスコ画が、キリストの事を教えるために教会堂に描かれている様子が、会堂の内部まで、そのまま復元されています。もし、行ってみようという方は、まず、足腰を鍛えて、運動靴を履いて行ってください。それと、ツアーではなく、単独で、朝一番から行くことをお勧めします。1日で、全部見ようとして、私は最後に足がつりました。(笑)料金は決して高くないです。それだけの価値が有ります。ヨーロッパまで行くよりはるかに安いです。 返信する Unknown (名無しの教会員) 2015-02-17 20:25:22 豚さん、こんばんは。ありがとうございます。分かりました。朝、早くから行きます。以前、行った人が1日で回れなかったと言ってましたが、じっくりと見てたからでしょうかね。四国には4回行っていますが、まだこの美術館には行ってなかったので、行きたいと思います。運動靴に健脚になることですね。 返信する 本来は (オムナイ) 2015-02-18 10:55:05 日本人的感覚でいうと本来はキリストを頭とする教会である認めながら預言者・使徒の方針に批判的態度・扇動的行動は違和感を拭えません。それは自分自身の意見を持つこととは別次元の話で、意見は違っても組織の方針には従うのがモルモンの信条でもあると思うからです。ところが外国のモルモンは自己主張を変えない立派な輩が結構いますね。日本ではデモも少なく諸外国からは大人しい民族とみられているのでしょう。預言者・使徒を支持しつつ信念と信条を意見としては発言する。難しいのかなぁ。 返信する 偽物の良いところ (豚) 2015-02-18 11:19:24 大塚美術館の回し者じゃないんですけど(笑)私が好きなのは、こんなところにもあります。>写真撮影は出来ますか?>撮影いただいて結構です。>ただし、ストロボ、フラッシュ、三脚等のカメラ固定>具の使用はご遠慮下さい。>※作品のみの撮影および商業目的の利用は厳禁。http://www.o-museum.or.jp/guide/faq.html#q080ミケランジェロの壁画をバックに記念撮影もできるんですよね。たぶんバチカンでは、無理でしょ?行った事は有りませんが。ちょっと本題に戻ります。今回の件でまだ疑問が有ります。それは、彼が何の罪で破門になったのか?と言う事です。いい加減な記憶ですが、破門になる事例のほとんどは道徳的な罪、とか、刑法に反する罪だったと思うんですが?「教会の教義でないことを教会の教義として教える。」って言うのも有ったと思いますが、日曜学校でも、教会の教義でないことを教えてる人は沢山居ますし・・・(笑)同性婚を支持したという理由か??教会から来た書面には、処分理由に関することが何か書いてあるのでしょうか?後は、不服申し立てをして、上から指示が来たのか? 返信する デンバー・スナッファー氏 (たまWEB) 2015-02-18 14:19:16 おととし2013年9月、破門となったデンバー・スナッファー氏(ニュー・ハンプシャー州出身、73年改宗 BYU法学卒ユタ州弁護士)にも、注目かも・・・・破門となるまでステーク高等評議員で、熱心な信者。何か、ブログ記事ネタ書けるかな・・・・ 返信する Unknown (名無しの教会員) 2015-02-19 14:05:17 教会法廷が開かれることや必ず法廷が開かればならないことの理由が、インシュチュートテキスト教義と聖約「特別講座I」P.434に掲載されていますのでお読みください。豚さんが言う実例以外でも破門になることがあるようです。ジョージ・Q・キャノン長老が、預言者と異なる見解を持つことは背教と見なされるだろうかの質問で、「教会員と教会の役員の間にはっきりとした意見の相違がある場合、…それは背教と考えるだろうか。わたしたちはこれに対して、そのような相違が背教であると見なされたことはない、と答える。なぜならば、教会の幹部とはっきり意見を異にしても、意見が異なるだけではまだ背教ではないと考えられるからである。しかし、意見の相違を公にし、議論や詭弁や特別な弁解により、それを広めて分裂や争いを引き起こそうとし、教会の幹部の行いや勧告に誤った光を当てようとするならば、その人を背教者ではないと考えることはできない。なぜなら、そのような行為こそが、わたしたちが理解している背教だからである。」と書かれています。オムナイさんの何らしかの答えになっていればいいのですが。「女性に神権を」以外にもデーリン兄弟のネットでの発言に何らか問題があったのか、教会外で行う同性婚ではなく、神殿でも同性婚を行うべきと言う公に発言や行動していて、更に(神殿での同性婚を儀式すべきと訴えている)同性婚支持者団体と共に活動していたか、などそういった理由があって破門された可能性もあるかもしれませんね。 返信する クオーター制 (豚) 2015-02-19 15:07:50 クオーター制 と言うのをご存知でしょうか?「ノルウェーでは、1988年に「4人以上の構成員からなるすべての審議会・委員会・評議会などは任命・選挙を問わず、一方の性が40%以下となってはいけない」というクオータ制を導入しました。クオータ制は欧州諸国以外にも広がり、すでに南アフリカ共和国、インドなどで採用。 韓国では2002年度の統一地方選から比例区選挙に導入されました。2004年度の国政選挙では、1人3票制で一票は必ず女性候補者のなかから選ぶというクオータ制でした。 現在、法制化や政党綱領などで何らかのクオータ制を導入している国は、約123ヵ国となっています(IDEA 2014年1月現在)。」http://danjo.city.kashiwa.lg.jp/gakushuu/gender_terms/terms/quota.htm私は、以前から「モルモン教会も女性に神権を与えるべきだ」と言う意見です。その理由の一つが、上に書いてあるように、世の中がそのように変化している事ですが、それ以上に、「おっさんばかりで運営する組織は今後生き残れなくなる」と言う危機感が有ります。今回紹介された、ジョン・デーリン兄弟の件でも、女性の神権や同性婚に関する問題を含んでいるのは明白かと思いますが、宗規評議会のメンバーには女性が一人も入っていません。保守的な阿部内閣ですら、企業の役員等の30%を女性が占めることを目標としています。モルモンのおじさんたちが思ているよりはるかに早く、一定の割合で、女性が教会の決定事項に関与しなければいけない時代が、来ることでしょう。預言者じゃなくても、これぐらいの予測はつきますけどね。 返信する ちょっと紛らわしい (NJ) 2015-02-19 21:03:38 「quarter 制」 ではなく、「quota 制 」ですね。初め気づきませんでした。 返信する 異見の表明は保障されるべき (たまWEB) 2015-02-20 10:06:52 たまWEB的には、このネット時代、自由な情報交換、意見交換の場が保障されててさぁ、んで豊かになって、それでもって信仰も増していくみたいな方向に向かってほしいなぁぁ・・・・最悪、自由意志による選択に対する阻害??いちいち幹部のご意向を伺わなければといったのは、どう何ですかねぇぇ、他から見て、教会への魅力というか、親しみわかないんじゃないのかなぁ・・・・それは聖句の解釈なんかにも及ぶんだろうか・・・・例えば、モルモン書のモルモン8章のモロナイの警告なんですが、これは、すべての教会とあるように、モルモン教会も含むんだよというんですけど、どうです??今、学んでるベンソン管長には、高慢についてとか、教会は罪の宣告の下にあるとか、モルモン書をよく読むようにとかっての説教があったわけですよねぇぇ、まぁ、管長や幹部、一人ひとり意見は違うんだろうけど・・・・そういった異見・意見を一般会員が表明してはならないみたいになるんだろうか??「32 まことに、「わたしのところに来なさい。金銭と引き換えにあなたがたの罪は赦される」と言う教会が設けられている時代に、それは出て来る。 33 おお、邪悪でよこしまで強情な民よ、なぜあなたがたは利益を得ようとして自分自身のために教会を設けたのか。なぜあなたがたは神の聖なる言葉を変えて、自分に罰の定めを招くようにしたのか。心から神の啓示に頼りなさい。見よ、これらのことがすべて必ず成就する時が、その時代に来る。 34 見よ、これらのことがあなたがたの中に起こるその時代に、間もなく必ず出て来るものについて、主は大いなる驚くべきことをわたしに示してくださった。 35 見よ、わたしはあなたがたがここにいるかのように語っているが、あなたがたはまだこの世にいない。しかし見よ、イエス・キリストがわたしにあなたがたを見せてくださったので、わたしはあなたがたが行うことを知っている。 36 わたしは、あなたがたが心を高慢にして歩くことを知っている。心を高慢にして高ぶることをしない者はわずかしかいない。高慢な者は、非常に華やかな衣服を着て、ねたみや争い、悪意、迫害、またあらゆる罪悪に染まる。また、あなたがたの教会、まことにすべての教会は、あなたがたの心が高慢なために汚れたものになってしまった。 37 見よ、あなたがたは、貧しい人と乏しい人、病人と苦しんでいる人を愛する以上に、金銭や財産、華やかな衣服を愛し、あなたがたの教会を飾ることを大切にする。 38 おお、腐食するもののために自分自身を売る汚れた者たちよ、偽善者たちよ、教師たちよ、なぜあなたがたは神の聖なる教会を汚したのか。なぜあなたがたは、キリストの名を受けるのを恥じるのか。なぜあなたがたは、無窮の幸福が、決して尽きないあの不幸な状態よりも大きな価値があることを考えないのか。それは世の誉れのためである。 39 なぜあなたがたは、命のないもので自分自身を飾りながら、飢えている人や乏しい人、着る物のない人、病人、苦しんでいる人を見過ごしにし、彼らに注意を払わないのか。 40 まことに、なぜあなたがたは、利益を得るために秘密の忌まわしい行いを企て、やもめを主の前で嘆き悲しませ、みなしごも主の前で嘆き悲しませ、彼らの父と夫の血があなたがたの頭に報復が及ぶよう訴えて、地の中から主に叫ぶようにさせるのか。 41 見よ、報復の剣があなたがたに迫っている。主はもはや聖徒たちの嘆願をそのままにしておかれないので、主があなたがたに彼らの血のために報復される時がすぐに来るであろう。 」(モルモン8章) 返信する 重い嘆息 (NJ) 2015-02-20 17:49:26 たまWEBさんのお気持ち、お察しし、よく理解できます。「いちいち・・・だろうか」の部分。 返信する 影響力 (オムナイ) 2015-02-20 21:46:41 >教会の幹部の行いや勧告に誤った光を当てようとするならば、その人を背教者ではないと考えることはできない。適切な引用ありがとうございます。上記の規定は曖昧なボーダーラインとしか思えませんが、確かなのは影響力のある人でしょう。まぁ、何を主張しようと豚さんの破門はないということかw 返信する ここは、一発・・・・ (たまWEB) 2015-02-21 11:57:49 たまWEB的にはですね、このネット時代、やっぱ教会幹部が、‘村上さんのところ’という記事でも書いたんですが、あたかも優雅な生活の雲の上の人(天上人)/仙人の如く下界に下りてこないというのは、どうなのかなぁぁ??と。やっぱ一般人との対話に臨み、質問に応じるみたいなそういった直接的双方向コミュニケーションの場として、衆人環視の下にあるようなネットは最適なわけでさぁぁ・・・・そういうことしなかったら、教会の伝道に妨げになるという何たる矛盾ということになってはいないかということですよねぇぇ・・・・いくら宣教師を送ったとしても、奥に控えて指導してる人たちが、見えてこない、前線に出てこないというのはなぁぁ・・・・なんでも、公の場で、オープン、正直になれないものなのかと・・・・例えば、今回の一連の破門劇みたいなのも、教会はやはり、どういった状況なのか、ネットでは関心ある一般会員がいるわけだから、知らせる義務があると思うんだけどねぇぇ、‘あなたがたの僕となるようにした’(3ニーファイ12:1)とあるわけで、いらぬことを言うな、聞くなの上から目線で裁いてばかりの、一方通行の押し付けみたいなんではなぁぁ・・・・ここは、一発、NJ先生、最後のご奉公?ということで、日本の聖徒を代表し、老粉骨砕身、破門の玉砕覚悟で、直談判にでも行ってきておくんなまし、たのんます、んで一部始終をネット公開同時中継に。たまWEB、ここ関東の地よりお見守り申し上げて御座候・・・・えぇぇっと、モルモン書のモルモン8章から引用された説教は、二つほどネットに見れるかな・・・・やはり、末日聖徒がモロナイの予言警告の対象に含まれてますよと。一つは、1977年8月号『聖徒の道』管長会メッセージ(『偽りの神々』、スペンサー・W・キンボール管長)から、「教会幹部は主の目にかなわない事柄に対して絶えず警告を発している。心身の汚れと不浄な環境に対し, 不品行,盗み, 偽証, 虚栄, 漬神に対し,'私通, 姦淫, 同性愛, その他神聖な創造の力を誤用するすべての行為に対し, 殺人あるいはそれに類する行為に対し, また神聖を汚すすべての行為に対して警告を発している。驚いたことに, 多くの祝福をいただいてきた人々にさえも, このような警告が必要となっている。信じ難いことではあるが, そのような事柄がある程度聖徒の問でも見受けられるのである。聖徒たちはみたまの賜を多く授かり, 永遠を見通す知識を持ち, 永遠の生命に至る道を示されているといっのに。しかしながら, 悲しいことに, 道を示されることは必ずしもその道を歩むことではないということを私は知っている'。実際に多くの聖徒が途中で信仰を投げ出してしまっている。彼らは程度の差はいろいろであるが, サタンとその使いの誘惑に負けて, 偶像崇拝の生活に陥っている世の人々の列に加わっていたのである。私は「偶像崇拝」という言葉を故意に用いた。古代の聖典を学べば,「あなたはわたしのほかに,なにものをも神としてはならない」という戒めが十戒の最初の戒めであることの意味を深く理解することができる。・・・・人々は永遠の幸福を願って多くのお金, 株, 債券, 有価証券, 土地, クレジットカード, 家具, 自動車, その他この世の安易な生活を保証するもので身を固めるためほとんどの時間を費やしている。私たちの務めは, 与えられた豊富な資源を家族や定員会で用いて神の王国を築くことであるという事実を見落としているのである。すなわち, 伝道, 系図, 神殿活動を推し進め, 子供を立派な主の僕に育て上げ, 祝福をあらゆる方法で他の人々に分け与えることが務めなのである。しかしながら私たちは, 自分の欲望のままにその祝福を誤用し,モロナイの言うように,「生命のない物を自分の身に飾りながら, 飢えている者, 貧しい者, はだかでいる者, 病んでいる者, また悩んでいる者たちがあなたたちの前を通り過ぎて行くとき憐まない」(モルモン8:39)のである。」https://www.lds.org/liahona/1977/08?lang=jpn(ホームページ/リソース【機関紙と教材資料】/リアホナ/その他/バックナンバーの1977/8月号/ダウンロード、アドビのマークをクリック)このキンボール管長の説教は、たまWEBの、引用記事ありましたん。「戦争と平和 その2 2014-05-13 22:29:39 | 教会、富、世の権力、秘密結社 “末日聖徒(モルモン)は、好戦的な民である”と・・・・」http://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/e/87a1c63999af87fb644f7f98b1fda77bもう一つの説教は、L・トム・ペリー長老の、これは、記事にしてましたんね。「"聖なる人" "聖なる教会" その2 2013-10-22 21:24:00 | 聖文から・・・・1992年10月 L・トム・ペリー使徒(1922-)の2件だけでした。・・・・1992年10月 L・トム・ペリー使徒(1922-)の2 「モロナイが教会員に向けた言葉の最後は, 警告の声となっています。彼は, 自分の民の身に起きたのと同じことが, 未来の世で起きるのを目にしているように記しています。モルモン経をひもといてみましょう。・・・・モルモン8:34-38この世で最大のなぞのひとつは, なぜ人類は歴史から学ぶことができないのかということだと思われます。キリストの真の弟子であると公言しながら,人はなぜこれほど頻繁に, 世の誘惑の犠牲者となるのでしょうか。・・・・」『聖徒の道』/1993年1月号、p18 ・・・・」http://blog.goo.ne.jp/yoriissouno/e/9a8e09c6e7087605ea121ee05d9a6121 返信する Unknown (Unknown) 2015-02-21 15:09:47 教会幹部は降りて来ないと思います。汚い役割、危ない立場、損な役回りは忠実な僕にやらせます。委任ってヤツですよ。彼らは喜んで引き受けるでしょう。それで失敗したら彼らのせい、成功すれば自分の手柄。でしょ?トカゲの尻尾ですよ。教会の不祥事が報じられるたび信仰ある聖徒は言うじゃないですか「あれは教会の方針をちゃんと理解していない地元の指導者が勝手にやっただけ」とね。そうした幹部の神聖さは、幹部が下々の出来事に介入しないことで守られているんです。 返信する Unknown (たまWEB) 2015-02-23 03:05:11 ‘ここは、一発~~~御座候’のところは、面白おかしく、冗談っぽい感じなだけなんです。何しろ、毎度の、同じようなの、繰り返しでは、堂々巡りみたいでらちがあかないと、そんで、書いてみたんでした。あしからず。>>教会幹部は降りて来ないと~~~しないことで守られているんです。いやぁぁ、言っちゃいましたねぇぇ・・・・まぁ、個々人を見れば、教会幹部、皆が皆、そうだとはいえないんでしょうけど・・・・・「20:25 そこで、イエスは彼らを呼び寄せて言われた、「あなたがたの知っているとおり、異邦人の支配者たちはその民を治め、また偉い人たちは、その民の上に権力をふるっている。20:26 あなたがたの間ではそうであってはならない。かえって、あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、20:27 あなたがたの間でかしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない。20:28 それは、人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためであるのと、ちょうど同じである」。」(マタイ伝)ニッサン?ソニーだったか、社長さんが外人になったら、それまで社長給与が何倍にもなったんでしたっけか??社内平均の100倍以上って・・・・給与倍 ゴーン社長http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E7%B5%A6%E4%B8%8E%E5%80%8D+%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%B3%E7%A4%BE%E9%95%B7&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrtそういったのからすると、使徒たちに最初だけ?一億、払われるというのもありなんですかね・・・・教会幹部といえば、昨晩、衛星放送見てました・・・・東京の広尾の教会からでしたか・・・・まぁず、一般教会員との対話なんてことは、相変わらず、絶対あり得ない雰囲気でしたかぁぁ・・・・ 返信する Honesty is such a lonely word, Everyone is so untrue. (やれやれ・・・) 2015-02-23 09:27:32 世の中にはそこまで言うかってくらいに『自己責任論』が溢れてますね。シリアで殺されたのも自己責任、ブラック企業で働かされるのも自己責任。社会問題に対する一種の思考停止ですね。何でも当事者の自己責任にしておけば問題の本質に目を背けられるし、世の中を考えなくていいから楽じゃないですか。そういやモルモン教会、あるいは幹部が何かしらの問題の責任をとることって、絶対にありませんよね? まぁそもそもモルモンで責任という言葉は、教会内での役職って意味で使われていますから。あ、どうしてそうなってるのかなって、今思ったけど『問題の責任をとる』って概念を会員に持たせないための巧妙な心理操作なのか?だとしたらなかなかやりますなぁモルモン教会(笑) 返信する んだがら、またあれですぎゃ、 (たまWEB) 2015-02-24 05:54:28 そういった責任論も、自由質疑応答の対話の場があればね、オープンでね、それぞれ主張するところのロジックがあるわけでしょうからそういったのが明らかになって平行線のままか、妥協点を探るかとかって、ある程度、解決の方向にみたくなるとか、そういった場が、公にネットに、教会では伝統的にゼロなわけでしょうから、どうにもこうにもらちが明かないと・・・・幹部に質問/異見/意見するとは不届き千万、油注がれし者を悪く言う奴め、成敗してくれるわぁぁ、とビショップ室に呼ばれ、総合手引きに則って、裁判官自動機械論の如くで、処罰されるはめにではなぁぁ・・・・オープンな形でのペナルティなしの苦情・クレーム受付があればいいんだろうけど・・・・上意下達のシステムになってるということでしょうかぁ、教会幹部らの内情とかって本当のところわからんですし、マスコミ/メディア統制みたいなもんだか・・・・アメリカだと、エクスモルモン、ポストモルモン、ニューオーダーモルモンとかのフォーラムがあったりで、教会のポリシーに疑問呈したり、意見したい人がいっぱいいるようで、そういうところと幹部が対話すればいいのにと思うんだぎゃ、そうじゃないんだろうなぁぁ・・・・ 返信する ひと言 (黄昏のマリア) 2015-03-11 22:59:33 NJさん、たまWEBさん、ご無沙汰しています。皆さんのコメントをどきどきハラハラしながら読みましたけど、わたしは、確か1993年にジョセフ・スミスの多妻結婚のことで破門になったクイン氏について考えてしまいます。昨年、教会はそれを認めましたよね?破門の主な理由は教会に対する反抗的な態度?不従順?なんだろうとおもいますが、歴史家としての彼の名誉?回復について教会側は何かコメントしましたか?変だなぁと思っていたんですが、そもそも責任をとる人がいないんですね。破門の決定は、ステーク会長に権限があるんですね。教会員を27年、初めて知りました。破門て大管長が決定するものと…。そうですか…。(一般の組織だとその管理者も責任問われるけど)当事者が解任されていたら、責任取りようがない?。不完全な人間のすることですもの、間違いだってあります。「御霊によって」の伝家の宝刀を用いても、です。そうなると、自分の救いが本当は誰の手の内にあるのか、ちょっと考えてしまいました。いろいろな話に心が大きく揺れた時期がありました。悩みました。でも、振り子は大きく揺れるほど真実に近ずくというユダヤの教え(イエス様を育てた世界ですから)に信頼して、教会が開けるなと勧告するパンドラの箱、つまりこのような場に飛び込んでよかったなと思います。言われるまま、教えられるままでなく、自分でよく咀嚼して心に落とし込まないとダメだと、ようやく気がつきました。今は、クイン氏が昨年7月のサンストーンシンポジウムで説かれた助言「指導者も我々も教会の長所を構成し、また短所に対しても責任を負っている」の意味を噛みしめています。また、教会と教会員を同一視して悪感情を持たないようにと肝に銘じています。(NJさん、ブログに掲載して下さりありがとう!)ひと言のつもりがずいぶん長々となりました。この後も、皆さんのコメントを頭をフル回転させて読ませていただきます。感謝です。 返信する 破門代行 (トマ2) 2015-03-15 16:27:35 ジョン・デーリン[John Dehlin]の破門は同じ考えの人達の代表として破門になったようなものです。>同性婚聖書では神は「男」「女」で人セットで考えているようです。片割れ同士では聖書的にも不釣り合いです。 >「女性に神権」他の宗教での女性の位置付けはどうなっているか調べたところ女性神父は存在しません!女性の牧師や神主は存在するが一般的に女性は神職になりにくいようです。聖書ではイブが禁断の実を食べたのがエデンの園追放の・・・。まあ、イエス・キリストも「男」だし、人類の最初の先祖の男(アダム)は「男」だったので、当然というか、仕方ないですね! 返信する ヘブライ語における男と女 (黄昏のマリア) 2015-03-18 16:19:49 トマ2さん、黄昏のマリアと申します。>聖書では神は「男」「女」で人セットで考えているようです。片割れ同士では聖書的にも不釣り合いです。 そうですね。「男」と「女」はセットのようですよ。「男」はヘブライ語で「イーシュ」、「女」は「イーシャ」です。相手にあるが自分はない文字を合わせると「ヤー」という文字ができます。これは神聖文字を略した形で固有名詞「主」です。(ヘブライ文字で書けなくてごめんなさい)「イーシュ」と「イーシャ」から「ヤー」が抜けると「エーシュ」しか残らない。「エーシュ」は「火」。もしも、男と女の間に「神」が存在しなければ、男と女はお互いに焼きつくす関係になりうる。そのような解釈があるそうです。男と女が、自分にはないが、相手が持っているものを尊重するときに、二人を神が祝福してくださる、ということでしょうか。興味深いですね。>他の宗教での女性の位置付けはどうなっているか調べたところ女性神父は存在しません!女性の牧師や神主は存在するが一般的に女性は神職になりにくいようです。確か、2015年1月26日英国国教会初の女性主教にリビー・レーンという方が就任しました(聖別された)。女性主教については、70年代から議論されてきたのだとか。カンタベリー大主教は「意見の不一致はあるが、冒険の始まり」と言ってます。主教は、カトリックの司教(神父より位階が上位)にあたるようですね。いまどき女性進出の波はとめられないようです。そういえば、3月15日に東京神殿別館であったファイヤサイドでネルソン使徒が言っておられました。教会は女性を敬っている、女性は家庭でも教会でも責任が与えられている、幹部になっている、というようなこと。(女性を幹部職に登用させることが、敬っていることになるのかなー)女性の声が届きやすくなるのは大歓迎ですが、女性が別に出なくてもその声がちゃんと聞き届けられて実現していく意識とシステム、がスタンダードであってほしいです。 返信する コメントをもっと見る 規約違反等の連絡 コメントを投稿 goo blogにログインしてコメントを投稿すると、コメントに対する返信があった場合に通知が届きます。 ※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます 名前 タイトル URL ※名前とURLを記憶する コメント ※絵文字はJavaScriptが有効な環境でのみご利用いただけます。 ▼ 絵文字を表示 携帯絵文字 リスト1 リスト2 リスト3 リスト4 リスト5 ユーザー作品 ▲ 閉じる コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。 コメント利用規約に同意する 数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。 コメントを投稿する
うーん。ポッドキャスター。
てのがアメリカでは流行してるのかな。
ピーター・バラカンのポッドキャストは良く聞いていました。
ざっと破門になった彼のサイトを見ると、それほど反対者的な感じはしませんでした。
例のケイト・ケーリーさんに同調しすぎた?
しかし、清々しい感じですね。
ここにきてモルモンにとってはネガティブなニュースが続きますね。
そして、何よりも末日聖徒の人口密度が高いユタ州のような地域では、人々の目が厳しくなるなど社会的生活に影響が出ると思います。
こうした厳めしい呼び方であっても別にその人を拘束したり、傷つけたり、財産の没収をするわけではありません。最悪の結果としてでさえ、教会員ではない状態になっていただくという、ただそれだけなのです。これはその人にいったん教会を離れた立場に身を置いていただき、じっくり考えていただくためにあります。
今回のデーリン氏の件を会社や大学に置き換えて考えてみてください。どのような企業でも学校でも、そこの方針に従わない人には別のところに移ってもらうことになります。会社経営をされた方や、教師の経験がある方ならお判りでしょう。
方針に従わないばかりではなく、自分の行為が改善を促すことになるなどと勝手に思い込み、仲間を増やし、その所属団体のほかのメンバーに嫌な思いをさせていてはどうしようもありません。やはりどこか別のその人に合った場所へ移っていただくべきではないでしょうか?
たとえばブログや掲示板でも開設者の意向に合わないことを繰り返し書き込み、他の参加者に嫌な思いをさせている方については『困った人だ』とお思いになるのではありませんか?そういう方に対しては、言いたいことがあるのならどこか別の場所を自分で作って、そこで自由にやってもらえばいいでしょう。こうした感情もブログや掲示板運営のある人ならお判りになるはずです。
この世に教会はモルモンだけではありません。
しかしそれでもモルモンが自分のいるべき場所だとデーリン氏が考えるなら、もう一度バプテスマを受けて再加入することができます。
また別の見方をしますと今回の件では、教義の一部を受け入れられないため『破門』となったことを周知することになりましたが、それは結果的にデーリン氏にとって良かったでしょう。何の事情も分からず破門になったと聞けば多くの人は、彼が重大な犯罪でも犯したのかと勘ぐってしまうものです。そのようなことにはならずデーリン氏の名誉は守られたままになります。
このようなことから考えてみてもやはり教会の判断は適切で寛大なものであったと考えるべきでしょう。末日聖徒イエス・キリスト教会は地上における唯一まことのキリスト教会であることを証します。
ご指摘の論旨は十分理解いたします。難しいのは宗教内の異なった見解をどのように、どこまで許容するか、でどの宗教も苦労していると聞きます。
時代の流れ、識者、研究者の知見との整合性が問われていると思います。
>末日聖徒イエス・キリスト教会は地上における唯一まことのキリスト教会であることを証します。
この二つは矛盾してますね。
破門と言う行為が、「寛大」だと言うのは、モルモンの教義を真剣に信じていない人しか言えない言葉です。
破門による損失はそんな簡単な事ではありません。
破門により、神殿の儀式を受けられなくなることは、昇栄への道を閉ざされることです。
同性婚の問題でも然り。
いつも、思うのは、教団組織を守るために、その人の昇栄への道を閉ざし、次の世に神のもとに帰り、家族とともに住まう、と言うモルモンの教義を信じる人にとって、その命にも代えがたい権利を奪う事を、認識していない。
教会の教義に異論を唱えることが、そんなに大きな罪なのか?破門に値する行為なのか?
そして、異論を唱える人に納得のいく説明が出来なかった、指導者の責任はどうなのか?
自分の思った事を、そのまま表明することが、罪なのか?モルモンの中には、言論の自由は認められていないのか?
いずれにせよ、この様なモルモンの悪しき習慣は無くすべきだと思う。
破門制度を全部なくすべきとは思わないが、何か実力行使を行ったりでもないわけだし、一般の大学でさえ自分のブログで組織の方針に反対する意見を述べただけで普通は免職にはならないし、ブラックでない一般企業でさえも解雇は難しいよ。
今日は珍しく90%豚さんに賛成だ。愛の押し付けは愛とは言わない。
豚さんがそんなことを自信満々に語っていたのを思い出して笑えました。
人間と言うのは、どこかの誰かが、他の誰かを排斥している姿を見ると『おい、そんなことは止せ』と注意したり、『お互い仲良くする方法は無いのか』と思慮深い感想を述べたりするんです。でもいざ自分の居場所が荒らされる立場になると『出て行ってくれ』と言い出すものなんです。『これは排斥じゃない、運営上必要な措置だ』などともっともらしい言い訳をしてみたり、ね。NJさんもこのブログで嫌な書込みを消したりイエローカード宣言をしたりするじゃないですか。
私はそれを悪いとも良いとも評価しません。それが人間の本質なんですから。他人事なら冷静に理性的な判断を下せても自分の事では感情が先に立つものです。都合の悪い人やモノは消したい、出て行ってもらいたい、もしくは懲罰として追放する、これは人間の作った組織なのですから普通の出来事なのですよ。
そろそろ南部あたりでは、梅も見ごろなんでしょうか?
相変わらず、梅干しみたいに酸っぱい書き込みで、口の奥にしみますね(笑)
ご指摘の話の前に、これを読んでいる方々に、ちょっと確認したいことが有ります。
>宗紀評議会(教会法廷)の結果、破門された
これだけを読むと、世間の人は「大管長に破門された」と受け取るかもしれません。
しかし、会員の方はよくご存知かと思いますが、「破門」はステークの評議会で決定されるんですよね。
長い事、教会の役職から離れてるので、最近はどうなっているのか知りませんが、古い記憶では、ステークの評議会で神権の剥奪や、会員資格の停止、たぶん破門も決定できたと思うのですが?
それで、私は今回の破門の決定を下したのも、ステークの評議会じゃないかと思っています。
NJさん、どうなんでしょうか??
ま、その事は置いといて、本題に移ります。
やれやれ...さん
このブログの管理者は、NJさんですが、モルモン教会の管理者は、大管長ではありません。
管理者はイエス・キリストです。
それで、私は、今回の決定が、「イエス・キリストの教えとは違っている」と思うので、その決定に対して、「間違っていると思います」と書いてるわけです。
私の聖書の読み方が間違っていないのなら、イエスはユダを破門していない。
それと、ブログと教会、イエスと豚は基本的に違います。